#1 THE FOOL




晴れやかな青空の下、都にはたくさんの国民が集まっていた。

ビスマルク大陸に数多くある王国の中でも、1.2を争う大国・ルヴェール王国。

国王・シャルルV世の在位25周年記念式典が執り行われ、国を挙げての大祭の真っ最中―




周辺諸国の王族も招待され、夜には大舞踏会が開かれる。
式典の日、隣国の兄弟王子・リチャードと進児は馬車で王宮に向かっていた。




「俺、楽しみだなぁ〜♪」
「何が?」
「美人姉妹と評判の王女様方に会えるんですよ?
興味ないのか、兄上?」
「そういうわけでもないんだが…」
「俺と違って、兄上には婚約者も恋人もいますからねぇ…今更ですか?」
「そういうことだ。」


兄弟がそんなやり取りをしているうちに、王宮のエントランスへと着く。


白いマントを翻し、隣国・ラーン王国の第1王子リチャードは馬車から降り立つ。
甘いマスクと優雅な立ち居振る舞いに周辺の女性の口からは溜息が漏れる。

続いて赤いマントを翻し、第2王子進児が降りる。
兄とは違う凛々しさを持つ少年王子に手を振る若い乙女達。

ふたりの王子がほんの少し微笑むと黄色い声が上がってくる。




王子たちは従者を連れて、ルヴェール城の大広間へと―




中央の王座には国王・シャルルV世。
50歳になる国王は普段は威厳に満ちているが
立派なクマひげの顔には今日のよき日を喜ぶ表情が浮かんでいた。

左脇に第1王妃・セーラ。右脇に第2王妃・マリーがそれぞれ座っている。
まだ30代後半の美しい王妃達。
セーラ王妃の横には姉姫。マリー王妃の横には妹姫が控えていた。
美しき家族に囲まれた国王は満面の笑みで祝い客を迎える。



ラーン王国の両王子の順番が廻ってきた。


兄王子が祝いの言葉を述べる。

「この度は在位25周年目ということ… おめでとうございます。」

「うむ。 よくいらしてくださった…ラーン王国の王子たちよ。」

「「はっ!!」」」

控えさせていた従者から荷物を受け取り、二人が差し出す。

「父から祝いにと預かってまいりました。どうかお納めくださいませ。」

「うむ。 ラーン王国も近年は平和で住みよい国と聞く。
わが国も見習わなければならぬ。」

「陛下のお言葉… 父に伝えおきます。」

「今日は楽しんでいってくれたまえ。」

優しい笑顔で国王は若い王子たちに告げる。

「…ありがとうございます。」



弟王子・進児は下がる時に金の髪の王女と目が合う。

  (あ… 美しい… やはり噂どおりの美しい姫君… 金の髪、ということは
   太陽の姫・マリアン様…か…)



王子たちは大広間の片隅で話していた。

「兄上。 評判どおりの…姫ですね。」
「そうだな。」

そっけない兄の返事に問いかける。

「やっぱり興味なしですか?」

「いや… 妹姫はしっかり見れたが、姉姫様を見れなかった。」

「そうでしたか…  で、どう思われました?」

「可愛い妹姫だなというくらいだ。」

「そうでしたか。」

ふっと笑顔になる弟。

「どうした? 進児…」

「俺… 一目惚れしたみたいなんだ… マリアン姫に。」

「…なら、ダンスでも申し込むんだな。」

「え。あ、そうだな。」



そんな会話をしているうちに祝い客の挨拶も一通り終り、
楽団の演奏が始まると フロアには大勢の客達が踊り出す。

国王一家のうち、シャルルV世と姉姫がフロアに出てステップを踏む。


その可憐な足取りにリチャード王子は見入っていた。
次に妹姫の手を取る国王。


姉姫が数人の貴族の子息や他国の王子たちと踊っているのをジッと見ているだけ。
彼と踊りたい女性達が視線をちらちらと送るが、一向に気付く気配もない。

ある女性は声を掛けようと思うが、
誰を気にしているのかと王子の視線を追ってみると…
自分では到底敵わない美貌の姉姫。
仕方なく諦め違うダンスのパートナーを探しだす。






踊り終える姫に男達が申し込むがさすがに疲れたのか
人の輪から外れ 中庭に出て行くのに気づき、彼は追いかけた。





すっかり夜で暗い空には満月が浮かんでいる。


リチャード王子が周辺を探してみると…
庭園のベンチに腰掛けている姫の姿。


月の光で白い肌が淡く発光しているように見え、
まるで精霊のようだと錯覚を覚える。

「あ…」


王子の胸がどくん…と 高鳴っていた。
まるで触れれば消えそうなほど 透明感のある美しい姫―





しばらく立ち尽くしてしまっていた―



  ガサリ…


ふいに植え込みの葉に触れてしまい音が立ってしまう。


「誰…?」

誰何され、仕方なく姿を現す王子。

「あなたは…」


植え込みの影から出てきた王子をじっと見つめるサファイアの瞳。

「申し訳ない… お邪魔をするつもりはなかったのです。
失礼しました、姫。」

「いいえ… 少し驚いただけですわ。
あなた様は… 確かラーン王国の第1王子のリチャード様?」

「えぇ… 私を知っていただいてたとは、光栄ですよ。」

「お噂はこちらにも流れてきていますから…」

「…どんな噂です?」

「真の騎士であり、叡智に長けた素晴らしい方だと。」

「はは… そこまで誇張されてますか?」

美しい姫のくちびるから出た言葉を素直に喜び、微笑んでいた。

「あの…侍女たちが噂していましたの…」

「あなたにそんな風に知られていたとは、嬉しいですよ。」

「いえ…」

リチャード王子は至近距離で姫を見て、初めて見て 会話をしていて
鼓動が早まるのを感じていた。

外見が美しいだけではない、聡明さと気品を漂わせた濃いサファイアの瞳、
抱きしめれば折れそうなほど華奢な身体―



 (こんな…たおやかな姫が…未来のルヴェール王国の女王。
  その細く白い肩に… 国の責任がのしかかるのか…??)



王子の視線を感じて、姫は少し緊張していた。
噂以上にハンサムで長身の凛々しい王子―


「あ、の…?」

「あ、あぁ…ファリア姫。 
あなたの脚がが大丈夫なら私と1曲、踊っていただけませんか?」

「えっ…えぇ…」

姫が手を差し出すと、その手を取って王子は大広間へと歩き出す。




フロアでふたりはステップを踏み始める。


姫はリチャード王子の腕の中で少し驚いていた。
さりげなく優しいリード。包み込むような大きく優しい手。


王子も王子で驚く。
こんなに優雅にまるで羽のように軽やかに踊るレディに初めて出逢った。
手を離せば飛び去ってしまいそうな感覚に襲われる。

曲が終わって次の曲へと変わるが彼は手を離さない。


「申し訳ない。 あなたに見惚れて、タイミングを逃してしまいました。
もう1曲、付き合ってください。」

「えぇ…」


ふたりの視線はジッと相手を見ていた。
周りにいる客も目に入らず、囁きも耳に届かない―




その光景を見惚れて見ているものが大半…
踊るふたりを睨みつけていたのは他ならぬ姫の婚約者・ルヴェール王国軍大尉・レアゴー。


曲が終わると彼は再び手を引いて、庭園へと連れ出す。

「2曲もつき合わせて、申し訳ない。
少し休みましょう。」

「ありがとうございます。」



妹姫マリアンは…何人かの殿方と踊る中、
リチャードの弟王子・進児に心惹かれていた。









   ***




再び庭園のベンチにふたりは腰掛ける。

「姫…」

「はい…?」

じっと姫を見つめて王子は言葉を切り出す。


「私と結婚して… ふたつの国をひとつに統合しませんか?」

「えっ!?」

「私はあなたを花嫁に迎えたい… ダメですか?」

「そんな…そんなこと…」


いきなりの言葉に面食らい、戸惑いを隠せない。

「私はあなたを…」

「お戯れは止めて下さい!!」

「姫…!?」

いきなり言葉を遮られ、驚愕してしまう。

「今の言葉…聞かなかった事にします。
父にも誰に…言いませんわ。」

「あ…」

ファリア姫は自分と国を手に入れたい王子の言葉を野望の言葉として受け取ってしまう。
初めて感じた "恋" の甘い予感に戸惑い、混乱もしていた。

立ち去ろうとする姫の腕を咄嗟に掴む。

「やめて下さい…」

「姫。 私は…」

彼女の手は震え、瞳は涙で潤んでいた。
やはり驚かせてしまったのだと 王子は後悔し始める。

姫はつかまれた腕を振り払って 彼の前から駆け出していく。


「ファリア姫…」

うわごとのように言ってしまった己の言葉に彼自身も驚いていた。


「僕は…ぅ…」

生まれて初めて心揺さぶられた乙女の涙を見て、
自分が馬鹿なことをしたと ひとり 立ちすくむ。




自分の足元に光るものが落ちていることに気づく。
手に取ってみると 姫の耳元を飾っていたピアス。

「あ…」

彼女のぬくもりが残っている気がしてしまう。








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(2005/12/1&3)

" THE FOOL">愚者 タロットカードの大アルカナのひとつ。No.0。



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