temptation -3-
警備隊のデータルームでの調べモノを済ませたリチャードは街の中を歩いていた。
進児を襲ったという女のことでデスキュラの女スパイやテロリストのリストを当たっていたが
該当するデータが上がってこなかった。
進児の見舞いに行くために花と果物を購入。
(まったく…進児でああなんだから…
ビルに色仕掛けは100%だろうな…(汗)
僕は別として…)
リチャードは病院に向かって歩き出す。
考え事をしていたために人にぶつかってしまう。
慌てて花を放り出し、相手の手を引く。
「きゃ!」
「す、すみません。大丈夫ですか?」
彼ははっとなった。
黒髪に蒼い瞳の乙女。
(まさか…進児を刺した女か…?)
「ごめ…ごめんなさい。私…」
聞き覚えのある乙女のアクセントに驚く。
ふと見ると胸元に小さな四ッ葉のクローバーのペンダント。
(え…まさか…?)
掴んでいる左手の手首の内側を見る。
直径5ミリほどしかないうっすらと淡い痣。
「君…まさか…ファリア?」
掴まれていた手を引き離し、逃げ出す乙女を追いかけるリチャード。
彼女の心の中で葛藤が起きていた。
(もうイヤ… 人を傷つけるのは… イヤ!!)
路地裏に追い詰められ、もう逃げ場はなかった。
「イヤ!! 来ないで!!」
立ちすくむ乙女を見つめる。
6年間で成長していたため一目ではわからなかった。
雰囲気は多少変わっているが間違いなく幼馴染の…失った恋人。
逃げ出そうとする乙女を何とか捕まえる。
「イヤ!! もう…いやぁ!!」
催眠電波と己の心でパニックになっていた。
「ファリア!!」
大きな声で名を呼ばれ、動きが止まる。
溢れる涙と髪を振り乱した彼女に強引にくちづける。
「んッ!!」
胸板を叩く手を掴む。
それは更に彼女の心を混乱に陥れていた。
リチャードの手から逃れるとナイフを手にしていた。
「!? ファリア…君、やっぱり進児を刺した…のか?」
彼の言葉に応えない。
「もうイヤ!! "殺せ!" イヤ… "殺せ!!"」
まるで二重人格者のように声のトーンが変わる。
涙を撒き散らしナイフを握る姿…
精神状態が尋常でないことを瞬時に理解する。
手にしていたナイフが白い首元に向かう。
リチャードが手を掴もうとすると、自身の手から鮮血が流れた。
「あ…」
そのまま、昏倒する乙女。
「痛ッ…」
リチャードは自分のスカーフを外し、裂けた手の平に巻く。
倒れた乙女を抱き上げて病院へと歩き出す。
病院に着くと二人別々に緊急処置室へと送られる。
そのころ、ビルも救急車で運ばれ、違う処置室にいた。
***
リチャードの手の平の傷はそれほど深くなかった。
処置室を出ると、廊下の長ソファにマリアンの姿。
「マリアン…早いね。僕は連絡してないのに…?」
「何言ってるの?ビルも刺されたのよ。
リチャード、あなたは手?」
彼の左手の包帯を見て言う。
「あぁ。ってビルが?刺された?」
「公園で倒れているのが発見されたのよ。」
「何だって?!」
しばらくして処置室からビルがストレッチャーで運び出された。
「「ビル!!」」
心配の顔を向けるリチャードとマリアンに苦笑いを向ける。
「お、お二人さん。
へへ…俺もバカだね〜美人に目がくらんじまった…
リチャードは無事だな。気をつけろよ。」
力ない笑顔を見せるビルに左手の包帯を見せる。
「…僕もさ…」
「「!!」」
マリアンとビルは驚きの顔。
「でも犯人らしき人物は捕まえたよ。」
「さっすがリチャード。」
ビルがウィンクする。
看護婦がストレッチャーを押し出す。
「病室へ行きますね。」
ついていくマリアンは歩き出さないリチャードを振り返る。
「リチャード??」
「僕は…彼女を待つよ。」
「…彼女?」
「あぁ。」
訝しく思いながら先に行ったビルのストレッチャーを追いかけていくマリアン。
しばらくして処置室から頭をひねったドクターが出てきた。
「君が…あの女性を運んできたんだね?」
「はい。」
「女性の耳にこんなものが入っておった。
一体何か解るかね?」
小さなイヤホンのような機械を受け取る。
見覚えがあった。
「これは…」
アイリス星で地球人を操るためにデスキュラが使っていた小型の催眠電波受信機。
「…知っています。」
「そうか、一体なんだね?」
「デスキュラの催眠電波受信機です。
地球人を操ることが出来るものです。」
運んできた人物がビスマルクチームの一員ということを知らされていたドクターは
その言葉を信用する。
「と、すると操られていた…ということか。」
「そのようですね。」
ふうとドクターも彼も溜息をつく。
「女性自身には怪我はないが…パニック状態と軽い栄養失調だよ。
今はもう薬で落ち着いておるがな。」
「栄養失調??!!」
ドクターの診断結果に驚く。
「あぁ。ほとんど食事していなかったようだ。
胃も空だった。 今は点滴処置をしているよ。」
「そう…ですか。」
やっと彼女の状況がおぼろげに解ってきた。
デスキュラの催眠電波と栄養失調。
あの時の尋常でなかった理由がはっきりした。
(デスキュラに…利用されて、進児とビルを刺した。
そして僕も殺せと指令されていたが…
あの時、僕がキスしたからパニックになった。
それで倒れたということか…)
病室へ運ばれた彼女の元へ向かう。
病室のベッドで横たわる乙女を見つめる。
そっとペンダントに触れてみる。
間違いなく自分が9年前に贈った物。
思わず深い翠の瞳から涙が溢れる。
「あ… ファリア… やっぱり… 君は生きていた…生きていてくれた…」
18歳の彼女は大人びて見える。
変わらない美しい黒髪。
青白い顔。
細い指先。
白いデコルテ…
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(2005/6/22)
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