sweet pain -14-
この頃、王立音楽院で少女のピアノが評判になっていた。
まだ16歳の少女の演奏の表現力にみな驚いていたからだ。
彼女が学年末コンクールのエントリーリストに名があっても不思議ではないくらいに…
*
―ある日
ピアノ学科だけではなく、バイオリン学科とチェロ学科との合同交流会が開かれた。
学校のサロンで、みな楽器を持ち寄って。
ピアノ学科の生徒の為に2台のピアノが運び込まれる。
終始、和やかな雰囲気の中、交流会は進む。
ファリアは自分より年上の学生達に囲まれていた。
60%が男子学生で純粋に演奏者としての彼女に興味を持つものもいれば、
下心を持って見つめる者もいた…。
少女は敏感にそれを感じている。
女の先輩…ピアノ学科のシャーリーとバイオリン学科のクラリスが彼女を守ってくれた。
二人とも貴族の娘―
交流会が終わってほっとする顔を見せる少女に問いかける。
「大丈夫?」
ダークブラウンの髪を揺らしてクラリスが声を掛けた。
「はい…ありがとうございます、クラリス先輩。」
小柄な彼女の肩をやさしく抱きしめる。
「ホント、男ってバカよねぇ…
ちょっとでも若い子、可愛い子ってだけでさ…
やーらーしー!!」
文句を言っているのはシャーリー。
シャーリーの父は政治家で少女の祖父であるパーシヴァル公爵と同じ貴族院の議員。
クラリスの母は少女の母・セーラの大学時代の先輩で知り合いだった。
しかしふたりは親に頼まれたわけではない。
編入してきた少女が男子学生に付きまとわれているのを見て、
助けた時からそばにいる。
小柄で可愛い少女が大人の体格の男たちに囲まれているのを見つけて
不憫に感じていた。
シャーリーには彼女と同じ16歳の妹がいる。
そう思うと姉の気持ちで守ってあげたくなった…
***
―金曜の夕方
少女がピアノ室でひとりでレッスンしていると、携帯がブルブル震えているのがわかった。
手を止め、画面を見ると彼からのメール。
"今夜のうちにロンドンに戻るよ。
明日、朝10時に君のウチに行く。
久しぶりにチェスでもしよう。"
"Yes,sir! 待ってるわね。"
すぐに返信する。
(そうだわ…今日のうちにビスケットとか…焼いておきましょ♪
彼の好きなタルトも…)
少女はレッスンを早めに切り上げる事にした。
そんな時に限ってストーカーまがいの先輩の目に留まってしまう。
「や! Missパーシヴァル。」
「…失礼します。ぺニントン先輩。」
いつもしつこくてイヤだと感じていた。
無視して行こうとするが呼び止められる。
「ちょっと、待って…」
「私、今日 急いでるんです。」
「イヤだ。」
立ちふさがれると威圧感を感じるが勇気を出して言葉を口にする。
「退いて下さい!!」
今までにないほど少女が激しく告げたため、驚く。
ぐいとなんとか押しのけて逃げ去る。
「…Missパーシヴァル…!?」
残された男は呆気に取られていた。
(なんで…なんで… 私の邪魔をするの??
嫌いよ…あんな人…)
瞳に涙が浮かんでいるがなんとか拭い、歩く。
学校の車寄せにすでに家の車が迎えに来てくれていた。
少し早めに帰宅した少女はさっきの嫌なコトを忘れるためにも、
乳母のメレデス夫人と二人で厨房に立つ。
彼が嬉しそうに食べてくれるのを見たくて懸命に作っている。
明日の彼を思い浮かべるだけで笑顔になっていた。
「お嬢様…こんなに焼くのですか?」
「あら…だって、彼に持って帰っていただくつもりなのよ。
大学の寮に持っていったら、また彼の先輩方に持っていかれちゃうかもしれないし…」
「ま…」
メレデス夫人もくすくすと笑っていた。
キッチンの奥ではコック達も笑顔で夕食の仕込をしていた。
「じゃ…お嬢様、タルト以外は箱にお入れしていいのですね?」
「あ、でも明日のティータイムに…スコーンも出すつもりだから…」
「はい。わかりました。」
「ごめんなさいね、メレデス夫人。」
「いいんですよ。お手伝いくらい。」
もう全部オーブンに入っている。
焼きあがったものをどうするかだけ頼んでいた。
***
夕食時…
祖父母は今日から3日間、パリに行っているので両親だけ。
弟はアーチェリー部の合宿でいない。
「ファリア…明日から1週間ほど、私たちは留守にするよ。」
「え…!?」
父が言い出した言葉に驚く。
「急に仕事がらみでな…明日からアメリカだ。
夫人も同行と言うことで、セーラも…」
「そ、そうなの。解りました。」
「父上たちもいないが…淋しくはないだろう??」
幼い頃からこんなことはしょっちゅうだ。
「…は、はい。」
「明日の早朝に出るから…しばらく顔が見れないだろう…」
「え、えぇ…。」
(あ、じゃ…明日の夜は… リチャードに泊まっていってもらおうかしら…)
少女は考えを悟られまいと少し淋しげな顔をする。
「それじゃ、お土産楽しみにしてるわね。」
「あぁ。」
夕食を終えると少女は両親にキスして部屋に下がる。
部屋に戻るとすぐに携帯を手に取り、彼にメール。
"明日…両親もお爺様たちも家にいないの。
土曜の夜は私と使用人だけだから、泊まっていってもらえないかしら…?
お願い…"
リチャードはロンドンの邸の自室でメールを受け取った。
文章を目で追っている内に目が丸くなる。
「え…? 本気か?」
思わず電話する。
すぐに彼女が出た。
「リチャード…メール見てくれた??」
「あ、あぁ…でも…マズくない?」
「私も一瞬、そう思ったんだけど… あなたのそばにいたいの…ダメ?」
彼女の言葉で胸がきゅんと締め付けられる。
「…解ったよ。じゃ、僕にひとつ提案があるんだけど…」
「なぁに?」
「夜さ… 一度お互いの部屋に下がるんだ。
で、夜中に僕が君の部屋に行く…ってなんか間男みたいだな…(汗)」
自分で言って自分で笑う。
「ううん…そんなことない。
ロミオだって…ジュリエットに逢いたくてそうしてた…」
「はは…そうだね。
君がジュリエットで僕がロミオか…」
「えぇ…」
「それじゃ、明日の朝に…」
「はい…」
秘密の約束をした二人…
***
少女の両親は早朝にヒースロー空港へと向う。
彼女が起きて朝食をとっていた時間には機上の人となっていた…
―10時
彼がやってきた。
「リチャード!!いらっしゃい!」
「あぁ…ファリア…」
ずっとお互い顔を見たかった二人は使用人の手前、ひしと抱き合って頬にキスしただけ。
ファリアはメレデス夫人に彼が泊まるからと言ってある。
彼女の恋心は十分解っているだけに何も言わずにうなずいてくれた。
二人は午前中、紅茶を片手にいろいろと話していた。
彼女は例のストーカーまがいの先輩の男のコトは話せずにいた。
心配をかけたくなかったから…
ランチのあと、チェスを始める。
いつものように<お願い権>を賭けて。
チェスの勝負をしながらアフタヌーンティを楽しむ。
「久しぶりだな、レモンタルト…相変わらず美味しいなぁ…
パーシヴァル家のレシピって最強だね♪」
「ふふ…ありがと。」
彼が美味しそうに微笑んで食べてくれるのが何よりも嬉しい。
「今回はね…ひとりで作って焼いたのよ。どう??」
「ホントに?? いつもアニー夫人と作ってたんだろう?」
「えぇ。でも、おばあ様、今はパリだし…頑張ってひとりで初めて作ってみたの。」
「そうだったんだ… すっごい美味しい。
…結婚したら週一で焼いてもらおうかな?」
「…リチャード…」
彼の言葉で頬を染める。
そんな未来が近くに来ていると思うと嬉しさを隠せない。
「喜んで…あなたが食べたいのなら…毎日でも焼くわ。」
「はは…ホール1コを毎日食べてたら、太っちゃいそうだな…」
「ふふ…そうね…」
そんな可愛い会話をしている二人を見て、メレデス夫人は微笑んでいた。
夕方近くまでチェスに興じる二人の姿があった。
勝負の結果は…6回の対戦でリチャード3回、ファリア3回であった。
***
穏やかに見つめあい、微笑みあう二人を見て使用人たちは自分まで嬉しさを感じていた。
特に少女の乳母だったメレデス夫人は安心していた。
(きっと…このお二人なら…幸せなご家庭を築けるでしょうね…
こんなに愛し合って、慈しみあっていらっしゃる…
奥様譲りの美しさをお持ちのお嬢様を大切に…大事にしてらっしゃるリチャード様…
このお方なら、きっと守ってくださる。お任せできる…
大だんな様がおっしゃっていたように…)
夕食を終えると二人は大居間のソファで寄り添っていた。
二人の足元には飼い犬のビーグル犬2匹とスコッチテリアが寝ている。
彼は彼女の腰を抱き寄せ、彼女はその彼の肩に頭を預けていた。
二人の間に特別、会話はなかった。
彼は時折、彼女の肩を撫で、黒髪を撫でる。
彼女は彼のぬくもりを感じて安心していた。
空いている彼の手を撫でたり、指を絡めたりしている。
邸の大時計が9時を告げた…
ファリアは立ち上がり、控えていたメレデス夫人に告げる。
「メレデス夫人… そろそろ部屋に下がるわ。
私たちがそれぞれの部屋に入ったら、あなたたちも休んで頂戴。
お父様達もいないことだし…みんなゆっくり休んで。
朝食はいつもの時間でお願いね。」
「…はい。お嬢様」
その令嬢然とした言葉に微笑む夫人。
リチャードは彼女を部屋の前まで送る。
後ろにメレデス夫人と執事が控えていた。
「それじゃ…ファリア。おやすみ。」
頬にキスする彼にキスを返す。
「えぇ…おやすみなさい。」
彼女は自分の部屋に入って行く。
リチャードは客間に通される。
「お休みなさいませ、リチャード様。」
「あぁ。ありがとう。おやすみ。」
「はい。」
リチャードが部屋に入ったのを確認すると夫人たちは自分の部屋に下がっていく。
彼は部屋に着いた途端。バスルームへと向かう。
もう彼の男性は熱を帯び始めていた。
(ヤバかった… 僕、ずっと彼女の事を抱きしめてたから…)
もう何度もしてきた。
「う…は…ッ… ファ…リア…ッ!!」
(きっとこうしておかないと…無理やり抱きそうな気がするよ…)
吐き出された白濁したものがシャワーの湯で排水溝に流れていく。
「く…は…ぁ…」
荒い呼吸が次第に落ち着いていく中、少し冷静さを取り戻す。
バスルームから出ると、パジャマを着てガウンを羽織る。
窓の外はすっかり真っ暗で自分の顔が窓ガラスに映り込んでいた。
両手で頬を叩き、気合を入れる。
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(2005/8/14)
(2011/11/15 加筆改稿)
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