Secret Garden -6-
―事故から3日後
ICUの中で付き添っていたのはリチャードと母。
しかしずっと昏睡状態で目覚める気配がない。
身体的には容態は安定してきている。
静かに酸素吸入器と点滴の管と… 医療機器に囲まれて眠ったまま。
(ファリア…どうして目覚めない??)
彼は祈るように手を合わせていた。
主治医のDr.ロバーツが母を呼び出す。
「お嬢さんの意識は戻りませんが…容態は安定してきていますので
病室へ移したいと思いますが… いかがでしょう?」
「そうですね。 よろしくお願いします。」
30分後、ファリアはベッドごとVIP用病室へと移される。
母と兄の見守る中、昏々と眠り続けていた。
病室のTVをつけると例の事故の報道が流れていた。
ファリアが巻き込まれた事故の被害者は5名。
うち一番の重傷が少女…
車3台中、中央に位置していた彼女の怪我が一番酷かった。
ランスロット家の運転手・ロビンは頭数針を縫う裂傷と打撲。
前後の車の運転手も同じような状態の怪我。
後ろの車の助手席にいた女性も打撲とフロントガラスの破片による切り傷を多く負っていた。
TVや新聞の報道ではファリアの名は伏せられ、17歳の少女としか出ていない。
しばらくして病室に父・エドワードと弟・チャールズ、
それにメイド頭のキャスリーン夫人が姿を見せる。
「娘が病室へ運ばれたと聞いて…」
「えぇ、あなた…
チャールズ、よく聞いて。
ファリア姉様はね、大怪我を負ったのよ、車の事故でね。」
やっと初等部2年の息子に説明し、
今の姉の姿を見せる。
ベッドで眠るように横たわっている姉を見つめた。
まだ8歳ながらも理解する。
「姉さま…眠ったままなの??」
「そう…もう3日目よ。」
「…まるで白雪姫か、オーロラ姫だね。」
「そうだな…チャールズ…」
自分と同じ金の髪の弟の頭を撫でる兄の手。
「兄様…ずっと姉さまのそばにいたの??
おウチに帰ってないよね?」
「あぁ。ごめんな。」
「ねえ、どうして教えてくれなかったの??
僕、姉さまのこと、大好きだよ。
…勿論、兄様も…」
「チャールズ、すまなかったな…」
まだ幼い弟を抱きしめる兄。
***
夕方になると両親と弟とキャスリーン夫人は引き上げていく。
彼だけがずっと付き添っていた。
昼の弟の言葉を思い出す。
「…まるで白雪姫かオーロラ姫のようだね。」
(ファリアに…キスしてみるか?
昔からおとぎ話の姫君は王子のキスで目覚めていたな…)
付き添い用のベッドで横たわっていた彼は降りて、彼女に近づく。
そっと頬を撫でてみるとほんのりとあたたかい。
「ファリア…」
弟の言うようにまるで毒りんごを食べて死んだように見える白雪姫か
悪い魔法使いの呪いで眠りに落ちてしまった王女オーロラのように見える。
そっと指で形のいいつんとしたくちびるをなぞってみる。
覆いかぶさり、くちづけた。
心の中でその名を呼びながら。
(ファリア…目覚めてくれ… 微笑んでくれよ…)
しばらく重ねていたが反応はない。
「…何故だよ…ファリア…」
彼の頬から涙が零れ落ち、少女の頬を濡らす。
すべらかな肌の上をするりと落ちていく雫。
まるで彼女が流した涙のように…
「どうして…目覚めない…??」
そっと頬を撫で、あごを辿り、首筋に指を滑らせる。
あの時はくすぐったそうに身をよじっていたと思い出す。
今、目の前の彼女は…まるで反応がない。
(どうしてなんだ?? これが…僕への罰なのか??)
彼はただ声さえも出ないほどの悲しみに包まれて涙を流していた。
翌日もその翌日も 夜になると彼女にキスして愛撫する彼の姿があった。
*
少女が事故に遭って1週間後―
さすがの主治医も目覚めない昏睡状態の少女に何かが起きていると確信する。
「脳死…という最悪の結果も考慮しなければなりませんな…」
「「「!?」」」
説明を受けた両親と兄は愕然とした。
「これから… CT検査をしてみましょう。」
「は…い…」
彼は思わずその場から駆け出していた。
「リチャード!?」
両親の呼び止める声すらも聞いていなかった…
(そんな…そんな馬鹿な!!
イヤだ!! お前を永遠に失う位なら… 僕も逝くぞ。
お前ひとりなんて逝かせない!!)
病室に駆け込むと弟とキャスリーン夫人がいたが、
構わずに彼女にくちづける。
「兄様!?」
「!?」
目の前の光景にふたりは驚く。
(ファリア… 僕は信じてる…
お前の僕への想いを…)
想いを込めて深くくちづける。
舌も反応してこない。
しかし、そっと絡め取り、自分の唾液を流し込む。
「ファリア…目覚めろよ…な…?」
彼はそっと耳元に囁く。
その頃、両親も病室へと戻ってきた。
彼の様子に涙が溢れる。
「どうして目覚めない!?
もう…こんな罰は十分だ。
帰ってこいよ…ファリア…」
再び彼がくちづける。
一家3人とキャスリーン夫人はただ静かに見守っていた。
彼の舌に絡め取られた舌に反応があった。
(ファリア!?)
吸い上げながら、くちびるを離す。
つうッっとふたりのくちびるの間に光の糸が生まれていた。
ぱちんと切れて少女のくちびるへと流れゆく。
まつげもくちびるも震え出す。
「……ん…? リ、チャード…?
ここ…天国?それとも地獄なの??」
眩しそうに目を細めながらも 言葉が零れ、瞼が開いた。
「どっちでもないよ。ファリア…!!」
ベッドの上の彼女を抱きしめる。。。
「え?? 兄様?? 私…どうしたの?
なんか…身体、痛い…わ。」
「「「「!?!?」」」」
病室にいた全員が目を見開く。
「あれ…?? みんなどうしたの??
ねぇ…兄様??」
「ファリア…」
母も弟もそばに近づく。
みんな涙を流していた。
父は慌てて 病室を飛び出し 主治医に知らせに走って行った。
部屋にナースコールがあるのを忘れて…
すぐに主治医・ロバーツと父が病室に駆け込んでくる。
「ね、なんでみんな泣いてるの??」
「奇跡…なのか?」
丸1週間、昏睡状態だった16歳の少女が覚醒し
普通に話している。
近づき問いかけてみる。
「君…名前は??」
「私?? 私はファリア=ランスロット…16歳です。
王立学院高等部1年です。」
「!?」
しっかりとした言葉と意識に驚きを隠せない。
「何処か痛いとか…頭痛は?」
「え…!? あ…左肩が痛い…。少し腰も…」
「あぁ。そうか… すぐに診察しよう。
ご家族皆さん、よろしいですかな?」
「はい。」
涙ながらに医師にうなずく家族を見て少女は問いかける。
「ね、私、どうしちゃったの?」
「あとで話してやるよ。
とりあえず先生に診てもらえ。」
「なぁに? 兄様…?」
ベッドごと病室から運び出される少女は困惑していた。
*
CTスキャンで全身を調べられ、あらゆる検査をした。
内臓にも異常はなく、少々身体がずっと寝たきりだったので筋力が落ちているということだった。
しばらく理学療法でのリハビリをすれば元通りになると診断される。
骨折そのものは3ヶ月ほどの治療期間を要したが。
両親は娘の休学届けを学院に出した。
そしてリチャードがどうしても付き添うと言い張るので彼のも…。
理由は表向きには妹の看護と介護…
最初は車椅子、次に松葉杖…杖と少しづつ身体を慣らしていく。
病院内でも仲のいい兄妹として有名になっている。
「ね、兄様…
私があそこまで行けたら…ご褒美くれる??」
「何がいいんだ?」
「キス。」
「ん? 頬にか?」
兄に耳を近づけて告げる。
「ううん… くちびるに…。
でも誰もいないところで。」
「いいだろう。」
ファリアは兄リチャードのおかげもあって
予想以上の短期間でリハビリを終えることが出来た。
肩と鎖骨の骨折と言うことで左腕を吊ったままのリハビリ。
随分、痛みも取れ、入院生活が楽しいものに変わっていく。
時々、両親と弟、学院の友人達が見舞いに来てくれていた。
ある日…
お忍びで女王陛下がやってきた。
「随分…元気になったようねファリア。」
「!? おばあさま…いえ、陛下…」
少女は久々に直に会う祖母に驚く。
横にいたリチャードも勿論驚きを隠せない。
「事故に巻き込まれたとエドワード=ランスロット公爵から
報告を受けた時は驚いたわ。
なかなかお見舞いにこれなくて…ごめんなさいね。」
「いえ…陛下。」
まだ痛々しい包帯を巻いた姿の孫娘を見て目を細める。
「今…私はね、祖母として来ているのよ…」
「ありがとうございます。…おばあさま。」
優しく頬を撫でる祖母の手にぬくもりを感じた。
祖母は血の繋がりのない孫・リチャードを見つめる。
「義理とはいえ妹のファリアを大切にしているようで嬉しいわ。」
「はッ!!」
彼は姿勢を正して応えていた。
「今回のことで… 国内のフェンシングチャンピオン決定戦を見送ったそうね。
そこまでファリアが大事…だったのですね?」
祖母の言葉にふと思い出す。
確かにこの春の大会で兄は国内チャンピオンになるはずだった。
「!? 兄様…ぁ…!!
ごめ、ごめんなさい…」
「いいんだ。
大会は来年もある。
お前の応援がないとやる気も出ないさ。」
ふたりの雰囲気を察して女王は切り出す。
「ファリア…それにリチャード。
私は娘から…セーラからふたりの仲の事は聞いていますよ。」
「「!?」」
ふたりは目を剥いてもう70歳を過ぎた女王を見つめる。
「昔の王族なら平気で腹違いだろうが、実の兄弟だろうが結婚していますよ。
それに比べたら…全然問題なんてない。
何も悩まなくていいのよ。
ま、世間的には少々アレだけど。
セーラの言うとおり…ファリアがパーシヴァル公爵家に戻ればいい…
私はあなたたちの幸せを望んでいますよ。」
女王の言葉にふたりは安心した顔を見せる。
「おばあさま…」
「陛下…」
付き添ってきていた部下からお見舞いの品を受け取る。
「ふたつとも…乙女を元気にする薬。
ま、一番は恋人のキスだけどね。」
にっこりと微笑んで祖母が差し出したのはバラの花束と箱入りのチョコレート。
渡された少女は笑顔を見せる。
「ありがとう…おばあさま…
色々とご心配お掛けして、ごめんなさい。
それに…ありがとう。」
「いいのよ。
あなたは可愛い孫なのよ。
幸せになって欲しい。
健やかであって欲しい… と願うのは当然のことよ。
それはリチャードのこともね…」
「陛下… 」
彼は真剣な眼差しで女王を見つめる。
「ランスロット公爵家の跡取りとして、ファリアの恋人としてしっかりね。
あなたたち若い人が英国を地球を…
受け継いで守っていって欲しいと私は願っていますよ。」
「はい!!」
「私があなたに勲章を授ける日を待っていますよ。」
「はい。陛下。
必ず立派な騎士に、英国紳士になって…ファリアを国を守ります。」
にっこりと微笑む女王がいた。。。。
「お邪魔したわね、おふたりさん。
また会える日を楽しみにしているわ。」
「「はい。」」
「じゃね…」
ひらひらと手を振って女王は病室を後にする。
リチャードもファリアも思いかけない見舞い客に驚いていた。
そして予想外の応援のお言葉…
「陛下も言っていた…
もう僕達は何も隠す必要も恥じる事もない。
ファリアがパーシヴァル家に戻れば…」
「そう…ね。 じゃ、今は…ランスロット公爵家の娘の間は…
妹として愛して…」
「勿論だ。」
そっとふたりはくちびるを交わす―
to -epilogue-
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(2006/1/10)
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