#6 TEMPERANCE -4



ランチを済ませると、兄は弟を呼び止める。


「進児…午後の予定は?」

「あ。そうだな… せっかくだから姫たちに都を案内したいと思っているのですが…」

「ふむ… 4人一緒だと、目立つか??」

「覆面馬車にして… 分かれて行くべきですか??」

「そうしよう。 お前がマリアン姫をお連れしろ。
僕がファリア姫を…」

「あぁ、解りました。 兄上、しっかりな☆」

「お前こそ。しっかり捕まえておくんだな。」

笑顔で兄弟は会話していたが、兄は本心を見せない。
未来の国王として、誰よりも強く、決して己をさらけ出さないと教えられてきた悲しい結果。。。




「時間もずらして行ったほうがいいな。」

「お前たちが先に行け。」

「ありがとう、兄上。じゃ…」





午後は2台の馬車に分かれて 都を案内してまわる王子たち。

すっかり意気投合している進児王子とマリアン姫。





リチャードが連れて行った先は…都を通り抜けた先にある小高い丘。


都が一望でき、ふもとには花畑。

「素晴らしい眺めですわね…」

「えぇ。都が見渡せます。
私の好きな風景のひとつです。」


穏やかな風がふたりを包んでいく。


その光景を馬車の御者と2人の警備兵が見守っていた。


「もう少し早い時期だったら、花畑の花も満開で素晴らしかったのですが…」

「いいえ、そんな事ありません。とても綺麗だわ。」

花畑に座り込み、目で愛おしむ姫。
彼女の横にひざまづき、そばにあった花に手を伸ばす。

「あなたには…白い花が似合いそうだ。」

手折ろうとした王子を止める。

「止めてください。」

「え?」

「たとえ1本でも折らないで下さい。」

「…姫??」

「花は大地に咲いてこそ美しいのです。
たとえ散って枯れていく運命でも懸命に咲いているのですわ。
ですから折らないで下さい…」

姫の言葉を聞いて感動を覚える。
今まで女性に花をプレゼントしてきたが、こんなことを言われたのは初めて。


「あなたは…なんと優しい…」


「私は子供の頃、何も思わず摘んでいましたけど…
今は出来なくなりましたの。」

「姫…」


さわさわと風に揺れる花をふたりは見つめていた。


「花は…美しく咲き、次代に種子を残す。
人も同じですね…」

「えぇ…」

王子の呟きに姫も同じ思い。

その時、ふわりと姫の長い黒髪が風に舞った。
まるで精霊のような美しさに時を忘れたように見入ってしまっていた―






姫が問いかけるまで、見惚れていた。

「王子…?」

「あ、あぁ。そろそろ風が冷たいでしょう。
戻りましょう、城に。」

「…はい。」



王子が手を引いて、立ち上がらせる。



帰りの馬車の中、何も話さない…




リチャードたちが城に帰ると、先に出かけたはずの進児たちはまだ戻っていなかった。


国王と王妃の4人だけでの3時のティータイム。

例のハーブクッキーも並んでいる。

「ん? 見慣れぬものがあるな… クッキーか?」

「はい。陛下。」


そばにいた侍女頭が返答する。

国王が手に取り口に運ぶ。

「ん…なかなかいい味だ。 パティシエの新作か?」

「いえ…」


「あら…ホント。 美味しいわ。」

「えぇ、母上。…ファリア姫はいかがです?」

笑顔で3人を見つめて口にしようとしない。


「実は…陛下、王妃様、殿下… 
そちらのクッキーは… ファリア姫様がお作りになったものです。」

「「え?」」

「あなたが?いつの間に??」

「はい。今日の午前中にお台所をお借りして…
国から持ってきていたハーブを使いましたの。」

「本当に…姫が??」

国王までも目を丸くして問いかける。

「えぇ。母から子供の頃にレシピを教えられて…」

「あなたのお母様は確か…月の神殿の…」

王妃に問われ答える。

「はい。巫女ですわ。今は司になっています。
母や神殿に暮らす方たちは神殿に奉納してくださる方に
お礼として このクッキーを渡しています。
私の母は… 私が10歳になった頃、城から神殿に戻りました。
母のことを忘れないで欲しいと…このクッキーの作り方を。」

「あなたにとって お母様の味、思い出なのですね。」

王妃は少し切ない笑顔を浮かべていた。

「はい。
私は…妹がこのクッキーを好きなので良く作ります。
あの子にとってもまた… 

でも淋しいなんてことはありませんわ。
神殿に行けば会えますし、私も修行でしょっちゅう行きますし。」


リチャードは思い違いをしていた事に気づく。
2人の母親と妹、そして父…
何の不自由もなく、何の苦労もなく育ってきた姫君だと思っていた。




4人が穏やかな笑顔でティータイムを楽しんでいるトコロに進児王子とマリアン姫が戻ってきた。

「早いね…兄上。」

「何処まで行っていたんだ?」

「神殿まで。」

「遠出したんだな…」

「まぁね。 ってコレ、美味しそうだ♪ 頂きます。」


テーブルの上の皿に盛られたクッキーに手を伸ばし、口に運ぶ。

「美味しいな。パティシエの新作?」

5人の口から笑い声が上がる。

「なんだよ〜?!」

「お前…父上と同じこと言ってるぞ。」

「マジで?」

「それに、あなたが今 口にしているのはね、ファリア姫がお作りになったものなのよ。」

母の言葉に口にしていたものを見る。

「あぁ…これかぁ…」



明るい笑い声がテラスに響いていた―





   ***



リチャード王子はますますファリア姫に惹かれていく…

美しく気品があるだけではない、優しく思いやりに溢れ、人々に笑顔をもたらす―



優しい笑顔で妹姫と弟・進児の恋を見守る姉の姿にますます愛しさを憶えていた。


4人一緒に時を過ごす事もあるが、ふたりだけの時でも 
落ち着いて見つめられるようになっていくリチャード王子。


   (このまま… ずっと…そばにいて欲しい… 帰したくない…)




   *

―次の日 
庭園でふたりが話していると 突然、姿を見せたのは婚約者・シンシア。

「リチャード殿下…」

「おや? シンシア? 
どうした、何用だ??」

「用がなくては来てはいけませんの?」

ちろと横に座っていた 姫を見つめる。
視線を感じて、姫はベンチから立ち上がった。

「私、 失礼しますわね。」

「あなたが行く必要はない。 」

「でも…」

「すまないが、シンシア。 帰ってくれ。」

「殿下!?」

驚くシンシアを見てファリアは言い切る。

「"殿下"。  せっかくいらした婚約者にそんなおっしゃり方はございませんわ。
私…行きますわね。
それでは失礼します。 ごゆっくり、シンシア様。」


すっと2人に挨拶して、ファリア姫は立ち去る。

王子は追いかけようとするが、シンシアの顔は険しく、引き止められた。


「殿下…最近、ちっともいらしてくださらないと思ったら…
あの姫に夢中という噂は本当なのですね。
結婚も出来ない相手なのに…」

「!? シンシア?!!」

今までおとなしい娘だと思っていたのに、
その口から出た言葉に驚かされる。

「それともそれを承知でお抱きになったの?!」

「…嫉妬は醜いぞ。それに…そんな下衆な言葉は聞きたくない。」

「殿下ッ!! 私は婚約者ですわ。
…結婚するつもりだから、お抱きになったのでしょう?」

「以前はな。 …お前を抱いてるより 
あの姫と話しているほうがよっぽど楽しいし…くつろげる。」

「そんな…」

驚きの目で王子を見つめるシンシア。
彼の口から出る言葉に、ショックを隠せない。

「近々、婚約破棄の連絡が行くはずだ。
もう私の前に姿を見せないでくれ。」

「殿下…そんな…」

「私は…もう一生、独身でも構わん。」

「あの姫のために?!」

「あぁ。もう話すことはない。
帰ってくれ。」

「ぁ、あぁ…」



走り去るシンシアを見送ることもしない…



   (そうさ… 僕はもう… ファリア姫しか愛せない。
    あの方のためなら… 一生独身で… 叶わない恋に身を捧げるさ…)



シンシアに言った事で心は決まった。




   (あの方が女王になる時には、私は国王になっているだろう… 
    跡継ぎのいない私に代わって… 進児に国王になってもらおう。
    もしくは進児とマリアン姫の子に譲ってもいい…)




深くベンチにもたれ、瞳を閉じる。


   (ファリア姫を愛している… 認めれば楽になれた…
    たとえこの腕に抱く事が出来なくても… 
    やわらかいだろうくちびるに 触れられなくても…
    僕は一生、この想いを抱き続けよう……)





切ない想いは加速度を増して行く―






to #7


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(2005/12/6+7)

" TEMPERANCE">節制 タロットカードの大アルカナのひとつ。No.14.

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