sweet pain -9-



―夜10時

邸に戻って家族揃ってのサパータイムはクリスマスモード。
食事の後、プレゼント交換して幸せなひと時を過ごす…



少女は2階の自分の部屋でひとり、溜息をついていた。


   (結局、あの後、一度も逢えなかった…
    怒っているかしら…)

陛下主催のクリスマスパーティの会場で一度別れてしまってから
母に連れまわされ、彼に逢えなかった。



   (明日…のつもりなんだわ、リチャード。
    25日でもクリスマスはクリスマスよね…)


ベッドの横のサイドテーブルに置いてた携帯が突然鳴り出し驚いてしまう。
着信音で彼だと解る。

「…え? リチャード?…もしもし?」

「あ、良かった…起きてる?」

「…うん。」

壁の時計を見るともう11:15を廻っている。

「窓の下…見てくれる…」

「…え?」


少女は慌てて自分の部屋の窓の下の庭園を見る。
そこにはコート姿の彼が立っていた。

「ど…!? どうしたの?」

「…クリスマスプレゼント、持ってきた。」

携帯越しに顔を見ながら会話していた。

「待ってて、すぐ降りるから!!」




少女は夜着の上にコートを引っ掛けて駆け下りる。
思わず駆け寄ると抱きとめてくれた。


「何で?わざわざ??」

「24日は今日だけだろう? …ごめん、こんなギリギリで。」

彼がポケットから出す小さな箱。
受け取る少女の手は震えていた。

「…開けてみていい?」

「あぁ。」


丁寧にラッピングされた箱。
あけると四つ葉のクローバーをかたどったサファイアの指輪。

「リチャード…これ…」

「エメラルドにしようか迷ったんだけど…
君の誕生石だしね、サファイアにしたんだ…」

ぽろぽろと嬉しくて涙が溢れる。

「ありがとう…リチャード…」

「ちょっと貸して…」

「え?」

「はめて上げる。」

「…はい。」


彼は少女の左手薬指にはめる。

「うん…ぴったりだ。」

「ありがとう。…大事にするわ。」

「あぁ…」


彼女の笑顔を見て自分も嬉しさでいっぱいになる。






そんな二人を3階の窓から彼女の両親が見ていた。





「リチャード…手、冷たい。
ね、あったかいミルクティでも淹れるから入って。」

「いや…帰るよ。もうこんな時間だし。」

腕時計を見せられ見るともう日付が変わる前。

「…リチャード…」

少年は感じていた…彼女の両親の視線を。




「おやすみ…ファリア。」

「えぇ…おやすみなさい…リチャード。」


そっとくちづけを交わして二人は離れる。

「じゃ、また。」

「えぇ。」



少年は踵を返して帰っていく。
少女は姿が見えなくなるまで見送っていた。
隣の邸とはいえ徒歩10分はかかる。

お互いを求めているのは解っている。
けれど今は許されないということを理解していた―――





   *


ファリアの両親は二人を終始見ていた。


「まぁ…クリスマスだし…多めにみてやるか…」

父親として少し面白くない。


「いいじゃないの…キスくらい…」

夫に腰を抱かれたまま妻は言う。

「…そりゃそうなんだがな…
あの二人、やっぱり私たちの気づかぬうちに大人に近づいているようだな…」

「そうね…もう16歳。 あと5年もしないうちに花嫁姿が見れそうね…
父親としてはちょっと複雑??」

嬉しそうな笑顔でセーラは問いかける。

「まぁな…」

「でもいつかは…嫁ぐんですよ、あの娘も…」


そっと妻は夫の首に抱きつく。


夫婦の部屋の明かりが落とされる…












   ***

―翌25日


教会でのミサの後、偶然会うパーシヴァル一家とランスロット一家。

「や!? アーサー!」

「あぁ。エド。」


一個人として会う父親たちはお互いをファーストネームで呼び合う。
祖父祖母たちも笑顔で挨拶を交わしていた。
少女は笑顔で少年に声を掛ける。

「リチャード…"この間"はありがとう。嬉しかった…」

「喜んでもらえて、僕も嬉しいよ。」


彼女がわざと"この間"と言っている理由を察していた。


昨夜のほんの少し逢った時間は秘密―

しかし彼女の指には指輪が輝いている。




少女は母に問われた今朝、こう言い訳した。

   「この間、彼の家の車で送ってもらった時に…」

納得してくれた様子の母は追求しない…



「久々にうちでお茶でもどうかね?」

ファリアの祖父パーシヴァル公爵がリチャードの祖父・モーティマー卿に声を掛ける。

「せっかくだ、お邪魔しよう。」

リチャードの一家はパーシヴァル邸に行く事に。



教会から総勢11人は歩いて向かう。
両家とも歩いて教会に行っていた。




   ***


パーシヴァル邸に着くと久々のティーパーティといった雰囲気になる。
大居間にはクリスマスツリーが飾られていた。



少女は自然に少年の横に座っていた。

みな紅茶片手に談笑している。


「あ、このスコーンね、おばあ様と焼いたのよ。」

「…へぇ。」

少年は即ほおばる。
その向こうで彼の父も口にしていた。

「うん…美味しいよ。」

「ありがとうございます。ランスロット公爵様」

2個目を口にする彼。
彼の父も2個目に手を伸ばす。

「うん、イケるよ、ファリア。」

「よかった…」

笑顔を見せる少女に祖母も微笑む。

「良かったわね、ファリア。」

「えぇ、おばあ様。
多めに焼いておいて良かったわ。」




パーシヴァル家6人とランスロット家5人の総勢11人のティーパーティは和やかに過ぎていく。

「久々に9ボールでもせんか?」

パーシヴァル公爵の一言で祖父と父の4人はプレイルームへと行ってしまう。
少女は少年に声を掛ける。

「ね、チェスしない?」

「うん、いいね。久しぶりに勝負するかい?」

「もちろんよ。」



二人は連れ立って少女の部屋の居間に向かう。



「こうやってチェスするの久しぶりね。」

笑顔の彼女に提案する少年。

「<お願い権>賭けない?」

「…いいわよ。」



久しぶりの真剣勝負。


そこへメイド頭のメレデス夫人がお茶の用意を持ってくる。

「あらあら…随分、真剣勝負の様ですね。」

「勿論よ。」

二人がコマを進める横で紅茶を淹れてくれていた。


「お嬢様もリチャード様も頑張ってくださいな。」

「ありがとう。」

「あぁ、頑張るよ。」

二人の手元にカップを置いた夫人は一言言って部屋を下がる。




二人の様子を見に行くように実は父親達に言われて来たのだった―



「ね、リチャード…」

「うん?」

「メレデス夫人… お父様の差し金よ、きっと。」

「は?何で?」

「だって最近、お父様ったらうるさいんですもの。」

彼女がすこしむくれていた。
その顔を見て少し微笑むが、心境はそうでもなかった。

「僕、信用されてないのかな…」

「そんな事ないと思うけど…」



二人はふっと黙ってしまう。


しかし手元でコマは進めていく。

「チェック。」

「あ。いけない。」

「ファリア…別の考え事してた??」

「うん…ちょっとね。」

次の手で彼にしてやられるのは明白だった。

「チェックメイト。」

完全に詰まれていた。
久々の完敗―


「あ…久しぶりに負けたわ…」

「何考えてた…?」

少年は訝しく思い問いかける。

「…ヒミツ。」


   (言えるわけないでしょ… あなたの手に見とれてたなんて…
    あの時の事、思い出してたなんて…)



少女の身体はあの瞬間を思い出し、切なさを感じていた。

彼女の返事に納得いかない少年。


「…僕に言えない?」

「だからヒミツだって…」

「じゃ、今、僕が得た<お願い権>発動させる。
何考えてたか教えてよ。」

コレには本気で驚く。

「…ちょっと、そんな事に使っちゃう訳!?」

「"そんな事"でもいいよ。言って。」

「ダメよ。」

「じゃ、今の君の持ってる<お願い権>6個が僕に来るけど…
それでもいい?」

彼の発言に迷いはない。
少女は半分意地になっていた。

「…いいわよ。」

「それこそ"そんな事"に6個失ってもいいワケ?」

「…だって。」

「だったら言ってよ。」

「…怒らない?」

うつむきかげんで上目使いの少女にどきりとした。

「怒らないよ。」

「私のこと、嫌いにならない?」

「何で嫌いになるんだ??」

「…だって…」

「あーもー、何でもいいよ。
君が負けた理由を知りたいんだから。」


校内のチェス大会に彼女は出場できない。
一応、9歳で世界Jr大会優勝者の少女。
タイトルも3年連続で保持していた。

ピアノに専念するために最近は出場していなくとも
その成績を持っているために校内大会は出られない。
彼は校内のチェス大会では何度か優勝しているが
それでもやっと勝てるか勝てないかといったレベル。


世界チャンピオンの祖父に仕込まれた彼女は同世代の子供では勝てない。

そんな彼女が真剣勝負していたはずなのに負けた理由を単純に知りたいだけ。




顔を真っ赤に染めて少女はやっと切り出す。

「あの…あのね、あなたの手を見てたの…」

「手を見てた? じゃ、普通勝てるんじゃないか?」

「違う…。 この間のこと…思い出しちゃって…」

「"この間"…   」

繰り返してやっと気づく。
彼女の言いたい事に。
―特別閲覧室の出来事


彼まで頬を赤く染めていた。

「あ!? それで…なの…?」

「うん…だって 」

「そうだったんだ…」

やっと納得した。
あの瞬間のことを思い出してしまった彼女はチェスどころではなくなっていた…

向かいに座っていた彼は立ち上がり、彼女の横に腰を下ろす。
何も言わず顎をとらえてキスする。
彼女の髪に手を入れ、撫で上げる。


「…ん…」


くちびるが離れると抱きしめる少年の腕。

「僕が嫌いになるはずないだろう?
逆だよ… 余計好きになるよ…」

「…リチャード…」

彼の言葉で胸が締め付けられる。

「でも…今日は無理だね。」

「わかってる…」

少年の背に回した手がセーターを掴んでいた。

「好きだよ…」

「ん…ッ」


それでも優しいキスを繰り返す二人…





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(2005/8/13)


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