Kismet -2-
一方、天幕に残されたファリア王女…
ベッドの上で意識を取り戻すと
先ほどの痴態を思い出す。
あんな屈辱は初めてだと感じた。
「泣いていられないわ…
黙ってこのまま連れて行かれるなんて、絶対にイヤ…
逃げなきゃ…
戻るのよ。
お父様…ごめんなさい。
私、あの方が怖い…」
ベッドの下に散らばる自分の衣服を身に着けていく。
彼女は広い天幕の分厚い布の裾をそっと持ち上げる。
後ろ側で人はいない。
布をくぐって外に出た。
こっそりと野営からはずれ、すっかり陽の落ちた風景を見ると見たことのある景色だと気づく。
(あ…まだ、アイリスの国内なのだわ。
きっと戻れるわね… )
若き王女は駆け出していた。
数十分後、皇太子と首脳陣3人が天幕に入っていく。
「ファリア姫…?
何処にいる?」
ベッドにいたはずの王女に声を掛けるが返事はない。
上掛けの下に隠れているわけでもないことに気づく。
「!? 姫がいないぞ!」
進児大佐が入り口に立っていた兵士に尋ねる。
「お前たち… ちゃんと見張っていたか?」
「「はい。」」
3人が天幕の周辺を見て廻ってみると、うっすらと残された足跡。
「殿下!! 足跡が!!」
「何!?」
声のするほうへ向かうとビルの姿。
「ここから出たみたいだな。
布の引きずった痕と薄い足跡が…」
「!? こんな時間に女が外に出たら…
野盗か盗賊に狙われるぞ!!
探せ!! 一刻も早く!!
手の空いている者、全員使え!!」
「「はッ!!」」
3人は慌てて、部下達に命ずるために走り出す。
彼自身は足跡を追う。。。。
*
小走りにずっと駆けて来たから息が上がる…
「はぁ…はぁ… もう城下町ね。
頑張らなきゃ…」
平原の先にある、門をくぐれば、城下町…
「さよなら…ラーン王国の皇太子…」
それだけ呟いて、再び駆け出す。
しばらくして、自分を追いかけてくる気配に気付く。
「え?」
黒い甲冑とマント… 皇太子・リチャードだと一目で解った。
「!?」
慌てて急いで駆け出すが、所詮は乙女。
若い男の脚力に敵うはずもなく、囚われる。
「きゃッ!!」
「逃げることは許さん!! 私の正妃にすると誓った。」
「イヤ!! 離して!!」
自分の腕の中で暴れる王女を強く抱きしめる。
「そなただけだ!!
姫しか愛せない!!
何処にも行くな!!」
「イヤっ!!」
それでもなお逃げようとする彼女のみぞおちに拳を入れた。
「う…っ…」
腕の中に落ちた王女…
「何故、逃げる?
何故、私の愛を受け入れない!!」
意識のない王女を抱きしめ、叫ぶ。
「殿下!! 見つかったのですか?」
駆け込んできたのはビル大佐。
「あぁ、もう探さなくていいと全軍に伝えよ。」
「はい!!」
すぐにビルから全軍に伝えられる…
*
王女を抱き上げた彼が天幕の戻ってくるのを3人が出迎える。
「見つかったようで… 何よりですな。殿下…」
「あぁ、ドメス。すまなかった。
…ここにチャーリー軍医を呼んでくれ。」
「はい。」
「それから…チルカ大尉も。
看護につくように伝えてくれ。」
「はい。」
それぞれの言葉を進児大佐とビル大佐が受けて動く。
すぐに皇太子の天幕のベッドに下ろされる王女。
足の裏と甲に切り傷を数多く負っていた。
「…無茶な事をする姫君だ。」
「全くその通りですな。」
皇太子と将軍の目の前で軍医が怪我の具合を診る。
消毒をするためにガーゼを当てたとたんに目を覚ました。
かなり沁みたらしい。
「あ…?! ここは…!!」
「戻ってきたのだよ。」
彼が作り笑顔で告げると表情を強張らせた王女。
「…姫様、ご無理はいけませんぞ。
傷は浅いが… 手当てが悪いと化膿する。
しばらくは安静に。」
「…。」
「ま、明日からは馬で移動だ。
それに当分は私が移動の際にはつく。」
有無を言わせぬ彼の空気に気圧されてしまう王女。
しばらくして女性将校がやってきた。
「チルカ大尉。
すまないが当分、姫の警護と世話を頼む。」
「かしこまりました、殿下。」
「何かあれば、逐一報告せよ。」
「はッ!!」
リチャード皇太子と軍医は手当てが済むと天幕を出て行く。
ベッドの上で不安の顔をしている王女に大尉は声を掛ける。
「大丈夫でございますか? ファリア王女様…?
申し遅れました。
私はチルカと申します。
軍では大尉を務めております。
あなた様より3つ年上の20歳になります。」
丁寧に挨拶する女性将校に何とか答える。
「…そう。
よろしく…」
無理して笑顔を作ろうとしていることに気づくと
心苦しく感じたチルカ。
「さ、今夜はゆっくりお休み下さい。
明日からは馬での移動になります。」
「…そう。」
弱弱しい王女の姿を見てチルカは問いかける。
「あの…王女様…?
何か辛い事でもおありに?
私でよければご相談に乗りますが?」
「う…いいの。
もう、ひとりにしておいて…」
「少なくともお食事を取られるまでは
ここにいます。
摂るもの摂らないとお怪我も治りませんよ。」
「解ったわ…」
まるで母か姉のような言葉に素直に従う。
王女は仕方なく、銀のトレイに乗せられた物を口に運ぶ。
半分ほどしか口に運ばない。
「御口に合いませんでしたか?」
「もういらないわ。」
「かしこまりました。」
トレイを入り口に立たせていた兵士に渡すチルカ。
ベッドに突っ伏す姿を見て、王女の心情を察してみた。
(おそらく… ファリア様はあの調査報告からすると…
城内で大切に育てられ、こんな戦場もたくさんの兵士も知らない…
汚れのない王女様… 私と違って。
こんなにたおやかで美しい方ですもの。
その上、優しいご両親と環境から 殿下は王女様を連れ出してしまった。
だから…混乱なさっているのだわ。 きっと…)
泣き疲れたのか、王女はしばらくすると寝息を立てていた。
そっと近づくと、痛々しい涙の痕…
(お可哀相に… 私がお守りいたしますわ。ファリア様…)
チルカは天幕を出ると入り口の兵士に尋ねる。
「殿下はいずこに?」
「殿下は輝大佐の天幕に。」
「解った。」
チルカは小走りで、輝大佐の天幕に向かう。
中に通されると、大佐と皇太子の姿。
「リチャード殿下。
ご報告と言うか… お話があります。」
「何だ?」
「…ファリア王女様は…まだ17歳になって1週間も経っておられませぬ。
まだ少女なのです。」
「で?」
「まだ半分お子なのです。
自分を愛しみ大切に育ててくれたご両親から引き離され、
いきなりこのような環境に連れて来られれば、混乱… 困惑されていて当然です。
その状態のあのお方に
好きだの結婚だのと言われても対応できるわけありません。
王女のお心が欲しいのなら…しばらく待って差し上げてください。」
真摯な顔でチルカが告げると
彼も真顔で聞いていた。
「…時間をかけろというのか?」
「はい。少なくともラーンの女と違って、
見知らぬ殿方に見知らぬ環境に連れてこられた…
国や家族が恋しいのは当たり前です。
乙女の感傷から…天幕からお出になったのでしょう。
今夜はひとりにさせてあげてくださいませ。」
部下の言葉を腕を組んで聞いていた。
「…解った。
やはりチルカも女性だな。」
「は?」
「男勝りで武勇にたけるから、つい忘れてしまっていた。
失敬したな。」
「解っていただければ、十分です。
殿下、ひとつお願いがあります。」
「何だ?申してみよ。」
「…私をファリア様の専属の護衛兵に指名してくださいませ。」
「!? 何っ?」
「この旅の間だけでなく、国へ戻ってからもです。」
「…ふむ、同性の方があらゆるところで守れるか?」
「はい。」
「解った。
チルカ大尉。 よろしく頼む。」
「はッ!! それでは早速、ファリア王女様の天幕に参ります。」
「あぁ。
…姫の力になってやってくれ。」
「はい。」
踵を返し、チルカは天幕を後にした。
皇太子・リチャードは部下のチルカに言われて初めて気づいた。
確かに自分と違い、穏やかな兵士さえいない国で大事に育てられた王女が
こんな男ばかりの… 兵士に囲まれたところに連れて来られれば 怖いに違いない。
なのに自分は 自分の想いをぶつける事しか頭になかった。
配慮がなかったと今更ながら反省する。
"見知らぬ男"にいきなり「妃になれ」と言われれば
当惑するのも自然な事…
彼の口から溜息が漏れていた。
久々に後悔を憶える…
to -3-
______________________________________________________________
(2006/1/20)
to -1-
to Bismark Novel
to Novel top
to Home