in reality -2-




―次の日


ローレン城にレッスンに行くが、少々マトモに彼女の顔が見れない。


昨夜の夢が生々しく残っていた。




彼女の手を取ってワルツの調べに合わせてステップを踏む。

視線を合わさない彼に問いかける。


「どうかした?」

「いや… なんでもないよ。」

「そう??」


突然意識し出した"女"。



もう身体はステップを覚えてる。

何とか別のことを考えながらも踊ることはできた。

 (そういや… 一応、僕の初恋ってファリアなんだよな…
  小さい時からそばにいて、当たり前のように接していたし。
  婚約するって…父上に言われた時はそんな風に意識してなかったけど…

  昔から、小さくて可愛いってというのは感じてたけどな…
  特別、好きな女の子っていうのとは違うって思ってたのになぁ。

  今のファリアは… なんでだか、僕の心を揺さぶるよ…

  この可愛いくちびるにキスしてみたいな… )



目の前の乙女に恋心を抱いているともう十分理解していた。
それだけに気づかれたくないとも。




レッスンの休憩ということで3時のティータイム。

教師は同席しないのでふたりだけ。
メイド頭のベアトリス夫人もお茶の用意だけしてさっさと行ってしまう。



「ね…リチャード…」

「うん?」

ティーカップを片手に、スコーンを口に運んでいた彼に声を掛ける。

「大学、忙しいのに、ごめんなさいね。
大切な時間、割いちゃって…」

申し訳なさそうに乙女は告げる。

「いいよ。これくらい。
3年も逢わなかったんだしな…僕達。」

「そうね。」

「ファリアも…ホントはプロデビュー目指して忙しいんだろう?」

「一応ね。 ピアノだけじゃなくて、レディ教育も受けてるし、
自宅学習ための先生にも来ていただいているし…割りとね…
この1週間は免除させていただいているけど。
これでもウィーン音楽院の生徒だし…

18歳位にはプロになりたいって思ってるわ。」

「そうか…」

彼は自分だけでない、彼女も目標を持って邁進していると感心していた。


「だから今の内に社交界デビューしておこうってお父様が言い出したのよ。
15歳ってちょっと早いでしょ?」

「ん、まぁ、そうだけどな。
今も忙しいんだろう? コンクールの準備とかでさ。」

「えぇ。今は秋の…10月のコンクール目指してる。」

「そうか… 一度も行かなくて、すまなかった。」

「え?」


突然謝られて、驚く。

「…僕、君にたくさん謝らなければならないよ…」

「…えッ…?」

彼の言葉に戸惑いを隠せない。


「君も忙しいのにずっと手紙を送ってきてくれてた。
クリスマスもバレンタインも、僕のバースディにも。
でも返事を書かなかった。 ごめん。」

「リチャード、いいの。気にしてないわ。
忙しかったのですもの。」

少年は真剣なまなざしを向ける。

「いや違う。
…ファリアはずっと僕のこと気に掛けてくれていた。そんなに忙しいのに…
僕は目を逸らしてた。
でも…ある日、気付いた。
僕は…恋してる。」

乙女の表情は驚愕に変わる。

「えッ!?」

「…君に。」

彼の言葉を聞いて、ぽろぽろと奇麗な雫が零れ落ちていく。


「僕は…ファリアが好きだ。
もっと早く気づいていればよかった。
もっと早く、君に伝えればよかった。


自分の気持ちに気付いてから… 近い将来、結婚するって解ってる相手だから
焦らなくていいって思ってた。
でも、今、言いたくなった。

でも、もしかしたら…君にウィーンに別に好きな人がいるっていうのなら…
辛いけど諦める。」

「何でそんなコト、言うの?」

涙を拭いながら乙女は問いかける。

「だって君… 昔と違って、ものすごく奇麗になった。
美しく…なった。 
女の子が奇麗になる理由って、好きな人がいるからなんだろう?」

「…リチャード…

私、ずっと好きな人がいるわ。」

「やっぱり…」

少し切なげな表情になる少年。

「…あなたなのよ。」

「え?!」

「ずっと4歳の頃から、あなたしか見てない…」

「…ホントに? じゃ、婚約の話は君から?」

「違う。
父に尋ねたの… どうして彼と婚約するの?って。

お前たちが好き合っていると判断したからだって言われたわ。
嬉しかったわ。あなたから直に言われたわけじゃないけれど…

あなたがオックスフォードに行って、
私がウィーンに行ってしまって離れてても…ずっと想ってた。

婚約したからって安心したのもあって、音楽に打ち込められたのよ。


…今の、あなたの言葉少し、驚いたわ。
けど… ありがとう。
嬉しい…あなたの気持ち。」

ソファにふたり並んで腰掛けていたけれど、間に60センチほどのスペースがあった。

「…ファリア…」


にじり寄る少年は至近距離で問いかける。

「抱きしめて…いい?」

こくりとうなずく乙女。
少年は初めてそっと抱きしめる。

 (ファリア…思ってたより華奢だな… でもやわらかい… それになんだかいい香り…
  筋肉なんてなくて、小さくて…
  子供の頃とイメージは変わらないけど… なんだか… 嬉しいな…)



乙女は少年の胸に顔を埋めていた。


「また僕達、パーティが終わったら、当分逢えなくなる。
今は…離れ離れの時間が多いけど… いつか、僕の花嫁になったら
離さないよ…」

「…はい。」

抱きしめたその手で長い黒髪を梳く。

 (なんてさらさらして、さわり心地のいい… )


彼の手がそっとあごのラインを撫で、くちびるに指で触れた。

「ぁ…」

少し戸惑う乙女のくちびるを優しく奪う。
重ねた瞬間、カッと身体が熱くなった。

 (ファリア… やっぱり誰とも違う。
  やわらかくって、あたたかくて… もっと触れていたくなる…)


少年の腕の中でうっとりとしていた乙女。

 (夢にまで見た…初めての…キス… 
  リチャード…あたたかくて… やさしい… やっぱり大好き…)



くちびるが離れるとお互い潤んだ熱い瞳。

「好きだよ、ファリア…」
「私も、好き…」

抱き合うふたりの姿がソファの上にあった。




ドアをノックの音がして、身を離すふたり。
ベアトリス夫人が入ってきた。

「そろそろ…レッスンのお時間ですよ。」

「えぇ。」


ふたりの頬が赤く染まっていたことに気づくが何も言及はしなかった。







乙女が帰ってきて5日目にデビューパーティがスコットランドのローレン城で開かれる。

笑顔のふたりの姿が人々の目に映る。


お互いの想いをはっきり知ったふたりは幸せに包まれていた。










to -3-


________________________________________
(2005/11/8)

to -1-

to Bismark Novel

to Novel menu

to Home