#3 TEMPERANCE -1



出発は3日後となり、姫君たちの荷造りに侍女たちは忙しくなる。

出発前の夜に父王は姉のファリアの寝室を訪ねる。


「お父様…?」

「お前に、大切な話がある。」

「はい。」


自分の寝室に父を招きいれる。

お茶を入れようとするが、止められた。

「いいから…座りなさい。」

「はい。」

「…マリアンのことだが…ラーン王国の第2王子・進児殿に恋しとる様だな。」

「えぇ。 」

「…お前は、このふたりが結婚してもいいと思うか?」

「え?」

「実は…エドワードX世の手紙によるとふたりを見合いさせて…
出来れば婚約をと思っているらしい。」

「そ、そうなんですの…」

ファリアは自分が望めない幸せを妹が得ようとしていることに気づく。

「だから一緒に行くお前に… ふたりが上手くいくように…
取り計らってくれんか?」

「勿論ですわ。
あの娘には、本当の恋をして結婚して欲しいと思っていますもの。」

「…ファリア…」

そう言ってくれた姉姫の顔は嬉しそうではあるが、その奥にある心に父は気づく。

「すまんな。
本当なら…年頃の娘のお前に頼むことでは…」

「おっしゃらないで下さい、お父様。
私は第1王女です。責任があります。
私のことは気になさらないで…」

「……」



どんなに望んでも、努力しても王子を得ることが出来なかった父親は申し訳なく思っていた。
18歳になる娘が本当の恋を知り、愛し愛される喜びを知って…
嫁いでもらいたかった。
しかし現実はそうではない。

婿を取り、女王として、ルヴェール王国を統べていく。
それしか道はなかった。

愛のない結婚を強いる事になっていることを父王は心苦しく感じていた。

今の婚約者・レアゴーは国内の有望な青年貴族の中から選んだというだけ。








   ***



ふたりの姫君は警備上、覆面馬車で出発する。
8人の近衛兵がついていく。
丸1日かけて、隣国ラーン王国の王宮を目指す。



道中、馬車の中から姉妹の明るい笑い声が聞こえていた。



翌日の午後に馬車はラーン王国の都に辿り着く。


賑やかな人の声にそっと窓の外を覗くマリアン。
大勢の民が行き交い、賑わっていたのは市のそばを通りかかっていたから。


「ね、姉さま… 楽しそう♪」

「え?」

妹と同じように外を見ると確かに多くの商品が並び、
人々が買い物を楽しむ姿。


「確かにそうね… 楽しそうだわ。」


   (こんなに安定した国なら… マリアンを嫁がせても安心ね…。)



ファリアとマリアンは隣同士に座っている。
妹姫はかわいらしい笑顔で姉に問いかけた。

「ね、姉さま… 進児様たちのご両親ってどんな方かしらね?」

「…お優しくて、立派な方だとお父様から聞いたわ。」

「え?そうなの?」

「えぇ。 幼い頃、同じ帝王学の師についていらしたそうよ。
お互い王子の頃は、何度か相手のお城に遊びに行っていらしたって…」

「そうだったんだ…」


昨夜、父からラーン王国の話を聞かされた。

若い頃、同い年の王子ということで、時折手紙を交わしたりしていたと。

先日のパーティで会った第2王子と少し似ていると教えられていた。


   *





外の景色が町並みから林に変わっていく。


「もうすぐ王宮ね… あ。」

「え? あ、綺麗…♪」


姫たちの目に入ったのは白亜のお城。

いくつもの赤い屋根の白い塔が立ち、優美な印象を与える。


「なんだか… 白鳥みたいに綺麗なお城ね〜。」

「そうね。美しいわ。」

「私達の家のお城って…何であんなんなの??」

姉はちょっと妹を咎める。

「何を言っているの??
生まれ育った大事なお城よ。
それは… 何度も戦火に巻き込まれたから…城砦的で無骨なの。
歴史的に見ても、それだけラーン王国が平和だってこと。
あのお城を見れば解るわ。」

「そ、そうね…」


姉の言葉に自国の悲惨な歴史が脳裏に浮かぶ。






その頃…王宮は出迎えの用意でひっくり返っていた。
普通の姫君ではない、隣国の王女が来る。
粗相があってはならない。


先触れの伝令が飛び込んでくる。

「あと15分ほどで、到着されます!!」

エントランスで待っていた王子たち。

「兄上、迎えに行きませんか?」

「え?」

「馬で出迎えるのですよ。
きっと喜んでくださいますよ。
ほら!!」

正装したふたりの王子は馬に飛び乗り、飛び出していく…





姫たちの馬車の近衛兵は前方から駆け込んでくる馬に気づくと号令する。

「構えよ!! …いや、あれは…王子たちか…?」

馬車のすぐ手前で馬を止め、ゆっくりと近づいてくる。



「よくいらしてくださった。
私は第1王子・リチャード。」

「私が第2王子・進児だ。」

「!! お迎えご苦労様です。」

「姫君たちは中ですね?」

「はい。」


馬車の中でマリアンは進児の声を聞いて狂喜していた。

「そのお声…進児様!?」

「マリアン殿!!」

妹は自分でドアを開けて、馬車を飛び出す。

「お会いしたかったです…」

「僕もですよ。」



姉は飛び出していってしまった妹を窓から見つめていた。

「兄上、ファリア姫をお願いしますよ。」

「何?」

「先にマリアン姫と行ってます。」


マリアンを自分の馬に乗せ、さっさと駆け出して行ってしまう。

呆気にとられた顔をしていた、残されたリチャード王子とファリア姫。
そして近衛兵たち…



「困った子… だから「じゃじゃ馬姫」だなんて言われるのに…」

「私の弟もです。…「鉄砲玉」とね。
奔放な弟妹を持つと兄姉は大変ですね。」

「ふふ…そうですわね。」



パーティの夜、あんな別れ方をしたのに微笑んでくれた顔を見て
胸を鷲掴みにされていたリチャード王子―


「あぁ、君。私の馬を頼む。姫と馬車に乗るから。」

王子はそばにいた近衛兵に声を掛ける。

「かしこまりました。」



王子は窓越しに姫に声を掛けた。

「同乗させていただいて、よろしいですか?」

「あ…はい。」



王子は自分でドアを開け、馬車に乗り込む。
ふたりは向かい合わせに座る。

「我々の国・ラーンへようこそ。
ここまで来るのに1日かかりますからね…お疲れでしょう?」

「いえ… 大したことは。
妹とふたりきりなんて久しぶりでしたので…楽しかったですわ。」

「そうでしたか。 でも私達の両親に挨拶を済ませたら、しばらくゆっくりして下さい。」

「ありがとうございます、殿下。」

「殿下?」

リチャード王子はそう言われ問い返した。

「えぇ。ここはあなたの国で… あなたは未来の国王。
敬意を込めてそうお呼びするのが当然でしょう?」

「…」


確かに言われるとおりだが
臣下か国民に呼ばれているような気がして イヤだと感じる。

王子の表情は微妙な面持ち。

「私…何か、変なこと申しました?」

「確かにおっしゃるとおりだが… 
あなたは客人。それにあなたも王族の姫。
出来れば… 「殿下」は止めていただきたい。」

「ではなんと、お呼びすれば?」

「「王子」で。 」

「それでは進児様と一緒にいられれば おふたりとも反応なさるのでは?」

「構いませんよ。」

「解りましたわ。王子。」



ギッと馬車が停車する。


「到着いたしました。」


御者がドアを開けると王子が先に降り、姫の手を引く。


「兄上、やっと到着か。」

「お前が早くに行き過ぎだ。」

兄弟王子は笑顔を合わせる。

「姫君たちを父上の元へ…」

「解ってる…」


リチャードが姉姫を、進児が妹姫の手を引いて、歩き出す。


ずらりと使用人たちが赤絨毯の脇に並び、4人が通ると頭を下げる。




ラーン城の中へ入るとファリア姫は振り返り、自国の従者がついているのを確認する。


ふたりの姫は玉座に座る国王と王妃の前へと進む。


「父上、母上。
ルヴェール王国第1王女ファリア姫と第2王女マリアン姫をお連れしました。」


リチャードが告げると 二人の姫はうやうやしくお辞儀をする。


頭を上げると姉姫が口を開く。

「初めてお目にかかります。
わたくしが姉、ファリア。こちらが妹のマリアンでございます。」

「この度は姉ともどもご招待いただき、ありがとう存じます。」


評判どおりの美しい姫君に国王は笑顔を浮かべる。

「隣国とはいえ、長旅でお疲れでしたな。」

「いいえ。あまり国の外へ出たことがございませんでしたので
…楽しゅうございました。」

「そうでしたか…」

姉が丁寧に返事すると満足げな顔の両陛下。

従者に持たせていた箱を前に待ってこさせる。
大きな箱と小さな箱…


「我がルヴェール王国シャルルV世から預かってまいりました親書と…
こちらは土産の品でございます。
どうぞお納めくださいませ。」


「これはこれは… わざわざありがとうございます
リチャード、進児。 どのようなものか拝見させていただこう。」

「「はい。」」


大きな箱は木製でしっかりと梱包されていた。
従者が開けてみせる。

中身は… 高さ4フィート(約120センチ)ほどの大理石の壺。

「これは…なんと立派な…
珍しい 濃紺の大理石の壺ですな。」

「はい。わが国、特産品のひとつ…大理石の壺ですが
このような色は珍しいとのこと。」


次を開けてみると大粒の真珠のネックレスと耳飾り。
黄金製の宝石箱の中に収められた物を差し出す。

「王妃様に是非にと母から預かってまいりました。」

「まぁ…なんと見事な品。」

「南の湾内で取れた真珠でございます。」


最後の品はワイン1ダース。

「こちらは王家専用のブドウ畑のブドウから作らせておりますワインです。
年間100本ほどしか生産しておりませんので、流通はしておりません。」


姉姫はすべての品の説明を終えると1歩下がる。
妹姫はごくろうさまとウィンクして見せた。


「コレはまた貴重な品を… ありがとうと言っていたとシャルルV世陛下にお伝え下さい。」

「はい。必ず。」


「…乙女の身での長旅でお疲れでしょう。
部屋で晩餐までの間、休まれるがよい。

リチャード、進児。姫君をしっかりと案内しなさい。」

「「はい、父上。」」



姫たちは王子たちに連れられ、客間へと案内される―






   *

残った王と王妃はさっきまでそこにいた姫のことを話しだす。

「それにしても… 異母姉妹とは聞いていたが…それぞれ違った美しさを持った姫たちだ。
シャルルも幸せモノだな。 お前はどう思う?」

隣に座る王妃目ありに尋ねる。

「…えぇ。おふたりともとても美しくて素晴らしい姫ですわね。
特に姉姫のファリア様は堂々としていらっしゃるわ。」

「…本当なら、あの姫にリチャードの妃となって欲しかったんだがな…」

「あなた…」

「仕方があるまい、向こうは王子がおらぬ。」

「…えぇ。」



若い頃、まだ王子だった頃にお互いに息子と娘が出来たら、結婚させようと言っていた。
結局、シャルルV世には王子は出来なかった為、第1子同士の結婚は無理と判断。
そんな理由から今回の第2子の婚約話が持ち上がったのだった。






to #4


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(2005/12/5)

" TEMPERANCE">節制 タロットカードの大アルカナのひとつ。No.14.

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