#4 TEMPERANCE -2


ファリア姫はリチャード王子に連れられ、客間に。
妹姫とは違うフロア。


「こちらを自由にお使い下さい。」

「ありがとうございます… 王子。」

ドアを開け、入ると侍女がお辞儀をしている。


「それから…この者達はあなたのお世話につかせていただく5名です。」

「え…?」

「少なかったですか?」

姫は少し驚いた顔を見せた。

「いえ… 5人もついていただかなくて結構です。
3名でお願いできますか?」

「姫…」

リチャード王子も彼女の返答に少し驚いた。

「国では3名しかついてもらってませんの。」

「…解りました。
それでは…ラーラとヘレン、それからアンが残ってくれ。」

「かしこまりました。」

後のふたりは一礼して下がっていく。


「ごめんなさい。
いきなりわがままを言いまして。」

「いえ、いいんですよ。
何かあれば この者たちに申し付けてください。」

「ありがとうございます。王子。
…よろしくお願いしますね、3人とも。

お名前が…ラーラとヘレンとアンね。」

「「「はい。」」」

3人の侍女は頭を下げる。


「それではお言葉に甘えて、少し休ませていただきますね。」

「…晩餐の時間に迎えに参ります。」

「解りましたわ。」

「それでは。
…後を頼むぞ。」

「はい、殿下。」


3人の侍女を部屋に残して王子は去っていく。





「えっと… 早速で申し訳ないのですけれど…
お風呂に浸かりたいの。
用意してくださる?」

「はい。それでは、私が。」

アンが寝室奥のバスルームへと向かう。


「それから… 荷物を解くのをふたりが手伝ってくれるかしら?」

「はい。王女様。
そんなことは私どもがいたしますので、どうかごゆっくりなさって下さい。」

侍女の中では年長のラーラが返事する。

「いいのよ。
ぼーっとしてるの苦手なの。」

「はっ…? はぁ…」

届いているドレスケースと小物類が入っている箱を
ふたりの侍女と共に荷解きしていく。

とても一国の王女とは思えぬほど手馴れた様子で
クローゼットに片付けていく。



「あの…王女様。
少々お尋ねしてよろしいでしょうか?」

「…いいけど…王女様はやめて。」

「それでは、姫様…?」

ラーラがした問いかけに答え始める。

「えぇ。 さっきの質問ね。
私の国では…突然戦乱に巻き込まれることが何度かあったの。
それ以来、国王も王妃も王子も姫であろうと 最低限、自分の事は自分でするように育てられてるの。
だから、侍女も本当なら常にいてもらっているのは1人なの。
交代制だから…3人でいいのよ。」


「…!?」


良家の子女しか王家の侍女仕えは出来ない。
隣国・ルヴェール王国の歴史も多少なりとも知っている教養もある者達。
歴史的背景があったからこその教育だということに気づく。



3人で荷解きをして、クローゼットに仕舞っていく。

途中、アンが戻ってきた。

「お風呂のご用意が出来ました。 入られますか?」

「えぇ。コレだけ片付けたら… 。」

手に持っていたドレスを片付け、バスルームへ向かう。
後を追う、アン。

「よろしければ入浴をお手伝いしますが?」

「…そうね。 髪を洗うのだけ、手伝ってくださる?」

「はい。」


確かに姫の黒髪は長く、腰下まである。
お手入れは大変だろうなとショートカットのアンは感じていた。




姫のドレスを脱ぐのを手伝おうとするが、止められた。


白い裸身にバスタオルだけを巻いて、浴室へ。


長い黒髪を丁寧にシャンプーするアン。

「あとは… コレを少しずつ、塗りこんでくださる?」

「はい。かしこまりました。」


小さなガラスのボトルを受け取り、その中身のクリームを少しずつ塗りこんでいく。

「これでよろしゅうございますか?」

「えぇ。ありがとう。もういいわ。」

「はい。  ところで姫様、コレは一体なんでございます?」

先ほどのクリームのボトルを指していた。

「あぁ。コレ? コレはね、実は国で採れる真珠を砕いて作ったものなの。
少し魔法もかけてあるけれど… 髪にとてもいいのよ。
妹も母達も使っているわ。」

「そうなのですか… 」

姫の返事で納得した。
ラーン国は海に面して入るが、崖が多く海産物は漁に出て獲られる魚と貝くらい。
それに対し、ルヴェール国には大きな湾があり、海産物に恵まれている。
海路の要所で、港も大きいゆえに昔から他国に狙われていた。




「それでは、お体のほうも…」

「あぁ。いいわ。 もうひとりで大丈夫だから。」

「かしこまりました。」

アンは一礼をしてバスルームから出る。



アンが行くとクローゼットの片づけももう終わりかけていた。

「あ、アン。お疲れ様。」

「どうだった、姫様。」

ラーラとへレンに問われる。


「… あの姫様、同性から見てもものすごく綺麗。」

「ヌードも見たんでしょ?」

アンとそう年の変わらないヘレンが問う。

「えぇ。なんて言うの… 細くて華奢なのに、結構胸あって、
肌白くて、綺麗なの。シミひとつないホントに珠の肌よ。
あんな綺麗な方、見たことないわよ。」

「ふーん…」

「それじゃ、どんな殿方もイチコロね。」

「確かに…」

「リチャード様も進児様も コロッとイッちゃいそう。」

「シンシア様とは比べるまでもないものね…
仕方ないんじゃない?」

アンとヘレンが納得したように笑っているとラーラがそんな二人に言う。

「やっぱり王女様だわ。
お召し物も持ちモノもすべて普通じゃないのも当然ね。」

「え?」

「全て上質のものばかり。
さすが大国の王女様で…未来の女王様だわ。」

「そうか、やっぱりそうなのよね。
別世界の方ってこと…」


ドアをノックする音がしたのでアンが開けるとそこにはマリアン王女の姿。

「ここ…姉のお部屋ですよね?」

「はい。マリアン姫様。」

「入っていいかしら?」

「どうぞ。」


中に通されて気づく。姉の姿がない。

「あれ…??? 姉さまは?」

「入浴中でいらっしゃいます。」

「あ、いいなぁ〜。」

「少々、お待ちを。」




ラーラがバスルームのドアをノックして入る。

「はい?何か?」

「妹姫様がいらっしゃってますが、いかがいたしましょう?」

湯船に浸かっていた姉は答える。

「妹に一緒に入浴するか、聞いてみて。」

「はい。」


そのままの言葉を伝えると嬉々とした答え。

すぐにマリアンもドレスを脱いでバスルームへと。

マリアンについてアンも入ってくる。

「え?」

「髪をお洗いするお手伝いを…」

「あぁ、いいわ。私が洗うから。ね、マリアン?」

「おねがいします♪ お姉さま。」

「と、言うわけなの。」

「かしこまりました。何か御用があれば及びください。」

「ありがとう。」




しばらくするとバスルームから姉妹の楽しそうな笑い声が聞こえてくる。
侍女達はその明るい声に微笑んでいた。

「仲良くていらっしゃるのね…」

「そうね。姉妹で仲いいと、一緒にお風呂に入るわね〜。」

「そうなの?」

「えぇ。私も子供の頃は姉と一緒に入ったわ。」

ヘレンが懐かしそうに呟く。






40分ほどして姉妹が笑顔でバスルームから出てくる。
バスタオル一枚巻いた姿。


姉姫が侍女に言う。

「あぁ。すまないけれど… 
妹の部屋の者に言って晩餐用のドレス一式を持ってきていただけないかしら?」

「はい。かしこまりました。」

慌ててヘレンは部屋を出て行く。



10分ほどでマリアンの部屋付きの侍女と戻ってくる。


「ご苦労様。」


ドレスが来たこともあって、4人の侍女の手を借りて ふたりは身支度をしていく。




ドアをノックする音がして…侍女が開けに行く間もなく、リチャード王子が部屋に入ってきた。

「お迎えに上がりました…  ッて…え?!」


部屋の中にはまだ下着姿の姫君がふたり。

「きゃ…」
「や…」

慌てて侍女が間に入り、ガードする。

「こ、コレは失礼!!」


慌てて王子は部屋から出て行く。
胸の鼓動がバクバクしていた。
初めて女性の下着姿を見たわけでもないのに… 頬と耳が赤く染まっていた王子―




姫たちも勿論 驚いたが 直後、マリアンの口から笑い声が上がった。

「もうやだ…リチャード様ったら… わざとじゃないの? 姉さまを見たくて…」

「マリアンっ!!」

ほおを真っ赤に染めた困惑顔の姉をからかう妹姫。
思わず侍女たちからも笑いが起こった。

「まぁ、姫様、仕方がありませんわ。
類稀なお美しさをお持ちですもの。
さすがのリチャード様も…いくら婚約者がいても…
あなた様にすぐに夢中になられますわ。」

普段は王妃付きの侍女ラーラが笑顔で告げる。

「…そんなこと…   困っちゃうわ。」

侍女たちは笑顔で困惑している姫を見て、微笑んでいた。
気取らない可憐な姿の王女に皆、優しい目を向ける。

笑顔で侍女4人はふたりの姫君の美しく仕立てていく。



「これでいいですわね、ファリア姫様。」

「えぇ。ありがとう。」

淡いサックスブルーのドレスにはゴテゴテとした飾りは一切なく、
かえって着ている彼女の美しさを強調していた。
髪はいわゆる縦巻きで、アップにされていて白い首筋がはっとした乙女の色気を感じる。

侍女たちからも溜息が漏れる。

「あ、あの…殿下を呼んできますね。」

姉姫の仕度を手伝った侍女はマリアン付きとなったヴァレリー。
その侍女が、行こうとすると呼び止める。

「ちょっと待ってください。」

「はい?」

「あの、マリアン? あなた何人の方を付けていただいたの?」

突然の問いであったが即答する。

「えッ… 5人よ。」

「そう…」



少しの間を開けて 姉姫は荷物箱の中からあるものを取り出し、ヴァレリーに差し出す。


「これを… マリアン付きの方たちに。」

「はい??」

いきなりのことで、戸惑う。

「私の妹は 結構わがまま言うし、お手数かけることもあるだろうから… 収めてちょうだい。」

「お姉さまッたら!!」

ちょっと憤慨する妹姫を尻目に渡される。


「良かったら皆で食べてちょうだい。」

「え? 食べる??」

「中身はハーブクッキーなの。」

「ありがとうございます。」

ヴァレリーも今まで仕えている相手からこんなことをされたことがなかったので正直驚いている。
勿論、同じ侍女の3人も今の出来事に驚きを隠せない。

箱を渡されたヴァレリーは壁際に控える。



そんなうちにマリアンの仕度も上がった。


「リチャード殿下を呼んでまいりますね。」



ラーラがドアの前で立っていた王子に声を掛ける。

「あぁ、仕度、終わったか?」

「はい…  リチャード殿下。
美しい姫様にお会いになりたいお気持ちは解りますが お年頃の姫君なのです。
進児様とは違うんですのよ。
レディなのです。 お気をつけてくださいませ。」

「…解った。これからは気をつけよう。」


いつもは母付きである侍女に言われ、少々配慮が足りなかったと反省した。
再びドアをノックして、返事を待ってから入室する。

まるきりタイプの違う姉妹の姫が並んで立っていた。


姉姫のほうが少し清楚なシンプルなドレスに対し
妹姫は華麗なピンクのドレス。
それでもやはり妹姫より 姉姫に眼が行く。

「姫君方、参りましょうか?」

「「はい。」」


片手に姉姫をもう片方の手で妹姫の手を引く。

「それにしても…申し訳ない。
弟が来ていなくて。」

「え?」

マリアンに向かって謝る王子。


「あいつがあなたを迎えに行く役目を負っていたはずです。」

「…私が姉のところにいたからですね。
申し訳ないことしちゃったわ。」

「機転を利かせてくるべきです。全く…」


言葉尻では弟を怒っていても、笑顔は崩さない…



妹と王子のやり取りを聞いて姉は思い返していた。

噂で耳にしたリチャード王子の事―――

 感情よりも論理的に何事も考えて、判断する。
 ハンサムではあるが 常にクールな青年。


だからこそ、あのパーティの夜の彼の言葉に戸惑いを覚えた。
自分に好意なんて持っているはずない。
ルヴェール王国を欲しがっている国はたくさんある。


しかし、今、目の前にいる王子はそうではないと感じた。


屈託なく笑い、自分に微笑みかけ、優しいぬくもりを感じる。



   (噂なんて… アテにならないものなのね…  )


少しうつむいていた姉姫に問いかける。

「ファリア姫…??」

「え?」

「どうかなさいましたか?」

「いいえ、何でもありませんわ。」

「なら、いいのですよ。 やっと到着しました。
ここが食堂です。」


使用人がドアを開けると正面に国王と王妃が座っていた。
笑顔で3人を迎える。

「あぁ、姫たちよ… ゆっくりと休めたかな?」

「えぇ。おかげさまで。」

「さ、席にどうぞ。」

「ありがとうございます。陛下。」



リチャード王子の手から離れ、椅子に向かうと彼はついていく。

「あぁ。姫たちの椅子は私が…」

「はッ?」

戸惑う使用人を尻目に王子自ら 二人の姫たちの椅子を引く。

「さ、どうぞ。ファリア姫。」

「ありがとうございます。リチャード王子。」

次にマリアンに椅子を引く。

「さ。マリアン姫様も。」

「はい。ありがとうございます。」

「いいえ。」


彼の両親も弟も使用人もみな驚くしかなかった。
シンシアの見合いのときにも見せなかった"優しさ"が自然と出ていたことに。


それから自分の席につく王子。



「ようこそ。ルヴェール王国の姫君方。
あなた方を歓迎しますよ。
どうぞゆっくりと楽しんでください。」

笑顔でエドワードX世が告げてくると笑顔で返す姫君ふたり。

「ありがとうございます。」




静かな雰囲気の中、晩餐は始まる。

自国のモノと少し違う食材に戸惑いながらも口に運ぶマリアンは楽しげで
隣の席の姉も国王一家4人もほほえましく見ていた。


ゆっくりとしたペースで口に運ぶ姉姫に小さな声で問いかける妹姫。

「お姉さま…大丈夫?」

「ね、これ、食べて。」

「了解♪」



姉姫は元々食が細く、妹姫は食欲旺盛で いつも姉の皿の分まで食べていた。
そばの席の王妃に声を掛けられる。

「あら…? 何か苦手なものでもございましたかしら?」

「いえ…申し訳ございません。 平気なのですが… 妹と比べると食が細いものですから…」

「子供の頃から、姉の分まで食べています。
おかげで一時期、ちょっと太ってましたわ。」

「ま。」


3人のレディのやり取りを聞いて、進児王子の口から明るい笑い声。

「おい…進児、そこ、笑うトコか?」

少々、たしなめるようにリチャード王子が言う。

「可愛いじゃありませんか、兄上。
食の細い姉姫に食欲旺盛な妹姫。
何処まで対称的なおふたりなんでしょうね…」

「進児の指摘は当たっているな…ははは…」

珍しく声を上げて笑う父王に王妃も王子たちも驚きの目を見せた。
控えていた使用人達も同じ。

いつもと様子の違う国王一家だと感じていた。

こんなに明るい笑い声が食堂に響くのを久しぶりに聞いた気がした使用人たち…





to #5


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(2005/12/6)

" TEMPERANCE">節制 タロットカードの大アルカナのひとつ。No.14.

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