sweet pain -5-
11月中旬―
ファリアのデビューパーティも無事に終り、やっと落ち着いた頃…
彼の書いたある論文がオックスフォードの大学の教授の目に留まった。
その結果… "是非大学に来て欲しい" とのお言葉。
17歳にして名門学院の3年に飛び級している彼にとって更なる飛躍。
両親はとても名誉な事だと喜んだ。
しかし彼本人は論文が認められた事には喜んだが大学に行くのは今は嫌だと父に告げた。
「何故だ?! リチャード!! こんな名誉なことは…」
「わかっています。けど…今だって飛び級で廻り年上なのに…」
「何を気後れしておる!?」
「今だって風当たり強いのに…」
「は?」
「…」
黙り込む息子に何を言っても無駄だと父親はわかっていた。
とりあえずこの場での説得は諦める。
書斎から息子を下がらせ、電話を取った。
「…やぁ、アーサー。すまんな。」
電話の相手は他ならぬ親友パーシヴァル伯爵アーサー。
「実はな…ウチの息子に大学に来てほしいと話が来ていててな…」
「ほう。素晴らしい事じゃないか?で、どうした?」
「コレがな…行きたくないとわがままを言うのだよ…
周りが年上で風当たりが強いから嫌だとか言っておったが、
本心はお前の娘と離れたくないんだろう…」
電話の向こうでアーサーは笑っていた。
「ははは…そういや、飛び級の時も娘に遠まわしに説得するよう言ったな。」
「そういうわけで…少々情けないが、また君の娘の力を借りたい。」
「解ったよ。そういうことなら娘に言い含めておこう。」
「すまないな。アーサー。」
「構わんさ。エド。
君の息子が立派になって嬉しいのは君だけじゃない。」
「そうか…よろしく頼む。」
「あぁ。」
部屋に下がっている娘のところに行く。
もう寝る用意をしている娘はネグリジェにカーディガンを着ていた。
すぐに例のことを話すと驚きの顔を見せる娘…
「リチャードが大学に??」
「あぁ。それで… お前からも行くように説得してくれんか?
お前は…淋しく思うかもしれんが…」
少し黙るが父に言い出す。
「お父様…私も…彼が大学に行く事は素晴らしい事だと思うの。
それだけ彼が認められたってことですものね。
私からもお願いしてみる。
…お父様、私、ひとつだけお願いがあるんです。」
「何だ?」
「私、彼が大学に行ってしまうのなら…王立音楽院に行きたい。
今からじゃ無理かしら…??」
「…ファリア…」
父は娘の心情を察した。
(リチャード君がいなくなるなら…彼のいない学校にいるよりかは…と
言ったところか…?)
「解った。何とかなるだろう。
しかしリチャード君の話が決まらん事にはな。」
「そうね。明日、学校で話してみる。」
「…あぁ。」
*
(リチャードが… オックスフォードに… 行っちゃうのなら…私も頑張らなきゃ…
彼が立派な男性になった時、私が横にいられるように…
しばらくは淋しいだろうけど…)
そう思いベッドに横になり目を閉じる。
***
―翌日
相変わらず放課後の図書館で逢う。
部活もそれなりに忙しい中、お互いの顔が見たくてしょうがなかった。
今日はファリアが特別閲覧室へと誘う。
「どうしたの?珍しい…??」
「お話があるの…ここじゃまずいし、カフェテリアもちょっと…」
「…何?」
予想がつかない。
「…行ってから話すわ。」
「…そう?」
二人は連れ立って個室になっている特別閲覧室に入る。
大体は先生方が使うのだが生徒も司書に頼めば使える。
今回はファリアが頼んでおいた。
「話って何?」
彼は閲覧室に入り鍵をかけるなり切り出す。
「オックスフォードの大学の教授にあのレポート、認められたんでしょ?おめでとう。」
その言葉で狼狽する彼。自分は黙っているつもりだった。
大学の話は両親しか知らないはず。
声のトーンが暗くなる。
「何で…知ってるんだ?ひょっとして父上から?」
「私の父から聞いたの。
それで大学行くんでしょ?すぐに。」
「何言ってる!? 行かないよ、僕。
大体、君の数学を見る約束したじゃないか…卒業まで。」
リチャードの言葉に耳を貸さない。
「私ね… 王立音楽院に行くつもりなの…」
「え…?」
「前から行きたいと思ってた。
でもあなたと一緒のキャンパスにいたかったから…先延ばしにしてた。
あなたがオックスフォードに行ってくれなきゃ…私、行けない。」
「…あ…」
ファリアは本心を隠していた―
自分が王立音楽院に行きたいから大学に行って欲しい…
そんな風に話を持っていく。
「あなたが…大学行ってくれないと…行けない、私。」
昔から彼女がピアノを本格的に勉強したいと思っている事を知っているリチャードは
彼女の言葉を鵜呑みにする。
それに彼女が嘘をつくとは考えられない。
幼い頃から彼女が嘘をつくときはわかるつもりだ。
物心付く前からずっとそばにいる。
しばらく手を震わせていたリチャード。
そんな彼を見つめるファリアは切なさを押し殺す。
「…解った。でももう少しだけ…ここにいる。」
「え?」
「来年から…行く事にするよ。」
「来年?」
「そ、1月入ってから。節目になるだろう?」
「…そうね。」
彼が決心してくれた事に安心した。
彼女の表情が和らいでいくのを見て彼は切り出す。
「ファリア…僕の願いを聞いてくれる?」
「なぁに?」
「その…今、君を抱きしめたい。」
「…え…っ?!」
驚く表情を浮かべる彼女にさらに言葉を続ける。
「その…変な意味じゃなくて…Hugって意味で。」
「あ、えぇ…いいわ。」
「そう、ありがとう。」
そっと優しく自分の腕の中に彼女を抱きしめた。
小柄な乙女はすっぽりと腕の中に収まる。
揺れる黒髪を撫で、背をさすり、頬を摺り寄せた…
彼女の手がおずおずと少年の脇の下をくぐり、ジャケットの背を掴む。
「…リチャード…」
胸に顔を埋め、涙をこらえる。
(私の本心に気づいているのかしら…やっぱり…)
彼のぬくもりが吐息が恋しい。
抱きしめられていると満たされていく気がした。
「…ファリア。僕は本当は君から離れたくない。
でも君が望むなら… 行く…よ。」
「うん。リチャード。 早く立派になって私を迎えに来て。」
「え?」
その言葉で抱きしめていた腕を緩め、彼女の顔を覗き込む。
「素敵で立派な紳士になってちょうだい。
それが私の望み…
私はあなたにふさわしいレディになるから… 」
「君はすでにレディだよ。可憐で優しくて気品があって…」
「そんな事ない…まだまだよ…」
「僕の目には最高のレディに見えてるよ。」
「…リチャード…あ…」
軽く唇を奪われる。
離れたあと、しばらく見つめ合う。
少年は手に力を入れる。
腰を抱き寄せ口元を引き寄せた。
「んッ!!」
激しく深く求められ呼吸も出来ない。
今まで彼がしてきたどのキスとも違う…魂がトロけそうなくちづけ―
それは彼にとっても同じ事…
二人の唾液が混ざり、お互い口元を濡らしていた。
リチャードもファリアも何も考えられなくなる。
お互いの事しか…
身体から力が抜けていく彼女を抱きしめる。
「あ…」
目がとろんとした彼女を恍惚とした瞳で見つめる。
彼は思わず閲覧用の重厚な机に彼女を押し倒す。
「あッ!! リチャード…ダメ…こんなところで…」
「解ってる。でも少しだけ…こうしてて…」
「…え…?」
「君を感じたい…これ以上はしないから…」
彼の…子供のような瞳に胸を鷲掴みにされた乙女は抵抗出来なかった…
「ファリア…君、あったかい…それに…やわらかい…」
頬に頬を摺り寄せ囁く。
無理やり押し倒されたのに怖くなかった。
むしろ切なさを感じていた。
(もっと…触れていたい…リチャード…)
自分に覆いかぶさっている彼の背に震えながら腕を廻す。
「あ…ファリア…?」
「私…私…」
少し身体が震えている事に気づく少年。
「…好きだよ…」
そっとくちびるを重ねる。
離れると彼女の双眸から涙が溢れた。
我慢していたけれど本心を吐露してしまう。
「私…私、ずっと一緒にいたい。
けど…ランスロット家やパーシヴァル家のことを考えたら
そんなワケにいかない…
このままじゃいけないって解ってる。
だから…だから…」
彼は初めて彼女の心の内を知った。
「ファリア…ごめん。
僕のほうが子供だな。」
「そんな事ない!! 私がずっとあなたに甘えていたの…」
少年は抱きしめていた手で彼女の頬の涙を拭う。
「でも…今だけ…家の事、忘れてくれないか?」
「…え?!」
「今だけ…僕のことしか考えないで…
だからもう少し…君を感じたい…」
彼の手がそっと彼女のネクタイを緩め、外していく。
シャツのボタンを3つ外すと白い谷間が現れた。
「あ…」
彼の思わぬ行動に逆らえない。
恥ずかしくて顔を背ける。
羞恥で頬をピンクに染めた彼女がとてつもなく可愛い。
「少しだけ… 君のぬくもりを感じさせてくれ…」
「…う…ん…」
彼は初めて彼女の白いデコルテにくちびるを落とす。
「ん…ッ!!」
くちびるが触れた途端、びくりと身体を震わせた。
「…嫌だったら、言ってくれ…」
「ううん…嫌じゃない……」
彼のくちびるが触れたところから痺れる様な熱さを感じた。
ただ胸元に触れられているだけなのに全身が熱い。
(もっと…触れて欲しい… けど…恥ずかしい…)
羞恥心が先に立って言葉に出来ない。
彼の手は彼女の手を握り、指を絡めた。
指先に力を込める彼女に優しく握り返す少年。
リチャードのくちびるが一瞬離れた。
「あ…」
彼を見上げると切なげな表情。
「可愛いよ…ファリア…」
彼は再びそっと白い谷間にくちびるを寄せた。
「あ…ん…」
思わず漏れ出た可愛い声を聞いて白い肌を吸い立てる。
「は…ッ あぁ…ん…」
力いっぱいに手を握り返してくる。
彼女の白い肌にくっきりとしたキスマークが残された。
「…ファリア。ごめん。」
「え?」
「思わず嬉しくて…アト…残してしまった。」
さっき触れられ吸い立てられたトコロに赤いアト。
「え?これって…キスマーク??」
「う、うん。ごめん。」
そっと自分の指先で触れたとたん、愛おしさを感じる。
「いいの…謝らないで。
私、嬉しいから…」
「怒らないの?」
「何で? 制服着てれば解らないわ。
夏場じゃないから大丈夫よ。
パーティならドレスでも隠せるし。」
「そっか…でも…」
「リチャード…私、嬉しいの。
あなたが初めて…くちびる以外のところにしてくれたキスの痕…」
彼女の言葉で心が打ち抜かれていた―
まだ少年は彼女を机に押し倒し、覆いかぶさっていた。
「ねぇ、ファリア…」
「…はい?」
「今まで…あんまり電話とかメールとかってしてなかったけど…
大学行ったらする。 寮に入る事になるし…」
「…そうね。」
「だから1日1回でいい…声を聞かせてくれ。」
「…えぇ。」
「早く立派な英国紳士になる。だから待っていてくれ…」
「えぇ…。」
リチャードは身を起こし、彼女も起こす。
そっと白い頬を撫でる彼の手。
「待っててくれ…僕の未来の花嫁…。」
「待ってるわ。…リチャード、大好きよ。」
再び重なるくちびるは触れるだけのくちづけ―
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(2005/8/11)
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