frou-frou   -6-




「私…リチャードが言った名前に聞き覚えがあるっていうか…見覚えがあるっていうか…
えーと… リチャードの許婚の…」

「あ!確かにさっき そんな事言ってよな?進児。」

「あぁ、確かに…ファリアって…」


進児の言った名前で明確に思い出したマリアン。

「そうよ! リチャードの婚約者のファリア=パーシヴァルさんよ。」

「「へ?」」

マリアンの言葉に驚く進児とビル。

「つか、なんでマリアン、知ってるんだよ?」

ビルの質問も当然だ。
二人はリチャードの過去を知らない。


「ビスマルクチームのメンバー選出の時データでね。確か…
6年前の7月に起きた"アテナU号事件"の行方不明者なのよ。」


「!! その人が生きてたってことか?」

「おそらくね。」






     ***


リチャードは震えるファリアを抱きしめていた。

「お願い…忘れて…  私はもうパーシヴァル家の娘じゃないわ。
何もないただの女よ。 お願い…」

「それなら…なおさら連れて帰る!!」

彼の絶叫でその顔を見つめる。。

「…リチャード…?」

「僕が…僕がどれだけ君を愛しているのか教えてやる!」



幼い頃に言われたことのなかった言葉を耳にして驚く。


「この6年1ヶ月ほど…ずっとずっと僕の中に12歳の君がいた…
今、18歳の君が…ここにいる。 なのに忘れろだ?! 
…許さない…離さないぞ!!」



きつく抱きしめられ苦しくなる。


「リ…チャード…やめ…て、イヤ…くる…し…」

本当に折れてしまいそうなほど華奢な身体。
声すら発せないくらいに苦しい。


「う…」

苦悶の顔でうめく彼女に気づきやっと腕を緩めた。
けほけほと咳き込む彼女の背をさすり謝る。


「す、すまない…」

「私…  こんな何もない私なの… こんなに堕ちた女なのよ…?」

「君は…その… 身体を売らされていたのか…?」

口にしたくなかったが問いかけてしまった。

「違う!! 確かに…酒場でピアノを弾いて歌ってたわ。
それだけよ。
私はまだ…」

涙を撒き散らしながら叫ぶ。



「私…あなた以外の誰にも触れさせたくないって思ってた…
だから…ずっと…」

「君は堕ちてなんかない…。」

「でも、もう  ふさわしくないわ。」

「それを決めるのは僕だ。 帰ろう…英国に…」


「ダメ!! ダメよ! 私…私… なんて、もう…」

嗚咽をあげながら泣く彼女の言葉は慟哭に変わる。
その身体を抱きしめ耳元に囁く。

「…僕は…君自身を…愛してる。ずっと昔から…」


「!!   あ…。」



子供の頃とは違う告白の言葉。
6年前と違う"愛"という意味を理解している乙女。
熱く囁かれ心が震える。

押し込めていた想いが堰を切ったように溢れ出す。


もう止められなかった。


「あ…あ… 私、私… また…
ごめん…ごめんなさい…リチャード…」

一方的に抱きしめられていた乙女の腕が彼の背に回る。

「私…も…愛してる…」


「!!」


「私も…愛してる。リチャード…」


彼女の言葉で笑顔になる彼がいた。

「その言葉が欲しかった、聞きたかったよ…ファリア。」


大きく溜息をつく乙女はさらに言葉を繋ぐ。

「私…ずっとあなたに恋してるわ…」

彼はその告白で抱きしめていた腕を緩めた。

涙を溢れさせる瞳を見つめる。
エメラルドの目を細め、リチャードは囁く。

「ボ…クもだよ。昔からずっと君に恋してる…」


「あ…あぁ…リチャード!リチャードぉっ!!」

激しく愛する男の名を呼び泣き叫ぶ。
一気に6年間の想いが溢れ出した瞬間だった。

リチャードはそっと優しく抱きしめ、その背を撫ぜ、揺れる黒髪を指に感じていた。
13歳の春の時と同じだと感じていた―



少しずつ涙がおさまってゆく乙女。


「ファリア…もう一度…言って。」

「あ…リチャード。……愛してる。」

微笑を浮かべ応える。

「…ずっと昔から知ってる。 …僕しか愛せないだろう?」

想いが言葉にならなくて、うなずく。

うつむいたそのあごを捉え、上に向けさせた。

「あ…」



優しく唇を重ねる―――

二人にとって2度目のくちづけ。

熱く激しい想いをともなったキスは…乙女の心を溶かしていく――ー





「…ファリア。英国に戻ってくれるね?」

そう聞かれこくりと首を縦に振る。

「…あなたがそう望むなら…。もう私にとって帰る場所はあなたしかいないから…」

「…!!」

胸を突き上げられると感じたリチャード。

「嬉しいよ。」

「だって、もう…家族はいないもの。でもあなたがいるから…」

その言葉で戸惑う彼。

「何言ってる…? 君の父上とアリステアは生きてるよ。」



リチャードより戸惑いが大きいファリアの声は震えていた。

「え…!? そんな…あの船の爆発で…生きてるはずない…」

「でも君はこうして生きてるじゃないか。」

「母は…死んだわ…。」

顔を伏せる彼女の身体が震えていた。

「!! でも…お二人は生きてる。」

「本当なのね?」

「あぁ。」

彼の瞳を覗き込む。昔から嘘をつくときは解る。



「私もう…一人だと思ってた。 地球へ帰る術すら解らないほど子供で…
絶望の中にいて何年も過ぎて… 今更どうしようもないって…
もう2度とあなたに逢えないって…」

「!! 確かにあの時、君はまだ12歳。
セーラ様が亡くなったのなら なおさら辛かっただろう…」

ぎゅっと抱きしめられ彼の腕の中で呟く。

「思いもしなかった…父と弟が生きてるなんて…」

「だから安心して帰っておいで…英国へ、家へ、僕の元へ…」

「…リチャード…。」

潤む瞳で彼を見上げる。

19歳になった彼は…精悍な青年に成長していた。
広い肩幅、広い胸、逞しい腕。
180センチはある長身。男らしくなっていた声。

そんな彼に愛されていると思うだけで身も心も震えた―


「…ごめ…ごめんなさい。私、私…何も知らなくて…」

「あぁ、もういい。…こうして逢えた。それだけで…」



彼は子供の頃と変わらない謝り方と泣き方をする彼女を愛しいと感じた。
あの頃と黒髪の手触りと匂いは変わらないことを。



やっと逢えた喜びの涙がおさまる乙女をそっと抱きしめる。
そのぬくもりを、存在を…もう2度と離したくないと彼は願う。


月のない星空の中、木星たちが二人を見つめていた―








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(2005/5/16)




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