Kismet  -3-




―翌朝

兵站の者が王女のいる天幕に食事を運ぶ。
チルカが受け取り、王女の元へと運んでいく。

「ファリア様…少しでもお召し上がりになってください。」

「ありがとう。チルカ大尉。」

「チルカとお呼びください、姫様。」

「ありがとう…」

昨夜に比べ少し落ち着いた様子の王女にホッと安心する。


食事が済むと軍医がやってきた。


「傷をお見せ下さい。」

「…はい。」


包帯を外し、傷の具合を診る。


「ふむ。まだお薬は必要ですな。
消毒して軟膏を塗らせていただきますよ。」

「……はい。」


おとなしく軍医のされるがままになっていた。


「せっかくのお美しいおみ足が台無しですぞ。
ま、今回は軍医の仕事がなくて困っていましたからな…
いつもは無骨な男ばかり診ていますから…今回は嬉しいですよ。
こんなに若くて美しい乙女のカモシカのような脚を拝見できましたから。」

「ま…!?」

「チャーリー先生、や〜らし〜!!」

照れる王女と茶々を入れるチルカがいた。

そんな様子を見て軍医も大尉も笑顔になる。



「ファリア様…
何か痛むとか 苦しいとか…あったら何でも言ってくだされ。
医師の私ならたいていのことは治して見せますぞ。
…治せないものは…天寿をまっとうしたものと、恋の病ですな。」

「え?」

「いくら私でも殿下の恋の病は治療できませぬ。
出来るのはあなたさまだけ…
あなたが美しい乙女だから… 
殿下も年頃の男…
やっと本物の恋に出会われた。

王女様の目にどう映っているのか存じませんが、
殿下はこの数多くいる男達の中で本当は誰よりもお優しいお方…
そして思慮深く、聡明な王子です。

今はあなた様に恋して、舞い上がっておられますからな…

殿下には釘を刺しておきましたゆえ、
暴走はされないと思いますが。」

軍医が優しい目で王女を見つめると、まだ困惑の顔をしていた。


「…失礼ながら、あなた様のことをアイリスの城下町の噂で知りました。
あなたも優しく穏やかな方だと。
今は…お辛くて淋しいでしょうが…
心の整理がついたら、落ち着いたら、殿下をひとりの男として見てやってくださらんか?


あの方が本気の恋にハマっておられるのを初めて見ました。

どうか…いつか殿下の想いに応えて差し上げて欲しい…
この老い先短いじじいの頼みを聞いて下さらんか?」

「…。」

困惑の顔で王女は固まってしまう。
そばにいたチルカを見ると強くうなずかれた。


「私…どうしていいか、解らない。」


ふう…と溜息をついて軍医は言う。

「仕方がない。
王女様はまだ17になって間もないと聞く。
あなた様にとって少々酷かもしれぬが、
ただの政略結婚になって欲しくないのです。」

「…そうね。
ただの政略結婚だわ。」

「少なくとも今は殿下の片想いだということ…」

「…それでいいのではないの?
所詮、女はいつの時代も男達の道具なのでしょう?」

「「!?」」

軍医もチルカ大尉も王女の突然の言葉に驚く。

「我がアイリスも昔は戦争ばかりだったと聞いているわ。
愛のない政略結婚なんて当たり前。
私は国王の娘よ。
まさか突然、自分の身に起こるなんて思いもしなかっただけ…」

「「…。」」

ふたりは王女の言葉を黙って聞いていた。

「いいのよ。
コレは父の意思。
アイリス国王の決断だったの。
私の意志も心も関係ないコトだわ。」

「それで…いいのですか?」

チャーリー軍医は悲痛な顔で問いかける。

「いいのよ。」

「ファリア王女様…」

「治療が済んだのなら出て行ってちょうだい。」

「…はい。」


軍医は手早く包帯を巻いていくと早々に出て行く。

天幕を出た途端、溜息が出た。


あの一瞬だけ…王女が見せた笑顔。
まだ皇太子に向けられた事がないと思うと、切ない想いでいいっぱいになる。





「ファリア様。お召し変えを手伝いますわ。」


チルカは新しいドレスを手にしていた。
黒を基調とした旅用のドレス…


醒めた瞳で王女は見つめる。

「…黒の皇太子の婚約者だから、黒…?
まぁ、いいわ。」


さきほどの優しい笑顔の王女はいなくなっていた。

夜着を脱いで、手早く着替えを済ませると
チルカに髪を梳いてもらう。


思わずチルカも黙ったまま、手を動かしていた。


  (あんなことを…チャーリー先生が言うから… 
  逆効果になっちゃったじゃないのよ!!)




しばらくして天幕にリチャード皇太子が姿を見せる。


「仕度は出来ているか?」

「はい。」

「もうすぐ、出発だ。チルカも配置につけ。」

「はい。
それでは姫様、失礼します。」


彼女に向かって一礼して、去っていく。

「さ。ファリア姫。
移動になる。」


固い表情の姫を彼は軽々と抱き上げる。

まだ足の痛い彼女は黙ってされるがままになっていた。
外へ連れ出されると 少々眩しく感じる。


少し小高くなっているところへと彼は向かう。


「皆の者!! アイリスではご苦労だった!!
次の国へと向かう前に、改めて紹介しておこう。
アイリス国王女・ファリア姫だ。
私の妃となる姫。
皆の者、彼女を国に連れて帰るためにも
しっかりと頑張ってくれ!!」

「おー!!」


兵士達の声が上る。


初めての大勢の兵士達の姿と声に面食らっていた王女。


すぐに皇太子は姫を抱いたまま、騎乗する。



総勢300名ほどの軍は移動を開始。


先鋒が30名ほど先に出発していた。

皇太子は軍勢の中央部…先頭を走るビル大佐から
50メートルほど離れた位置で馬を走らせる。

王女は馬が集団で走る様と大地を駆ける力強い音に圧倒されていた。

少し怖さも感じて身体は震えている。
黒の皇太子のマントに覆われ、腕の中でただ縮こまっていた。

彼はまるで小さな少女を抱いている錯覚に襲われる。


  (ぼくはまだ… 少女の彼女にあんなことをしてしまったのだな…
   反省…しなくてはな。)



翡翠の瞳は優しい光を帯びていた……











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(2006/1/20)

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