serenade -3-
ノドに渇きを覚えて、目が覚めた。
(え…? 生きてる…の?)
眼に映る光景は見たことのない木の天井。横たわっていたのは木のベッド。
(何処… ここは…?)
身を起こすと可愛らしいネグリジェを着ていた。
(え…???)
戸惑いを覚えている私の部屋のドアを開けて入ってきたのは中年の小太りの女性。
優しそうな笑顔を私に向ける。
「あぁ、目が覚めたんだね。丸2日寝てたから…よかった。」
「あの…??」
「あんたがあんなところで倒れてるから驚いちゃったよ。
大丈夫かい?
…大変な目に遭ったようだね。」
「私…」
ぶわっと涙が一気に溢れた。
夢じゃない現実が脳裏に蘇ると身体が震える。
「……」
女性は何も言わず私を抱き締めてくれた。
そのふくよかな胸に抱かれると少し安心を覚える。
「……私も17の時、同じ目に遭ったよ。」
「!!!?」
自分でも目が大きく開くのがわかるくらい驚く。
「辛かったろう… 苦しかったろう…?
好きでもなんでもない男に…」
私は涙が溢れ言葉が出なかったけれど、首を縦に振っていた。
「忘れた方がいい。犬にでも咬まれたと思って…」
「でも…私、自分が許せない!! 」
「え?!」
「男に犯されて… 感じてしまった自分が…」
女性は目を細め、それでも言葉を続けた。
「そう… でも、忘れなさい…」
私の嘆きは嗚咽に変わっていく。
どんな言葉をかけられても自分が許せない……
私はベッドに突っ伏してずっと泣いていた―――
***
「…辛い時は、泣くんだよ。」
そう言い残し、女性は私を部屋に残して何処かへ行ってしまった。
いつしか涙も出なくなった頃、ドアの向こうが騒がしい事に気づく。
そっと静かにドアを開けてみると階下から。
不思議に思って部屋を出る。
(何…???)
ドアを出ると廊下で木の手すりの向こうは…
階下が広く、大勢の男の人や女の人がいた。
様子を窺っているとお酒を飲んでる人、食事をしている人、談笑している人…
しばらく見ていてやっと気づいた。
(ダイニングバーなんだわ、ここ。
TVなんかで見たことあったっけ…)
私はこの姿では下に降りられないと解り、仕方なく部屋に戻る。
深夜になり、静かになった頃、あの女性が来た。
「おや… 随分落ち着いたようだね。
お腹空いたろう? コレ食べて…」
女性は小さなテーブルに料理を持ってきてくれた。
パンにスープにサラダにチキンフライ。
いい香りにつられて口に運ぶ。
「美味しい…」
「だろう?ウチの亭主の料理は村一番だからね。
…食べる事は生きることなんだから、しっかり食べなさい。」
気がつけばぺろりと平らげていた。
「ご馳走様でした。」
「私はメリル。あんたは?」
「…ファリア。」
「いくつ?」
「16歳。でも9月が来たら17になるの。」
メリルと名乗った女性は優しい瞳で問いかけてきた。
「そう… あんた、可愛いね。」
「え?」
「私にあんたみたいな可愛い娘がいたら… 嬉しいのに。」
エプロンの端で涙を拭うメリルさんに問いかける。
「あの… メリルさんはいくつ?」
「私?? 40だよ。」
「私の母とそう変わらない…」
「そうかい?ふふ…」
私が言うと微笑んでくれた。
なんだか母のような祖母のような安心感を覚えた私は素直に口にした。
「あの…今さらですけど… 助けてくださってありがとう。メリルさん。」
「いいんだよ。私が見つけたのも何かの縁だし。」
「ありがとう…」
それでもあのままだったら死んでいたかもしれないと思うと再び感謝の言葉を口にした。
そっと優しい手が私の黒髪の頭を撫でる。
「あんた…行くアテはあるのかい?
イナル・イーストハイスクールの制服着てたよね?」
びくっと身体が硬直する。
「私… 戻りたくない。」
何処であんな目に遭ったか察したらしいメリルさんは微笑んで言う。
「じゃ、しばらくウチにいればいいさ。」
「いいんですか?」
「でもウチはバーでもあるんだから、ソレでよければ。」
「えぇ… 解ってます。バー&ダイニングなんでしょ?」
ちょっと驚いた顔を見せたメリルさんは私を撫でていた手を引く。
「そうだよ… って、見てたのかい?」
「さっき、階下が賑やかだったから…なんだろうって覗いて見てたの。」
「そうか…。
あんたがイヤじゃなければウェイトレスしてくれないかい?」
「え?」
「リンダって言うのがいるんだけど、もう28だしね。
あんたみたいにキレイで若い娘がいたら客も喜ぶ。」
一瞬、考えただけで返事した。
「…解りました。メリルさんには助けてもらったし… 行くところないから。」
「そう? じゃ明日はまだ休んでていいよ。
服もそろえなきゃなんないし、あんたも身体…辛いだろう?」
「ありがとう。メリルさん。」
私は心遣いに嬉しくなって微笑んでいた。
自分でも久しぶりな気がする。
「ああ、いいよ "さん"は止めとくれ。
"メリルおばさん"でいいよ。
えっと… ファエリーだっけ…違うか…」
「ううん。フェアリーよ。」
「そうかい?」
私は偶然間違えたおばさんが口にした名を否定しなかった。
それは私の名の元。
父が教えてくれた私の名の本当の意味。
その日から私は"ファリア"の名を捨てた。
"フェアリー"が今の私の名。
あの事故の日に"ファリア"は死んだのだ。
ここにいるのは抜け殻の女"フェアリー"
***
店を手伝うようになったある日、
先輩ウェイトレス兼歌い手のリンダが体調を崩したとかで店を休んだ。
客の何人かが歌が聞きたいと騒ぎ始めたため、私が歌う事に。
小さなステージに上がり、ピアノ弾きのジェレミーの伴奏で古いジャズを歌う。
すると客だけではない店の主人ピーターおじさんもメリルおばさんも
伴奏のジェレミーまでもが聞き入っていた。
ステージを終えた私に驚いた顔のメリルおばさんが問いかける。
「あんだ…歌、いいよ!! 何処で覚えた??」
「1ヶ月も毎日聴いていたら、覚えちゃうわ。」
もともと英国の音楽院でピアノを学んでいたけれど
公爵家の娘としてアリアくらいは歌えるようにと歌のレッスンを受けた時期もある。
歌う事も嫌いではない。
結局、リンダが復帰するまでの5日間、ステージを務めた。
復帰したリンダの歌が終わると客達は私の歌が聞きたいと騒ぎ始める。
「フェアリーの歌、聴かせてくれよ!!」
私のポケットに札を何枚もねじ込まれ困っているとメリルおばさんもピーターおじさんも
首を縦に振る。
「歌っておくれよ。」
おばさん達に言われ、私はステージに上がる。
私はジャズナンバーを歌い出だす。
ふと思い出す―
12歳の頃、ピアノで人を感動させられた時の嬉しかった気持ちを。
大好きなリチャードの賞賛の声と笑顔を。
私は"フェアリー"として、確かに生き始めた――――
あの日から…
17歳の誕生日を過ぎて1ヶ月たった頃…
*****
あれから丸2年が過ぎた。
私は19歳に。
今は歌うだけじゃない。
歌いながらピアノを弾く。
恋の歌を歌う時、彼の面影を思い浮かべながら―――
だからなのか客の男達は若い頃の恋を思い出すという。
気づけば私はバー<P&M>の看板歌姫になっている。
それでいい…
堕ちた女にふさわしい場所。
彼を愛する事を許されなくなった私が場末のバーで歌姫をしている。
まるで太陽に憧れる海の魚のように彼に恋している―
そして私に愛を求める男も乞うる男もすべてみな受け入れない―
孤独と…あの5日間の幸せだった瞬間が今の私のすべて―
教会を出た私は歩き出す。
見上げた異郷の空に風で私の黒髪が舞う。
(さよなら… リチャード… もう2度と逢えないけれど
愛してるわ――――― )
to -4-
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(2005/8/28)
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