「姫、すまない。
国へお送りすると約束したのに…」
抱き上げていた姫に謝る。
「いいえ、あなたは私を命がけで守ってくださった。
何の不満がありましょう。」
「姫…」
こんな事になっても優しさを失わない姫に胸が締め付けられる思い。
「あの男の言いなりにはなるのは悔しいが…
あなたの命が最優先だ。
…中に入りましょう。」
「はい。」
抱き上げたまま歩き出す。
「あの…降ろしてください。
歩けますから…。」
「いいや。何があるか解らない。
このままの方がいい。」
「…はい。」
姫は初めて抱き上げられた時に解ってしまった。
華奢な体躯で王子だから非力だと思っていたのに…
逞しい青年だという事に。
下へと続く螺旋階段を降りて15メートルほど…
明かりが漏れる部屋に辿り着く。
「「!?」」
ふたりとも息を飲む。
その部屋は… 宮殿並みの内装。
暖炉には炎が上がっている。
天蓋付きの大きなベッド。
横3メートル・高さは5メートルはあろうかという本棚。
テーブルにソファ&オットマン、カウチまである。
「一体…!?」
そして王子は気づく。
テーブルとカウチ、ソファ&オットマンは自室のものとそっくり。
いや、そのものと言ってよかった。
姫も気づく。
ベッドはルヴェール城の自室のものだという事に。
幼い頃にマリアンとふざけあっていてつけてしまった傷がある。
「どういうことなの…?? コレ…?
私の部屋のベッド?!」
「何ですって!?
こっちは私が愛用しているカウチにテーブルたち…なんです。」
ふたりが困惑していると、ペリオスの声が聞こえてきた。
「辿り着いたようだな。」
周りを見渡してみるが、姿はない。
「そこはお前たちの家具を置いてある。
しばらくここで暮らしてもらうために私からのプレゼントだ。
気に入っていただけたかな?
ゆっくりするがいいさ…」
ふたりは顔を見合わせる。
「あの男…どういうつもりだ??
私達をここに閉じこめた目的が解らない…」
「えぇ。本当に…」
「姫、私は部屋を調べます。
そこのカウチに座っていてください。」
「いえ、私も見て回りますわ。」
「それでは、私のそばに。」
「はい。」
ひときわ大きなものは本棚。
そのものはお互い見たこともない装飾の本棚だが
並べられている本を見て驚く。
何度か読み返したりしたものや、印象に残っているものなど
いわゆる、好きな本が並んでいた。
1冊手に取り、内容を確認する姫。
「コレ… 確かに読んだ覚えがありますわ。」
「どれ…。」
姫から受け取り、ぱらぱらとページをめくる王子。
「私も読みましたよ。」
「え?」
上のほうまで調べてみると、ふたりの読書傾向が似ている事がわかった。
「私もあなたも読んだ物が5割、あと半分はどちらかの読んだもののようだ。」
「何故…わざわざこんな事を?」
「私にもあいつの意図が解りません。」
次に目に入ったのは貯蔵庫らしきもの。
ワインボトルや水の入ったビン…乾し肉やチーズが入っていた。
横の飾り棚にはワイングラスやティーカップが2客ずつ。
皿や銀食器もあった。
「飢え死にさせるつもりもない…と言う事らしい。」
「えぇ…」
その向こうに暖炉が煌々と燃え上がっている。
暖炉の前にテーブルとソファ&オットマン、カウチが置かれていた。
暖炉から真反対の壁際に天蓋付きの大きなベッド。
「確かに…私が城で使っている古いベッドだわ。どうして…??」
天蓋の装飾も掛けられた薄いカーテンも、
枕たちもシーツに上掛けにいたるまで…
ベッドの脇の壁に二つの扉。
左側を開けるとなんとウォークインクローゼット。
ふたり分の衣服や靴・アクセサリーが収められていた。
ベッドからドアを挟んで向こうにはドレッサーと衝立。
しかも置かれている化粧品も姫が愛用しているものが並んでいる。
「それではこちらのドアは…??」
王子が開けると… 明るいバスルーム。
「なんでまた…??」
「そうですね。なんで生活に必要なものを取り揃えてあるのかしら…不思議…??」
「えぇ。油断しないでいましょう、姫。」
「はい。」
慌てても仕方ないと悟ったふたりは 暖炉前のカウチとソファに腰を下ろす。
「どうしてこんなことに…」
「姫… すまない。私の力が足りなくて…
こんなところに幽閉の身となってしまって…」
困惑している姫に謝る王子。
「いいえ… あなたは先ほど命がけで私を守ってくださいましたもの。
私のほうこそ… 巻き込んだみたいで、申し訳ないわ。」
「いや… あの男の口ぶりからすると目的は…
あなただけではなく私もらしい。
気に病む必要はない。」
「お互い王位継承権1位の身ですが、私たちがいなくても
あなたの弟様が私の妹がいます。
…閉じこめる意味がありませんわね。」
「…そうなのです。
しかもあのふたりはもう…恋人同士になっている。
今、両方に多少いさかいが起こっても あの二人がいる限り戦にはならないはず。」
「えぇ。確かに…」
溜息をつく姫を見つめる。
「姫…少しお休みになられては?」
「え?」
「お疲れでしょう。
私は起きていますから、ベッドで横になられたほうがいい。」
「でも…。」
「私と違って、あなたはか弱き乙女。
いつか脱出する時のことも考えれば…」
優しい気遣いをむげには出来ないので言葉に従う。
「…解りましたわ。
お言葉に甘えますね。」
姫はウォークインクローゼットに入ると夜着を持って出て
衝立の向こうでドレスを脱いで着替え、ベッドに入る。
「おやすみなさい…王子。」
「あぁ。おやすみ…」
王子はカウチを動かし、眠る姫を背にし、暖炉の炎を見つめる。
(あの男の目的は一体、何だ…??
姫自身とルヴェール王国だけでなく、ラーン王国も狙って、僕も連れてきたのか?
しかし、あの時、僕を殺して 姫だけをかどわかすことも出来たはず…
僕に一体、何をさせようと言うのだ…??)
ノドに渇きを覚え、先ほど見た貯蔵庫で見つけたワインを手に取る。
ラベルを見て、驚く。
それはルヴェール王国王家用のワイン。
(何故だ?? 何故ここに??)
ラーン城で皆で飲んだから 味は覚えている。
飲んでみると確かに本物。
「…。」
つい 本物か自分だけでは自信がない。
ベッドに近づき声を掛ける。
「姫… もう眠られてますか?」
「いえ。起きていますわ。」
「実はさっき見つけた…ワインなのですが、あなたの国のモノかどうか
確かめていただきたくて…」
「え?」
身を起こした姫の姿を見てどきりとする王子。
彼の反応を見て、気づく。
「え、あ。 ごめんなさい。」
慌てて姫はガウンを羽織る。
薄いネグリジェの上、胸の谷間がしっかり見えていた。
「コレ…ですの?」
「えぇ。」
王子の手の中にあるワイングラスには綺麗な葡萄色の液体。
受け取りこくりと一口飲んでみる。
「……3年前のものに一番近い気が…」
王子がボトルのラベルを見ると確かに3年前の年号。
「その年はいい出来で…確か120本ほど作ったはずです。」
「そうでしたか…」
ナイトガウンを羽織っていても、白い首元と胸元が目に入り
目のやり場に困る。
「起こしてしまってすみませんでした。
どうぞお休み下さい。」
「いえ。起きますわ。」
「は?」
「せっかくのワインですもの。
私も飲ませてくださいな。」
「あ、はい。」
暖炉の前のカウチに腰掛け、ふたりでワインを味わう。
「確かに美味ですね。」
「でしょう?
…王子。空腹ではございませんか?」
「え? あぁ…少し。」
安堵したのもあって、空腹感を感じ始めていた。
そういえば丸一日近く何も食べてない。
「食べるものありましたわね。
持ってきますわ。」
姫が立ち上がり、貯蔵庫へと向かう。
「あら…懐かしいものが…」
いくつかの食料品を手に取り、水屋で皿に盛り付けて戻ってくる。
「すみませんね…姫。」
「いいえ。」
「ところで何が懐かしいモノなんです?」
さっきの呟きが気になっていた。
「あぁ。コレですわ。」
姫が持ってきたのは小さなお菓子の箱。
ビスマルク大陸で流通している子供向けの紙箱入りの焼き菓子。
「コレ… 幼い頃、妹と取り合ってましたの思い出しますわ。」
「…私もです。」
「え?」
「弟とふたりで1箱渡されまして… "兄上が2個多く食べた!!"とか叫ぶから
ケンカになってしまったこともあります。
"お兄ちゃんなんだから我慢しなさい"だなんて母に叱られましたよ。」
「…ま。 私も似たようなものですわ。」
「あなたもですか… やはり兄姉は損をするんですかね?」
「そうとは限りませんけど… たまに…」
ふたりはぷっと吹き出してしまう。
「姫、今まで城でもいろいろお話してきましたが…
こんな風に話せるの…嬉しいですよ。」
「あ。 私もです。
妹以外にこんな風にお話できるのは… あなたが初めてですわ。」
打ち解けた笑顔を向けられ、王子も自然に笑顔になっていた。
「姫。ふたりだけなのですから… 色々お話しましょう。
ワインも食べ物もありますしね。」
「えぇ…。 そうですわね。
ひとりではないのですもの。
私はこんなところにひとりだったら…淋しくて辛いと思います。」
「私もひとりだったら…
でもあなたがいる。
くよくよしていても仕方がない。 楽しくやっていきましょう。」
「えぇ…リチャード王子…」
ふたりは微笑みあっていた。
「……ソレ、やめませんか?」
「え?」
「私だけなのです。"王子"はやめましょう。
リチャードとお呼び下さい。」
「あ… それではリチャード様とお呼びして構いませんか?」
「…解りました。 ファリア殿…」
「えッ…えぇ…」
いきなり真顔で名を言われどきりとした姫―
今の空気を変えたくて、話題を振る。
「あ。あの… リチャード様。お聞きしたいのですけど…?」
「何です?」
「先日…来られた婚約者のシンシア様と 婚約解消なさったと…
侍女から聞きました。
どうしてですの?? あんなに可愛らしい方を…?」
「!?」
いきなりの言葉に答えに詰まった。
そんな様子に気付いて、触れていはいけないものに触ってしまったのだと感じる姫。
「ご、ごめんなさい。
何か事情がおありなのですね…
忘れてください、今の言葉。」
「ファリア殿…」
王子は迷う。
今 自分の本心を打ち明ければ、
これからここで過ごすのに気まずくなるかもしれないと思うと言葉を飲み込む。
悲痛な表情になってしまった彼を見て
姫もまた 胸が切なく締め付けられた。
「ごめんなさい。
殿方にも…いろいろ思うところがおありですもの…
ごめんなさい。」
震えながら謝る姿を見て、抱きしめたくなる衝動に駆られる。
こらえようとしたが 手が勝手に伸びて そっと抱きしめてしまう。
「あ…。」
「謝らないで下さい。
あなたが謝る必要は…何もない。」
「でも…」
「あなたが私のことを男として見てないのは知っています。
けど… 言わせて下さい。
私は…ファリア姫を愛してる…愛しています…。」
「え…?!」
胸に抱きとめられた姫は顔を上げて、王子の顔を見ると苦しげな表情。
「私は未来のラーン王国国王。
あなたは未来のルヴェール王国の女王。
叶わない恋だと解っています。
けれど… 私はあなたに恋してる。愛しています。
あなたが… 私のことをどんな風に思っていても…
未来の義理の兄妹だとしても…
あなたを困らせたくない。
だけど、私はあなたを愛しているから…守らせてください。」
そっと優しく彼は抱きしめる。
「リチャード様… リチャード様…」
彼女の細い腕が背にまわってくる。
てっきり友達で、親戚でいましょうとか言われると思っていたのに抱きついてくる。
「…姫?」
「私…私… ごめんなさい。ごめんなさい…」
謝ってきたのでやはりと思う。
「謝らないで下さい。 私が勝手にあなたに恋して… 愛してしまっただけなのだから…」
「違うの…」
姫は小さな声で否定した。
「え?」
「私…最初、パーティの夜の言葉を誤解していました。」
「あの夜の?」
「えぇ。てっきり、隣国の王子が私と国が欲しくて…おっしゃったのだと思ってました。
けど…ラーン王国に行ってはっきり解りました。
私の国より豊かで栄えたラーン王国を見て… 私の国はなんと不安定な荒れた国だと…」
「そんなことはない。
ルヴェール王国も素晴らしい国だ。」
「いいえ。 一部の貴族や大臣達が裕福なだけで国民の大半は…
父の考えは間違っています。
今は軍備を整えるのではなく… 国内を豊かにすべきだと…」
「姫…」
「私が女王になっても父が実権を握るでしょう。
そうなれば国民を不信を募らせ内乱が起きるか…
不安定な内情に気づいた他国に侵略されるでしょう。
そうなれば私は女王として殺されます。
怖いのです… 女王になるのが。
強くあれ、頼もしくなれと言われ育てられてきましたけど…
私には…
けど、それが運命です。
リチャード様…
今だけ、今ここにいる間だけは…
私をただあなたを愛するだけの乙女と思ってください!!」
「!?」
「一生、片想いのままだと思っていました。
お願いです… ここにいる間だけでも… あなたの恋人にしてください…」
彼女の告白にびっくりして、言葉を飲み込むのに時間がかかる。
「姫…私のことを…??」
「はい。好きです。お慕いしております…リチャード王子…」
「…ホントに?」
「…えぇ。 あなたの優しいエメラルドの瞳に見つめられるだけで…
胸が熱くなります…
そばにいさせて下さい…」
「あぁ…姫… 私のファリア姫…
こんなに嬉しいと思ったことなない…
私の愛しい女よ…」
「リチャード様…」
彼はずっと触れてみたいと願っていたくちびるを指先でなぞる。
「あ…」
優しくくちびるを奪うと想像以上にやわらかい。
くちびるを離すと潤んだサファイアの瞳が見上げていた。
優しく頬を撫でると、瞳を閉じた彼女に再びくちづける。
愛しさが込み上げてきて、甘い感情に翻弄される。
「姫…」
「ファリアって呼んでください…リチャード様…」
「あぁ… ファリア… 私のファリア…」
優しいキスを繰り返すうちに深く激しくなっていく。
舌と舌が絡みあい、唾液が混ざり合う。
「ぅ…ん…」
彼の首に回した細い腕。
指先は金の髪をかき乱していく。
「ファリア… あなたをもっと感じたい…」
「私もです…リチャード…様。」
軽々と抱き上げ、ベッドへと向かう。
「今宵だけでも…本物の恋人に…してください…」
「ファリア…しかし… 純潔は守らなければならないのでは…?」
「もう…心はあなたのものです。
この身を捧げさせて…」
「ファリア…」
叶う事のない恋、
この腕に抱く事はないと思っていた恋しい乙女―
それだけに 今 喜びがとてつもなく大きいと感じていた―
to #9
______________________________________________________________
(2005/12/6)
" THE TOWER">塔 タロットカードの大アルカナのひとつ。No.16.
to #7
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