sweet pain -3-
結局、半分眠れなかった少年―
そういう好奇心が芽生える年頃… 同じ城内に大好きな少女がいると思うだけで
いつもよりより鮮明だった。
翌日は久々に天気もいいので遠乗りに出る。
彼のキング号でファリアは横乗りになる。
昔はそんな風に意識していなかっただけに少年は駆け出して気づく。
(あ… ファリアの肩先が…髪が… ぬくもりが伝わってくる…)
密着度が高く感じ、少年の鼓動は早鐘を打つ。
(ちょっと…マズイかも…)
久しぶりに来る二人の約束の丘―
9月末という事で暑さも通り過ぎ、風は秋らしさを感じる。
丘に二人は黙ったまま腰を下ろす。
しばらくファリアは風のざわめきや風景を楽しんでいたが少年は違った。
自分の隣に居る少女を横目で見る。
16になってやっとひと月経つか経たないかの少女は自分より幼い気がした。
けれど育ちのよさと教養の深さを漂わせているサファイアの瞳。
華奢な手足に少しずつ自分と違う女性らしい丸味を帯びてきた少女の身体。
幼い頃からずっと触れたいと願っていた黒髪は風にふわりと舞っていた。
そのまま風の精霊になって飛んでいってしまうんじゃないかと感じる――
少女は彼の視線を感じ、こちらに顔を向けた。
「……リチャード?」
「え…何?」
「ね?どうしたの?」
首をかしげ自分を見上げてきたその可愛さにどきんとする。
理性のブレーキが少し外れた…
思わず少女の手を取っていた。
「!!? リチャード?」
突然手を引かれ胸に抱きしめられる。
驚く少女は彼を見上げた。
その途端、唇を奪う。
「!?」
今まで彼はいつも一言言ってからキスしてきた。
こんな風にされた事がないので戸惑う。
少年の舌は少女の唇を割って入る。
「…んッ!!」
彼女を大切にしたいという想いと自分の欲望のままにしたいという葛藤が少年の心に生まれていた。
(…大好きだ。好きだよ。
僕のものにしたい… けど…けど…
嫌われたくない… こんな僕を知ったら君は…でも…)
ふっと二人のくちびるが離れ、少年のくちびるは細い首筋に触れる。
「あ… ダメ… リチャード…」
"ダメ"という単語を耳にして身体を離す。
途端に自責の念が生まれる。
「ごめん。…もうしないよ。」
「え…?」
少女は突然放り出された気がして切なくなる。
(嫌っていう意味で言ったんじゃないのに…
ホントは…もっと触れて欲しい。
でも…恥ずかしくて言えないわ。)
途端にぎこちなくなる二人。
「…戻ろうか?」
「えぇ…」
少年は少女を馬に乗せ、自分は手綱を引いて歩く。
行きの時の状況を考えれば当然のこと。
けれど少女はそんな事も知らない。
彼女の心情は違った。
(私が… "ダメ"って言ったから? 嫌われたの??)
思わず泣きそうになるのをこらえて彼の名を呼ぶ。
「…リチャード…」
「ん?」
「止めて。」
「え?」
止めた途端、少女は馬から下り彼の前に立つ。
「リチャード…ごめんなさい。」
「何が?」
「その…"ダメ"って言った事。」
「気にしてない。」
「ウソ。」
「ウソじゃないよ。」
じっと少年の目を見る。
「じゃ、私と一緒に馬に乗って頂戴。」
「…え?」
「何で乗ってくれないの?」
彼女の言葉に少々戸惑う。
少し涙目の彼女を見て胸が切ない。
「わ…わかったよ。じゃ…」
少女をキング号に乗せ、自分は跨る。
ギャロップさせないで、ゆっくりと木立の中を歩く。
スピードを上げない限り密着しないと思ったからだ。
少女は少年に寄りかかる。
(え…あ…)
自分の薄いシャツ越しに彼女の体温を感じる。
ふっと少女が顔を上げるとしっかり視線が合ってしまった。
自分の心の内を見透かされた気がして顔を背ける少年。
「お願い、リチャード…嫌わないで…」
「…え?」
「私のこと…嫌わないで…」
「…何で僕が君を嫌いになるんだ?」
彼女の震える言葉に平静な口調で問いかける。
「だって… あの時…"ダメ"って言ってから、あなた変よ。
私のこと…嫌いになった?」
馬を止め、手綱を持っていた手で彼女を抱きしめる。
「誰が…嫌いだなんて言った?」
「だって…あの言葉のアト… あなた全然私のこと、見てくれない…」
ぽろぽろ泣き出す彼女に困惑する。
抱きしめていた手が少女の背を撫ぜる。
「僕は…ファリアの事、大好きだよ。」
馬上でリチャードは少女のくちびるを奪う。
「ん…」
少年はくちびるを離すと胸に抱きしめた。
「あ…」
「大好きだよ。…君のほうこそ…僕を嫌わないでくれ…」
「え…?」
「僕は…その…」
少し照れながら口にする。
「君を抱きしめていたい…キスしていたい…
そればっかり考えてる。
こんな僕を嫌わないでくれ。」
彼の言葉と瞳で少女の胸は締め付けれる。
「私も…リチャードの事、大好きよ。
だから嫌わないで… 私もあなたのそばにいたい…ずっとこうしていたい…」
しばし抱き合う二人。
(私… 今、女の子の日じゃなかったら…よかったのに…)
少女はもどかしさを感じていた。
「ね、ファリア。頼みというか…お願いがあるんだけど…」
「なぁに?」
「次の週末… 馬術部の試合があるんだけど… 」
「えぇ、もちろん観に行くわ。」
「その…もし優勝できたら…キスしてくれる?」
「キス?」
「ダメ?」
「いいえ、いいわ。でも、キスだけでいいの?」
「え…? …うん。」
「そ、解ったわ。
初等部の頃は、チェスの勝負して<お願い権>の発動させて、そんな事よく言ってたわね。」
「そうだな…ここんところ、忙しくてローレン城にも行ってないしな…」
「そうね…」
少し悲しい顔をする少女を抱きしめる。
「ね、リチャード。」
「うん?」
「試合… 頑張ってね。」
「勿論さ。戻ろうか?」
「…はい。」
ランスロット城に戻るとパーシヴァル家の車と父親が迎えに来ていた。
「お父様!?」
「…ファリア。さ、乗りなさい。城に帰るんだ。」
「…はい。」
父親の言う事は絶対。
切なさを押し殺して彼の馬から降りて車に乗り込む。
車の窓を開けて彼に言う。
「リチャード…色々ありがとう。また…学校で。」
「あぁ。また」
決して"サヨナラ"は言わない二人―――――
父・アーサーは淋しげな顔を見せる娘を見ていた。
走り出す車の中で少女は黙っていた。
「…ファリア。」
「はい。」
「…11月頭にお前のデビューパーティを開く事になった。」
「!?」
「もう16になった。
パーシヴァル家の娘は16,7でデビューすることになっている。
少々早い気もするが…父上と決めた。」
「…はい。」
はにかんで嬉しそうな顔をする娘を見て嬉しくなる。
「ところで…エスコートはリチャード君で構わんか?」
「え!?お父様…」
「何だ?他の殿方がいいのか?」
「いいえ…リチャードに…お願いしてくださいますか?」
「あぁ。そのつもりだ。 私から頼んでいいのか?」
「…はい。お願いします。」
少し顔を赤らめる娘を見てほほえましく感じる。
(やっぱり…リチャード君のこと…相当好きなようだな…)
その夜のうちにリチャードのもとにパーシヴァル伯爵から電話が入る。
少年は即答した。
「僕でいいと彼女が望むなら。」
「そうか、よろしく頼む。」
「はい!」
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(2005/8/10)
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