serenade -4-






<R Side>



僕は確信を持ってカクサ村に到着した。

ヘルメットを外し、村の入り口にいた初老の男性に宿屋がないかと尋ねてみる。



「あんたもフェアリーを見に来たのかい?」

「え? …えぇ。」

「随分、フルシーミで有名になっちまったなぁ…」

「そんなに!?」

「あんた、見に来たのに知らないの?」

「…ちょっと人から聞いただけで。」

僕は適当に応えていた。

「ふーん…」

「そんなに彼女は有名なんですか?」

「あぁ。村が今、活気付いてるのは彼女のおかげさ。
首都のイナルからも他の村からも移住してくるヤツがいるからね。
熱狂的なファンがついてる。」

「歌が評判なんですよね?」

「ま、確かに歌もいいよ。なんとも言えんなぁ。
それにあの愁いを帯びた美貌で男を引き寄せてるのに媚を売らない。
どんな男の求愛も撥ね付けるってゆーのがいいんだよ。」

「は?」

「イナルの市長の息子も軍人でもどんな立派な男でもダメらしいな。」

「そうなんですか…」


   (じゃ、彼女は…ひとりなんだな…)


僕は心の中で呟く。


「あの、それで宿屋は?」

「あぁ。バーの前に1軒とその1ブロック手前にもう1軒あるよ。」

「…ありがとう。」


僕はドナテルロに乗ったままだと目立つと思い、
手綱を引いて歩く。
メインストリート…というほどでもないが村の目抜き通りにバー<P&M>はあった。



まだ午後3時過ぎ…

僕は向かいの宿屋に向かう。


「あぁ…一部屋空いてるよ。運がいいね。」


僕にキーをよこす宿屋の主人もまた尋ねてきた。

「あんた… フェアリーを見に来たのかい?」

「えぇ…?」

「なら5時には行った方がいいよ。」

「…?」

「すぐに店は客でいっぱいになっちまう。
早めに行かないと…座るトコないよ。
ま、今日は平日だしまだましだろうがね。」


僕はトランクを持って3階の部屋へと向かう。
真向かいに<P&M>の3階の窓。


僕はソファに腰を下ろしながら溜息をつく。
Mr.キンバリーに貰った写真を見る。


   (なんでこんなに…悲しい瞳を…暗い瞳をしているんだ?
    何が君をこんな風に変えたんだ??)



ふと気づくピアノの漏れる音。

「あ…!?」

   (この曲… 彼女の好きな…ラ・カンパネラ??)


音色は確かに彼女の弾いていたのと似ていたが少し音色がくすんでいるような気がする。
しばらく聴き入っていたが音が止んだ。

そして向かいの建物を見ていると2階の端の窓に黒髪の乙女の姿が確認できた。
窓辺に佇んでいたと思ったら、カーテンを閉められる。


   (一瞬しか…見えなかったけど… やっぱりファリア…)



飛び込んで行きたい衝動に駆られるが、噂の彼女のステージを見たいと思い踏み留まる。


僕は身に着けていたプロテクトギアを外し、黒の長袖シャツに黒のスラックスに着替えた。
着替え終り、窓辺に腰を下ろして様子を窺っていると男達がぞろぞろと入っていく。
店が開いたようだ。


   (そろそろ行くか…)


僕は立ち上がり、バーに向かう。






   *


バーの木戸をくぐると何人かの客の男が振り返り僕を見る。


「新顔だな…」

呟きが聞こえたがあえて無視した。
僕は一人だからカウンター席の止まり木に腰を下ろす。


「あんた… 初めての人だね?」

「あぁ。」

「いらっしゃい。ようこそバー<P&M>に。
俺はバーテンのジェレミー。何にする?」

ジェレミーと名乗ったバーテンは細い男で長髪を後ろにまとめている。

「あぁ… じゃ、スコッチを。」

「あいよ。」


グラスに氷を入れ、スコッチを注いで僕の前に置く。


「しばらく待ってな… もうすぐフェアリーは降りてくるよ。」

「…。」

僕はグラスを口にして、返事しなかった。

「今日はフェアリーがソロの日だ。あんた運がいいよ。」

「そうかい?」



僕は彼女が降りてくるのをじっと待った。

ふっと照明がうす暗くなると小さなステージにスポットライトが。
カウンター脇のドアから黒いドレスをまとった乙女が出てきた。
通る横顔を見て確信した。


   (やっぱり… ファリア…!!)


駆け出したくなる衝動を抑えるので精一杯だ。

彼女はステージに上がるとピアノに向かう。


弾き始めたのは古いジャズの曲。

弾く曲が違っても、その姿は… 大人びた彼女だと解る。

そして次の曲から歌い始める。
確かにその歌声は… 悲しみと孤独に彩られていて、切なく胸を締め付ける。


僕は…気づけば涙を流していた。
彼女の歌声が胸に染み入る。

テーブル席で聴いている男の中にも、泣いているものがいた。

   (だから…なのか? 彼女の歌が評判なのは…?)


僕は彼女の孤独と絶望を感じた気がした。


   (こんな… こんな… 悲しく辛い想いを抱いてるんだ…君は…)


昔の彼女から想像も出来ないほどの深い悲しみが聴き入る僕の心に響く。



ラストナンバーは"FLY ME TO THE MOON"

歌詞の最後の"I Love You"を聴いて僕は心臓を掴まれた気がした。

2年半前に聞いたときは喜びに溢れていたのに…







彼女がステージを降り、カウンター脇のドアに向かう。
まだ薄暗い中、僕は動く。
ドアの前に立ち、彼女を見つめる。

照明が戻った時、彼女の顔色が変わっていく。

「…!?」

「…ファリア…」

僕は小さく彼女の名を呼ぶ。

「リ…リチャード…??」


その声だ。僕の名を呼ぶ声が懐かしい。

ゆっくりと歩み寄ってくる彼女を見つめる。

美しい真っ直ぐだった黒髪はゆるくウェーブしている。
漆黒のドレスはデコルテが大きく開いていて肩先まで出ているためにセクシーに見えた。
薄くメイクしてルージュを引いているためか大人びて見える。

コツコツとハイヒールの音が近づく。

「ど…どうして…フルシーミに…?」

「君を探し求めて、辿りついた。
やっと見つけたよ…  ファリア。」


テーブル席の客達は静まり返って僕達を見ている。
彼女の細い指先が僕の頬に触れた。

「幻じゃない… 本物の…リチャード?」

「そうだ。ファリア…」


手を掴み、胸に抱き寄せた。
僕の顔を見る彼女の双眸から涙が溢れる。
僕の両腕は彼女を抱き締めた。

「…リチャード… リチャードッ!!」


僕の背に腕を廻し、胸に顔を埋め泣き出してしまう。
彼女の涙がシャツに染み入るのを僕は肌で感じていた。


客の男達も…バーの人たちもただ驚いていた―




しばらくして涙の落ち着いた彼女は僕の手を引いてドアをくぐる。

中に入ると、彼女は僕の前に立つ。

「リチャード… 私…あなたに逢えて…嬉しいけど…もう… 私、ダメよ。
あなたに愛される資格はないの…ごめんなさい。
私のこと、忘れてちょうだい…」

「!?」

僕は予想もしていなかった言葉に動揺した。


「何故だ!! 何故だ!!?? ファリア!!」

彼女の肩を掴み、問い詰めると悲痛な顔して視線を外す。
へたり込み、泣き出してしまった彼女に問い詰めたいが嗚咽となって応えない。
そこへバーの女の人がやってきた。

「フェアリー… あんた、それでいいの?」

「…え?」

顔を上げ、その人を見つめる彼女。

「この人はあんたの想い人なんだろ?
わざわざこんなところまで捜し求めてきてくれたんだろう?
そんなに大切に想っている人を…苦しめる理由を話したほうがいい。」

「メリルおばさん… そんなの無理よ。絶対に嫌。」

再び顔を伏せる彼女に女性は言葉を続ける。

「この人を…愛してないのかい?」

「…愛してるわ。だから…だから、話せない。」

苦しげに告げる彼女に畳み掛けるようにさらに続く。

「だからこそ… 愛してるのならこそ、拒否する理由を話さなければならないと私は思うよ。」

「…イヤ!!」

彼女は立ち上がり階段を駆け登る。


僕は残った女性に問いかける。

「彼女に… ファリアに…何があったんです??!!」

目を細め僕を見つめる女性。

「…あんたはあの娘を愛してここまで来たんだね?」

「はい。」

「あの娘に何があったか…知りたいかい?」

「…はい。」

「何があっても許してやれる?? そこまで愛せるかい?」

「…もちろんです。
もう僕は彼女を失いたくありません。
僕は決めているのです。彼女を一生愛すると。
必ず連れて帰って…花嫁にすると。

僕達は…幼い日に約束したんです。結婚しようって…」

僕の言葉を聞いて女性は瞳を閉じた。

「そうか… じゃ、こっちおいで。」

僕はその女性…メリル夫人に2階の居間に連れて行かれた。






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(2005/8/28)

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