Step back in time -4-
パーシヴァル邸の客も王室一家、伯爵一家、侯爵一家と引き上げていく中、
ランスロット一家が残っていた。
父・エドワードは息子を廊下へ連れ出す。
「リチャード…」
「はい、父上。」
「お前、あの娘と別れろ!! 」
「は?」
突然の父の発言に驚く。
「ファリアと結婚しろといってるんだ!!」
「ちッ…父上!?」
思いがけない言葉に彼は声がひっくり返りそうになる。
「お前も会って解っただろう…
今のファリアを。」
「はい…」
「私が独身であと30若かったら、私が結婚したいくらいだ!
それくらい美しい乙女だぞ。
それだけでないこともお前には解っているはずだ。」
それは確かに感じていた。
ファリアにあって、シンシアにないもの…
生まれながらの気品と美貌 そして家柄と教養の深さ―
血筋のことはふたりとも幼いころから言われ続けている。
しばし黙り込む息子を見て一言。
「あの娘の瞳を見ろ。
ファリアはまだお前を愛しているぞ。」
「…!!」
確かに至近距離で彼女と目が合った時にそれは感じた。
「お前はここに残れ。あの娘としっかり話をしろ。いいな?」
「父上?!」
「私からアーサーに話しておく。
心配するな。私はメアリをつれて帰らなければならない。」
父の真意に気づいた彼はその言葉に従う。
「…はい。」
ふたりは応接間に戻るとメアリ夫人はアニー夫人と歓談していた。
ランスロット公爵が声をかける。
「そろそろ、私達も失礼します。」
「えぇ、メアリ様、また遊びに来てくださいね。」
「ありがとうございます。 アニー様…」
エドワードは妻と息子を廊下に少し待たせて、アーサーに話する。
「じゃ、帰ろうか…」
「はい。」
エドワードは妻の手を引いてエントランスホールへ。
リチャードも一緒に行くが両親を見送る。
「それでは、リチャード…」
「はい… 父上。」
両親が帰ると執事に彼女の居場所を聞く。
「お嬢様でしたら… お二階の廊下でお見かけしました。」
彼は小走りで向かう。
広い邸の2階の彼女の部屋の前の廊下で佇む姿が見えた。
西陽が廊下を照らしている。
まるで一枚の絵画のような光景。
ゴシック建築の邸の廊下には残滓の西陽が差し込み
切なげな表情で佇む喪服の乙女―
沈み行く夕陽をじっと見つめている姿。
リチャードが来た気配すら感じてないようだ。
彼女の表情から、悲しみと切なさを感じ取っていた。
彼女を見つめていたリチャードはたちすくんだまま。
西陽が次第に傾き、廊下は随分暗くなる。
「…。」
どう声を掛けようか迷っていると、ふと彼女のほうが顔を上げて彼に気づく。
「リチャード…?」
「あぁ… ファリア…」
彼は彼女に近づき、無言のまま見つめる。
「リチャード…」
「何だい?」
「あの…」
もじもじと何か言いにくそうにしている。
「あの…さっきのエスコートの話、迷惑だっただろうし… 断ってね。」
思いがけない言葉に顔色が変わる彼。
「どうして僕が断ると?」
「…あの場では断りにくかったでしょ?」
「…」
確かにそうだけれど、答えに詰まる。
「あなたには他に好きな女性がいるのでしょ?」
咎める様にではなく、確かめるように尋ねる。
「どうしてそんな事を聞く?」
質問に質問で返す彼。
「…人から聞いたの。
1ヶ月ほど前にあなたがガニメデ星から女の人を連れて帰ってきたって… だから。
私のことなんて…もう好きでも何でもないのでしょう?」
彼女の語尾は震えていた。
「…。」
弁解の余地はない。
確かに前半はその通りだったから。
でも今日、自分が抱えていた想いに気づいた。
―――シンシアを彼女の身代わりにしている―――
―――今でもファリアを愛している―――
―――自分が今するべきことは 今の想いを打ち明ける事だけ―――
彼は小さく呟く。
「…そんなことはない。」
「え?」
「そんなことはない!!」
彼の語気が強くなる。
「僕は… 今でも…今でも… 君を愛してる!!」
突然の告白に驚くファリア。
「嘘!! じゃ、その女の人のことは…?!」
「今日、君に会ってやっと解った。
あの子は君の身代わりに過ぎない。
僕が心から求めているのは…君なんだ。…ファリア…」
愛の告白に驚きを隠せない。
彼女のくちびるは震えていた。
彼は彼女の手首を取り、彼女の部屋に入るなり鍵を掛けた。
その行動に何かしら恐さを感じたのか、
彼から逃れようとする。
しかし力強い腕に囚われ、半ば強引にくちびるを奪われた。
くちびるを彼の舌が割って入ってくる。
息苦しいほどのキス。
「ん…ッ ふッ…い…やぁ…こんなの…」
彼の胸板を叩く。
おとなしくならない彼女に対して少々いらだちを憶えた彼は
彼女のベッドに連れて行く。
何をされるのかわからないままで、必死に抵抗する。
「嫌!! やめて!!」
パニックの彼女を落ち着かせたいだけなのに、
激しく抵抗されて彼は自分の黒ネクタイで彼女の両手を縛り上げ、ベッドに押し倒す。
「いや… こんな事…あなたはこんなことする人じゃない…」
そう言おうとするがくちびるが塞がれて言葉にならない。
「ん… ぁ…やッ…」
身体をよじって逃れようとするが、彼の前では無駄だった。
次第に思考が奪われていく。
頬を紅潮させ、甘い溜息が漏れ、涙で目元は滲んでいる。
反抗する力も失った頃、やっと彼がくちびるを離し、話し出す。
「僕は…誰よりも君が好きだ。
幼い頃から… ずっと…
確かにあの子を君の身代わりにして傷つけてしまったことは僕の身勝手からだ。
あの子には… きちんと侘びを入れる…」
ファリアはただ潤んだ瞳で彼を見つめていた。
「僕は物心ついた頃から… ファリアが好きだ。
そして今日…19になった君に恋した。
だから… 僕を嫌わないでくれ…
お願いだ…」
絞り出すような声の熱い愛の告白に胸が締め付けられる。
彼女はただ彼を見つめていた。
「私…」
視線がぶつかる。
「リチャード… お願い…
コレを解いて… 痛いわ。」
乙女は手を差し出す。
彼は思わず硬く縛っていたことに気づく。
「すまない。
君を傷つけたり恐がらせるつもりじゃなかった…」
彼は解いて その細い手首をさする。
「私もごめんなさい。醜態を晒したわ…」
「いや… 僕が悪かった…」
お互いを思いやる気持ちが見えたことで
やっと落ち着きを取り戻したふたり。
「私…私も… 今日、恋に落ちたわ。」
彼女の言葉に彼は目を丸くする。
「私は…
寺院に現れたあなたに気づいた。
子供の頃、夢見てた騎士然としたあなたを見た瞬間、
恋に落ちてしまった。
母の葬儀の途中だって言うのに…私…
今すぐあなたの腕の中に飛び込みたいって思った。
切なくて…苦しくて…
でも冷静を装うしかなかったの。」
彼は想いを告げてくる彼女の髪をそっと撫でる。
「英国に帰ってすぐ、
あなたがガニメデ星から女の人を連れて帰ってきたって話しを聞いた時、
私の世界は暗転した。
もう私は…あなたの心の中にいないって…
そう思ってた。」
彼は彼女のその白い手のひらにくちびるを寄せて聞いていた。
「でも今日… 成長したあなたに心奪われた。
もう叶わない恋だと思ったの。
だからあなたの言葉を聞いて混乱した。
あなたはいい加減な事を言う人じゃないて知ってるのに…」
彼の手が涙を流す彼女の頬を撫でていた。
「僕は…5年半、君を失ってた間、ずっと君を求めてた。
君の影でもいいと… だからあの子を連れて帰ってきた。
今日になってやっと解った。
やっぱりファリアじゃないと…ダメだって…」
ぽろぽろと涙が溢れるファリアの頬を両手で包みこむ。
「私達… 遠回りしてきたのかしら…」
「あぁ…そうだ。 今日の為に…」
彼は優しくくちびるを重ねる。
やさしいキス…
くちびるを離すと胸に抱きしめる。
「愛してる…」
「私も…愛してるわ…」
ふたりは穏やかな想いで抱き合っていた。
しばらくして身を離すふたり。
視線は重なったまま。
「…ファリア。」
「はい。」
「あの子のことは近日中に何とかする。」
「なんとかって…?」
「英国を出てもらうよ…」
「…そう…」
彼女(シンシア)のことを可哀相だと解りつつも
もう彼を譲る気にはなれなかった。
「終わったら… 逢いにくるよ。」
「はい。」
ドアを開けて帰ろうとする彼の背に抱きつく。
「待っています。」
「あぁ…待っていてくれ。」
彼は振り返り、軽くキスをして行ってしまう。
後ろ髪を引かれる思いで…
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(2005/10/6)
(2006/1/30 加筆)
(2011/11/14 加筆訂正)
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