Too full with love -4-




―陸に上がって2日目の朝

朝になるとリチャードはすぐに父である国王に自分の気持ちを明かした。

シンシアとの婚約破棄、そしてファリアと結婚したいと。


国王エドワード[世は驚く様子もなく王子の言葉を寝室で聞いていた。


「ふむ… 私もそう思っていた。」

「父上?!」

その濃いヒゲを撫で言葉を繋ぐ。

「昨夜の食事の時のあの乙女たちを見とると…
シンシアとは比べ物にならんほど気品と美しさに溢れとる。
どこの国の姫君か知らんが、相当育ちはいいと私は感じていた…」

「あ…」


リチャード自身もそれは感じていた。
しかしそれだけではないと本人は思っている。


「しかし… シンシアとあの娘を連れてきたヘンリーがそれで納得するかの…?」

「そうですね…」

しばし黙る父子。
半ば強引に婚約させてきた国王の弟・ヘンリー。


断る理由が見つからないまま、今日まで来ていたのも事実。


「そうだ。あの姫は…何か楽器とか得意なものはないのか?」

「はい?」

「シンシアはピアノを弾く。
あの姫が何かを演奏できるのなら、ふたりともさせてみてはどうかな?」

父親の提案に賛同を示す。


「それは…いいかもしれませんね。聞いてみます。」

「…うむ。」





リチャードが姉妹の部屋に行くとメイドが出てきた。

「あれ?」

「今、お支度を手伝っています。」

「そうか…」

少し残念そうな顔を見せる王子にメイドは告げる。


「あの… マリアン様からお支度が出来上がりますけど?」

「あ、じゃ、マリアンを呼んでくれ。」

「はい。」



可愛らしい普段着のドレスを身に包んだマリアンがドアに出てきた。

まさかリチャードに呼ばれるなんて思いもしなったので少々面食らっている様子。


「何でしょう… 御用って?」


「あぁ… 君のお姉さんは…何かピアノとか歌とか…
人前で披露できる得意なものはお持ちでないかな?」

「え? あの… 姉はハープが上手です。」

「ハープ?」

「えぇ… 国一番の使い手と褒められてましたわ。」

その言葉を聞いて安心した顔を見せるリチャード。


「そうか…じゃ、午後に演奏して欲しいと言っていたと伝えてくれないか?」

「…はい。解りました。」




リチャードが行ってしまうと姉に伝えに行く。
ドレッサーの前でメイドに髪を梳かれていた。

「姉さま…」

「あら、なぁに?」

昨夜とうって変わって、喜びに満ちた姉の表情。



「リチャード様が…午後に姉さまにハープの演奏をして欲しいと伝えてくれと…」

「あら?私、彼にハープを弾くってコト、言わなかったはずなんだけど…?」


「今、私に尋ねられて、お答えしたの。」

「そう… 解ったわ。」


鏡に向かう姉の頬は薔薇色に染まっていた…




   *



ふたりが朝食の席へ連れて行かれると両陛下とふたりの王子とシンシアの姿。

まだ婚約破棄の話はされていないためにシンシアは笑顔をを見せる。



和やかに朝食の時間は過ぎて行く。

食事が終わると進児はマリアンを誘って散歩に行く。

リチャードはファリアを誘い出す。

シンシアはピアノのレッスンに行ってしまい、そんな状況を知らない。






奇麗に手入れされた庭園をふたりは歩く。
リチャードは横50センチの距離で歩く乙女に問いかける。

「あの…」

「はい?」

「君の妹さんから聞いたのだが…ハープの名手だとか。」

「あの子… どういう風に言ってましたの?」

黒髪を揺らし首をかしげ問いかけてきた。
そのしぐさすら可愛くて抱きしめたくなる。

「国一番の使い手だと…」

「ま! 私なんて祖母には及びませんのに…」

「おばあ様が?」

「えぇ。祖母が国一番だと思ってますわ。
私は確かに祖母に手ほどきを受けてますけど…」

妹がそんな風に言ってくれたとは思いもしなかっただけに少し嬉しい。


「それじゃ…一番に僕に聴かせてくれませんか?」

「…はい。」


「じゃ、行こう。」

「えっ!?」


手を引かれ行った先にある東屋の中にハープが置かれていた。


「これで…聞かせてくれないか?」


「…えぇ。」


5日ぶりに触れる絃は指先に心地いい。
ぽろんぽろろんと指を慣らせた後、緩やかに弾き出す。


「コレは…!!」


美しい旋律とつま弾く美しく可憐な姿。
すっかり心奪われる王子がいた。


演奏が終わると拍手と賛辞を贈る。

「素晴らしい!! この国一番の使い手だ。君は…」

「…そうですか?」


愛しい王子に褒められ嬉しくて仕方ない。


はにかみながら微笑む乙女を抱きしめたくなる。


「午後の演奏が楽しみだ。」

「え?」

「父上や母上…みんなに聴かせて欲しい…」

「…はい。あなたが望むなら…」





リチャードは乙女の横に腰を下ろし、抱きしめる。


こんなに心震わせる演奏が聞けるなんて思いもしなかっただけに
喜びもひとしおだった。




   *


午後になり、3時のお茶の時間にシンシアがピアノを
ファリアがハープを演奏することに。


国王と王妃、国王の弟ヘンリー、王子たち、そしてマリアンの前で演奏する…


シンシアのピアノ演奏を聴いて姉妹は初めて聴くピアノの音に感動していた。

「素晴らしい音ね…」
「えぇ…姉さま…」


紅茶を楽しみながら聞く音楽はまたご馳走でもあった。


「さ、次は君だ。」

「はい…」


シンシアが下がると、ファリアがピアノの前に置かれたハープの前に行く。
お辞儀をして椅子に腰掛け、絃に触れる。


妙なる音と可憐な乙女の姿にその場にいた全員が見惚れる。
ため息しか聞こえてこない。


ただひとり震えていたのは……シンシア。





ピアノの腕を買われ、サー・ヘンリーに説得され養女にまでなって
王子とお見合いをした。
一目ぼれだったシンシアは懸命に努力した。

立ち居振る舞い、身だしなみ、行儀作法…

しかしそのすべての努力が彼女の出現で水の泡と化して行くのを感じた。




その日の夕方…
シンシアとサー・ヘンリーに婚約破棄が言い渡される。

謁見室からの帰りにぶつぶつ言っていた。

「何故?何故なんだ?!」

憤慨しているサー・ヘンリーは納得いかない。

「あの…お義父さま。
リチャード様はおそらく、あの娘と…結婚なさるおつもりなのだわ。」

「あの娘?」

「…ファリアとか言う…黒髪の乙女。
どこかの国の姫君らしいです。」

「何だ?どこかの国って言うのは?」

「わかりません。」

「ちっ!!」

舌打ちをしてサー・ヘンリーは役に立たない養女を睨む。

確かに美しく、ハープの演奏も素晴らしかった。
しかしそれだけだと思っている。




目論見が外れそうになっていると解った男は…密かに動き始めた。










   *



その夜から…ファリアとマリアンの部屋は分けられた。

理由は…姉が王子の未来の妃になる乙女だからということだ。



少し淋しさを感じたマリアンは姉の部屋へと向かう。


「あら…どうしたの?」

「うん…少し淋しくて…ダメ?」

可愛らしい妹が頼ってきたのを無碍に断ることなんてしない。

「いいわ。入って。」

「ありがとう。」


ふたりは寝室のベッドに腰掛けて話し出す。


「姉さま…幸せになれそうなのね…」

「えぇ… すべてリチャード様のおかげ…」


姉の笑顔を見て安心する。
自分も今日一日で随分、進児と親しくなれた。


「それにしても…"エキス"って何なのかしらね?
キスじゃないみたいだし…」


「私も解らない。それとなく進児様に聞いてみたりしたのだけど…
解らなかった。」

「そうだったの…」



乙女ふたりが頭をひねっていた。



深夜11時… 寝室のドアをノックする音。

「はい?」


ファリアが出るとメイドが立っていた。

「リチャード様から…寝酒にと賜ってきました。」

「寝酒?」

「あまり夜遅くまで起きてるのは好ましくないと…」

「そう? ありがとう。」



ファリアは居間のテーブルに置かれたボトルを手に取り、
中身をグラスに注ぐ。
海底の世界にもワインはあったが、あまり飲んだことはない。

「奇麗…」

見たことのない奇麗なブドウ色…

グラスの中でゆらゆらと揺れるとほのかにいい香りが香ってくる。

くーっと一気に飲み干す。

「結構美味しいわ♪」

「ホント?私も飲もうかな?」



マリアンに向かって微笑んだ直後、喉の奥に焼ける様な痛みを感じた。
手にしていたグラスが手から滑り落ち、ぱーんと割れる。
喉を押さえ崩れ落ちる姉…

美しい黒髪が床に広がる。


「姉さま!!?? どうしたの??」

「う…うッ!!」

「…ッ!?」


姉の異変に気づき、マリアンは廊下に飛び出す。


「誰か!! 誰か来てーッ!!!」


声を聞きつけメイドと執事が駆けつけて来た。


「姉さまが!!  姉さまがッ!!」

涙を待ち散らしマリアンが泣き叫ぶ。


部屋に入ると床に昏倒している乙女の姿。
くちびるの端からワインがひとすじ零れていた。





すぐに典医が駆けつけ、手当てを受ける。

深夜にもかかわらず、彼女の事件はすぐに王子に伝えられた。


「ファリアはッ!?」

部屋に駆け込んできたリチャードの顔色は蒼白。
典医に息が上がったまま叫ぶ。

「大丈夫です。
毒消しが効きましたから…」

「毒?」

「はい。ワインに入れられていたようで…」


典医の返答に彼は驚く。


その場にいたマリアンが彼に尋ねる。


「あの… リチャード様。
姉に寝酒にとワインを運ばせました?」

「いいや… 寝酒?」

「えぇ。メイドがそう言って持ってきました。」

「何だって?!」

目の前の王子の反応にマリアンはすぐに解った。

「やっぱり、あなたじゃないのね…」

「当たり前だ。愛する彼女に毒を盛ってどうする?
…一体誰だ…?  調べろ!!」

彼の叫びを聞いて執事が駆け出す。




「マリアン…君は自分の部屋で休みなさい。」

「え?」

「心配しなくていい。僕がついてるから…」

「あ…」

彼の瞳から姉に対する愛情が垣間見えた気がした。

「はい。解りました。
お願いします。」




マリアンは自分の部屋に戻っていく。



リチャードは手当てを受け、なんとか一命を取り留めた乙女のそばに腰を下ろす。

そっと黒髪を撫でると涙が溢れた。

何年ぶりかで流した涙…

未来の国王として王子として決して人前で涙は見せない。流さない。

どれだけ目の前の乙女を愛し始めているのか実感していた。










   *


すぐにメイド全員を調べたが、該当者はなかった。
しかし使用人全員の部屋を調べるとメイドの服が盗まれている事が判明。


王子の側近が城中を調べた結果…
シンシアの部屋のクローゼットの奥に押し込まれていたのが発見された。


問い詰めるとサー・ヘンリーにそそのかされて
毒を盛ったワインを自分で変装して運んだという。





早朝―   王子と国王の耳に入る。
即、城からたたき出された。










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(2005/9/12)


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