#2 THE FOOL -2



諸国の王族達は1泊して、各国へと帰っていく。
もちろんラーン王国の王子たちも…


帰国の馬車の中で兄の様子がおかしいと進児は気付く。


「どうしたのですか…兄上?」

「何でもないよ。」

「…。」

今まで、いつも凛々しく毅然とした顔しか見せたことのなかった兄が
こんな風に溜息ばかりで 流れゆく窓の外ばかり見つめているのを初めて見た。。


「…兄上。何処かの姫君に恋でもしたのですか?」

「恋? この僕が?」

「えぇ。溜息ばかりで…空ばかり見ていて… 一体何が見えるんです?」

「…」


何も答えない兄の顔には困惑の色。


   (僕が恋…だって?? そんな、しかし… ファリア姫に??
    でも、叶うはずがない。 あの姫は…僕のことを嫌われたはずだ。
    それにあの方は…第1王女。 未来のルヴェール国・女王。
    何故、僕はあの時、うわごとのように言ってしまっていたのだ…??
    あの方を困らせるだけだと、少し考えれば解るはずだ… なんと愚かな事を…)




手を振り払われる直前の彼女の辛そうな涙顔が脳裏に蘇る。




「…進児。」

「何です?」

「"恋"を知っているか?」

「何言っているのです? 兄上には 恋人も許婚もいるでしょう。
知っておられるはずではないのですか?」

質問に質問を返した進児。

「…"本物の恋"だぞ?」

「"本物の恋"ですか? 」

「よく物語や書物に書かれているだろう?
"恋焦がれる"ということを体験したことがあるか?」

兄の口から意外な言葉を聞いて、目を丸くした。
少し頬を染めた弟・進児は答える。

「…えぇ。」

「相手は誰だ?」

「…マリアン姫に。」

「!? お前…」

「俺は一目見たときから… 好きになってしまった。
踊って話してみて…ますます愛しさが恋しさが募った…
今も恋しいですよ。
そばにいて欲しいと…」

「…そうか。」


  (僕は今まで… 恋をしたことがなかったんだ… "本物の"…
   あの方の声が聞きたい、顔が見たい…
   抱きしめてキスしてみたい…)





大きく溜息をつく兄を見て弟は問いかけた。

「兄上… 何処の姫君です?
アレなら、シンシア殿との婚約を解消して、その方を望まれては?」

「無理だ。」

「え?」

「ダメなんだ。」

「申し込みもしないで尻込みとは兄上らしくない。
一体、何処のお方を?」

「………ファリア姫だ。」

「!? え、あ…それは…」

兄の口から出た名に驚く。

「無理だろう? 他国へ嫁ぐなんて無理だ。
僕がいくら望んでもな。 
 
…仕方がないんだ…。」


口元を覆い、涙をこらえる兄の様子を見て、
その想いがどれだけ本気なのかを悟る。



「兄上。 …実はマリアン姫と文通をする約束をしています。
折を見て… 我が国におふたりを招待してみましょう。」

「!?」

「何か…方法があるはずです。
兄上が幸せになる手立てが…」

「進児…」

真剣な眼差しを見せる弟。

いつの間にこんなに頼もしく男らしくなっていたのかと思うと
今の自分を情けなく感じた。


「すまんな。みっともない姿を見せた。」

初めての恋情でどうしていいか解らなくなっていた。


「いいんだ。俺達、兄弟だろう?
たまには弟の俺に頼ってくれ。兄上…」

「そうか、そうだな…」

やっといつもの兄が戻ってきたように感じた。


進児は明るい声で呟く。

「それにしても…兄弟で姉妹に惚れるかなぁ〜?」

「…それも、そうだ。」

やっといつもの兄弟の顔。
馬車からふたりの笑い声が漏れていた。







   ***



リチャード王子はラーン王国へ戻ると 恋人・キリーに会いに行く。
実は王子に閨のことを教える為の教師だった貴族の女性。


それゆえ 彼が訪れた直後に変化に気づく。

「殿下…変わられましたね…」

「…そう見えるか?」

「えぇ。 他の方には解らなくても私には。」

「…そうか。 
今日は礼と…別れを言いに来た。」

「そうでしょうね。」

微笑みを見せるキリーに安心する。

「今まで色々世話になった。 ありがとう。」

「いいえ。大したことではありませんわ。
私の方こそ、名誉な事でした。」

「コレは…今まで尽くしてくれた礼だ。受け取ってもらいたい。」

彼は持ってきていた宝石箱を差し出す。
中身はルビーのネックレスとピアス。

「!?」

「いりませんわ。」

「しかし…」

「私は国王陛下に頼まれて…殿下に色々とお教えしましたわ。
今日という日を…待っていたのです。

殿下が…本当に女性を愛することを知った時に別れが来ると。
思っていたより…早かったですけど。」

「キリー…」

目の前の冷たい美貌の女を見つめる。
恋していたわけではないが、ベッドを共にした初めての女性。
恋とは違う思い入れがあったのは確か。

「私もこれで肩の荷が下りました。」

「そう…か。」


歴代の王の中にはこの立場の女性をずるずると愛人にしていたとも聞いている。
父・エドワードは母と結婚した時に決別したと聞いていた。



「殿下が…愛する女性は幸せになれますわ。」

「…そうかな? そうだといいが…」

「ところでお相手は?
シンシア様ではないのでしょう?」

「え?」

「今まで…シンシア様をお抱きになった次の日に 来られてましたもの。」

「…そうだったか?」

「えぇ。」


いつも同じ香水が彼の肌からしていた。
その香りの主が誰かキリーは解っていたのだ。

彼ははにかんだ笑顔を浮かべる。


「いずれ…解るよ。」

「そうですか。」

「…それでは、な。」

「はい。殿下に素晴らしい愛が来ることを祈ってますわ。」

「あぁ…ありがとう。」


リチャードもキリーも静かに微笑んでいた。



そっと立ち上がり、彼は歩き出す。







    ***


次の問題は…正式な婚約者・シンシア嬢。

国務大臣の娘である。
国内の目ぼしい令嬢の中から選ばれたのだが、
明らかに上昇志向の強い父親とは違い おとなしそうな印象の娘。

リチャード王子が19歳の誕生日を迎えた際に婚約発表した。
しかしイマイチ 結婚する相手として実感が来なかった。。。


生まれて初めて心から望んだ女性は… ファリア姫。


叶うはずがないと諦めかけたが、弟の言葉で目が覚めた。
結婚できなくてもいい。
例え一夜でも恋人になりたいと願い始めていた…






ルヴェール王国から帰ってきて2ヶ月目―



進児は手紙の中で伝える。
 <是非、マリアン姫と姉姫様とで 我が国に遊びに来ていただきたい。
  正式な招待状を同封いたします。
  よき返事をお待ちしております。   進児>



ラーン王国の使者がマリアン姫への手紙と国王からの正式な招待状を運んできた。
それとは別にラーン王国国王・エドワードX世からの手紙がシャルルV世宛で…


その中で書かれていた。
 <是非、妹姫・マリアン殿と第2王子の見合いを…
  縁談がまとまることを望みます。 エドワードX世>



確かにまだ16歳になりたてのマリアンにとっては少々早い縁談話だが
第2王子もまだ18歳と聞いている。
年齢的には問題ない。
それに何より マリアン本人が 片思いをしている相手と知る父王はいい話だと判断。

 <マリアン殿お一人では淋しいでしょうから、姉姫・ファリア様もご一緒に>


優しい配慮を感じ取ってすぐに使者に 「了解した。」と伝える。

「出発日は追ってお知らせしよう。」

「かしこまりました。 それでは、失礼いたします。」






進児の手紙はすぐにピアノのレッスンをしていたマリアンのところに届けられる。

父王は一緒にいる姉姫にも話す。

「マリアンがラーン王国からの招待を受けておる。
この娘ひとりだと 淋しいだろうから、お前も行って来なさい。」

「え?」

「…たまには国の外を知ることも必要だ。
しかもラーン王国は平和で安定している。
後学の為にも行ってきてもらいたい。」

「解りましたわ。」

未来の女王として期待されていると感じ、真剣な顔で返事していた。










to #3


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(2005/12/1&3)

" THE FOOL">愚者 タロットカードの大アルカナのひとつ。No.0。

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