Too full with love -3-




マリアンとファリアは、青年を連れて行った浜辺に赴く。


波打ち際にたどり着くと姉は妹に告げる。

「さ、飲みましょ…」

「えぇ…」


少し怖いけれど二人は一気に小瓶の中身を飲み干す。


カァっと身体が燃えるように熱い。
全身に痛みが走る。

「きゃぁ…っ!!!あぁっ!!」


「い! 痛いっ!! 」



波打ち際でふたりは身悶える。


「きゃあぁああっ!!マ!! リアン!!」


「お、姉さまぁっ!!」


お互い同じ状況でどうしようもない。

ふたりの絶叫が夜の海に響いていた…








   *





マリアンが目覚めると、眩しい朝陽の中、波打ち際に横たわっていた。

隣にはうつぶせに横たわる姉の姿。


「姉さま!?」


見ると流れる黒髪の向こうにすらりとした細い脚。

自分を見ると自分もそうなっていた。

5本の指と締まった足首…
しなやかなふくらはぎにやわらかな太もも…

そっと手で触れてみると確かに自分の身体だと理解できる。



砂の上を歩いてくる誰かの足音に気づく。


「はっ!? 誰か来る?! 姉さま!! 姉さまったら!!」


また目覚めない姉の肩を揺らす。


「う…ん、マリアン…?」



そこへやってきたのは例の青年―リチャードだった。
彼は目の前の光景に驚き息を飲む。

「!?」

美しい金髪にブルーアイの美少女と横たわる漆黒の髪の乙女の姿。

ふたりとも何も身にまとっていない。


「君達は…!?」



思わずマリアンは恥ずかしくて岩陰に身を隠す。
横たわっていた姉が身を起こすと妹ではない… 青年の姿。
突然の事で驚く。

「!?」

「あなたは!?」

リチャードは心臓が止まるかと思った。
透き通るように白い肌に真っ黒の髪が映えこの世のものとは思えぬほど美しい。
呼吸すら忘れてしまいそうになっている。

「あ…あの…?」


乙女が言葉を発したことでやっと我に返る。

彼は自分のまとっていたマントを脱いで、乙女にかける。

「大丈夫ですか?」

「え? えぇ…」

「そちらのお嬢さんも…大丈夫?」

「…はい。」



岩陰から覗くようにしている妹に声を掛ける。

「あ…マリアン… 私達…?」

「なんとか大丈夫みたい…」


ふたりの乙女の姿に見とれていたがリチャードは慌てて立ち上がり
もと来た方へと戻っていく。

「お〜い!!進児!! 来てくれ!!」

「何だ〜?」


その声を聞いて驚いたのはマリアン。

「!?」

「マント貸してくれ!!」

「は?」

「いいから!!」

「はいはい…一体なんだよ?」

駆け出していくリチャードを追いかけて岩陰の向こうの浜を覗くと
二人の美しい乙女の姿。

「…!!」

黒髪の乙女はリチャードのマントを羽織っている。
その向こうの金の髪の少女にリチャードが進児のマントを渡していた。

「歩けるかい?」

「え?あ、はい。」

進児のマントで身を覆ったマリアンが岩陰から出てきた。
まだ波打ち際に座り込む姉に声を掛ける。

「姉さま… 大丈夫?」

「…多分。」


立ち上がろうとするが初めての感覚なのでよろめく。

「おっと…」

リチャードが抱きとめ、ひょいと抱き上げられる。

「きゃ!?」

彼の顔を至近距離で見て、鼓動が高鳴る。


「何があったか知らないけど… 僕の城へ行きましょう…
進児、そちらのお嬢さんを頼む。」

「あぁ…」

進児は頬を染めていた。
美しいブルーの瞳の少女の姿を見た瞬間に恋は生まれた…







   *



マリアンとファリアはリチャードの城へと連れて行かれる。
すぐにふたりは侍女付きで風呂に入れられ、身だしなみを整えられた。




ふたりの乙女が姿を見せたのは…大居間。

ふたりの王子と彼の婚約者・シンシアが待っていた。

3人の口から溜息が出る。

姉妹と聞いていたが全く違う雰囲気の二人…




姉は漆黒の髪に透明感のある白い肌が映え、
サックスブルーのドレスがサファイアの瞳を際立たせていた。
妹は淡い金の髪にブルーの瞳。
ベビーピンクのドレスが可憐に似合う。

姉のドレスは王妃の若い頃のもの。
妹のドレスはシンシアに用意していたものだったが本人より似合っている気がした。

姉にシンシアのドレスを着せようとしたが胸元がきつかったために
着る事は出来なかった。




「大丈夫ですか…? ふたりとも…??」

リチャードが立ち上がり二人の手を取る。

「あ、ありがとうございます。
助けていただいた上、こんなことまで…」

姉は丁寧に感謝を示し、同じように妹も頭を下げる。

「いいんですよ。
それよりこちらへ…」


二人は並んでソファに腰を下ろす。
並んでいると大輪の花が咲いたように華やか。


「自己紹介が遅れましたね。
僕はこの国の王子のリチャードです。
こちらは親友の進児。」

「や。こんにちは。」

進児は照れ臭くて、簡潔に挨拶する。

「それから…僕の婚約者のシンシア。」

彼に紹介されたシンシアを二人は見つめる。

ダークブラウンの髪と瞳の乙女。
清楚な感じはするがそれだけだ。

ファリアは心の中で驚いた。
呼吸が止まるかと思ってしまう。
マリアンも勿論驚いていた。
姉の手は妹の手を握り締めている。


思わず姉の顔を見るとこらえようとしているのが解った。


「あの…おふたりは何処からいらしたの?」

シンシアが問いかけてくる。

「遠い…国です。」

震えそうになるが頑張って応える姉。

「ご身分は?」

尋問のような口調に一瞬むっとしたが応えた。

「父は…領土を治めています。」

ウソではない。
ただ海底の国なだけ。


「じゃ、お姫様なんだ、ふたりとも…」

進児が見とれるような瞳を向ける。
リチャードも同様だ。

「失礼ですけど…おいくつなの?」

まだシンシアの質問は続いていた。


「…私は18。妹は15です。」

「へぇ…」

シンシアはやっと質問をやめる。
姉と同じ年であるのか、じっと睨むような目で見ているとマリアンは感じていた。

「えっと… 妹さんは"マリアン"ですよね。
あなたは?」

リチャードは今まで尋ねたかった言葉を口にした。

「私は…ファリアと申します。」

「ファリア…素敵な名前だ。」


リチャードの表情を見て、シンシアは戸惑う。
自分にすら向けたことのない顔を見せている。



そこへ執事がやってきた。

「お食事の用意が整いました。」


5人は揃って食堂へ移動。
その時も彼は気になる乙女のそばにいる。



行った先である食堂には国王と王妃の姿。


「いらっしゃい。どうぞ。」

「ありがとうございます。陛下。」

姉であるファリアは自己紹介をすると妹を紹介する。

堂々とした立ち居振る舞いに両陛下も優しい瞳で二人を見つめた。



朝、王子達が浜で発見し、連れ帰ったという美しい姉妹に笑顔を見せる。
美しいだけではないどこか気品漂う姉妹に食堂にいる人間すべてが見とれていた。



「それにしても…美しい…。
お前が連れ帰ったのも解る気がする。」

国王の言葉にリチャードは頬を紅潮させる。

「父上っ!!」

思わず叫んだ王子を見て、一同は笑っていたがシンシアだけは笑えずにいた。

確かに自分にはない美しさをと何処か威厳に満ちた不思議な姉妹。
自分の立場が危ういと感じ始めていた。


   (あと5日で結婚式なのに…)





   *



その夜、姉妹は同じ部屋を用意された。


初めてのベッドで嬉しさを隠し切れないマリアンは無邪気に笑う。

隣のベッドで姉がしんみりしている事に気づくと笑うのをやめた。

「姉さま…  どうするの? あの方…リチャード様…
婚約者がいるって。今週末に結婚なさるって…。」

「そうね… 私…ペリオスのものになるしかないのね…」

涙が溢れる姉の肩を抱く。



「マリアン…。あなただけでも幸せになって。進児様と…」

「姉さま!?」

姉の言葉に驚きを隠せない。


「私… 諦めたくないけど…
それが運命なのだわ。」


姉は両手で顔を覆い、静かに涙していた。


「私だけ…幸せになれないわよ、姉さま…」

「いいの。
私がペリオスのところへ行こうって誘ったのだもの。
自業自得よ。」






マリアンは泣きながら眠りにつく。

ファリアは悲しくて胸が潰れそうに苦しくて眠れない。


バルコニーに出ると満天の星空と月が暗い海に映りこむ。

海底からでは見られない美しい光景に見入る。

「なんて…奇麗…」


波の音が静かな夜に響く。


懐かしく感じ、薄い夜着の上にショールを羽織って浜辺に出る。
恋に落ちたあの浜に向かう。


辿り着くと…そこにはリチャードがひとりでいた。

「…あ?」


彼が振り返る。

「…何故、ここに?」


思わずファリアは尋ねる。



「僕は…3日ほど前に船から海に落ちたんです。
けど、ここに打ち上げられてた。
あなた方がいた浜に。


僕も…ここに打ち上げられてた。
その時に… 美しい乙女に出会ったんです。」


自分の事を言っているのだとすぐに理解した。
けれど正体を明かせないのだから、言えるはずもない。

「そうなんですの…」

「僕は…婚約者がいる身でその乙女に恋した。
あなたに似てる気がする。」

「気のせいですわ…」

立ちすくむ乙女は黙ってしまう。
彼も沈黙したまま。

ふたりを波の音が包む。



「私…失礼します…」

立ち去ろうとする乙女の手を引きとめる。

「待って。」

「何でしょう?」

「違うかどうか…試させてください。」

「えっ!?」



リチャードは立ち上がり、乙女を抱きすくめキスする。

「!?」


彼はくちびるの感触に確かなものを感じた。

   (あ!?   やっぱり… この乙女…なのか?!)



初めての男からのキスにめまいを覚える。
くちびるを離されると胸に抱きしめられた。



「やっぱり…あなただった。…ファリア…」


「え?」


「僕を助けてくれたのはあなたですね?」


答えられなかった。
自分が何故、彼を助ける事が出来たのか理由を明かせない。

「違うわ。何か勘違いされてるのではありませんか?」

「違わない。この唇の感触も、黒髪の手触りも間違いなく、あなただ。」

「!?」



確かにあの時、空気を送るためにくちびるを重ねた。キスもした。
髪が彼の頬に触れていた。




押し黙る乙女を強く抱きしめる彼の腕。


「あなたが欲しい… あなたと結婚したい…」

「でも…でも…あなたには…婚約者が…」

震える声で乙女は問う。


「あの子は…叔父が勝手に連れてきただけだ…
僕が本当に求めているのは…ファリア…君だ。
あのことの婚約は破棄する。」

きっぱりと言い切った彼の顔を覗き込む。
エメラルドの瞳を間近で見て胸が締め付けられる。

「でも…私なんかでは…」


彼や彼の両親を思えば正体の解らない自分を
未来の王妃になんて出来ないと感じていた。



「君が何処の国の人でも構わない。
ちゃんと言葉は通じてる。」

「…あ。」

「君が国に好きな人がいるというのなら…奪ってでも…」


思いがけず情熱的な愛の言葉に身も心も震える。



「私…なんかで良ければ…リチャード様…」


乙女の腕が青年の背に廻る。





しばらく抱き合ってたふたり―――――





「さ、身体が冷える。部屋に戻ろう。」

「…はい。」



リチャードは紳士的に彼女の部屋へと連れて行く。


「おやすみ… 愛する人よ…」

「おやすみなさい… リチャード様…」



お互いに穏やかな想いで眠りに落ちていく……












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(2005/9/11)


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