sweet pain -4-
―翌日
例の書庫の奥で二人は逢っていた。
「ごめん…今週は今日だけしか逢えないよ。」
「…え?」
「馬術部の練習とフェンシング部の校外試合のことで忙しくてさ…ごめん。」
優しい笑顔で少女は応える。
「いいのよ。頑張って、リチャード。あなたならどっちも優勝よ!!」
励ましの言葉が彼を奮い立たせる。
「…ありがとう。
ところでさ、夕べ君の父上から電話あったよ。
…君のデビューパーティのエスコートのことで。
僕を選んでくれて嬉しいよ。」
リチャードは本気で嬉しかった。
だから電話で頼まれた時、迷わず即答していた。
「…私ね、幼い頃からデビューパーティのエスコートはあなたでって思ってたの。
引き受けてくれてありがとう。」
「何言ってる? 僕の方こそ光栄だよ。」
二人は静かに微笑み会っていた。
「ひとつだけお願いがあるの。」
「何だい?」
「あのね…一度でいいからワルツのレッスン付き合って。」
「あぁ、もちろん。
って一回でいいのか?」
「えぇ。だってあなた忙しいでしょ?」
「…う。(汗)」
確かに指摘されたとおり時間にあまり自由がない。
「それに昔から何度もあなたと踊ってるから…
そんなにレッスンしなくても大丈夫でしょ?」
「それはそうだけど… 気を使ってくれるのは嬉しいけれど、極力付き合うよ。
だからレッスンの日時、教えてくれ。」
「…えぇ。解ったわ。」
彼の言葉に嬉しさを隠せない。
***
少女は少々淋しさを感じながら、自分も音楽部のレッスンに励む。
今は学内でのハロウィンパーティに向けての演奏会のレッスン。
パートはハープ。
曲によって彼女は色々とパートをこなしていた。
ピアノ、フルート、ハープ…
ピアノ協奏曲でもピアノを弾けるのはたった一人。
部内の選考会の結果でパートは決まる。
彼女はハープを使う曲のときはコレと決まっていた。
部内の誰よりもハープの演奏に長けていたから…
***
ウィークディは図書館で逢える二人だが、お互い部活だの学校行事だので思うように逢えない日々が続く…
やっとまともに逢えたのは11月頭の彼女のデビューパーティの為のワルツのレッスンの日。
「なんか…随分、こういう風に逢ってない気がするね。」
リチャードは結局ワルツのレッスンには一回しか付き合えなかった為、この日のみ。
「そうね…あなたの試合も観に行ったけど…バタバタしてたし。
…遅くなったけど、優勝おめでとう。」
「あぁ。ありがとう。」
まだワルツの先生は来ていないので二人きりでソファに腰掛けていた。
少女は近づきそっと彼のくちびるにキスする。
ちゅっと小さな音がした。
少年はそれだけでもかなり嬉しい。
直後、ドアをノックする音。
「はい。」
少女が返事するとワルツの家庭教師・タッカー。
「さぁ、お嬢様。最終レッスンです。
パートナーと二人で頑張りましょう!」
「はい。」
先生の見守る中、リチャードは彼女の手を取ってステップを踏む。
見事に彼は彼女をリードする。
でも、少女のステップも上手くなっていると感じていた。
自分の腕の中でふわりと舞う様を見ているとすでに立派なレディだと感じた。
ワルツの家庭教師も褒めちぎる。
「パートナーがいいのですか?
私の指導が良かったのですか?」
「両方です、Mr.タッカー。
彼は私が幼い頃からパートナーをしてくれてますもの。」
「おやおや…そういうことですか。
どっちにしろコレで公爵様に報告できますね。
…問題ありませんと。」
「ありがとうございます。」
「それでは、本番、頑張ってください。」
「はい…Mr.タッカー
お世話になりました。」
「それでは…」
二人は笑顔で顔をあわせていた。
「ありがとう。リチャード。」
「ん?」
「やっぱりあなたはステキな英国紳士よ。」
「そうかい?」
「先生より、上手だわ。」
「それは…相手が君だから。」
「え…?」
少女が照れているとドアをノックする音。
「…はい?」
ドアを開けやってきたのは執事。
「リチャード様。…ご夕食を一緒にどうぞとだんな様からの伝言です。」
「あ、はい。」
二人ともダンスのレッスン用の服から普段着に着替える。
チェスをしているうちに夕食の時間だと呼ばれていく。
食堂には彼女の祖父・パーシヴァル公爵とアニー夫人。
父親・パーシヴァル伯爵とセーラ夫人。
ディナータイムは静かに進む。
そんな中、祖父のパーシヴァル公爵が彼に声を掛ける。
「リチャード君…
娘のデビューパーティの事、よろしく頼む。
一生に一度の晴れ舞台だからな。」
「はい。全力を尽くします。」
凛々しい顔つきで彼は初老の公爵に告げる。
口には出さないがファリア本人はかなり嬉しい。
デビューパーティまであと3日―
***
デビューパーティ当日―
夕方からのパーティなのだがファリアは準備の為に忙しい。
リチャードも早めに到着し、燕尾服に着替える。
めったに着ない礼服だけに彼も少し緊張した面持ち…
南スコットランドのローレン城は久々のイベントで大勢の招待客で賑わう。
国内の貴族の大半が招待されていた。
その中に母・セーラの実家でもある英国王室のメンバーもいた。
代表で来たのはファリアの祖母に当たるクリスティーナ皇太后。それと従兄のフィリップ皇太子。
錚々たる面々の前で社交界デビューを迎える。
大広間に集う客のざわめきが2階の廊下にまで響いている。
そんな中、彼が迎えに来た。
「大丈夫?」
「えぇ、ありがとう。リチャード。よろしくお願いします。」
「こちらこそ。
…では行こうか。レディ?」
「…はい。」
彼の手に引かれ、大広間に続く大階段の手前で立ち止まる。
二人が階段上に姿を現すと司会進行役が告げる。
「本日デビューとなられます、パーシヴァル公爵家子息パーシヴァル伯爵令嬢ファリア様です。
エスコートはランスロット家子息リチャード様…」
彼の手に引かれ、大階段を下りる。
招待客のささやきが聞こえる。
「なんとまぁ…セーラ様の若い頃に似ていらっしゃる…」
大広間に下りると楽団がワルツを奏ではじめる。
二人が広間の中心で踊り出すと客は口々に囁きはじめる。
パーシヴァル公爵や伯爵のそばにいる人は褒め称えていた。
「素晴らしくお美しいご令嬢ですな…」
「セーラ様の若い頃に似てらしてなんと気品のある…」
「美貌は母君、美しい黒髪は父親譲りですな…」
輝くばかりの笑顔で踊る二人を見て人々は噂する。
「エスコートのランスロット家のご子息と仲よさそうですのね…」
デビューパーティには新聞記者も来ていた。
それというのも王室メンバーも参加し、元王女のセーラの娘のデビューともなれば当然の事ー
ファリアは目の前にいる彼を見つめていた。
人々の賞賛の声も耳に入らない。
(やっぱり素敵… リチャード… 貴公子だわ。
騎士様でもあるけど…
燕尾服、よく似合ってる…)
縦巻きした黒髪を揺らし踊る彼女を見つめるリチャード。
(やっぱり…可愛いな…というか、美しいな…
いつの間にこんなに美しいレディになっていたんだろう…
学校で毎日、顔見てるのにな…)
黒髪が白い肌の上で揺れている。
うなじが見えるようにアップされた黒髪の上に飾られたティアラはパーシヴァル公爵家代々に伝わるもので
豪華さと気品に溢れていた。それに負けない乙女―
ティアラと同じ雰囲気のチョーカーもデコルテを飾っている。
うっとりと見とれる彼に声を掛ける。
「…リチャード?どうかした?」
「あ…いや…
君が美しいレディになったなって…思ってさ。
見とれてた。」
「!! あ、ありがとう、リチャード。
あなたも素敵な紳士よ。」
「そうかい?」
「えぇ。」
人前でなければ抱きしめたい騒動にかられる。
楽団の演奏が終わると、人々に挨拶に廻る。
一番は皇太后クリスティーナと皇太子フィリップ。
普段は威厳に満ちた顔を見せる皇太后は笑顔で二人を迎える。
「ファリア…立派なレディになったわね。
おめでとう。皇太后としてではなく、あなたの祖母として嬉しいわ。」
数年ぶりに見る祖母・クリスティーナの笑顔に涙が溢れそうになるがぐっとこらえる。
「ありがとうございます。皇太后様…」
「ファリア。言ったでしょ?
今日の私はあなたの祖母。」
「ありがとうございます。おばあ様…」
笑顔でうなずく皇太后に傍らにいるリチャードも微笑んでいた。
「今日のエスコート…ご苦労ですね。ランスロット公爵家子息リチャード。」
「いえ…」
自分にまで声を掛けられると思っていなかった。
はにかむ若い彼に満面の笑顔を見せる皇太后。
「この娘の事…お願いしますよ。」
「はい…」
クリスティーナ皇太后は娘であるセーラから孫娘・ファリアと
幼馴染のリチャードの間にあることを話していた。
それだけに今日の二人を見て笑顔が溢れていた。
皇太后の横に立つ、皇太子に挨拶する。
次々と上流貴族に挨拶をして廻る二人…
このために数多くいる貴族の名と顔を頭に叩き込んでいた。
***
パーティも3時間を過ぎると客は帰り始める。
ローレン城のエントランスは大変だった。
招待客が引き上げていく中、リチャードは両親を探していた。
パーシヴァル家の執事に声を掛けられ行った先に彼女の父・パーシヴァル伯が待っていた。
「あぁ。リチャード君、今日はご苦労だったね。」
ねぎらいの言葉を掛けてくれる伯爵にはにかむ笑顔を見せる。
「いえ…お役に立てて光栄です。」
「そうそう…君の父上から伝言だ。"先に帰る"だそうだ。」
「…え?」
「私がランスロット公に言っておいたよ。
今日は君も疲れているだろうからウチに泊めると言ったらよろしくと言っていたよ。」
「…父が?」
「あぁ、そういうことだから部屋に案内させよう。」
「解りました。ありがとうございます。」
***
リチャードは実はあるものを用意していた。
燕尾服のまま、部屋に引き上げた彼女をを訪ねる。
ドアをノックすると声が返ってきた。
中からドアが開くと驚きの顔を見せる。
「…リチャード?? 帰ったんじゃなかったの?」
「いや…君の父上に泊まっていってくれと…」
「そう…」
「実はさ、今日君に渡したいものがあってさ。」
「…とにかく中に入って。」
「あぁ。」
ファリアもまだドレス姿だった。
ただティアラとチョーカーを外しているため彼女の素の美しさが眩しい。
リチャードは背に隠していた物を差し出す。
ぱぁと明るくなる彼女の顔を見て嬉しくなる。
「…コレ…あなたの家の薔薇の…"フェアリー"??」
「そう。」
差し出されたのはランスロット家の庭師が丹精込めて作った薔薇…淡いピンクの薔薇の花束。
「今日の君は…この薔薇のように美しく可憐だった。だから…君に。」
瞳に涙を浮かべて受け取る。
彼は知っていた。
彼女が昔「この薔薇の様になりたい」と言っていた事を。
「…今日いただいた贈り物の中で一番素敵だわ。ありがとう、リチャード。」
彼はその中の1本を抜き取り、ティアラが飾られていた黒髪に挿す。
「あ…」
リチャードは満足げな顔をした。
「うん。よく似合うよ。」
(ティアラもチョーカーもない彼女に薔薇… 僕だけが見ているんだ…)
ある意味、自分ひとりが独占しているように思えて嬉しさを隠せない。
思わず彼に抱きつく。
「ありがとう…リチャード。」
「いいや… 僕が見たかった。」
「え?」
「これから英国社交界の薔薇になるだろう君を…」
彼の言葉で胸がいっぱいになる。
「…頑張るわ、私。
あなたにふさわしいレディになるために。」
目を細めて彼は言う。
「もう君は素敵なレディだ。
今日の招待客もみんなそう言っていた。」
「聞こえてなかったわ…」
「はは…」
ふっと二人は黙ってしまう。
そっとやさしくくちびるを重ねる二人…
しばらくして彼は頬にキスして部屋を後にする。
「今日は疲れたろう…おやすみ。」
「えぇ、今日はありがとう。
…おやすみなさい。」
二人は少し切なさを感じながらも微笑んでいた…
to -5-
__________________________________________________
(2005/8/11)
to -3-
to Bismark Novel
to Novel Menu