#9 THE LOVERS -1




黒髪に顔を埋め、耳元に囁く。

「私の心も…あなたのものだ…ファリア…」

「あ。あぁ… リチャード…」

おずおずと彼の手は薄い夜着の上からやわらかなふくらみに触れる。

「あッ…」

「イヤなら…やめます。」

「いいえ…やめないで…」




夢の中だけのことだと思っていたぬくもりに触れ、熱い想いが込み上げる。


今まで女性はただのセックスの相手だと思っていたが
…ファリアの肌に触れ、初めて解る。


愛しくて恋しくて切なくてもどかしい…


だから彼女を確かめたくて、言葉に出来ない想いを解って欲しくて…

そう思えてならない。

指先にくちびるに想いを込めて肌の上を滑らせる。

「はぁ…ん…」
「ファリア…」



自分の身体が熱く火照っていくのを感じ、
一旦身を離し、服を脱いでいく。

全部は脱がずにスラックスを残す。

「あ…」

姫は初めて見る彼の逞しい胸板を見て頬を染める。
ロウソクと暖炉の薄明かりだけの部屋に浮かぶ彫刻のような均整の取れた青年の身体―




自分の上半身を見ての反応までも可愛く感じる。

「ファリア… あなたはやはり…可愛いひとだ…」

「あ… 私…」

「照れないで…愛しいひと…」


優しく抱きしめ、そっとフロントリボンを解いていく。

初めて晒される白くやわらかな胸…


どくん と胸の奥が高鳴る。


ゆっくりと華奢な身体から夜着を脱がせていく。


「ぁ…」


ショーツ一枚にされると全身が朱に染まる。


「美しい… まるで女神だ…」


白いシーツの上に泳ぐ黒髪、その上に浮かぶ白い裸身。


「あぁ… リチャード…そんなに見つめないで下さい…
恥ずかしい…」


「あなたが美しすぎるからだ…
白い肌もやわらかな乳房も…細い腰も…」



ただ見つめているだけなのに 声は震え、潤んだ瞳は煌めいていた。


   (僕が見つめているだけなのに… 感じているのか…?
    なんと… 可愛らしい…)



自分が抱けば壊してしまいそうだと思えるほど華奢で筋肉のない肢体。

そう…っと 胸に抱きしめるだけで心が身体が幸福感に包まれる。

   (僕の欲望で…汚したくない… 傷つけたくない…)


確かに身体は熱く昂ぶるが、愛しすぎて それ以上出来ずにいた。

頬を染めて腕の中にいる彼女の手触りのいい黒髪を指で梳く。


「…夢だった… ずっと あなたをこうして抱きしめたいと…」

「リチャード様…」

愛しさがこもった声で名を呼ばれ、心が震える。


「ファリア… 愛しいひと…」



彼女の肌のぬくもりで 幸せな想いでいっぱいになっていく…

眠りに誘われ、瞼が下りていく…




姫は初めて触れる愛しい男の素肌の胸にドキドキしていた。

逞しい筋肉質な白い胸板に服の上からではわからなかった逞しい腕。

彼の寝息を耳にして、見上げると穏やかな表情で眠っていた。


   (あ…)


彼の身体が少し前まで火照り、自分を求めているのを感じていた。
無理やり求められ 抱かれてもいいとさえ思っていたのに 
そうしてこなかった彼に更なる愛しさを憶える。


「リチャード様…おやすみなさい…」


彼の腕枕と抱き寄せる手に包まれ、眠りに落ちていく……










   ***


彼が目覚めるととても満ち足りた思い。
身体も軽く感じた。


「あ…」

自分の腕の中で眠る姫。

安心しきった無防備な寝顔。

二の腕に感じる心地いい重さと流れる黒髪の感触が何より嬉しい。

しかも彼女も自分も上半身に何も身に着けていない。


彼はまじまじと見つめる。

細い首筋から鎖骨、ふっくらとした形のいい乳房と
緩やかなカーブを描いて腰へと繋がっていく優美なライン。
自分と同じ内臓が入っているとは思えないほどの細腰。
白いおなかに可愛いおへそ…

可憐なレースの淡いブルーのショーツが白い太ももに映えていた。



   (それにしても… 本当に美しい乙女なのだな…
    何人かの女性とベッドを共にしたが…
    こんなに可憐で美しくて…
    華奢なのに、出るべきところは出ていて… なんとも言えん…)


自分の肌が熱くなっていく気がして少し焦る。
まずいと思いそっと腕枕していた腕を抜き、上掛けを彼女に掛けて
バスルームへと向かう。


湯船に入ると溜息が出た。








   *

しばらくして姫も目覚める。

「ぅ…ん…」

久しぶりに幸せな夢を見た気がした。

「ぁ…」


確かに自分のベッドの上だが、ここは自分の部屋ではないとすぐ解る。
夢ではない現実のことだと理解した。

昨夜、彼に告げた言葉を思い出すと恥ずかしなる。

しかも身を起こしてみると自分の姿に気づく。

「や…だ 私…」

慌ててバスルームに向かおうとするが、中から水音がすることに気づき、留まる。


   (あ。 あの方が…入ってらっしゃるのだわ…
    仕方がないわね…)



姫は暖炉の炎でお湯を沸かし、タオルで清拭する。
巫女として修行した3年間はこうだったと思い出す。

手早く済ませ、ウォークインクローゼットの中で身支度する。

ドアを開け、出ようとした途端、目の前でドアが開く。

「え?」

「あ。きゃ…」

彼がドアを開けてきたのだ。
しかも腰にタオル一枚の姿で。

「す、すまない…姫…」

「いえ…」

姫の鼓動が早鐘を打っていた。

「リチャード様。 お召し物の用意、いたしますね。
暖炉の前でお待ちになって。」

「あぁ。申し訳ない。」


姫は彼の身の回りのものが入ったチェストとクローゼットから服一式を取り出す。
そこから出ると暖炉に向かって座っているバスローブを着た彼の後姿。


「お待たせしました。こちらをどうぞ。
お召しになるのお手伝いしましょうか?」

「いや… ひとりで大丈夫です。」

「解りましたわ。」


姫は持って出た服をソファに置くと、ドレッサーに向かう。


髪を梳いて、いつもと同じお肌のお手入れ。
並んでいる化粧品もまったく普段のと同じもの。


   (ホントに…なんでわざわざ揃えてあるのかしら… あの男の目的は一体…??)




彼は服一式を手早く身に着けてく。


   (それにしても…彼女の選んでくれたこの色…
    僕の好きな色だな…
    そんな話、してなかったはず…なのに??)



王子はドレッサーの前に座っている、姫に近づき、礼を言う。


「ありがとう。 姫。
あなたが選んでくれた服の色…私の好きな色です。嬉しいですよ。」

「そうでしたのね…やっぱり。
喜んでもらえて私も嬉しいわ。」

鏡に向かっていたのに振り返って返事する。


「あの…私はあなたに話しましたっけ?? 好きな色の事。」

「いいえ。でも ラーン城でのお召し物はそのお色が多かったと。
それにクローゼットにもその系統のお色が多くて…」

「そうだったんだ。
でも嬉しいです。あなたのセンスは私好みだ。」

「ま。」

くすくすと笑い喜ぶ顔を見ているだけで彼も嬉しく感じた。



「リチャード様。おなか、お空きでしょう? 何か用意しますわね。」

「…何かお手伝いを。」

「いいえ。こういうことは女の仕事ですわ。」

「じゃ、お言葉に甘えて…」


彼は待つ間にと本棚に向かい、姫は貯蔵庫へ…

彼女はふと目に入ったものに気づいて悲鳴を上げる。

「きゃ…!?」


その声に気づいて彼は駆け寄る。

「どうしました?」

「あ、あれ…」

「?」

彼女が指差した先にはこの部屋唯一のテーブル。
その上に朝食の料理が並んでいた。

「!!?? さっきまで…何もなかったはず…幻か?」

手を伸ばしてみると 焼きたてのパンに温かいスープ。
紅茶にサラダに目玉焼き。
デザートのフルーツまである。

サラダのプチトマトをひとつ摘み、口に運ぶ。

「……大丈夫なようだ。」

パンもちぎり取り、口に入れてみる。

「ん…なかなかの味だな。」

「本当に…?」

「あぁ。」

彼はちぎり取ったパンを彼女の口に運ぶ。

「食べてみて。」

「…はい。」

味わってみると本物で美味。



そして彼は気づく。
テーブルの中央に1枚のカード。

  "おはよう、囚われの王子と姫。
   このテーブルには魔法がかけてある。
   お前たちが何か食べたいと思えば、出てくるように仕掛けてある。
   食べ物以外にも生活に必要なものがあれば、
   告げるか思えばいい。 
   では、ごゆっくり。
                                        P "



カードを手に取り、文章を目で追っている王子。

「あの男…!?」

「どうしましたの?」

「これを。」

姫も文章を目で追う。

「…何故??」

「解らない。 とにかく飢え死にはさせないつもりらしい。」

「謎ばかりですわね。」

彼女の手の中にあったカードはふうっと一瞬で掻き消えた。


「…あのペリオスという男… かなりの魔力の持ち主ですのね…」

「え?」

「このテーブルの事も、カードにも… 
私にとって一番謎なのは、私達にこの環境を与えて生かしている事ですわね。」

「あぁ。確かに。
あの…竜の炎の時に私を殺せたのに そうしなかった。
目的が確かにあなただけではない。 私にも何かさせたいのか…と。」

「そうですわね。」

「油断はしないでいましょう。」

「はい。」

「入浴と着替える時以外は出来るだけそばにいましょう。」

「…えぇ。」

「ソレではせっかくの料理だ。いただこう。」

「そうしましょう。」




王子はカウチに姫はソファに腰を下ろし、テーブルを挟んで食事する。


食材はラーン王国のも、ルヴェール王国のものも扱われていた。

「…この紅茶。私の好きな茶葉のようだ…」

「リチャード様。」

「ん?」

「ありえないものがありますわ。」

「なんです?」

「私、確かにイチゴが好きですけど…
今の時期には採れません。なのに…」

「…ありますね。」

彼が手に取り口に放り込むと甘酸っぱさと甘さのバランスが絶妙で美味。


「謎だらけ、不思議だらけですわね。」

「…いずれ解る時があるでしょう。
あまりソレばかり考えるのはよしましょう。」

「…えぇ。」






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(2005/12/7)

" THE LOVERS">恋人達 タロットカードの大アルカナのひとつ。No.6.

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