Step back in time   -5-



翌日、彼は銀行に行って手持ちのお金の大半をシンシアの名義の口座に移した。

そして彼女のアパートへと向かう。



笑顔で彼を出迎えるシンシア。


居間に通され紅茶を出された。
いつになく険しい表情の彼に異変を感じる。


「どうか…した?」

「シンシア… すまない。」

「何?」

「僕と別れてくれ。」

「え?」
彼の突然の言葉に眼を丸くしていた。
何より、別離を切り出されたことにただ驚くしかなかった。

彼は顔を伏せ気味にシンシアに言葉を告げる。

「昨日、父と祖父に言われた。
君との結婚は絶対に許さないと。
どうしても君と一緒になりたいなら、ランスロット家の相続を放棄してもらうとまで…」


確かに以前、そこまで言われたのは事実。



「それに…これ以上、君を苦しめたくはない。振り回したくはない。
今ならまだ君の人生をやり直せる。」


悲痛な顔で彼は告げてくる。
シンシアは黙って聞いていた。


カードを一枚、テーブルに出してくる。

「君の口座に金を振り込んだ。
僕が出来る精一杯の誠意だ。」


「リチャード… 」

「すまない。君をこんなところに連れてきて… 傷つけて…」

ふるふると頭を振って答えるシンシア。

「いいの…。私、解ったから…」

「え…?」

訝しげに彼は片眉を上げていた。

「あなたの家柄にふさわしい人を選んでください…」

彼のおばにレディ教育を受けていて感じていた。
自分では彼に苦労をかけるだけだと。


「…シンシア…」

リチャードはさみしげな笑顔で告げたシンシアを見つめる。 彼女に迷いは見えなかった。

「けれどひとつだけお願いがあるの…」

「何だい? 僕に出来る事なら…。」


シンシアは顔を伏せ切なげに告げる。


「最後に…抱いてください。」

「!?」

「お願い…」


彼は本気で驚いた。
こんなこと言う女じゃなかった。
今日はそんなつもりで来たわけでもない。


「お願い…」


切なげに潤んだ瞳で懇願する。



「…解った…」




彼はソファに腰掛けたまま、横に座らせたシンシアの服を脱がしていく。
自分はネクタイを緩めただけ。

白い肌に触れるとシンシアは如実に反応するが自分が全然昂ぶらない。
心の中すべてがファリアのものになったぁらだ。

彼女の蜜壺が熱く潤んでいるのに、自分自身が半起き状態。
そのことにシンシアも気づく。



「すまないが… 君の手で…」


シンシアはベルトを外しファスナーを下ろす。

中途半端な彼自身に驚くが、自分で頼んだのだからと手とくちびるで刺激する。


「ん…むッ…」

一生懸命に口技を続けているうちにやっと芯が入ってくる。
シンシアの身体はもう限界。
熱く潤む瞳で見つめ、彼の膝に跨り自ら腰を振っていた。



「あ…はぁ… リチャード…ぉ…アあっ!!」



彼の目の前で揺れる白い胸を見ても、なんとも思わない。
心の中で" 終わったんだ"と実感していた。




彼女が絶頂に達しても、彼はなかなか達しない。





シンシアの不信はすでに生まれていた。


彼が自分を抱く時、今まで服を着たままと言うことはなかった。
今日は自分を抱くために来たのではないと…


それとおとついの朝、自分の寝室にやってきた彼。
体がだるくて起きる事が出来なかった。
彼が眠っていた自分に触れた時に目覚めたが
うつぶせにされていたため、起きている事に彼は気づかなかった。
シンシアは声を殺していたのだ。


その時、自分以外の名を叫ぶリチャードの声。

いつもより切なく色っぽいそして激しかった…


その時からシンシアの心の中に穴が開いた。
気づいてしまった…自分はその人の身代わりなのだと。




この2日間、切なくて苦しくてどうしようもなかった。



冷静になった彼女は彼がこの英国に帰ってきたときの新聞記事を思い出した。


置かれていたPCで検索するとすぐに上がった。


『ランスロット公爵家嫡男のリチャード・名誉の凱旋帰国!!』


その記事に彼の家系の事を知る。
英国上流貴族でもトップクラスの家柄。
父は王室情報部部長。
祖父は元海軍将軍。叔父は上院議員。
母は侯爵家出身。


孤児院出身の自分では彼を不幸にするだけと悟ったのはつい昨日―


彼が近々、別れを告げに来ると感じていた…







「リチャード… 私を忘れて…」

彼の上で身体を揺らし、喘ぎながらも告げる。


「え?」

「私じゃない… あなたに…ふさわしい…女性を… 選んで…」



彼は申し訳なく思った。


元はといえば自分の思い込みでシンシアを英国に連れてきた。


「すまなかった…」

そう言うしかなかった…。








   ***


最後に肌を重ねた2日後… シンシアは姿を消した。



アパートの居間のテーブルに鍵と手紙を残して。



――ありがとう   そして   永遠にさよなら――





彼はアパートの部屋の家具を処分を業者に頼み、
それが終わると部屋を引き払った。



すべてが終わった時、週末が目の前だった。







リチャードはこの数日の間に見つけておいたあるものを持って
彼女のいるロンドン・パーシヴァル邸を訪ねた。



この日に父親の公爵も祖父のモーティマー卿もいる事を知っていた。



執事に頼んでまずは公爵に書斎で会う。


「先週の妻の葬儀の時は来てくれてありがとう。」

「いえ…」

優しい笑顔でパーシヴァル公はリチャードを迎えてくれた。


「…私より娘に逢いに来たのではないのかね?」


図星に近かったから苦笑いする。
しかしすぐに真顔になって彼は話を切り出す。


「今日はまず、公爵にお願いがあって来ました。」

「ほう?」

意外な言葉に公は少々驚いた。

先週の葬儀の後に娘との間に何かあったことは解っている。
あの直前、エドワードに言われていたのもあったが。


「改めて、パーシヴァル公爵家令嬢と婚約させていただきたいのです。」

彼の発言にうすうす感づいていた。

「…そうか。
しかし娘の気持ちは? 君の女とやらは?」


あの後、娘とは会っていないはずだし、例の娘のことも本人の口から聞きたかったため
わざと意地悪な質問をぶつける。



「僕にとっての女性は…ファリアだけです。」

「…話によると他の女性がいたはずだか?」

「今はそんな女性はいません。」

真剣な眼差しで公爵を見つめる。





アーサーは彼の周辺を調べさせていた。
そしてその女と別れたということも本当は知っていた。
彼の本心を聞きたかった。


「そのことは… 解ったが… 娘の気持ちは?」

「…先週、僕の気持ちを伝えておきました。」

「私は聞いていないが?」



確かにファリアの口から父は聞いていなかった。
ただあの日の夜から娘は少し変わったことに気づいている。



「彼女は僕を信じて待っていると…」

「そうか…解った。」


アーサーは瞳を閉じて少し考えをめぐらしていた。
目を開けると机上の電話を取り、どこかへダイヤルしている。


「あぁ…私だ。 すぐに書斎に来てくれ。 大切な話がある。」


その言葉を聞いて彼は相手が彼女だと察した。
5分ほどしてファリアがやってきた。




「何のお話ですの… お父…」

ドアを開けながらやってきた彼女は彼の姿を認めて、息を飲んでいた。
彼女はおずおずと父と彼の前に立つ。


「お父様…お話って、彼のこと?」

「あぁ。リチャード君がお前に大切な話があるそうだ。」


彼女のサファイアの瞳が彼のエメラルドの瞳をじっと覗き込む。
彼がアーサーを振り返ると力強くうなずいてくれた。



「…ファリア。」

「はい。」

「近い将来… 僕と結婚して欲しい。」


彼の言葉で胸が高鳴る。
頬を染めて少し照れながら、うなずく。

「…はい。お父様が祝福してくださるなら…」

「!? ファリア…?」

彼は少し返事に驚く。

「リチャード…ごめんなさい。 今すぐは…」

「あぁ。わかった。」


ふたりはアーサーを見つめる。


「…そうだな。早くとも…2年後くらいに。
普通なら大学を卒業する年までは私の娘で…パーシヴァル家の娘でいてもらおう…
リチャード君… それでいかがかな?」


「わかりました。パーシヴァル公爵。
もう…焦る必要はありませんから…」

彼は穏やかな想いで返事していた。


「まだ社交界デビューもしてないからな…
来月12月には ローレン城でデビューだな。
すると… 来年春位に婚約発表といったところか…」


「お父様…」

瞳を潤ませ父を見つめる。


「ファリア… リチャード君のところに行きたいのは解るが…
もう少し私の娘でいてくれるな…?」

「…はい。」


約6年の空白がある。
せめてあと2年はという想いが父にはあった。


その時、書斎のドアが開き、ローレン卿夫妻が入ってくる。。


「めでたい話が決まったようだな。」

「父上!」
「お爺様!」
「ローレン卿…」


3者3様でその名を呼ぶ。



笑顔で夫妻は書斎に入る。

「リチャード君なら安心して私の孫娘を預けられる…
そうだな、アニー?」

「えぇ。 とても立派な婿殿ですわ。」


満面の笑みの祖父母。


「おばあ様…」

ぽろぽろと涙するファリアの頬をハンカチで拭う。

「あぁ、泣かないの。 せっかくの美人が台無しよ。
このめでたい日に…」
「…はい。おばあ様…」


彼はローレン卿にしっかりと握手される。

「頼むぞ、リチャード君。」
「はい。必ず幸せにします。
全身全霊をかけて守ります…」

「うむ…」




そして―――2日後の日曜

ランスロット家のロンドンの邸―  といってもパーシヴァル家のすぐ隣なのだが…

そこで両家の親族だけで内祝いの食事会。





彼は彼女にプロポーズした日、正式なものではなかったが―指輪を渡していた。


それはふたりの生まれた地方に伝わる風習にちなんだもの。

エメラルドで形づくられた4ツ葉のクローバーの小さなリング。




極上の笑顔で彼女は受け取った。
彼にははめてもらったリングはきらきらと輝きを放つ。



食事会の後で仲睦まじいふたりを見て、みな幸せを感じていた。


政略結婚が当然の上流貴族。
そんな中でお互いを認め愛し合うカップルは少ない。


明るい未来がふたりを待っていた―――







fin

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(2005/10/6)
(2006/1/30 加筆)


to -4-


*あとがき*


コレ実は下書きが2005年の2月… 

1年近く前の原稿だったり…(汗)

この頃から鬼のように書き出したのよね…
最初、この話を描き終わったとき、UPは無理と思ってたのですが…
やはり出したいなぁ〜と…

リチャードがちょっと自分勝手な男になってしまったのがね…(滝汗)

ちなみにタイトルの「Step back in time」はカイリー=ミノーグの1曲から。
Winkがアルバムでカヴァーしてますが…こちらでの日本語タイトルでは
「あの夜に帰りたい」…

また微妙なタイトルだわ…



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