Too full with love -5-



―3日目の朝


目が覚めると妹ではなく王子リチャードがすぐそばに横たわっていた。


「や、おはよう。 …気分は?」


「あ、あの… あの…??私…?」


戸惑い恥らう様子の乙女に優しく声を掛ける。
彼の指先は黒髪を弄んでいた。

「憶えてないか…? 昨夜のこと?」


「確か… あなたからのワインを飲んで…
喉の奥を焼くような痛みを覚えて倒れてしまったところまでは…」

「…そうか。
そのワインは僕からじゃない。」

「え?」

「誰かが君を暗殺しようとしたんだ…」

「暗殺…?」

「未来の王妃を狙ったらしいな…
大丈夫。
これからは僕が守るから…」

その自信に満ちたエメラルドの瞳に力強さを感じる。

「今夜から君は僕の部屋に来るんだ。」


「え?」

「四六時中一緒なら…守れるからね。」


彼に微笑まれながら言われると断れない。

「は…い。」



王子はわざと誰が彼女を狙ったのか明かさなかった。
"憎しみ"という感情を持って欲しくなかったから。


「今日はゆっくり休むといい。
この部屋には僕の側近しか入れさせないから安心して。」

「…はい。」


それだけを告げると額に優しくキスして部屋を出て行く。





王子が朝食の席に行くと4人…


彼を見つめる進児がいた。

「リチャード…聞いたぜ。ファリアさん…大丈夫なのか?」

「あぁ。なんとかな。」



彼の返答に笑顔を向ける進児。



「リチャード、こうなれば一日でも早く式をするべきだ。
今週末に予定していた式を中止にせず、あの姫を花嫁にすればよかろう。」

国王はグラスに口をつけながら王子に提言する。


「!? いいのですか?…父上?」

「あぁ。構わんさ。 驚くのは国民と貴族たちだ。
いつの間にやら花嫁が変わってるのだからな。」

「そうですね…。」

「しかし皆、納得してくれるだろう。…あの姫を見ればな。」

「…はい。」




シンシアとの婚約発表の時も周辺の貴族や国民が驚いていた。

正式な花嫁になるファリアを見れば解るだろうと…
シンシアとは比べ物にならないほど美しく気品に溢れた乙女の彼女を。




結婚式の日は例の期限の日…






   *


「姉さま…大丈夫?」

ひとりでベッドの上で朝食を取る姉の元にいるマリアン。
横にテーブルを置いて揃って食事している。

「なんとかね…
その毒のせいかしら… 少しうろこが…」

「え?」

「ほら…足の甲にね。」

姉が上掛けを引き寄せると白い脚の甲にうっすらと淡い蒼のうろこが見える。

「大丈夫なの?」

「解らないわ… うっすらとしかないし…」

「そうね…」


ふたりして溜息をつく。

「「はぁ…」」



「私達、どうなるのかしら…?」

妹が呟くように言う。

「解らない… "エキスを受けなければならない"って 意味解らないし…」

「そうよね… 今日はこれから図書室に連れて行っていただくし、調べてみるわね。」

「お願いね。…って、随分楽しそうね。 進児様とふたりで?」

「そうよ。」


妹の嬉しそうな顔を見て、心が軽くなるが問題は深刻だ。

「あぁ…もう、好きになさい。」









   *



図書室でマリアンは調べ物をしていた。
進児は少女の調べ物を手伝おうとするが何も教えてくれないので
傍らで見守っていた。


結局、解らないまま時間だけが過ぎていく。









乙女の部屋には王子の側近達が付く。


ほとんど初めて会う者たちばかり。
その中のひとりが王子の乳母・キャスリーン夫人。

王子から話には聞いていたがこれほど美しい乙女とは思いもしなった。

「私は…王子様の乳母のキャスリーンと申します。
以後、お見知りおきを。」

ベッドの上の乙女に告げる。


「まぁ…。こちらこそよろしくお願いしますね。」

笑顔を向けられ、はにかむ夫人。


「あの… 少しお聞きしたい事があるのですけど…」

「はい。何でしょう?」

「あのお方は将来、この国を治められるのですわね。」

「はい。」

「私は…この国のことを何も知りません。
自分の国のことしか…
ですからお教えくださいません?
この国の歴史、国民の事、行事などの祭礼のこと。王室のこと…」

「!? …はい。」

思いがけない言葉を耳にして部屋にいた王子の側近達は驚く。

「それに…あの方の事を。
彼がいつも何を考えておいでか、国や国民の事、どうお考えか…」

「…ファリア様。」

キャスリーン夫人が乙女の瞳を見ると真摯な光が見える。

「あと…彼が何をお好きか…」

頬を染めて告げるのを見て、ほほえましく感じた。

「解りましたわ。
…ジェームス。すまないけど図書室に行って歴史の本と祭礼の本を。
それから…王室年表と。」


「かしこまりました。」

執事ジェームスは一礼をして部屋を出て行く。


「…ファリア様。私、誤解しておりました。」

「はい?」

「あなたは…いえ、あなた様は美しいだけの乙女だと思っておりました。」

「まぁ…」

「けれど…誤解していた事をお詫び申し上げます。」

「え?」

「私は… 前の婚約者の方の教育の事も聞き及んでおります…
あの方は…身だしなみや立ち居振る舞いといったお見かけばかりを気にしておられたと。
国と民のことまで口になさったとおっしゃったとは聞いておりません。」

「そうなの…?」

「はい。  …失礼ですが…お噂ではどこかの国の姫君と聞いております…
そうなのでいらっしゃいますか?」


一瞬、顔を伏せ言葉を選んで話し出す。


「…どこまでお話ししていいのか解りませんが…

私は第一王女として教育を受けてきました。
ですから、あの方の重責は理解できます。
できるなら私がその責任を分かち合いたいと…」


「まぁ!!」

キャスリーン夫人もメイドも執事も驚く。

「ですからお教え下さい。お願いします。」




王子の側近は彼が将来背負う国王という重責を理解している。

確かに前の婚約者シンシアは従順で彼の言うとおりの妃になるだろうと思っていた。
しかし目の前のファリアはそれだけではない。
彼の横に立ち、国を治めるにふさわしい器だという事を感じ始めていた。

「ファリア様。私達がしっかりとお教えさせていただきます。
よろしくお願いします。」

「えぇ… お手間を取らせて申し訳ないけれど…よろしくお願いしますね。」


サファイアの瞳に微笑まれ側近達は心奪われていた。



直後に本が届き、キャスリーン夫人や執事に教えられ、みるみる間に憶えていく。
数時間だけで、歴史の本は終わってしまう。


午後になり、リチャードが彼女の様子を見に来た時には
ベッドから降り、ソファで本を読む乙女の姿。
そんな彼女を見て微笑む。

「おや…随分、元気になったようだね。」

「ありがとうございます。殿下…」

「よしてくれ。その言い方。」

「え?」

「側近や貴族だけで十分だ。今までどおり呼んでくれ。」

「…はい。リチャード様。」

そう呼ばれると嬉しく感じる。



居間にキャスリーン夫人がお茶の用意を持って入って来た。

「あら…殿下。いらっしゃったのですか?」

「あぁ。キャスリーン夫人。やっと今日の執務が終わったのでね。」

「そうでしたの…」

ふたりの前のテーブルに紅茶とお菓子を用意して、部屋を下がっていく。



「何を読んでいるんだ?」

「あの…この国の祭礼のご本を。」

「は? …なんでだい?」

彼にとっては幼い頃に読んだもの。

「だって私、何も知らないのですもの…
この国のことも…あなたのことも…」

「!? そうか…遠い国だと言っていたね。」

「えぇ…」


近くて遠い国…海底から来たなんて言える筈もない。

「よし。僕が教えてあげよう。」

「あなたが!?」

「何で驚く? 僕はこの国のことをすべて知ってる。
一番の教師だろう?」

「それはそうですけど…」

「イヤか?」

「いえ。そういう訳では…
ただ、あなたの知らないうちに覚えて驚かせようと思ってましたのに…」

頬を染め告げる乙女に胸が高鳴る。

「そうか…それなら、僕より適任者を呼ぼう。」



王子は立ち上がり、城内の電話である人物を呼び出した。

やってきたのは執事頭のアンダーソン。


「すまんが、未来の妃に教えてやって欲しい。」

「…かしこまりました。殿下。」

「僕はちょっと用事があるから…頼むよ。」

「はい。」






夕方、リチャードは側近ふたりを連れていつものように城下を馬で見て廻る。

国民は皆、自分に尊敬の眼差しを見せ、
女性の何人かは憧れのまなざしを向けてくる。

今まで何人かの目に留まった女性を連れて帰ったものだが
そんな気は失せていた。

生まれで初めて心の底から求め望んだ乙女の存在…
それが自分を変えたと感じた。





花屋の前を通ると可憐なピンクの薔薇が目に入る。
下馬し、花屋の主人に告げた。

「すまんがありったけのピンクの薔薇を頼む。」

「へい!!毎度!!」

振り返った主人は驚く。

「!!!!! 殿下!!」

「すまないが…」

「あ…あ、はい!!かしこまりました!!」

慌てた主人はこけそうになっていた。


抱えなければならないほどの花束…

側近が預かると申し出るが彼は断った。

自分の手で渡したいと…






城に戻ると使用人達が出迎える。

王子が大きなピンクのバラの花束を抱えているのを見て驚く。


「あぁ…ファリアは部屋か?」

「はい。」

答えを聞いて歩き出す。



「あの…殿下。」

「何だ?」


「…ファリア様のことでございます。」

立ち止まる王子の前に執事の一人・ジェームス。
彼は王子の乳兄弟でキャスリーン夫人の息子。
王子の側近として仕えていた。

「彼女が…どうした?」

「その…殿下がいらっしゃらない時の事を…お話しようと思いまして。」

「…何かあったのか?」

「…あのお方は実に素晴らしい乙女でいらっしゃいます。」

「ほう?」






彼女がキャスリーン夫人に言った言葉を伝える。

「…そうか。やはりどこかの国の姫君…だったのだな…」

「そのようで…
あのお方があなたのお妃になられれば国はますます栄えるでしょう。
美しいだけではない聡明な王妃になられれば…国政にも外交にも関わられます。」

「そうか…そうだな…」


一番の側近であるジェームスまでもが彼女の魅力に参ったように感じた。




彼女の部屋に行くともう執事頭はいない。

まだ本を読んでいるが、傍らには妹マリアンと進児の姿。

「おや…3人お揃いかい?」

「あぁ…おかえり…って! 何だよ、その花束??」

進児が叫び、姉妹は目の前の大きな花束に目を丸くしていた。
リチャードは彼女に近づき、手渡す。

「はい。お土産。」

「まぁ… なんて美しい…薔薇…」

すうと甘い香りを嗅ぐ。

「いいなぁ〜姉さま…」

羨ましがる妹にも、香りをかがせる。


「あぁ…ちょっと、こっち向いて。」

彼に言われ振り向くと、一輪の薔薇を髪に挿してきた。

「あぁ…やっぱり。妹のマリアンにもピンクは似合うが…
君にも似合うと感じていたんだ。」

「ま。」

ファリアが嬉しくて微笑むと自分も幸せな気持ちになると感じていた。


そのふたりを見つめるマリアンと進児は仲睦まじさに羨ましくなる。




   *


すっかり回復したファリアは妹と共に夕食は食堂で―






「あぁ… ファリア。こっちに来るんだ。」

「え?」

食堂を妹と出た直後、声をかけられる。

「あの…?」

「僕の部屋に来るように言っておいたはずだ。」

「でも…」

戸惑いを見せる乙女に囁きかける。

そんなふたりを見てマリアンは進児と先に行ってしまう。



囁かれるように問いかけられる乙女は少し震えていた。

「僕が嫌いか…?」

「いいえ…」

「怖いか?」

「いいえ…」


頬を染めて応える彼女がとてつもなく愛しい。

「じゃ、行こう。」

「…はい。」


手を引かれ歩き出す。
胸に込み上げるときめきと何かが起こりそうな予感を感じている乙女…。






王子の部屋に入るとメイドがふたりと執事がひとり控えていた。

「さ、どうぞ。お召し変えのお手伝いを…」

メイドに手を引かれ隣の部屋に。


王子の部屋の居間で執事・ジェームスが彼を見つめる。


「殿下…」

「何も言うな。彼女を守るためにはこうした方がいい。」

「…解りました。」

乳兄弟であるジェームスは彼が何を考えているのかうすうす解っていた。
また彼もジェームスかが何を言いたいのか解っていたが
自分の想いを止める気はなかった。




リチャードがベッドに入ると白いレースで飾られたネグリジェをきたファリアが入ってくる。

「さ。おいで…」

「あの…?」

人間の男女が一つのベッドに入るという意味を知らずにいるけれど
なんだか恥ずかしさを感じて、ためらう。
そんな初々しい反応を可愛く感じ、ベッドから降りて彼女の手を引く。

「あ、の…」

広いベッドに押し倒しキスするだけで震える乙女。

今まで伽の相手は何人もいたが、こんな風になる女を見たことがなかった。
堂々としている風で羞恥心を忘れない。


「…怖いか?」

「少し…」

鼻先が触れそうな距離で問いかけられる。
まだ小刻みに震える身体。


「…ファリア… 僕のものになってくれ…」

「え?」

「イヤか?」

「…あなたが望むなら…」

これから何が起こるのか全くわからないけれど震える声で応えていた。


深く激しくくちづけられ何も考えられなくなる。
くちびるが離れると潤んだサファイアの瞳にピンクに染まった頬。
紳士的に自制したかった理性のブレーキが完全に外れた。


「あぁ…やっぱり君が欲しい… 耐えられないよ…」

白のシルクの生地の上からやわらかな乳房に指を埋める。

「きゃ…いやッ!!」


突然の事に驚き、手足をばたつかせ抵抗するが押さえつけられる。

「君… 初めてか…?」

「え?…何が?」

不意に彼の動きが止まる。
戸惑う乙女の表情を見て理解した。


「そうか…初めてなんだね…優しくするよ。」

「え…ッ!? えっッ?」

   (一体何なの?? 何のこと?)

彼の言葉の意味が理解できないまま、その動きに翻弄される。


再びくちびるが重なると舌を絡め、歯茎の裏まで舐められている。

   (あ…あ… 何? …何なの?? この感じ…
   身体が熱くて…苦しくて…切なくて…)


彼を押しのけようとした手に力が入らないのでそのまま白い胸板に触れていた。


「あぁ…ファリア…可愛いよ…」


人間になって3日目… 初めて味わう感覚に翻弄されはじめた。


   (身体の奥が…ふとともの奥が…熱くて… 何なの…??  ぁあ…)


優しく胸に触れられ、尖りを摘まれる。

「はぁ…ん…」


自分でも聞いたことのない声に驚く。

ブルブルと身体が勝手に震える。
ぴりぴりとした電流が肌を走った。
彼に触れられたところが熱い。


「あぁ…いや…イヤぁ…ダメぇ…」



彼の手はフロントのリボンを解き、ネグリジェを奪う。


透けるような白い肌に流れる黒髪…震える華奢な身体。

ベッドの上の彼女の姿にしばし見とれた。






優しく丁寧な愛撫を受け、思考も何もすべて飛ばされていたファリア。


「やっとすべて僕のものになるんだ…」

「え…?」


脚を開かれ彼が身を沈めてきた。


「きゃあぁああっ!!」

あまりの衝撃と圧迫で気を失いそうになる。

彼は彼で今までにないほどの閉塞感の中にくらくらとめまいを憶えた。


「う…く… ファリア…
君…すごいよ…
こんな女性は初めてだ…」

「く…ぁ…ん…」

息が苦しくて身体が引き裂かれるように痛くて意識が飛びそうになる。
しかし半ば強引に開かれたのに身体は快楽を求め始めていた。


「あん…あ…はぁ…」

「ファリアッ!! ファリアぁあッ!!」


彼の熱い汗が肌に落ちてくる。
名を呼ばれるたびに胸の奥が熱い。
突き上げられるたびに視界が白く弾けそうになる。

「ああん…リ…チャード様…」

「う…ぁ… リチャードって呼べ!!」

今までどんな女にも呼び捨てを許した事はない。
しかし彼女にそう呼ばれたかった。

「あ…ん…ぁ…リチャード…」

「もっと!!」

「リチャード!! リチャードッ!!」

「あぁ…ファリア…愛してる…」



身体の奥に彼から流れ込む灼熱のほとばしりを感じた。


遠くなる意識の中、思い出す。

   (あ…ひょっとして…!?)




初めての官能の嵐の中、ファリアはひとつの答えを見つけた―――――










To -6-
__________________________________________________

(2005/9/12)


To -4-

to Bismark Novel


To home