Labyrinth -3-
リチャードがキーリス国の都・バラウスに到着した時点でもう夜の帳が下り始めていた。
宿屋を探すためにもパブへと入る。
たくさんの客がにぎやかに食事したり酒を飲んだりしていた。
パブの男性に宿屋のことを頼み、テーブルについて食事を始める。
すると二人の女性が近付いてきた。
「ねぇ・・このあたりじゃ見ない顔ね? どこから来たの?」
「え。あ・・・ビスマルク国から。」
女たちは満面の笑顔で彼にしなだれかかる。
「まぁ〜ずいぶん、旅してきたのね。頼もしいわ♪」
二人の女たちは椅子に腰かけることもなく、無遠慮に彼に触れていた。
「疲れているのでしょ? 私たちが元気にしてあげるわ♪」
下品なドレスの胸元は大きく開いていて、谷間を見せつけられる。
しかし、彼はそんなことでは動じない。
「いや。結構。もう行ってくれ。」
金貨を渡され、二人の女たちはあしらわれる。
「こんなの。いらないわ。ねぇ・・・」
さわさわと彼の肩や腰を撫でてくる。
(ビルなら、喜ぶんだろうなぁ。この状況。)
しかしそんなことに構わず、冷めた瞳で彼はもくもくと食事を済ませ、
パブの男性に教えてもらった宿屋へと向かう。
相手にされなかった女たちは悔しげにしていた。
次の日も次の日も同じようなことの繰り返しでリチャードは正直うんざり。
女性に幻滅することばかり。
ドメス師の言うような「伴侶」を探すのは無理ではないかと思い始めていた。
(こんな事なら、普通に武者修行していたほうがよっぽどマシだな。
と、言うか、神殿で精神修行と云うのもアリか?)
そう思い立ち、彼は都の南部にある、トリスタ神殿へと向かう。
神殿は大規模で多くの神官たちが仕えていた。
「あの・・・こちらで修行させていただくことは出来ませんでしょうか?」
リチャードは思い切って、神官に尋ねてみる。
「え?修行ですか?
そういうことでしたら我が神殿ではなく、北の国境近くにあるパース神殿へ行かれたほうがよろしいかと。」
「パース神殿・・・ですか?」
彼の知識に小規模な神殿とだけしかなかった。
「えぇ。あそこは神官の修行のための神殿ですから。」
「そうですか。ありがとうございます。」
リチャードは教えてくれた神官にお礼を告げて、さっそくパース神殿へと向かってみることに。
****
神殿に着くと彼は少年神官に告げる。
「トリスタ神殿に修行させてほしいと願い出たところ、こちらのパース神殿に・・・と伺ってまいりました。
どうか願いを聞き入れていただけませんでしょうか?」
リチャードのいでたち、顔つきを見て神官は応える。
「少々、お待ちを。」
しばらくして40代後半ぐらいの神官がやってきた。
「我がパース神殿にて修行されたいと?」
「はい。」
真剣なまなざしを彼は向ける。
「失礼ですが、お名前とお年を。」
「リチャード=ランスロットと申します。19歳になります。ビスマルク国の賢者・ドメス師の元で修行していましたが、
今は師の課題で武者修行の旅の途中です。」
思いがけない名を聞いて神官は表情を変えた。
「ほう?ドメス師のお弟子であらせられたと?」
「はい。」
リチャードの真摯な、そして聡明そうなエメラルドの瞳を見つめる神官。
彼に笑顔を見せて告げる。
「・・・・・いいでしょう。我がパース神殿へようこそ。
私は大神官・アーサー。
ここには今、5人の修行中の神官と見習い神官が二人います。
あとは下働きに村の人に来てもらっています。。
・・・皆に紹介しましょう」
「はい。」
「さっき応対に出たのが見習いのアリステアです。
さ、参りましょう。」
リチャードは次々と神官たちに紹介される。
3人の青年神官、1人の少年神官。
そして1人の乙女の神官。
見習いの二人。。。
次の日から、厳しい修行が始まる。。。。。。
******
一方、その頃の、進児とビルは・・・・
相変わらず、ナンパの日々。
出会いもあるが、よく振られている二人であった。
「なぁ・・・俺たちの方法って、間違ってるのかな?」
ビルがつぶやくと突っ込む進児。
「・・・俺もそう思うよ。なぁ、ビル。 しばらく普通に修行してみないか?」
「はぁ?」
「だから、剣の腕を生かして、金持ちの護衛とか。」
「なーる。どっかで綺麗なお嬢様と出会えるかもな。」
進児のアイデアにビルも目を輝かせる。
「だろう?もうちょっと真面目に出会いを探してみようぜ。」
「確かにな。。。」
次の日から二人はパブの求人の張り紙をチェックしてみる。
たいていは旅の仲間を募集している。
護衛の仕事はなかなか見つからない。
ビルと進児が仕事を探し始めて5日目。
初めて入ったパブの張り紙に二人の目がいく。
自宅の屋敷の護衛兵を募集!!
「貴族の屋敷の護衛兵か・・・それってアリだよなっ!?」
ビルが叫ぶと進児も同意。
「それに結構。報酬も思ったより高額だなぁ。」
進児とビルは張り紙にあった貴族の屋敷をとりあえず訪ねてみることに。
行ってみるとなかなかの豪邸。
「すげえ家だな。ドメス師の邸も広かったけど、ここもこの街中ではめっちゃ広いよなぁ。」
「あぁ。」
ビルの言葉に進児はうなずく。
二人は邸の門に立っている男に尋ねる。
「こちらはルヴェール殿のお屋敷ですか?」
「ん?あぁ。そうだが、君たちは?」
帯剣した体格のいい男は二人をぎろりと見つめる。
「あの・・・・パブで護衛兵の募集を見てきたんです。
雇ってもらえないかと思って。」
「君たちは旅の途中かね?」
「え?あ。そうですけど?」
二人はそのことを見抜かれて驚いていた。
「身元は?」
「ビスマルク国から武者修行の旅に出ている進児と連れのビル。」
「剣の腕に自信アリか?師匠は?」
「賢者・ドメス師。」
男はその名を知っていたのでびっくりした顔を見せた。
「・・・解った。ちょっと待っていてくれ。」
二人を門前に待たせ、男は邸の中へと消えた。
10分もしないうちに戻ってきた。
「中に入って、右手の階段を上がって廊下に向かって左側。手前から4つ目のドアに入ってくれたまえ。」
「あ。あぁ。」
進児とビルは玄関に入ってみて驚く。
シンプルだが渋い豪華さがある調度品。
甲冑や軍旗が飾られている。
「軍人系のお邸と言えば解りやすいんだろうな。」
ビルのつぶやきは的を得ていた。
二人は男に言われたとおりに右手の階段を上る。
「えっと、向かって左側の4つ目のドア…。」
進児は男の言葉を反芻していた。
ドアをノックすると中から低い男性の声が返ってきた。
「どうぞ。」
「失礼します。」
ドアの中へ入ると、机に向かって座っている50そこそこ位の男性がいた。
立派なクマ髭と鋭い目元が印象的。
「あの・・・俺たち、いや、僕たちは…」
男性の雰囲気に気圧され気味の二人がいた。
「ドメス師の弟子だそうだね。進児とビルと名乗ったそうだが?」
「はい。僕が進児で彼がビルです。」
礼儀正しく一礼する二人。
「何故、我が屋敷の護衛兵に志願してくれたんだね?」
手を組み、彼らに質問を始める。
「ドメス師に武者修行の旅に出るよう告げられ、二人で旅してきました。
ただあてもなく旅するだけでなく、色々な世界を知りたくて。
それで剣の腕を生かせるところで何かしたいと思いました。」
進児は自分の考えを素直に口にした。
「ビルくんもかね?」
「はい。」
いたって真面目な顔でビルも応える。
「そうか・・・・・」
瞳を閉じたあと、笑顔になって再び質問。
「ドメス師は元気かね?レアゴーくんはいくつになった?」
最初の険しい顔と違っていたので二人は戸惑う。
「はい。元気にしておられます。
レアゴー先輩は21歳になられました。」
レアゴーとはドメス師の甥で修行の先輩であった。
進児の答えを聞いてルヴェールは二人の身元に確信をもった。
たまにドメスの名を使って、入り込もうとする輩もいたからだ。
「解った。二人に仕事をお願いしよう。
寝泊まりはこの邸の中に。
報酬は週に1回。700Gとする。
どうだね?」
進児たちは驚いた。
パブの張り紙で表示されてた金額の倍だったから。
「あの・・・」
「何だね?不服かね?」
「いえ。パブで見たのより金額が多かったので。。」
「あぁ。あれは一応。
君たちが真実、ドメス師の弟子なら安かろう?」
「そんなことは・・・」
二人は思わず恐縮する。
「いや。謙遜しなくてもいい。それよりも君たちがドメス師を師匠としていることに意味がある。」
「え?」
「君たちはまだ世間というものを知らなすぎのようだね。
だから、彼は君たちを旅に出させたのだと思うが。
机の上、本の中で得た知識だけでは人間は生きていけない。
実際に人々の中で暮らしていく中で学ぶこともあるのだよ。」
「そうですね。。」
進児たちはその言葉の意味をここしばらくで実感していた。
自分たちが井の中の蛙だったということを。
「ところで今、ドメス師の弟子は君たちだけなのかな?」
「いえ。もう一人。リチャードと云う奴がいるんですが、事情があって彼だけ単独行動なんです。」
「そうか。彼は優秀な人物みたいだね。」
二人は顔を見合わせていた。ルヴェールの言葉が当たっていたから。
「なんで解るんですか?」
ビルは思わず問いかけた。
「あぁ。実はドメスと私は若い頃、一緒に修行したことのある仲間でね。
私たちの師匠は優秀な者ほど厳しい修行を与えていたから。
1人で行動させるということは信頼しているからということもあるんだろうが
「ひとり」と言うのは自由気ままに聞こえるがそうではない。
選択肢が多くある中で自分がどう考え、どの道を選ぶのかが問題になってくる。
君たちの場合は互いがどれだけ大切で、そして友情の大切さ人々との関わり合いを学んで欲しいと
ドメスは考えておられるはずだよ。」
二人は師匠以外に初めて、頭を下げたくなる人物に出会ったのだと悟っていた。
「こうしてここに君たちがたどり着いたのも何かの「縁」だ。
よろしく頼むよ。」
「「はい。」」
3人とも満足げな笑顔を浮かべている。
「あぁ。ついでに私の娘の護衛にも付いてもらうことになるだろう。」
「お嬢さん??」
「ちょっと待ってくれたまえ。」
部屋を出て行ったと思ったら、すぐに戻ってきて、再び椅子に腰かける。
「すまない。 私の娘は少々おてんばでね。
居場所がすぐに解らなくなろことがしばしばあるのだ。
困ったものだよ。」
苦笑するルヴェール。
その言葉を聞いて二人は10才やそこらの少女を連想していた。
10分ほどしてドアをノックする音が響く。
「どうぞ。」
中へ入ってきたのは金髪の美少女。
プラチナブロンドは彼女のヒップまで達している。
赤いヘアバンドがチャームポイントのようだ。
顔はかわいらしく、明るい青の瞳の眼はくりくりと愛らしい。
「進児くん、ビルくん。これが私の娘・マリアン。15歳だ。」
「あら、お父様。年齢まで必要?」
その声もかわいらしく、少々気が強い空気を醸し出していた。
「まぁ、一応な。
マリアン、こちらは新しく護衛兵として入ってくれることになった進児君とビルくんだ。
ふたりともドメス師の弟子だ。」
その言葉を聞いてマリアンの瞳がキラリと光る。
「あら?じゃ、優秀なのね★
明日から楽しみだわ♪」
「楽しみ?」
ビルが興味津々で問いかける。
「だって、剣の稽古につきあってくれる護衛兵たちがいないんですもの。
みんな私に負けちゃってから、顔を出してくれないし。」
父親のルヴェールは苦虫をつぶした顔。
「マリアン・・・頼むからそろそろレディらしくなってはくれないのか?
嫁の貰い手がなくなるぞ。」
「あら?そんなのナンセンスだわ。
剣術も馬術も趣味としていいじゃない!!」
はぁとため息をつくルヴェールは二人に告げる。
「こんなじゃじゃ馬娘だがよろしく頼む。」
進児もビルもあっけにとられていた。
*****
次の日の朝
さっそくマリアン嬢の剣の稽古に付き合わされる進児とビル。
「じゃ、行くわよ〜!!」
張り切って剣を構えるマリアンが相手に選んだのはビル。
女の子相手に本気で戦えるはずもないビルは少々へっぴり腰
「わっ たっ たっ!!」
マリアンの剣先からひょいひょいと逃れるビル。
進児はコメディを見ているようで笑いをこらえるのに必死。
向かってこないビルにいらついたマリアンはビルのズボンのひもを剣先でちょいと切った。
ものの見事にズボンがずり下がる。
「あにすんだよ!!」
「真面目に相手してくれないからよっ!! さ、次!!」
進児に向かっていくマリアン。
(こりゃ、今までの護衛兵たちが苦労したろうな・・・)
進児は内心、今まで相手にさせられていたであろう同じ立場の男たちに同情した。
マリアンの剣の癖は見切っていた進児。
次々とくる攻撃を紙一重で避けていく。
(なかなか、やるわね・・この人・・・)
マリアンは自分の動きが読まれていることに気付き始めた。
本気で行こうとした瞬間、手元の剣は進児の剣が絡め取って、空を舞っていた。
ザシュッ!!
緑の芝生に剣が突き刺さる。
「さっすが、進児!!ひゃっほ〜!!」
ビルが拍手して自分のことのように喜ぶ。
「女の子が・・・こんな事に熱中するのって、あんまり感心しないぜ。
お父上の気持ちを考えてみたらどうだい?」
進児が真顔でマリアンに告げる。
恥ずかしくなった彼女はその場を走り去って行った。
「おい・・・俺たち、クビにならないだろうな?」
「さぁな・・・」
二人はマリアン嬢が走り去って行った方を見つめていた。
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(2010/01/29)
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