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sweet pain -13-
―3日後の土曜日
少女は「夕方に戻るから」とだけメレデス夫人に告げて昼前に邸を出た。
行き先は誰にも告げずに。
タクシーでパディントン駅へ。
列車に乗り込んでオックスフォードへと向かう。
車中で車内販売のサンドイッチと紅茶を買ってランチにしていた。
(いきなり行ったら…驚くでしょうね…
土曜だし…外出してたら…)
かぶりを振って悪い予感を吹き飛ばす。
(大丈夫よ… きっと逢える…)
手元には寮のアドレスのメモ―
キャビンでひとり、流れ行く車窓を見つめていた。
約1時間でオックスフォード駅に到着。
駅員にメモを見せ、行き方を尋ねると丁寧に教えてくれた。
「左手にカーファックス塔で… 博物館が…右手。
その向こう…ね…」
少し不安になる。
(そういえばC・チャーチって…学内は見学できるらしいけど…
いきなり寮には入れないわよね… さすがに…)
博物館の前でひとり 立ち止まってしまう。
(やっぱり…彼の都合も考えずに…来てしまって…バカだわ…)
目頭から涙が溢れそうになる。
はぁと溜息をついて、踵を返す。
駅へ向かって歩き出そうとして、人にぶつかってしまう。
「きゃ…ご、ごめんなさい…」
「おっと、ごめん。大丈夫?」
相手は背の高い青年だった。
「こちらこそごめんなさい。…失礼します。」
頭を下げて、行こうとする彼女を呼び止める青年。
「あれ…君… この間の…リチャードの彼女??」
「え??」
その言葉で振り返ると少女の目に入ってきた青年は
確かに前にロンドンの書店で彼と一緒にいた先輩の青年…ジェフリーだった。
「ひょっとしなくても…やつに逢いに来た??」
「…えぇ。でも約束してないし…
やっぱり迷惑だろうから…帰ります。
彼には私が来てたってコト、黙っててください。
お願いします。」
そんな健気な言葉を聞いてジェフリーは笑顔で言う。
「…そんな事言わないで。
呼んできてあげるよ。待ってな。」
「あ…あの…」
彼女の返事も待たずにジェフリーは駆け出して行ってしまう。
「ど…どうしよう…」
ジェフリーは少女の言った言葉で胸が締め付けられていた。
(あんな可愛い娘が…わざわざロンドンから逢いに来て…
悲しい顔で帰っていくなんて…見てられないよ…
それにしてもリチャードのヤツ… かなり羨ましいな…)
寮でリチャードとは隣の部屋のジェフリーだった。
「おーい!! リチャード!! いるか~??」
ドアをノックすると憮然とした顔で彼は出てきた。
どうやら部屋に一人でいたようだった。
「…何ですか?ジェフリー先輩。
金曜の講義のコトなら…」
先日のゼミでちょっと議論で裂帛してた二人。
「違うよ。お前さんに面会。」
「は?」
「来いよ。」
ジェフリーがコートを着たままでいることに気づく。
「…外?」
「あ、上着、着て来い。」
「はいはい… また…何事ですか?」
リチャードはしぶしぶといった様子でコートを着てついて来る。
「お前…今回、貸し1コな。」
「何で?」
「行けば解るよ。」
やや小走りで行くジェフリーを追いかけるようにして行く。
博物館の前でやっと立ち止まる。
「や。お待たせ。連れてきたよ。」
リチャードの顔がみるみる変わる。
「ファリア!? 何でこんなトコにいるんだ??」
「…リチャード…ごめんなさい。
どうしても直接会って言いたい事があって…
来ちゃったの…
ごめんなさい。」
驚く彼の耳元に囁くジェフリー。
「うまくやれよ。」
「すみません、先輩…」
「いいよ…」
「ありがとうございました。」
少女は申し訳なさそうな顔でジェフリーに礼を言う。
青年はウィンクをしてその場を離れる。
まだ驚いていたリチャード。
「それにしても…何で??しかも先輩と?」
目の前の少女は頬をピンクに染めて告げる。
「あの…あのね、このブローチのお礼が言いたくて来たの…
でも、会う約束してなかったし…
やっぱり帰ろうって思ったんだけど…
あの方に呼び止められちゃって…」
「…そうだったんだ…」
ジェフリーの心遣いに感謝したくなる。
そんな二人の横を何人かが横目に通り過ぎていく…
「あれ…リチャードのやつがいるぜ。」
二人の男子学生が彼に気づき声を掛ける。
「何だ…リチャード。珍しくナンパか?」
「ち…違いますよ!!」
突然の先輩二人の登場にあわくってしまう彼。
やってきたのは寮の同室の先輩・ジェインとダントン。
彼女の前に回りこみ、顔を見て口笛を吹く二人。
「めっちゃ可愛い娘じゃん!! な、こんなお子様じゃなくて僕と何処か行かない??」
「あ、あの…」
戸惑い困る彼女と先輩の間に立つ。
「ちょっと!! ジェイン先輩!!」
「何だよリチャード…」
「彼女は僕の婚約者なんです!!
手、出さないで下さい!!」
彼の叫びに近い言葉に目を丸くする。
「「は??」」
「行こう!」
彼は少女の手を引いて歩き出す。
「リチャード…ごめんなさい。
突然来て…やっぱり迷惑だったわよね…」
無言のまま、彼は手を引いて歩く。
応えてくれない彼に対して不安になる。
街の中心部にある教会まで来ると入館料を払ってくれた。
教会の聖堂内で二人は立ち止まる。
「…ファリア…僕、嬉しいよ。」
「…え?」
「まさか…こんな…オックスフォードまで来てくれるなんて…思いもしなかったから。」
素直に彼が照れ臭そうに言ってくれて嬉しさを隠せない。
「リチャード…あのね、ブローチとオルゴール…ありがとう。
嬉しかったの、私。
今年はこんなに素敵な贈り物もらえるなんて思ってなかった。
だからどうしてもメールでも電話でもなくて…
直接、顔を見て言いたかったの…」
ぽろぽろとキレイなしずくが頬に流れる。
「…ファリア…」
「ありがとう。リチャード…」
ちゅっと彼の頬にキスする。
そんな彼女が愛しくて抱きしめる彼の手。
「僕の方こそ…ありがとうだよ。
こんなところまで…」
温かい気持ちで二人は抱き合っていた。
「ファリア…せっかくここまで来てくれたんだ。少し案内するよ。」
「…えぇ。」
「とりあえずここがセント・マーティン教会。
カーファックス塔に上がれば街が一望できるんだ。行こう。」
彼と手をつないだまま上がりたかったが階段はかなり急で狭かった。
上につくと街がぐるりと一望できる。
「わぁ… ここがオックスフォードの街なのね。」
「あっちが…大学の植物園で、こっちが博物館。」
しばし風景に見とれる彼女を見つめていた。
塔を降りると彼女を連れてアリスのティールームへと。
ショップを見たあと、二人でティータイム。
「ありがとう…リチャード。突然来たのに…」
「…突然の方が嬉しさ倍増かも…」
「そうなの…。 でも次に来る時はちゃんと約束してくるわ。
毎回あなたの先輩のお世話になれないし…」
「…そうだね。」
ふふっと二人は顔をあわせて微笑む。
お互いサプライズデートだっただけけに確かにいつもより嬉しい気がした。
それに彼女の装いを見て少し嬉しい彼。
黒のPコートの襟に贈ったブローチ。
こげ茶のタータンチェックのプリーツスカートにハイソックス。
コートを脱ぐと淡いローズカラーのタートルセーター。
指にはクリスマスに贈った指輪。
見とれている彼に気づき声を掛ける。
「…リチャード??」
「え?あ…なんでもないよ。」
「何処見てたの?」
「…君を。
やっぱり、いつ逢っても君は可愛いな…って。」
途端に恥ずかしくなり頬を染める。
「…リチャードったら…」
「そろそろ、出ようか?」
「…はい。」
彼の手に引かれ。街を歩く。
何人かが自分たちを振り返って見ていたがどうでもよかった。
(帰りたくない… このまま…ずっと二人でいたいな…
でも、無理なのよね…)
カーファックス塔の時計が4時を告げる。
列車で1時間かかるのだから、そろそろ駅に向かわなくてはならない。
「リチャード…私、そろそろ…駅に行かなきゃ…」
「あ… うん。」
途端に二人とも切なくなる。
(この手を離したくないな… ずっと触れていたいよ…)
少しずつ駅に近づく。
彼の手に力が入って行くことを感じていた少女。
駅に着くとロンドンまでの切符を買う。
「あ…僕が…」
「いいの。私が勝手に来たのだし…」
列車の発車時間まで15分ほどしかなかった。
ホームで彼は彼女を抱きしめる。
「…リチャード…」
「帰したくない… けど、仕方ない…よね。」
「えぇ…私も、帰りたくない…」
彼の背に回した手がコートを掴む。
「でも…今日のこと、勝手に逢ってたって…解っちゃったら…叱られるね…。」
「うん…多分…」
お互いを抱き締める腕は震えていた。
「…ファリア。来週は僕がロンドンに帰る。
逢いに行くから…待っててくれる?」
「…はい。」
そっとリチャードはキスをくちびるに落とす。
「約束。」
「…うん。」
目の端で時計を気にしていた彼が告げる。
「そろそろ乗ったほうがいい。」
「…うん。」
彼女が乗り込むとしばらくして走り出す列車。
遠くなっていく彼女が乗った列車をずっと見つめていた。
今の寂しさを乗り越えなければならないことをお互い頭で解っていても
心はそうではなかった。
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(2005/8/14)
(2011/11/15 加筆改稿)
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