guiltless -2-



身も心もボロボロになりながら、少女は静かに復讐を誓う―


―父や母、弟を奪われ、自分を助け育ててくれたレイモンド神父、
 村の人たちを殺したあいつらが憎いと―


心は闇を彷徨っていた。


村を出て数日後、森に迷い込む。

幸い木の実などがあり、飢えには困らないが、
心身ともに疲れきっていた。

木の根に足を取られ転倒する。



「このまま…死んでしまうのかしら…」

それでもいいとさえ思っていた。
父や母の元に逝けるのだと思うと…


遠くで馬のいななきが聞こえた気がした―






**********

この森はガニメデでも珍しい森。
ウィルヘルムの森と呼ばれている個人の私有地。
持ち主のウィルヘルム男爵は狐狩りの途中、倒れている修道女を見つけた。

顔を見るとまだ幼さが残る少女。

男爵は彼女を抱きかかえ、城へと戻った。


かなり衰弱していたが、医師の手当てと看護のお陰でみるみる回復していく。



豪奢な内装の部屋に天蓋つきのベッドに横たわっていたが
身を起こし男爵を迎える。

「大丈夫かね?シスター…」

「助けていただきありがとうございます。」

「私はこの城の持ち主、ウィルヘルム男爵。あなたはシスター…?」

黒髪の見事な美しい修道女をウィルヘルムは気に入った。

「私は…ファリアと申します。」

「どうして私の森に?」

「…あなた様の森でしたの…申し訳ありません。
迷い込んでしまいました。」

「どうして迷い込んだのか理由をお聞かせいただけぬか?」

瞳を伏せ、彼女は静かに語りだす。

「私が暮らしていたドラドス村は異星人たちに滅ぼされてしまいました。」

「!! 数日前、デスキュラに襲われた村があると報告は聞いた…」

「私以外…村人を殺したデスキュラ…そして私の家族を奪ったのも…」

声を殺し泣く修道女をウィルヘルムはそっと抱きしめる。

「酷い目にあったのだね…可哀想に…」

「私…神に仕える身ですが…憎いです…彼らが憎い!」



まだ直接的な被害を受けていないウィルヘルムの森。
いつかは襲われるかもと危惧してはいる…


震える少女を抱きしめていたウィルヘルムは彼女の悲しみの反動が
憎しみに変わっていくのを感じていた。
男爵はある提案をする。


「よろしければ、私が戦い方をお教えしましょう。」

「え?」

「女一人で戦うことは難しいでしょう。
しかもあなたは修道女。
ですが手段を選ばないのであれば…手立てはあります。
私でよければお手伝いしましょう。」

「本当に…お願いしていいのでしょうか?」

「シスターファリア。あなたに決意がおありなら、あなたのお力になりましょう。」

「ありがとうございます。」

深々と頭を下げる少女の心に激しい憎悪が湧き出していた。




**********


それからファリアはウィルヘルムに戦う術を教えられる。

体術、剣術。
その他、生き延びるためのサバイバル術。



わずか1年で彼女は剣士としての腕を認められた。




「ウィルヘルム男爵。感謝します。
私をここまで育てていただいて。」

デスキュラを全滅させるまで戦うために旅に出る決意をしたファリア。

「私がお役に立てたのなら…」

「私は旅に出ます。一人でも多くのデスキュラを倒したいのです。」

「無理はしないように。…これを持って行きなさい。」

ウィルヘルムは一本の剣を渡す。

「これは…!」

「そう、我が家にある名剣のひとつ。我が家の紋章が入っている。
持って行きなさい。」

剣を両手で受ける灰色のシスター姿の少女。

「お言葉に甘えて…お受けします。」

「うむ。お命、お大事に…何かあれば戻ってきなさい。」

「何から何まで…本当にありがとうございます。」

「私には家族はいない。君が娘のようで嬉しかったよ。」

「…男爵。」

彼女の決意を知っているから引止めはしない。
けれど本当は城から出したくなかった。
養女にしたかったがそれも彼女は拒むだろうとあえて告げずにいた。





**********



ウィルヘルム男爵の元を出て1年―


ファリア16歳の秋。

割と大きな村に入った。

村の中心部に大きな広場。
その前に教会がある。

彼女は中に入り、マリア像に祈る。

シスターでありながら修羅の道を歩む。
無益な殺生はしないでここまで来たことを感謝する。




その旅の修道女に声をかけたのはここの神父。
40代前半の優しげな神父。

「…どちらからおいでかな?」

「…旅のものです。お邪魔いたしましたわ。」

立ち去ろうとする彼女の顔を見て驚く。

「…!」

その様子に訝しく思う。

「私の顔に…何か?」

「ひょっとして…ファリア?」

「私を知っているってどなた?」

「私は4年前、君を助けたレイモンド神父と一緒にいた…
覚えていないかな? 私はロナルド。ロナルド神父だ。」、

記憶の糸を辿る。不意に思い出す。

「あ!…確かにあの時の?」

「思い出してくれたか… いや大きく…美しくなったねファリア。
君が生きていたとは…嬉しい限りだ。
…ドラドス村のことは聞いた…非常に残念だ…」

ロナルド神父はマリア像に祈る。

「私は…たったひとり生き残った者として、みなの冥福を願って旅を続けてきました。」

「女一人だからなのかな?剣を持っているのは。」

「そうです。」

そのいでたちに似合わない大き目の剣。
紋章が入っており、名品であることは神父でも理解できた。

「そんな危険な旅を冒す必要はない。
どうだね?修道女になったのならここの教会で修行しては?」

突然の申し出に驚く。思ってもない言葉だった。

「! …ご厚意に甘えていいのでしょうか?」

「勿論だ。ここには私以外に修道僧の青年が2人いるだけだ。
正直、女手がなくて困っていたんだ。
どうだね考えてくれまいか?」


しばらく考えて真剣な眼差しでロナルド神父に答える。

「…それではお世話になってよろしいでしょうか?」

「ありがとう。よろしく頼むよ。」




**********

その日のうちに2人の修道僧である青年に会う。

ダークブラウンの髪と瞳を持つ20歳のライアン神父。
もう一人は柔らかなブロンドヘアにエメラルドの瞳をした18歳のセバスチャン神父。


「レイモンド神父の下で修行していたシスター見習いのファリアだ。
今日から私たちとともに修行することになった。
…ファリア、挨拶を頼めるか?」

楚々としたうす灰色のシスター服の少女。

「シスター見習いのファリアと申します。
突然のことで驚かれたでしょうが共に神の道を目指させていただきたいと思います。
どうかよろしくお願いします。」

「私はライアン。よろしく。」

少し訝しげな硬い表情を示す。

「僕はセバスチャン。よろしく、シスター。」

対照的に柔らかい表情。

少し安心して挨拶する。

「よろしくお願いします。」

「部屋は…一番奥を使えばいい。」

ロナルド神父が案内する。



**********

3人の神父と1人の尼僧の教会には大勢の村人がやってくるようになった。
今までライアン神父が引いていたパイプオルガンの音では人は集まらなかった。
彼女が弾くようになってからは週末の礼拝には必ず人が集まるように。

パイプオルガンの音だけではない。
美貌のシスターを見たくてやってくる男も多かった。

突然やってきたシスターを聖乙女だと言う噂が流れるくらいに―



彼女が事故で怪我した人の手当てを手早くしたおかげで重症にならずにすんだ男がいたからだ。

それ以来、医者に行く前にシスターの元へ来るものが増えた。
確かに大怪我なら無理だが、小さな怪我なら手当てしてくれるので
若い男たちはわざと怪我して行くものまでいた。




**********


あれから2年という月日が流れた―

ファリア18歳の冬

最近、異星人デスキュラの暗躍が活発化してきていた。
かつてのドラドス村のように全滅させられた村もあるということだ。
シスターも神父たちも心を痛めていた。

平和を願わずにはいられない―――――


ある日。

台所で用事をしていとセバスチャン神父がやってきた。
左上腕部に怪我をして。

「すまない、シスターファリア。手当てを頼めるかい?」

「どうなさったの?」

「あぁ、ジルの家の修理を手伝っていてね、ついうっかり木に引っかかって…」

黒の神父服が引き裂け、肌にはぱっくりと開いた傷があった。

「こちらにお掛けになって下さい。
すみませんが上着を脱いでくださいます?」

イスを勧められ腰を下ろす。
神父服の上着を脱ぐ。

左上腕部に木で激しく引っかいた傷。
深くはないが範囲は広い。

「ちょっと沁みますから、我慢してください…。」

消毒薬をガーゼに染込ませ、傷を消毒する。

「う…」

相当沁みたらしく眉が歪む。

「ご、ごめんなさい。大丈夫ですか?」

「これくらい…大丈夫ですよ。」

消毒を済ませ、傷に軟膏を塗り包帯を巻く。



彼女の目に飛び込んできたのは逞しい胸板。

初めて見た彼の素肌に一瞬、どきっとした。
男性の上半身を初めて見たわけでもないのに…
冷静を装い包帯を巻き終わる。


「ありがとう。シスターファリア。」

「いえ、服は繕っておきます。
それから2日は入浴しないように。」

「あぁ。」

セバスチャンは感謝を示し台所を出た。

今の出来事にファリアは戸惑いを覚えた。

「何で…私…」

でも思い出すだけで胸がどきどきした―


そういえば許婚の彼がもう18
―――セバスチャンのような感じに成長しているのだろうかと思ってしまう。




その夜―

床に就いた夢の中で裸の男に抱きしめられていた。
顔ははっきり見えない…

「…はっ!」

突然起き上がる。

「…いけない…私…」

自分が夢の中でとはいえ背徳的な行為をしていたのが許せなかった。

彼女は剣を持ち教会を出た。
村のはずれに小さな湖がある。
湖岸で剣を無心に振るう。
額からは汗が噴出していた。

自分の中に湧いた感情を殺すかのように剣を振るっていた。


はあはあと肩で息をしながら、湖岸に映る星を見つめていた。

やっと冷静さを取り戻した。
しばらくして修道服を脱ぐ。
木に引っ掛けておき、自分は湖に飛び込む。

汗を洗い流し、頭を冷やすために。

静かな夜に水音が響く。



この時、湖岸を歩く青年がいた。
傷がうずいて眠れないセバスチャンだった。

水音がするので驚いていた彼の目に白い女の身体―

「人魚…?」

そう思えるほど美しい裸体、肌に張り付く黒髪―

初めて目にする光景に息を飲む。

しばらくして彼女が湖岸に上がる。

「やっぱり人間だよな。…村の乙女か…?」

すると彼女が服を身につけ剣を持って去ってゆくのが見えた。

「!!  まさか…あれは…シスターファリア? あんな美しい…」


彼は聖職者の身でありながら、一瞬で恋に落ちていた―――――






お互い恋心を抱いている事に気付かないまま数日が過ぎた。



小鳥にパンくずをあげながらもファリアは心ここにあらずといった様子だった。

(いけない…意識してはダメ… 
私もあの人も神に仕える人間ですもの―――)


教会の裏手で花の手入れをしていたシスターの元に二人の子供が駆け込んできた。

「シスター!」

「おねーちゃん!」

男の子は6歳、女の子が4歳の兄妹。

「どうしたの?」

突然の訪問者に笑顔で答える。

「小鳥が怪我してるの…治せる?」

男の子の手には羽を折った小鳥がいた。

「見せて御覧なさい。」

「うん。」

小鳥を受け取り、怪我の具合を診る。

「左の羽根が折れてる…犬か猫にでも襲われたのね。」

手の中で小鳥はピイピイ鳴いている。
彼女は自分の足元に落ちている小枝で添木になりそうなものを見つけ
小鳥を教会の台所へと連れてゆく。
添木を当てて包帯を巻き、籠に入れる。

「これでいいわ。しばらく私が預かるから…安心して。」

「ありがとう、おねーちゃん!」

幼い妹は満面の笑みでシスターにお礼を言う。
そんな妹を兄はたしなめる。

「こら!おねーちゃんじゃなくて…ありがとうございます、シスターファリア。」

しっかりした兄につられて妹も頭を下げる。

「いいのよ。さあ、お母さんが心配するわ。早くお帰りなさい。気をつけるのよ!」

「うん、ありがとう!」

兄妹は元気よく駆け出した。


しかし一人になるとやはり思い出してしまう自分がいた。



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