#5 TEMPERANCE -3



晩餐が終わると王子たちは姫君をそれぞれの部屋へとエスコートする。

「マリアン姫…ありがとう。」

「え?」

「あなた方が来てくれたおかげですよ。
父上のあんな楽しそうな笑い声が聞けたのは…
母上の嬉しそうな笑顔が見れたのは。」

意外な言葉を告げられ、妹姫は驚く。

「そうなのですか? 私達の夕食の席って いっつもあんな感じですわ。」

「ヘ?」

「私達が黙って食事していると 父が…つまらない冗談を言ったりして…
姉が突っ込むんです。
時々私も、言いますけれど。
そうかと思えば 私の話に姉と父が笑ったり。」

嬉しそうなマリアン姫の笑顔を見て問いかける。

「何のお話をして… そんな風に?」

「その日 私がしたことや、何かの出来事を。
それと…姉が何か失敗した時の話などをすると 父は笑っていますが姉は拗ねますわ。」

「あの、姉姫が失敗ですか?」

「えぇ。姉の趣味は料理なのですけど… たまに味付けを失敗したりして。
私が味見役なのですけど、猛烈にまずい時がありましたもの。」

「…あのお方なら 完璧に作られそうですが… 本当に?」

「えぇ。 お菓子類の時は 余りありませんけど… スープとかスパイス間違えちゃったりとか…」

「はははッ…」

目を細めて笑う進児を見つめていたマリアンは嬉しさを感じていた。



「姉さま… ここに来る前の日にクッキーを焼いていたのですけど、
私についてくれた侍女にあげてしまいましたの。
本当は…進児様とリチャード様に食べていただくつもりでしたのに。」

「え?」

「姉は…優しいですから。
私についてくれる侍女たちに気を使って…」

「そういうことだったんですか…
せっかくのクッキーを食べそびれてしまったんですね。」

少し残念そうな進児を見て ふっと思いつく。


「あの…進児様。 こちらの料理長さんにお願いできませんか?
台所をお借りすることを。」

「え? あ… 多分大丈夫ですよ。」

「良かった。じゃ、私が姉に作ってくれるように頼んでみます。」

「それじゃ、これから頼みに行ってきますよ。」

「あ、私も行きます。」

「…では、料理長に頼んでから姉姫様にお願いしに行きましょう。」

「姉には私が行きます。」




ふたりの計画が距離を縮めていく…





   ***


リチャード王子はファリア姫を部屋に連れて行くが、ずっと話しかけられずにいた。
薄暗い少し肌寒い廊下をふたりは黙ったまま歩いている。


気づけばもう部屋のドアの前。


「ありがとうございました、王子。
おやすみなさいませ。」

「あぁ。また明日に。」

「はい。それでは。」



ドアを王子が開けると すっと入り、姫付きの侍女が閉める。



自室へ向かって歩き出した王子の口からは溜息が漏れた。

「はぁ…」


  (あの方の 一挙一動が気になる…
   あの揺れる黒髪に触れて… キスしてみたい…)






   ***



一方、部屋に入った姉姫は侍女に手伝ってもらってドレスを脱ぎ
湯浴みをしてから夜着に着替えた。


「それではお休みなさいませ。」

「えぇ。また明日もよろしくお願いしますね。」

「はい。それでは。」



パタンとドアを閉めて侍女が部屋を出た直後、ドアをノックする音。

「はい?」

「お姉さま、私。」

「マリアン?? どうしたの?」


ドアを開けると妹の姿。

「あのね、お願いがあってきたの。」

「とりあえず、入ってちょうだい。」



部屋に入ると改めて告げる。

「姉さま、お願い。
例のクッキー、私に仕えてくれる侍女たちにあげてしまったでしょ?
私、あのクッキーを進児様たちにも食べてもらいたいの。
だから…台所をお借りするから作って欲しいのよ。」

「…?!」

突然の妹の言葉に眼を丸くする姉。
手を合わせ、自分に懇願してくる。

「ねぇ、お願い!!」

「ここは自分のお城じゃないのよ? そんなワガママ…言うのではなくてよ。」

怒り出してしまった姉にそれでも懇願する。

「お願い! もう明日の午前中にって、料理長さんにお願いしてきたの。
OKしてくださったわ。」

「…本当に?
しぶしぶOKさせたのではないのでしょうね?」

「そんなことないわ。」

「…解ったわ。ハーブは…紅茶に入れようと思って持ってきたのがあるから…
明日の午前中ね。
あなたも来るのよ。」

「ありがとう!!姉さま!! だから大好きよ。
それじゃ、おやすみなさい。」

「えぇ、おやすみなさい。」




妹はどうしてもあのクッキーを進児王子たちに味わって欲しかった。
姉の作るあの味を味わって欲しかった…





   ***



リチャード王子は自室へ戻ると、シャワーだけしてベッドに入る。


暗い寝室でひとり、天井を見つめていた。


ルヴェール王国の式典パーティからあと、彼の夢は…
ファリア姫のことばかり―


自分の城にいると思うと、なお鮮明になる熱い想い―








   ***



―早朝

いつもより早く目覚めたリチャード王子は久しぶりに剣の稽古をする。

煌めく汗を滴らせ、剣を振るう。

そこへ弟・進児王子が同じような剣の稽古の服装でやって来た。


「兄上。久しぶりに稽古ですか?」

「あぁ。」

「ひとつお手合わせ願いましょうか?」

「いいだろう…」


兄弟は真剣な顔で、向かい合う。



朝の光が射す中庭に剣先のぶつかる音が響く。



しかし… 兄の剣は弟の剣にからめ取られ、空に舞った。

「…ッ!?」

弟はニッと微笑む。


「俺の勝ち…ですね。」

「お前…いつの間にそんなに強くなった?」

今まで、ずっと兄に勝った事のなかった弟に問う。

「… 俺が強くなったんじゃない。
兄上が弱くなったんですよ。」

「何?」

「どうせあの姫のことでも考えておられたのでしょう?
…そうなのでしょう??」

「…ぅ。」

「集中力があれば兄上の勝ちでしたよ。」

弟の言葉はまさにその通りだと解る。


「… まだまだ僕は修行が足らないようだな。」

「俺も付き合いますよ。」

「すまんな。」




朝食の時間になるまで 王子たちの剣の音が響いていた。






   *

朝食が済むと国王とリチャード王子は執務の時間。

姫たちは台所へと向かう。

「ようこそ。 ファリア姫様、マリアン姫様。
私が料理長のオブライエンです。」

「ごめんなさいね。ワガママな事をお願いして…」

「いいえ。 昨夜の晩餐のご様子を聞きました。」

「え?」

「姫様方がいらっしゃって…明るく楽しい晩餐だったと。」

「まぁ…」
「ふふッ…」

美しい姉姫とかわいらしい妹姫を間近に見て、料理人たちも笑顔になっていた。


「ところで… 何をおつくりに??」

「えぇ。実はハーブクッキーを。」

「ほう。」

「ここに国から持ってきたハーブがありますの。
これを使って…」

オブライエンは納得したようにぽんと手を叩く。

「と、言う事は… 侍女の間で評判になっている姫様がお渡しになったという
ハーブクッキーはもしや…?」

「えぇ。 私が作ったものですの。」

「そうでしたか… 
ルヴェール王国にとても美味しいクッキーがあるものだという話になっていましたが…
侍女たちが取り合っていたと聞きました。」

「あら…」

思わぬ反応があったのだと初めて知った。
しかもそんな風に評判になっていたとは思っていなかったので嬉しく感じる。


「いい香りがして、とても美味だったと…」

「やっぱり姉さま… 両陛下と王子様たちにも味わってもらいましょうよ。」

「こちらの国の方のお口に会うかどうか、心配だったのよ。ホントは…」


笑顔の姉妹姫を見て、料理長オブライエンとその他の料理人は微笑んでいた。


「では材料は… 小麦粉と卵とバターと…」

「お砂糖とお塩ちょっぴりですわ。」

笑顔で料理長にお願いすると、そばにいた若い料理人が運んできてくれる。



「ありがとう。」

「いいえ。どうぞ、姫様。」

運んできてくれた若者はファリア姫の笑顔に見惚れていた。




   ***

「あとは…13分ほど…180度のかまどで焼いて…」


自分が作ったものを自らかまどに運ぶ。

あとはかまどの仕事。


「それでは、しばしのお待ちの間、お茶でもどうぞ。」

「ありがとう。」

料理長が姫たちに紅茶を淹れる。



「姉さま… 国に帰ったら、またアレ作ってね♪」

「アレじゃ解らないわよ。」

「えっと、メレンゲクッキーでしょ、それからプリンケーキも。」

「解ったわよ。あなたの体重を増やしてあげるわ。」

「もう、それ言わないでよ!!」

「だってそうでしょう? 一日でホール一個食べる姫君が何処にいますか?」

「ここに。」

「もう… またお母様たちに笑われるわよ。」

「いいもん!! 歩いて神殿まで行くんだkら。」


姉妹の明るい笑顔と何気ない会話に昼食の仕込み中の料理人たちも笑顔になっていた。


「いい香りがしてきたわ♪」




出来上がりを確かめるためにマリアンがかまどから出したてのクッキーを試しに食べてみる。

「ん…   美味し♪ ばっちりよ、お姉さま。」

「よかった…。  それじゃ、午後のお茶の時間に出してくださるかしら?」

そばにいた料理長に告げる。

「かしこまりました。」

「あぁ…半分はここの皆さんで食べてみてくださいな。
お邪魔してしまいましたから。」

「とんでもございません、ありがとうございます。姫様。」

「それでは よろしくお願いしますね。」

「はい!!」


姉妹は笑顔で台所を後にする。

言われたとおり半分を国王一家のために皿に盛り、
あとの残りを料理人達が口に運ぶ。


「ん…  ?!  美味いな…」

料理長が味を確かめて呟く。

「えぇ…確かに。」

その横でパティシエも褒める。



「それにしても…あの姫君方は…少しも気取られる事なく、我々にもお優しい方ですね…料理長。」

「あぁ、あの方たちが 我が王子たちのお妃様になってくださればなぁ…」



その優しい味と台所での姉妹の顔を見て、料理人たちは願ってしまう。





   ***


国王と王子が執務を終えられたのはもう昼前。



リチャード王子は廊下にいた執事に尋ねる。

「姫たちは何処におられる?」

「マリアン姫は進児様と庭園に。
ファリア姫は…お部屋で本を読んでおられるようです。」

「読書…か、あの方らしい…」

王子が優しい瞳になるのを見て執事はその心の内を悟る。

「それにしても…少々変わった姫君ですな。」

「マリアン姫のことか?」

「おふたりともでございますが… 特にファリア姫様は。」

そう言った執事は実は彼の乳兄弟・ジョージ。

「たいていの大貴族の令嬢や他の国の王女様は プライドが高くて
我々など ただの使用人としか思っておられますが…
ファリア姫様は我々にも気を使っておいでです。」

「…ほう…」

「あのようにお優しい王女様がいらっしゃるとは驚きました。
さすがルヴェール王国の王女様であられます。
…あのお方が治められるルヴェール王国が少々羨ましいと感じます。」

「そうだな。あのお方は… 未来の女王陛下なのだ…」

「はい、そうですね…」



自分で言った言葉を噛み締めていたリチャード王子。
彼女も自分も大きな義務を背負っているのだと…





「もうすぐ昼食のお時間です。
食堂でお待ちになれば?」

「いや。迎えに行こう。」




ジョージを置いて、部屋へと向かう。


部屋をノックすると 侍女が出てきた。

「姫はおいでか?」

「いいえ。先ほど お散歩に出られました。」

「そうか。庭園に行かれたか。」

「はい。」



彼は小走りに庭園に向かう。



姫を探すと… いたが少し様子がおかしい。
植え込みから何処かを見ている様子。

小さな声で呼びかけてみるが… 気づかない。
彼女の視線の先を追いかけてみると、妹姫と進児王子が楽しげに会話している光景。



そっと近づき、もう一度 声を掛ける。

「ファリア姫…?」

「ぁ…リチャード王子。」


ちょっとばつが悪そうな顔をする姫に笑顔を向けた。

「妹君が心配ですか?」

「少し。 でも、もう安心しましたわ。」

「え?」

「あの様子なら…安心して妹を任せられます…進児王子に。」


姫の言葉にちょっと驚く。

「あなたは私の弟とマリアン姫が結婚してもいいとお考えですか?」

「はい。 こちらの国なら、進児様なら 安心して嫁がせることになります。
私の役目は…もう終わりましたわ。」

「えっ!?」

「妹のお目付け役…といったところですわ。」

「そうでしたか…」

実は今回の見合いの話は親同士とファリア姫しか知らない。
リチャード王子は父王から知らされていなかったのだった。


「そうなると あのふたりが結婚したら私達は義理の兄妹になりますね。」

「そうですわね。 よろしくお願いいたしますわ。」

「あぁ…こちらこそ…」



自分で言っておきながら "義理の兄妹" という言葉に切なさを感じていた…



「そろそろ昼食の時間です。参りましょう。」

「はい。」


二人が食堂ヘ向かって歩き出した頃、
進児王子とマリアン姫の下には使用人がランチの時間だと告げに言っていた。






すっかり国王一家と馴染んでいる姉妹姫―






ただリチャードだけは複雑な思い。

どうりで彼女が笑顔だったわけを知った。

妹の結婚相手を見定めるために‐
姉としてラーン国王一家と懇意にしておかなければならない‐
彼女が自分の好意に気づいて、優しい笑顔を見せてくれていた訳ではない‐


切ない恋心を感じていた。。。






to #6


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(2005/12/6)

" TEMPERANCE">節制 タロットカードの大アルカナのひとつ。No.14.

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