sweet pain -7-
図書館の特別閲覧室の机の上で二人は折り重なっていた。
リチャードは体重をかけまいと…自分の昂ぶりを隠すために腕で身体を支えていた。
普段から鍛えているからこそ苦ではない。
「そろそろ…パーティ会場に戻るか…」
腕時計を見ると19:30を過ぎている。
パーティもそろそろ終わる予定…
「そうね…」
講堂へ戻ると生徒は1/3くらい減っていた。
「おや…ちょっと減ってるというか、帰っちゃってるね。」
「そうみたいね。」
「ファリア、一緒に帰ろう。」
「え?」
「僕んちの車で送るよ。」
「でも…ウチのほうが学校から距離あるのよ。それなら…」
「いいや。今日のお詫びに送らせてくれ…」
そう言われれば断れない。
顔をピンクに染めた少女は応える。
「はい…」
「ちょっと待ってて。カバンをロッカーから持ってくるから。」
ファリアは自分の蜜の名残で居心地が悪かった。
「あぁ。僕も取りに行かなきゃ…」
それぞれ男子部と女子部のロッカールームへと。
彼もまた、自分の身体の名残を何とかしたかった。
15分後、校門近くの車寄せで二人は合流する。
何十台もの車が停車しているので彼は彼女の手を引いてパーシヴァル家の車を探す。
「ファリアお嬢様。お迎えに上がりました。」
パーシヴァル家の運転手・ロビンが声を掛けてきた。
「あ、Mr.ロビン。ご苦労様…」
「すまないね。せっかくきてくれたけど…僕んちの車で送るよ。」
「リチャード様が…? お嬢様、私は…?」
「申し訳ないけど… 先に帰ってくださる?ランスロット家の車で送っていただくから…」
「あ、はい。かしこまりました。」
ロビンは車に乗り込み、行ってしまう。
「悪い事しちゃったわね…」
そこへランスロット家の運転手・ジョンが来る。
「リチャード坊ちゃま。お迎えに上がりました。」
「あぁ。ご苦労。すまないが…ローレン城に廻って欲しい。」
「は…はい。」
少年の傍らにいる少女を見て納得する運転手。
「では…どうぞ、ファリアお嬢様。」
「お願いします。」
「はい。」
彼が車のドアを開けると乗り込む少女。
二人が後部座席に乗り込むと車は走り出す。
しばらくして少女は彼に声を掛ける。
「リチャード…一日早いけど…コレ。」
「ん?」
「Merry X'mas。」
彼は受け取り、袋から出すと大きくもなく小さくもない箱だけど少し重い。
「クリスマスプレゼント?」
「そう。明日にしようか迷ったんだけど…今日渡せるかもと思って持ってきておいたの。」
「開けていい?」
「えぇ。」
包装をあけるとクリスタルのチェスのコマと盤のセット。
「チェスセット…?!」
「そう。キレイだったから…
コレで練習してみてね。」
「…そうだな。
本気になった君と勝負したら勝てないし…」
「大学に持って行けばいいわ。」
「そうだね、そうするよ。
僕からは…明日渡すよ。」
「はい。」
「僕ばっかり貰ってアレだな…」
「え?私、他に何かあげた??」
「…閲覧室の想い出…」
「え?? あッ!?」
一瞬で顔を真っ赤に染める少女。
「もう…やだッ!!」
「はは…」
そっぽを向く彼女に呼びかける。
「ね、すねないでくれよ…」
「…」
「ファ〜リアっ!!」
暗い窓ガラスに映りこむ彼女の表情に気づく。
怒っているわけでない。
ただ恥ずかしいのだと解る。
そっと背中から抱きしめた。
耳元で囁く。
「ファリア… ホントに君が僕にとって一番大切なんだ…解って…」
「…うん。」
運転手のジョンは二人のやり取りを黙って聞いていた。
何より仕えているランスロット家の跡取りであるリチャードが
パーシヴァル家令嬢のファリアを深く愛している事を理解した。
先日、リチャードがオックスフォードに行く事を使用人たちに知らせた主人・ランスロット公爵。
当主の喜びは使用人達に伝わっていた。
城の使用人は勤続10年以上の者ばかり。
少女のことも幼い頃から知っているだけに二人の間にある事も良く解っていた。
それだけに次代の当主の恋が成就する事をみな願っている。
(リチャード様がオックスフォードに行くのを躊躇われたのも仕方がないな…
離れがたいのも… 解る気がする。
ファリアお嬢様を幼い頃から知っているが…
ここまで可憐な乙女になられて…
リチャード様の恋情も解るよ…)
2年ぶりに少女を見た時、少し驚いていた。
勤続12年の30歳の運転手は優しい目で二人を見守る。
二人はしばらく黙ったまま…
少女は彼に抱きしめられていた。
「リチャード様、ファリアお嬢様… あと10分ほどでローレン城でございます。」
もう城が間近に迫りつつあった。
別れの時間が迫る―
「…あぁ。」
ジョンはわざとスピードを落として走っていた。
彼もそのことに気づいている。
陽は完全に落ちていて空には星が瞬いていた。
(本当は帰したくない…このまま城に連れ帰って…閉じ込めたいよ…)
内心そう思いつつ、そんな事は出来ないと理解している。
ゆっくりと城への橋を渡り、エントランスの前に向かうと執事二人が出てくる。
「…リチャード…」
「あぁ、解ってる。明日、また会おう…」
「…えぇ。」
そっと触れるだけのキスを交わす。
停車すると執事がドアを開ける。
「お帰りなさいませ、お嬢様。」
「えぇ…ただいま。」
彼女のカバンを受けとってくれる執事。
車を降りると彼女の父・アーサー=パーシヴァル伯爵がスーツ姿でエントランスに現れた。
「ただいま戻りました、お父様。」
「…遅かったな。車だけ帰ってきたので驚いたよ。」
「…ごめんなさい。」
「ランスロット家の車で戻ってくるとは聞いていたが…一緒だったのか?」
「…はい。」
リチャードは彼女と父親の様子を見て車を降りた。
「あの…パーシヴァル伯爵、ご無沙汰しています。」
「あぁ、そうだね。リチャード君。」
「彼女を叱らないで下さい。僕が無理に送ると言い張ったので…」
リチャードの真剣な眼差しを見て伯爵は理解した。
「あぁ。叱らないよ。すまなかったね… 送ってもらって…」
「パーシヴァル伯爵…」
「お父様…」
父は階段を下りて彼に近づく。
「リチャード君、娘の事… 大切に思ってくれていることは感謝してる。」
「…いえ…」
「しかし、君も娘もまだ16だ。
そこの所をよく考えて行動してくれたまえ。」
「…はい。それでは失礼します。
明日の陛下主催のパーティでお目にかかれると思います。」
「そうだね。」
「それでは、また。」
父に真摯な顔を向けて彼は車に乗り込む。
少女は車の窓の中の彼に近づく。
「リチャード、また明日…逢いましょ。」
「あぁ、明日。
…それじゃ、行ってくれ。」
「はい。」
走り出す車を見送る。
その娘を見つめていた父。
「…ファリア。」
「はい。」
「さっきリチャード君にも言った言葉を聞いていただろう。」
「はい。」
「おまえはまだ16になって3ヶ月だ。リチャード君も来月末でやっと17だ。
いくら大学に行くと言っても彼もお前もまだ子供だ。
社交界デビューを済ませたと言ってもな。」
「…はい。」
「節度ある交際を頼むぞ。」
「…はい。」
***
父に言われた言葉は理解している。
けれど彼への想いは止まらない。
「はぁ…」
溜息をついてバスタブに浸かる。
サパー(夕食)の時、両親は何も言わなかった。
けれど今日のことを気づかれているのではないかと内心びくびくしていた。
ゆっくりと熱い湯に浸かっているとまどろみそうになる。
ふっと彼のくちびるの熱さを肌で感じていたことを鮮明に思い出す。
「あ…私…」
途端に恥ずかしくなる。
(自分で自分の声に驚いてた…
あんな声…
あんなことされて…)
初めて感じた身体の奥の疼き…
切なくて、もどかしくて…なんともいえない甘く激しい感情に翻弄されていた。
自分で初めてそっと草むらの奥に指を滑らせてみる。
(自分じゃ…何も感じない…
リチャードだから…??)
そして気づく自分の胸の谷間にくっきり残るキスマーク。
「あ…」
それはパーティを抜け出した二人の間に起こった事のしるし―
「明日…どんな顔して逢えばいいの…???」
少女が悩んでいても時間はすぎていく…
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(2005/8/12)
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