Kismet  -13-





国境を越えて入ったラーン王国の領内。
すぐに村があり、随分と賑やか。

いろんな商人が往来する街道の要所ということもあり、
宿屋はいくつもある。

皇太子の軍勢は一部が宿屋に泊まり
あとは村のそばで天幕を張る。



皇太子と王女、将軍は宿屋に泊まることに。。


彼の到着を聴きつけ、村長が宿屋に駆け込んできた。
顔を見るなり、笑顔で話しかけてくる。

「ご無沙汰してます、殿下。」

「あぁ。久しぶりだな、ウォーゼル。」

村長はでっぷり太った巨漢だが
いかにも「気は優しくて力持ち」タイプの中年男性。


「今回は大陸の西の方に行っておられたと。」

「あぁ。」


彼がまるで旧友に会うような親しげな顔を見せたので
王女は驚いていた。

「紹介しておこう… ファリア。」

「あ。 はい。」

突然名を呼ばれたので、驚いてしまった。


「ウォーゼル。
私の未来の妃、アイリス国王女ファリア姫だ。」

彼に肩を抱かれ、紹介される。

「おぉ… これはこれは…
おめでとうございます、殿下。
このようなお美しい乙女がこの世におられたのですな。」

「あの…よろしくお願いしますね。」

「はい。もちろんです。姫様。」


にっこりと微笑む村長に王女も安心を覚える。


「今宵は我が村の名物を召し上がってください。」

「ありがとう。 名物って何ですの?」

「牛です。」

「!? じゃ…捌いちゃうの?」

「はい。」

「…可哀相だわ。」

「おやおや…でも人間が生きるためには必要ですぞ。」

「解っています。
けど… 」

「…お優しい姫様ですな。殿下。」

彼女の目が哀愁を帯びているのを見て
村長も彼も優しい瞳をしていた。

「あぁ。私の姫は優しい…」

「はは… 当てられましたな。」

「…しかし、ファリア。
私達は270名の大所帯だ。
牛は数頭、捌かねばみなの腹を満たす事は出来ないぞ。」

「…解っていますわ。
アイリスの城でもたまに父が振舞っていましたから。
けど、捌かれる様を見てからあまり食べられなくなりましたの。」

「…そうか。」

「乳搾りなら平気ですけど。」

「…おや、姫様は乳しぼりをなさった事がおありで?」

「えぇ。」

やっと笑顔を見せる王女に話題を振る。

「父が所有している牧場がありましたの。
そこで何度もさせていただいたわ。」

「そうでしたか。
それでは是非、乳絞りをして見ませんか?」

「…え?」

「勿論、殿下もご一緒にいらっしゃってください。」

「私もか?」

「はい♪」


ウォーゼル村長は満面の笑みで応える。

「解った。
夕食までまだ時間もあるし…いいか?」

「はい。どうぞ。」


ふたりは村長に連れられ、大きな牧場の牛舎に。


大きな白と黒のホルスタインが優しい目で見つめてくる。。

「なんだか久しぶりだわ。」

「そうなのか?」

「えぇ。
あなたが…国に来た日の前の日に…
牧場に行きましたのよ。」

「そうか。」


「さ。殿下、それに姫様。
こちらにどうぞ。」

村長は笑顔で乳絞りの用意のしてあるところへと連れて行く。


「この子のお乳を搾っていいの?」

「はい。」

「じゃ、ファリア。
見本を見せてくれるか?」

「えぇ。」


彼女は牛に声を掛ける。

「よろしくね。ちょっと搾らせてちょうだいな。」

彼女の言葉を理解したのか、ジッと黒い瞳を向けてきた。
王女はしゃがみ、5本の指を巧みに使って搾り始める。
白いミルクが勢い良くツボに注がれていく。

「ほぉ。」


村長は手際よく搾っていく様子を見て感心していた。
ツボに半分くらい溜まった時点で手を止める。

「コレくらいでいいかしら?」

「いやいや…これはなかなかの腕ですな。
やはり初心者ではないと解りますよ。」

「そう? 王女らしくないって言われるかと思ったのだけど?」

「…そんな事ありません。
あなたがとてもいいお育ちで、気品がおありなのは一目見て解りましたから。
ただ着飾るだけがとりえの姫君ではない…
殿下は良い女性を見つけられましたな。」

「そうか?」

「…姫様は外見がお美しいだけではない。
内面も豊かな方のようですな。
殿下が気に入られたのは…当然ですな。」


彼も王女も照れ臭げにしている。

照れ隠しに彼はしゃがみ、彼女のやっていたように乳絞りをしようとするが
全然、ミルクが出てこない。

「おや?」

「殿下。力任せにするのではなく…
こうですわ。」

彼女が手を重ね、動かすと勢い良くミルクが出てきた。

「ん… こうか?」

「そうです♪」

彼女が手を離しても、ちゃんと出てくる。



笑顔で乳搾りをする皇太子と王女を見つめていた村長は穏やかな笑顔。


   (このお二方が…ラーン国王と王妃になられれば…
    きっと良い国になるだろう… )


目の前の二人の間にある愛情と信頼を感じ取っていた。。。





   *


夕食には村長の言っていたように牛の丸焼きや、肉料理が並ぶ。
それと共に新鮮な野菜もテーブルに並ぶ。

兵士たちは天幕に運ばれたワインで盛り上がっていた。



夕食を済ませると皇太子と王女は宿屋の一室で休む。

ここのところずっと、ただ彼女を抱きしめて眠る彼…



明日にはラーンの都に―







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(2006/1/28)

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