in reality -5-






朝食も一緒にとって、彼女は笑顔で見送る。


「いってらっしゃい、リチャード。」

「あぁ、行ってくるよ。」


使用人たちはふたりを見ていて、近い将来を見ている気になる。





   ***


―夕方5時過ぎ

今日の訓練を終えて、邸に帰ると昨日と同じように彼女が出迎える。

「おかえりなさい。リチャード。」

「え、あ…ただいま。」

そっと頬にキスされる。




「…ファリア。」

「なぁに?」

「君…一日中、ウチにいるのかい?」

「え? どうして?」

「確かに僕達、婚約中だけど… こんな風にされたら…
もう結婚してるって錯覚しちゃいそうだよ。」

微妙な顔して告げる彼。
思わず出た言葉。

「…迷惑??」

「いいや。僕的には嬉しいけどさ、いいのかなって…」

ふっと視線を外して、うつむき加減で告げた。

「…一日中じゃないわよ。ピアノのレッスンの為に実家に帰ってるわ。」

「そうか。」



「あなたが英国にいる間は…そばにいさせて下さい。」

「ありがとう…ファリア。」

少し切なげに呟く彼女を抱きしめて、髪を撫でる。




「僕…着替えてくるよ。」

「えぇ、まだ夕食には早いから、お茶でも淹れるわね。」


1階の大居間に紅茶の準備をする乙女。

彼女の足元にはランスロット家の飼い犬がまとわりついていた。

「もう…」

くすくすと笑いながら紅茶を淹れる。
そんな様子を彼はドア口で見ていた。


 (近い将来… 毎日、こうなんだ… 。
  愛しい彼女が待つ家―


  僕が指令を全うして、ガニメデ星を守れば… 現実になる夢―)


ぼうと見ていた彼に気づき声を掛ける。

「リチャード?? どうかした?」

「あ? あぁ…なんでもない。
こら、ヴァイオレット。 ファリアの邪魔をするんじゃないよ。
サーベルのそばに行ってな。」


彼は彼女の足元にまとわりついていたテリアのヴァイオレットを
暖炉の前で寝そべっていたレトリバーのサーベルの元へと連れて行く。



ソファに腰を下ろした彼の前にティーカップを置く。

「はい。リチャード。」

「あぁ、ありがとう。いい香りだ。」

テーブルには彼の好きな銘柄の紅茶とレモンタルトとスコーン。

香りを楽しんだ後、一口飲んでじっくり味わう。

「知らなかったな…」

「何が?」

同じようにソファに腰掛け、ティーカップを口にする彼女に呟く。

「君がこんなに紅茶を淹れるのが上手だったなんてさ…」

「あら…。 でも、レディのたしなみよ。」

「そうかい? 大学の寮でさ、僕、自分で淹れてたこともあるんだけど
君が淹れてくれたほうが美味しいよ。」

「ホントに?
嬉しいわ、褒めてもらえて。」

タルトを一切れ、口に放り込むと笑みがこぼれる。

「ん、コレも上手いね。 何処で買って来たの?」

彼の言葉で頬を染める乙女。

「それ… は、私が作ったの。」

「え?君が?」

「えぇ。幼い頃から少しずつおばあさまに教えていただいてたの。
一応、パーシヴァル家のレシピなのよ。」

感心した瞳で彼女を見た後、タルトをまじまじと見る。
見た目もプロが作ったものと変わらない。

「へぇ…知らなかった。
さっぱりしてて、美味しいよ、ホントに。
買って来たものだと思ったよ。」

「ふふ…」

初めて味わうファリアが淹れてくれた紅茶と作ってくれたレモンタルトで
幸福感に包まれていた。

「ファリア…、今度の週末に美味しいタルトの礼に何処かへ行こうか?」

「え?」

「特別訓練中だけど…週末くらいは休みだし。」

「えぇ…喜んで。」





ふたりの笑顔は優しさに満ちていた…





   *****




同じ屋根の下に暮らすふたり―


優しく甘い時間を過ごすが…彼はあえて一線は越えずにいた。
抱いてしまえば、もっと地球を、彼女のそばを離れたくなくなると感じて…







あと1週間で出発の九月末…


ファリアは思い切った行動に出る決意を固めていた。


半同棲しているのに、一向に手を出してこない彼。
ひょっとして流行の同性愛者かもと疑念を抱いていた。



金曜でもある、この日の夜10時過ぎ―

彼の部屋のドアをノックする。


「あれ…ファリア、どうしたの?」

「ちょっと、いいかしら?」

「あぁ。」

彼女の姿がナイトウェアにカーディガンだけなので、ちょっと驚いていた。



部屋の居間で佇んで、彼を見上げる。

「リチャード、お願いがあるの。」

「何?」

「私に…思い出を下さい。」

「はい?」

彼は思わず声がひっくり返る。

「あなたは…生きて帰ってくるって信じてる。
信じてるけど… 離れていても、不安じゃないくらいの思い出が欲しいの。」

震える声で潤んだ瞳で見上げられ、どきりとした。

「…ファリア…」

暗に彼女が抱いて欲しいと言ってきてるのが解った。

「ごめん。出来ないよ。」

「どうして?」

訝しげに問いかけてくる。
彼は正直にはっきり告げた。

「君を… 抱いてしまえば、僕は宇宙に行きたくなくなる。
君から離れたくなくなってしまう。
だから… すまない…。」

彼の胸の中に飛び込み抱きつく。

「結婚まで、待つつもり…なの?」

「あぁ。」

そっと優しく肩先を撫でる彼の手。


「何年先になるのか…解らないのに?」

「!? あ…」

腕の中の恋人は切なげに苦しげに呟く。

白い背とうなじが彼の目に飛び込む。

ドクン… 心臓が大きく跳ねる。
それと共に己自身の熱が上がっていくのを感じていた。



「…僕の欲望で君を傷つけたくない。
部屋に戻ってくれ。」

冷たいようだが、きっぱりと告げた。

「イヤ。戻らない。 抱いてくれなくてもいい。
そばにいさせて…お願い。」

やわらかな胸を押し付けるように抱きついてくる。

パジャマとナイトガウン越しでも解る、その感触。

「…ファリア。
何が起きても知らないよ。
僕だって年頃の男だ。
どんなことになるのか、解っているのか?」

少々、低い声で言い聞かせるように…
それでもなお、抱きついてくる。

「私、あなたが…ずっと好き。
初めてを捧げるのはあなただって、幼い頃から決めてた。

あなただから…リチャードなら…
何されてもいい。 泣いてもいいの。愛してるから…」

「ファリア…」

自分の胸に顔を埋めて、告げてくる愛しい乙女。


「待ってることしか出来ない。
あなたに今、出来ることがあるなら… 何でも出来るわ。」


彼女の決心に気づく。

確かに何年先になるか解らない結婚―

今の想いを大切にしたいと感じていた。


「ぁ… ファリア…
ホントに…いいの?」

顔を覗き込むと、頬を染めてこくりとうなずく。

「後悔しない?」

「…しないわ。」

「僕…いつ戻れるか…解らない。
けど、正直に言うと…ずっと僕も…君が欲しかった。

君はそんなこととは無縁な感じがしてて…
ずっと僕の夢の中だけのことだと思ってたよ。」


「…リチャード。」

「もう…我慢しない。 ファリアが欲しい…。」


彼は自分の寝室のベッドに彼女を抱き上げて連れて行く。

お互い熱く潤んだ瞳。



彼女がサファイアの瞳を閉じると、深く熱くくちづける。
長く甘い夜の始まり―――













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(2005/11/9)
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