Step back in time -3-
セーラ夫人の葬儀当日。
彼は急いで早朝に自宅に戻った。
朝食を一家3人でとる。
リチャードの母・メアリは自分より早く亡くなるとは思っていなかった親友を思い出していた。
出かけるまでの約3時間ほどの時間どうしようかと彼は考える。
シンシアのところに戻るとしても中途半端だし、
何より昨夜は激しかったのでまだ休んでいるだろうと思うと行けなかった。
自室でPCを触って過ごす。
ネットニュースで「ガニメデ星のデスキュラ基地で地球人の遺体発見!!」というタイトル。
コレがセーラ夫人の発見された基地のことかと思い、本文に目を通す。
発見された人名のリストを見てみるとセーラ夫人はなかった。
おそらく英王室のほうで伏せさせているのだろうと思う。
遺体はなかったが2年前にセーラ夫人とファリアの葬儀を出している。
遺体のない空の棺の葬儀― それを思い出していた。
なんと一番悲しくて苦しい葬式だと…
"ファリアは死んでない!! 生きてる!!"
そう信じていた。
そう信じていたかったのに
墓があると諦めなければならないのだと感じていた。
まだ心のどこかで生きてると信じたいと…
でもセーラ夫人の遺体が帰ってきた。
そうなるとやはりファリアも何処かで…
思わず自宅の庭に出て、空を見上げる。
「ファリア… 僕の姫君は… 何処へ行ったんだ…??」
言いようのないやるせなさが彼を包む。
こんな時こそ、確かなぬくもりが欲しいと思う。
彼は自室に駆け戻り、車のキーを持って飛び出す。
シンシアのアパートに着くと
眠る彼女に構わず身体をこじ開ける。
まだぐっすりと眠ったまま。
彼の体力がありすぎてついてこれない。
巧みな愛撫で身体は反応してくる。
シンシアの身体をうつぶせにして顔を見ないで
己の欲望を突立てる。
そして彼は今まで本当に抱きたかった女の名を叫ぶ。
「あぅ… ファ…リア… ファリア…ぁ」
彼の脳裏にはまだ12歳のままの彼女の姿。
自分に微笑を向ける黒髪の少女がまだ心の中に住んでいた。
彼は達しそうになる直前に引き抜き、白い背に欲望を吐き出す。
はぁはぁと息を荒げていたが、落ち着くと後始末をして服を着て
出て行った。
身体の乾きは一時的に癒せても、心はそうではない。
なおファリアへの想いが明確に蘇る…
車を飛ばして邸に戻るともう11時20分。
早めに昼食を取って出かけることになっている。
ふと見ると喪服のスーツ一式が用意されていた。
慌てて彼は着替える。
そしてふと気づく。
(僕は… 単にシンシアを…ファリアの身代わりにしているのか…?)
そうかもしれない。
現実にいないファリアを抱きしめることは出来ない。
だからシンシアに彼女を重ねてる。
改めで自分が残酷な事をしていると感じ始めていた。
彼がネクタイを締めていると執事のアンダーソンが迎えに来た。
「昼食のお時間です。」
「あぁ。」
冷静な顔になって食堂へと向かう。
「用意は出来ているようだな。」
「はい、父上。」
手早く食事を済ませると、少し早いがと言って父は寺院へと車を向かわせた。
今日はリムジン。
後部座席に両親が乗り、彼がその向かいに座る。
父は本当に母を大切にしている。
少し身体が弱い母をいつもいたわっている。
自分もファリアとそういう夫婦になりたいと願っていた。
(僕は… )
自分が思い描いていた夫婦にはれないかもと感じていた…
寺院に着くとすでに何組か来ている。
パーシヴァル公爵家の当主一家4人。
公爵の弟の伯爵一家に妹の侯爵一家。
そしてセーラ夫人の実家でもある王室一家。
ランスロット公爵家の3人が到着した直後に
セーラ夫人の親友のひとり・ブラウニング伯爵夫人と夫君。
それに現在の英首相・コートニー。
リチャードは見かけない人物がいることに気づく。
喪服を着ているのだから参列者だと言う事がわかる。
しかしヘッドドレスのヴェールが厚くてその顔が見えない。
寺院の祭壇で司教の祈りの言葉が終わると外の墓地へと運ばれる棺。
その様子を窺っていると親族と言う事が解った。
すらりとしたプロポーションのいい、長い黒髪の女性―
リチャードの頭の中にまさかと言う疑念が湧く。
来ている喪服のデザインからしても30代以上の女性ではない。
若い女性だと言う空気がある。
心の中で呟く。
(… ファリア… なのか… まさか…??)
今すぐそのヴェールを取って顔を見たいという衝動にかられるが
この状況では許されない。
葬儀の場でもあるが
なんせ現在の女王陛下の御前だ。
埋葬まで無事に済むと喪主のパーシヴァル公爵が参列者に声を掛ける。
「お急ぎでなければ 我が家でお茶でも。」
車に分乗してパーシヴァル邸に着く。
例の女性がどの車の乗ったのかリチャードにはわからなかった。
久しぶりに来たパーシヴァル邸の応接間。
6年前と何ら変わってない。
結局来たのは弟の伯爵一家、妹の侯爵一家とランスロット公爵一家と王室一家だけ。
あとの参列者は用があるから申し訳ないと遠慮したそうだ。
リチャードは彼女の弟アリステアと久しぶりに会ったので話していた。
アリステアは彼の学校の後輩に当たり、学校や先生の事等を話しているが
彼は会話しながらも例の女性がいない事に気づく。
幽霊だったのかと自分の目を疑う。
応接間のドアが開き、紅茶が運ばれてきた。
リチャードは本気で驚くが、他の客も驚いている。
紅茶を運んできたのは紛れもなく公爵令嬢ファリアそのひと。
彼の予感は当たっていた。
アーサーは娘の横に立ち、応接間にいる客達に告げる。
「みなさん。セーラの葬儀が終わったこの日、もうひとつお知らせがあります。
私の娘・ファリアが戻って参りました。」
一同は驚きを隠せない。
「皆様… 長らくご心配をお掛けしました。」
頭を下げる令嬢に皆、視線を向けていた。
「一体どういうことなんだ? 説明してくれんか?」
彼女の叔父が問いかける。
「私は… 母と一緒にデスキュラ基地に幽閉されていました。」
「何だって!?」
皆同様に声を上げる。
「私はあの5年半前の事件の直後、彼らにさらわれ囚われていました。
つい半月ほど前にガニメデ連邦軍に救助されたのです。」
一同はやっと納得する。
「セーラ様の事があのニュースで報道されていないのだから
ファリアの事もそうなっていて当然…か?」
叔父が呟く。
「えぇ。母の名前は公表リストから外していただきました。
王室ゆかりのものがそのようなところにあっては不都合でしょうから…
それに私もです。」
「それは当然だな。」
彼女の伯父でもある英国国王が口にする。
アーサーがファリアの肩に手を掛けて、一同に告げる。
「このように無事、娘が私達の元に帰ってきました。
3ヶ月後くらいに社交界にデビューさせようと思います。
娘を見守ってやってください。」
みな笑顔を向け拍手する。
「リチャード君。」
「はい。」
不意に名を呼ばれ一瞬戸惑うが応える。
「君さえ嫌でなければ…娘のエスコートを頼みたいのだが…?」
王室一家の前で断る事など出来ないと解っていてわざとアーサーは頼む。
「はい。もちろん。喜んで。」
乙女は嬉しそうに頬を染めていた。
彼女は応接間にいるひとりひとりに挨拶して廻る。
彼をわざと最後にして。
一同の前で普通に挨拶をする。
「…お久しぶりね、リチャード。」
「あぁ。5年半ぶり…か。」
「エスコート引き受けてくださって、ありがとう。」
「そのことは…当然だろう?」
リチャードは初めて19歳になった彼女を至近距離で見る。
白い肌に美しく流れる黒髪。
瞳の色は変わらないが理知の光が宿っている。
そして何より立ち居振る舞いが洗練されていた。
生来の気品すら高貴な感じがする。
すでにシンシアの存在は頭から消え去っていた。
目の前にいる19歳のファリアでいっぱいになっている。
もし彼女が生きていたら… 18歳の彼女はどんな風にと想像していたことは何度もある。
想像以上の美貌の乙女に成長したファリアを求めるのは当然。
幼い日の恋以上の想いが生まれていた―
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(2005/10/6)
(2006/1/30 加筆)
(2011/11/14 加筆訂正)
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Bismark Novel