Labyrinth -4-


あの日を境にマリアン嬢は少々(?)大人しくなった。


ルヴェールは思わぬ事態に驚きつつも喜んでいた。

やっと娘が貴族の娘らしくなってくれたと。



最近、従姉のジョーン嬢の暮らす邸に通っていた。
ジョーン嬢はマリアンより5つ年上の美しく若いレディ。


マリアン嬢が邸へと向かう馬車の護衛にはいつも進児とビルの姿があった。



それが2カ月も続いたある日、ルヴェールに呼び出される進児。

「何かご用でしょうか?」

「進児君。」

いやに神妙な表情でルヴェールは声をかける。

「ここ1カ月ほどで娘がすっかり変ってしまってることに気づいているだろう?
それに従姉のジョーンのところによく通っていることも。」

「はい。護衛として付いていっておりますから。」

進児は一体、何を言わんとしてるのか意図が読めずにいた。

「…で、娘ではなくあえてジョーンに問うてみたらな、その…君に好意をもっておるのだと聞かされてな。」

「は?」


進児も薄々は感じていたが、まさか本人からの告白ではなく、父親に言われるとは思いもしなかった。

「で、な。 実は君に折り入って相談したいのだ。」

「何です?」

面食らってる進児にさらに告げる。

「君に娘の婿になってもらいたい。
悪い話ではないと思うが・・・・
ドメス師の弟子というのも私は全く構わない。
しかし、2,3年後。いや遅くても5年以内に結婚して、ここに住んでくれればいいと思っておる。
どうかね?」

進児はそこまで考えてくれているルヴェールにさらに驚いた。

しかし即答できる内容でもない。

「あの、2,3日 時間をくださいませんか?」

「あぁ、もちろん構わん。
いい返事を待っておるよ。」




進児は考え込んでいた。

まさかこんな展開になるとは思いもしなかったから。

「はぁ・・・・・・」

ベッドで仰向けになっていた彼が窓の外を見上げると満月。


  (この話・・・受けていいんだよな、ドメス師?)





次の日、ビルに昨夜のことを話してみる。


嬉々とした顔で手を叩く。

「そっか! やっぱりな!!」

「はぁ?やっぱりって?」

「だって、マリアン嬢はずっとお前を切なそうに見てるし、お前もな。
ふたりがくっつくといいなって思ってたんだ。」

「マジで?」

「あぁ。それに俺もやっと出会えたぜ!!」

「えっ!? いつの間に?」

「お前、、、マリアン嬢の従姉のジョーン嬢、会ってるだろう?」

「あぁ。まさか・・・???」

「そのまさかさ。彼女、俺のモロにタイプでさ。
それとなしに告ったら、彼女も俺のこと気になっててくれたみたいなんだよ。
交際申し込んだらOKだったんだ。だから。」

お互いに幸せが訪れたことを実感していた。

「そっか。俺たち、ここで伴侶ってのを見つけられたのかな?」

「そうみたいだぜ。ドメス師の期限まであと2カ月切ってるし、いい感じじゃねえか?」

「あぁ、そうだな。
そういや、リチャードはどうなったんだろうな?」

ふと修行仲間のリチャードの顔が浮かんだ二人。

「さぁね。どっかで上手くやってるんじゃないか?
金髪碧眼で長身のハンサムくんなんだし。」

「そうだな。」

ビルと進児が笑顔で顔を合わせ、お互いの幸せな未来を感じていた。




******


その頃、リチャードは・・・・・・・



パース神殿で神官として、修行の日々に明け暮れていた。
肉体的精神的修行の毎日を繰り返している。



そんな中でリチャードは密かに片想いしていた。
相手の女性は同じく神官の修行中の17歳の乙女・ファリア。
艶やかな腰まである黒髪と白い肌。
理知的な深いサファイアの瞳。


国の東にある月神殿から修行に来ているということであったためか、
少々憂いを帯びた美しい乙女であった。


街や村にはいない 神秘的な雰囲気が人々の関心を引いていた。


しかしパース神殿は普段は閉鎖的な神殿で祭事のときにだけ神官たちは人前に出ていた。
その時だけ見ることができる乙女の姿は評判になっていたのだ。



***


ある日、大神官がトリスタ大神殿に用があるので出かけていた。
年に数回しかない、修行が休みの日。
この日だけは皆が思い思いの時間を過ごす。

久々に街へと出かけるものがほとんど。

乙女は庭でひとりチェスを楽しんでいた。

と、言うのも、彼女が街へ出ると、騒ぎになるので出かけることはめったにない。


リチャードが出掛けようとしてその姿を見かける。

「あの・・・ファリア殿。おひとりでチェスですか?」

「えぇ。いつもは夜に自室でひとりでしてるのだけど、こうしてお陽様の下でするのもいいと思って。」

はにかみながら話す乙女に心惹かれる。

「…よろしければ、お相手いたしましょうか?」

「え?」

彼の申し出に少々驚きの顔。

「ドメス師とはよく対戦しておりましたから。」

「あら?意外なトコロに同じ趣味の方がいらしたなんて・・・
嬉しいですわ。お願いします。」


二人は向かい合ってチェスを始める。

なかなかの好勝負。

分は乙女にあった。

「久し振りだから、やはり・・・」

「ありがとうございます。リチャード様。」

「え?」

「わざと負けて下さったのでは?」

リチャードは恥ずかしげに答える。

「いいえ。あなたの実力ですよ。」

「ホントに?」

「僕の読みが甘かったんです。」

「じゃ、もう一度 対戦しましょうか?
その前にお茶を淹れてきますわね。」

乙女は嬉しそうに席を立ち、台所に行ってお茶を淹れて持ってくる。



結局、半日、嬉しそうにチェスを楽しんでいた。
それは二人の距離を縮めるのには十分すぎるほどの時間。。。。





*****



3日後の深夜―――――


リチャードはふいに眼が覚めた。

「うわぁあああっ!!!」

男の悲鳴が聞こえた。

そして、部屋の外に不穏な雰囲気を察した。

「きゃぁあああっ!!」

乙女の悲鳴がリチャードの耳に届く。

「ファリア殿っ!?」

慌ててリチャードは枕元に置いていた剣を鞘から抜いて部屋を飛び出す。

「いやぁああっ!!」

廊下を駆け出した先には、乙女が複数の男たちに取り囲まれて、夜着を引き裂かれ、
まさに凌辱されようとしている姿。

「や、いやぁああっ!! リチャード様ぁっ!!」

彼はためらうことなく剣を振るう。

「私のファリアに手を出すなっ!!」


一人が斬られると4人の男たちは乙女を放り出し、丸腰なのにリチャードに襲いかかる。
しかし4対1であっても彼の敵ではない。
あっけなく4人は床に転がる羽目に。


「リチャード様ぁっ!!」


一瞬でお互いの気持ちを悟った二人。。。


血まみれであったが二人は抱き合っていた。
互いの腕に力が入る。。


「うあぁああっ!」


男の悲鳴が廊下に響く。


リチャードは自分の服を彼女にかけて、ダッシュする。
よく見ると廊下に修行仲間の神官たちが横たわっていた。
もう息はない。

彼が刃物を持った男たちに斬りかかる。
まさか神殿に剣を持って立ち向かってくる者がいるとは思ってなかったため、
全員、彼の剣に沈んだ。




3時間後――――


やっと陽が昇ったころに神殿内の惨状が判明する。

8人の神官たちの遺体のほかに、侵入者と思われる男たちの死体が8人。
乙女に襲いかかっていたのが5人。
あとの3人の手元足元には神殿の金品や小さな神像がいくつも転がっていた。


「こいつら・・・盗賊だったのか・・」


リチャードは自分が斬った男たちを見下ろしていた。

神殿内の状況を目の当たりにしてはショックだろうと思い、
乙女はとりあえず自室で休ませておいた。

彼は朝食の支度に来た村の者に事件を説明した。



村から村長や男たちがやってきてくれる。

「そうでしたか・・・非常に残念なことです。」

村長が悲痛な面持ちでリチャードに告げる。


「えぇ、とりあえず、今の現状を大神殿に報告して、事後処理を頼まないといけませんね。
盗賊たちの遺体は庭に出して、神官のみんなは祭壇に。」

「それがいいですな。
村の若い衆に運ばせましょう。
それに大神殿に早馬を出します。
とりあえず手紙を用意しませんとな。」

「えぇ。」

リチャードは手早く手紙をしたためる。

「では、これをお願いします。」

村長が受け取るが、すぐに村の者へと託す。






***


――2日後

トリスタ大神殿から3人の神官たちがやってきた。
そのうちのひとり・・・エルフィト神官はリチャードの顔を見て驚いた。
リチャードのほうも同様の反応。

「手紙をくださったのはあなたなのですね、リチャード殿。」

「あなたはあの時、この神殿へ行くようにアドヴァイスを下さった・・・」

「えぇ。私はエルフィトと申します。
そうでしたかここで順調に修行なさってたのですね。
それにあなたがファリアを守ってくださった。」

「え、えぇ・・」

「ファリアは・・・彼女は次代の月神殿の司祭。彼女が無事なのが唯一の救いです。
ありがとうございました。リチャード殿。。。」

「いえ。でも僕は多くの人を死に至らしめてしまいました。
僕には神殿にいる資格なんて・・・・」

悲痛な面持ちになるリチャードの手をとりエルフィトは顔を見つめる。

「何をおっしゃいます。
彼女を魔の手から救い、そして神殿を守ろうとしてくださった。
感謝してこそすれ、排するなどもってのほかです。」

「お言葉だけで…。」


リチャードは申し訳なさそうにするが、エルフィトは感謝の意を示す。
それは同行の二人の神官たちも。




「とにかく、みなを弔ったら、しばらくはこの神殿を封鎖いたします。
ところで、ファリア殿は?」

「自室に。神殿内の惨状を見せたくなくて、出ないようにと。」

「それが一番正解です。
ではリチャード殿とファリア殿は一緒に大神殿へとお越しになって下さい。」

リチャードはエメラルドの目を細めて応える。

「いえ。そろそろ我が師ドメスの修行の期限。
僕は弔いが終わればここを去りますよ。」

「そうですか。残念です。
もしまだ修行をお望みならあなたを受け入れますよ。」

思いがけない申し出にリチャードは眼を見開く。

「え?」

「大神官殿からの日々の報告書からあなたのことも聞き及んでおりましたから。」

「大神官殿が僕を?」

「えぇ。すでにいる神官たちの誰よりも真面目に真剣に修行に取り組んでいると。」

大神官・アーサーが自分をそんな風に見てくれていたことに驚く。

「そうでしたか・・・」

大神官と目の前のエルフィトがどんなふうに自分を思ってくれているのかを悟る。

「もし、またお世話にあることがあれば、よろしくお願いいたします。」

「もちろんですよ。」

にっこりと微笑み返すエルフィトがいた。






***


次の日

大々的に亡くなった大神官たちの葬式が執り行われる。
盗賊たちは荼毘にふされた。


すべての葬儀が終わり、みな神殿を後にしようとする。

そんな中、乙女はリチャードが去ってしまうことを告げられた。

「え!? リチャード様は…行ってしまわれるのですか?」

「えぇ。ファリア殿。あなたと共に修行した時間はとてもかけがえのない 大切な時間でした。
ありがとうございました。」

「どうしても・・・?
私たちと共に行っては下さらないのですか?」

瞳に涙をたたえ、願う彼女に心が揺らぐが、師ドメスの旅の期限は目の前。

「えぇ。師匠の元へ戻らねばなりませんから。お元気で。」


リチャードはひらりと馬に飛び乗り、神官たちに一礼をして駆け出していく―――


残された乙女は泣き崩れていた。






ドメスの邸までずっと走り続けるつもりだったが、馬が持たないので1泊する羽目に。


とある村の宿屋のベッドの上でリチャードは窓の外の夜空を見上げていた。



「これで…良かったんですよね? 我が師よ・・・・」


リチャードの眼の端から音もなく涙がこぼれ落ちていた。


自分が恋し、恋い焦がれたのは神官の乙女・ファリア。
しかも次代の月神殿の司祭。
自分が奪えるはずがないと。


あの一瞬が永遠であればと思いだす―――


5人の男たちを斬り倒し、救いだした半裸のファリアは必死に自分に抱きついてきた。
あの時、一瞬だけ触れた唇。
抱きしめた華奢な身体と甘い肌と髪の香り―――



きっとこれから先、どんな女性を抱いても得られないほどの至福の瞬間―――



リチャードは生まれて初めて、女性を思い涙していた。




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