Love's contagious -2- |
―ふたりは学校で隠れてデートを重ねていた。 男子女子の共同施設である図書館の特別閲覧室。 ふたりが誰にも見つからずに逢える唯一の場所。 他愛ない話をしたり、じゃれあったり、抱き合ったり、キスしたり… 逢っている間だけ幸せを感じていた… 穏やかに静かに季節は巡っていく… 気付けば春になっていた。 出逢ってから半年が過ぎ、ふたりはお互いに愛し合っていると実感している。 クリスマスに彼に贈られた…指輪が少女の宝物。 学校にもしていけず、家に置いておくのもイヤだったから、チェーンに通してネックレスにしていた。 いつも制服の下に忍ばせている。 リチャードの宝物は… 1月30日の自分のバースディに彼女から贈られた腕時計。 しかもふたりお揃いにしていた。 初夏の風が香り始めた5月。 二人は変わらずに図書館の4階の特別閲覧室で逢っていた。 「僕が…大人になったら…大学を出たら、結婚しよう。」 「え?」 突然の言葉に驚く。 「あんな…祖父の言葉を無視してやるさ…」 「リチャード…本気?」 「あぁ。バカバカしい。 昔のいさかいが原因らしいけど…大人げないよ。今時…」 「そうね…」 リチャードの腕の中で穏やかにファリアは微笑んでいた。 ![]() ―その週末 ファリアはスコットランドにあるローレン城に戻ると、 大書斎に行き、あるものを探す。 (家系の関係の物の中に… ランスロット家との確執のことが記されているかも…) 土日の2日かけて探した結果… 1冊の日記を見つけ出せた。 ファリアから見れば祖父… アレキサンダー=パーシヴァルと リチャードの祖父・ハロルド=ランスロットの間に起こった出来事。 同じ大学の先輩後輩で仲が良かった。 ある日、大学のパーティにハロルドは ガールフレンドの中で一番好きだった女性アニーを連れて行った。 そこで出会ったアレキサンダーとアニーはお互いひと目で恋に落ちてしまう。 憤慨したハロルドはアレクとアニーに絶縁宣言。 どれだけアニーが苦しんだか話をしようとしてもハロルドは相手にせず、 アレクとアニーは悲嘆にくれていた。 あれから50年以上の歳月が流れ パーシヴァル家とランスロット家の溝は深まっていくだけだった。 王室庁長官にまでなったファリアの父・アーサー=パーシヴァル、 王室情報部部長職のリチャードの父・エドワード=ランスロット。 立場の違いは大きく、ますます憤慨したハロルドの絶縁宣言は孫のリチャードにまで及ぶ。 「パーシヴァル家の娘や息子と関るな!!」 リチャードは祖父にファリアとの交際がばれるのを恐れていた。 きっとばれれば引き裂かれる。 祖父はもう75歳を過ぎた― もし万が一、亡くなれば障害は減ると考えていた― * 翌日の月曜日にファリアは図書館の一室で彼に日記を見せる。 「そういうことか… 僕も城に長くいる庭師に話を聞いてみた。 やっぱりお爺様… 好きだった女性をローレン卿に奪われたと思ってるんだね。」 「今なら… 私、気持ち解るわ。」 「僕もだよ。 でもそのことで僕達が引き裂かれるのは絶対にいやだ。 僕は…君を花嫁にしたい…」 「リチャード…」 彼の言葉に胸が締め付けられる。 「最悪の場合、ランスロット家の相続を放棄してもいい。」 真剣な眼差しでリチャードは告げる。 「ダメよ。 あなただけでしょ? 跡取り…」 「いいよ。ランスロット家が潰れても。」 そこまで彼が愛してくれているのだと思うと嬉しいが 気持ちは複雑だった。 リチャードがくちびるを求めると何の迷いもなく応えてくれる。 「ん…ふ…」 (リチャード… 愛してる… けど…) 少女の心中は混沌としていた。 自分も公爵家の第一子。 もし弟が生まれてこなければ、自分が相続することになっていた。 ![]() ―木曜の夜 ロンドンの邸から通学しているファリア。 父が邸にいて珍しく娘を書斎に呼びつける。 「何でしょう…お父様。」 久々にまともに父の顔を見た気がした。 「…実はお前に縁談の話がある。」 「え?! 縁談!!」 父の言葉に驚き、思わず叫んでしまっていた。 「そうだ。相手はジェラルド=ハービソン。 侯爵家の跡取りだ。」 「跡取りだけど…もう27くらいじゃ…」 一度、祖母のお茶会で顔を会わせたことはあった。 確かに実年齢より若く見られるが… あまりタイプでもない青年貴族。 不細工ではないがハンサムでもない。 実業家として成功を収めている青年― 祖母の手前、一応愛想だけは振りまいておいた。 「確かに少し年は離れているが… 安心できる。」 「い…イヤです!!」 娘の反応は当然と思っていた。 「何でだ?地位も名誉も金もある青年貴族だぞ!? 何が不満だ!? それに…お前が大学に進むのも許してくれているんだ。」 ボロボロと涙が溢れる少女。 「そんな事どうでもいいわ!! 結婚はイヤよ!!」 「ファリアッ!!」 思わぬ反抗に思わず怒鳴る。 びくっと少女はすくんでしまう。 しかしすぐに冷静な顔に戻った父は問いかけた。 「何だ…他に好きな男でもいるのか?」 「え…あ… その…」 言えるわけもない。 相手はランスロット家の跡取り・リチャードなのだから。 黙る娘に告げる父。 「ま、今週末に一応見合いだ。 話はもう、まとまっている。 お前に選択の余地はない。いいな!!」 家長の父の命令は絶対。 逆らうことなど無意味だと言うことを幼い頃から解っていた… ―金曜 ファリアは学校帰りにひとりでロンドンに出た。 服や身の回りのものを紙袋に詰めて持って出て来たものを 買ったばかりのスーツケースに詰めていく。 そのスーツケースを駅のロッカーに預けておいた。 翌日の土曜はリチャードの校内馬術大会。 こっそりと応援に行く。 当然のように優勝のリチャード。 校舎の影で彼に優勝祝いのキスを贈る。 「おめでとう…リチャード。」 「ありがとう…ファリア。」 不意に彼女に問いかける。 「どうしたの…?何かあった?」 「そんな事ないわよ。 それじゃ…ね。」 そうは言ってもいつもよりキスが熱い気がした。 「あぁ…」 彼は少し別れがたそうな顔。 行こうとしたが振り返る少女。 「ありがとう…リチャード。 私のこと、好きになってくれて…」 「え? あ、僕もだよ…」 馬術部の先輩の呼ぶ声がした。 仕方なく行ってしまう少年。 少し彼女の様子がおかしかったと感じたが口に出せなかった。 ファリアはこの後、親友のリズに会ってから、自宅に帰る予定。 用を済ませてパーシヴァル家の車に乗り込む。 いつもより神妙な顔をしているなと運転手は感じていた。 「あの…ごめんなさい。ロンドンに戻って欲しいの。」 「え?しかし… ローレン城に戻られるご予定では?」 「買い忘れたものがあって… お願い。ロンドンへ行って。」 「…はい。」 令嬢にお願いとまで言われると断ることは出来ない。 パーシヴァル家の車が発進した直後、 リチャードも家の車に乗り込んで城に帰る予定だった。 しかし目の前に走る車がパーシヴァル家のものだと解ると じっと見つめていた。 彼女の予定ではスコットランドの城に帰るということだったが 明らかに車はロンドン方面へと向かっている。 不審に思った彼は自分の車の運転手に前の車を追いかけるように言う。 ロンドン市内に入り、チャリングクロス駅近くまできた。 「あの…お嬢様…?」 「いいから、降ろして。買い物してくるから…」 「は…い。」 ファリアは制服のまま、降りていく。 彼は車から様子を見ていた。 「ちょっと…行ってくるよ。」 「は?はい。」 追いかけるようにしてリチャードは駆け出す。 少女はスーツケースをロッカーから出し、それを持ってレストルームへと入ってく。 中で制服からワンピースに着替えた。 着替え終えた少女はスーツケースを引いて歩く。 リチャードは周辺を探して廻ると見つけたのはピンクのワンピースに黒のボレロ姿の彼女。 驚きの目で彼を見上げる。 「…ファリア?」 「え?なんで…リチャードがここに??」 「君の事… 気になって、追いかけてきた。 どうした…?? 何処に行く気だ?」 彼女が手にしているのは明らかに大型のスーツケース。 「リチャード…お願い。見逃して!!」 「何故だ!?」 「お願い… 聞かないで…」 「何でだッ!!」 彼の大きな声に周辺の通行人が振り返る。 「お願い… 目立ちたくないの…」 「何でだ? 僕に話せないのか? 恋人の僕に…??」 彼に肩を掴まれ、逃げられないと悟る。 「リチャード…聞いたら、帰ってくれる?」 「…あぁ。」 少女は涙を拭いながら歩き出す。 彼は追いかけてスーツケースを手に取ろうとするが彼女は渡さなかった。 駅構内のベンチに腰を下ろすふたり。 「ファリア… 話して。」 「…… 私、結婚させられるの。」 悲痛な顔で彼女は告げる。 「え…!?」 「もう話は…決まってるの。 明日のお見合いは単なる形式なんですって。 私が18歳になった秋に挙式だと…。」 「!!!! 何だって?」 彼のエメラルドの瞳が驚愕で大きく開く。 「私…イヤ。 リチャード以外の人と結婚なんて… でもあなたはやっぱりランスロット家の跡取り… 私のコトに巻き込みたくないの… だから、ひとりで行かせて…」 涙を流しながら言う彼女に問いかける。 「…何処に行くつもりだ?」 「…とりあえず、パリに。 そのあとは…南仏かイタリアにでも…行こうかと。」 彼の目は真剣そのもの。 「どうして…話してくれなかった?」 「だって…あなたに迷惑掛けたくない。 あなたにランスロット家を捨てて欲しくないの…」 涙をこらえ、そう告げる彼女の思いに気づく。 「…ファリア…」 「だからお願い。ひとりで行かせて… 」 「イヤだな。」 「え?」 「こんな…辛い顔してる君ひとりを行かせたくない。 それに若い女の子がひとりで行動するのはよくない。 悪い男に目を付けられるよ。」 「リチャード…」 彼の瞳は穏やかに彼女を見つめる。 「僕も行く。」 「え…ッ!?」 「君ひとりなんて行かせない。 ランスロット家なんか要らない。 君が…欲しい…」 彼はぎゅうと抱きしめる。 「リチャード…」 「もう何も言うな。一緒に…行こう…」 こくりとうなずくファリア。 ホントはひとりで行くのが怖かった。 to -3- _______________________________________________________________________ (2005/10/12) to -1- to Bismark Novel to Home |