Unlimited  -6-





―翌朝

朝食を済ませると、一度だけ通しのレッスンをすると言って
少女と夫人はピアノ室へと。
少年も勿論ついて行く。



少女の演奏を聴いて、ランドール夫人は少し驚く。

  (これは…!!??)


おとついと少し音色が違って聴こえた。
思わず笑顔になる。
少年が来た事で精神的に安定したのだと夫人は感じた。

リチャードもうっとりと聴いていた。

  (やっぱり、上達してるな…)


弾き終るとランドール夫人は笑顔で少女に告げる。

「いい演奏だわ。 間違いなく、合格ね。」

「そうですか?」

「えぇ。…ところでリチャード君、あなたも一緒に音楽院にいらっしゃいな。」

「は?」

「ふたりまで付き添いは可能なの。
私は指導者だから…別だし。あなたもいっしょに…ね?」

少年は少女の顔を見て問いかける。

「…ファリア、僕、ついて行っていい?」
「えぇ。」

笑顔で返事され少年も微笑む。

「じゃ、僕、着替えてくるよ。」

「私もそろそろ、着替えなきゃ…」

ふたりはお互い部屋に戻って着替える。




少年は一応持ってきていた大学のジャケットに
実家のタータンをスラックスに仕立てたものを着てくる。

少女は試験の日用にと仕立ててもらった実家のタータンのプリーツスカートと
シャツにネクタイにジャケット。

少し似た雰囲気のふたり―


「あらあら…なんだかお揃いねぇ…」

ランドール夫人はエントランスホールに並んだふたりを見て呟く。

「打ち合わせでもした?」

「「いいえ。」」

「ま、ほほ…」

少年も少女も思わぬ偶然に笑ってしまう。
確かにタータンチェックのパターンの違いこそあれ、
イメージ的には制服のよう。

「じゃ、そろそろ行きましょうか?」

「「はい。」」





  *

車で20分ほどの場所にウィーン音楽院がある。
少女は2度目の訪問。


すぐに試験の部屋に通されると少しぎょっとしたランドール夫人と少女。
1次試験の時、ピアノ実技試験の時には5人だった先生方が
10人に増えていた。

  (なんで…?? 10人って、倍になってるわけ??)


驚きの目を向けている少女と夫人に校長が声を掛ける。

「少し驚かれるのも無理はない。
ランドール夫人、今回の特別入試をみな注目しているのですよ。
実際の判定人は5名です。」

「はっ?」

「あとの5名は、ハープ、チェロ、ヴァイオリンの教師達です。」

「はぁ…」

今まで12人の自分の教え子を音楽院に受験させてきたが
こんなことは初めてなので驚きを隠せない。



「じゃ、始めましょうか?」

校長が声を掛ける。

「では…受験者の名前と生年月日、出身国を。」

少女は前に1歩出て、顔を上げてはっきり告げる。

「ファリア=クリスタ=パーシヴァル。
2066年9月1日生まれ。英国・スコットランド出身です。」


「…それではまず、先日の課題曲を弾いて下さい。
そのあと自由曲を。」

「はい。」


ぺこりと挨拶をしてピアノの前に進み、腰を下ろす。


課題曲はショパン「蝶々のエチュード」


10人の先生方は真顔で聞いている。
次に自由曲…幼い頃からつたないながらも弾いて来た
ショパン「ピアノソナタ第2 第1楽章」

暗譜は完璧。



それは…よどみなくつむがれていく音色。
昔から聞いている少年からすればかなり洗練されていると感じるほど。

   (ファリア… 全然、上手いよ…
    いつの間に…こんなに…)



それは少女がウィーンに着たばかりの頃に聴いたランドール夫人にもわかるほど。
この数ヶ月で飛躍的に実力を伸ばしていた。
それにこの場に彼がいる事が相乗効果となっている事を理解していた。

先生方一同は…わずか16歳の少女の演奏と思えぬほどだと感じている。


演奏が終わると室内にいた全員が拍手する。

  (え…?)


少女が戸惑うほどに盛大な拍手。


「Miss.パーシヴァル…素晴らしい演奏ですよ。よく頑張りましたね。
では、最後の面接です。
こちらに。」

校長に促され少女は先生方の前に出る。

「さて、あなたはピアニストになりたいからここまで来たのですね?」

「はい。」

「どうしてですか? あなたの国には王立音楽院がある。
わざわざ…ここまで来る必要がありましたか?」

わざと少し意地悪な質問をぶつける。

「…私は… 英国でパーシヴァル公爵家という家に生まれました。
幼い頃から、その名と…両親の七光りが私を包んでいました。
私は家族以外…たった一人を除いて"パーシヴァル家の娘"
"英国女王の孫"と言うことに縛られて見られていました。

けど…学院の中等部に上がって学内のピアノコンクールに最年少で出場しました。
私にとって初めて…大人の人に混ざってのコンクール。
そこで生まれて初めて…ステージの上でたった一人の人の為に弾いたんです。
それが思わず結果を生んだ…大学部の優勝候補の方を差し置いて
私が金賞を受賞ということに…

あの時、初めて人は私をひとりの少女として認めてくれた。
パーシヴァル家の名も王室の血も何も関係なく。

自分の力で頑張って認められた。
人々を感動させられるのだと初めて知りました。
ですから…ピアニストになりたいと願うようになりました。
それが…12歳の頃です。」


校長は目を細めて少女を見つめる。

「…自分自身を認められたくて…ということですね?」

「はい。」



少女自身の経歴の書類には目を通していた5人の先生方。

確かに少女は色眼鏡で見られる世界に生まれ育って来たということが理解できる。


「そういえば、あなたはハーピストのアニー=グリフィズの孫でもありますね?」

「はい。」

「ハープはお弾きにならないのですか?」

「弾きます。祖母から手ほどきを受けていました。
英国の学校の音楽部ではハープとピアノを担当していました。」

「最近、ハープは?」

「ここ1ヶ月くらい、弾いていません。」

「弾いてもらって良いですかな?」

突然の展開に少々面食らうが笑顔を見せて返答する。

「はい。」

校長はこの部屋にハープも用意させていた。


少女は絃を少しチェックしてから、つま弾き出す。

室内にハープの優しい音色が拡がる。

12人の観客は少女の可憐な姿に
幻想的な世界に引き込まれるような気がした。


音が止むと再び起こる盛大な拍手。


「…私もあなたを指導してみたいわ。」

「え?」

突然、50代前半と思しき女性教師が声を掛けた。
校長が女性教師の事を紹介する。

「あぁ、彼女はハープ教師のメアリーアン=ハドソン。」

にっこりと笑顔で少女に話しかける。

「私、あなたのおばあさまの演奏を聴いてハーピストを目指したの。」

「えっ!?祖母の…?」

「それまでヴァイオリンを勉強していたのだけどね。
ね、ピアノの先生方、彼女に週一で良いから…指導させていただけないかしら?」

「「「「「はっ!?」」」」」

ピアノ教師3名と校長は驚く。
勿論、本人も。

「ピアノに比べて生徒も少ないし…いけないかしら?」

「どうです…? Miss.パーシヴァルは?」

「え、あの…私もどうすれば…」


困惑している少女。

「いいんじゃないか、ファリア。」

少年が口にする。
声の主の彼を見つめる。

「え…?」

「きっとアニー様もお喜びになられるよ。
君が…ハープも勉強していると解ったら。」

「…そ、そうね…」

少女に意見した少年を10名の先生方は見つめた。
校長が声を掛ける。
英国でもトップの大学のエンブレムのジャケットを身に付けた少年。

「君は?」

「あ、差し出がましいことを…申し訳ありません。
僕は…彼女の婚約者のリチャード=ランスロットと申します。」

「ほう…婚約者…」

「はい。」

少女の顔を見つめて校長は質問する。


「Miss.パーシヴァル…ひょっとして家族以外の人っていうのは彼ですか?」

「はい。」

真っ直ぐに瞳を見つめて返事した。

校長は少女の思いが見えたような気がする。

少年に向き直って問いかける。


「君はどう思っていますか?
君の未来の花嫁が音楽家と言うことは?」

「勿論、喜ばしいことです。
何より彼女が望んでいることですし。
僕にとっては自慢の妻になることでしょう。」

「ぁ…」

少女は彼の言葉が嬉しくて胸がいっぱいになる。


少年と少女を見れば、お互いを思いやっていることがわかる。
校長はふたりとランドール夫人に笑顔を向けた。


「…解りました。 それではMiss.パーシヴァル。
来月…というか、来年になってしまいますが…5日から学院に来てください。
それまでに担当の先生も決めておきます。」

「はい!!」

「それでは、良いクリスマス休暇を。」

「ありがとうございます。」


少女は可愛らしく挨拶をする。



三人は笑顔で音楽院をあとにする。

帰りの車の中で、呟く。

「まさか…ハープまで勉強させていただけるなんて思いもしなかったわ。」

「僕、余計なこと言った??」

「ううん、そんなことない。
確かにおばあさま…私がピアニストになりたいって言った時、
嬉しそうにしてくださったけど、内心はハーピストになって欲しかったかも…
一応、両方ともおばあさまから手ほどきいただいたけど…」






 *


ランドール邸に戻ると少女は英国の実家に連絡を入れる。

勿論、入学を許可されたことを報告するために。



両親も祖父母も喜んでくれた。


電話口の父は上機嫌なのがわかるほど明るい声。

「せっかくだからクリスマス休暇はこっちに戻っておいで。」

「え?」

父が優しい声で言い出してくる。

「もう…私は怒ってないよ。
私もリチャード君もお前の顔が見たくてしょうがないよ。」

「え…?」

父の言葉にちょっと驚く。
彼がここにいることを全く知らないことに気づく。

「な、明日から3日まで、戻っておいで。」

「……。」

答えるのをためらう。
もともとロンドンの王立音楽院に行くつもりだったのに父に無理やり
ウィーン音楽院にさせられた。
そのことに対してまだ怒っている。

彼はすぐそばにいた。
エメラルドの瞳を見つめる。


「…お父様。私に1週間ほど、戻れとおっしゃるの?」

「あぁ。」

彼女の言葉で会話の内容を察する。
その表情は固く、戸惑っている。

彼はもう片方の耳元に囁く。

「…戻ってあげなよ。
僕も逢いに行くから。」

彼の顔を見る少女はうなずいた。

「…解ったわ。でも26日の便で戻るわ。」

「え?クリスマス、終わってしまうよ。」

「いいの。ランドール夫人とふたりで祝うから…」

「…ファリア…」

父の声は少し淋しげだが、自分をウィーンに追いやったのはその父だと
思い知らせたかった。

「…わかった。戻ってきたらプレゼントを渡すよ。」

「楽しみにしてるわ…お父様。」

「それでは、な。」


電話を切る少女の顔は微妙な笑顔。



「君の父上、英国に帰ってこいって??」
「えぇ。3日まで。」
「で、26日の便で帰るつもりなのか…」
「そう。お父様…少しは淋しい思いさせてあげなきゃね。
私達を引き裂いてくれたんですもの。」

「じゃ…僕と一緒に帰る…か?」
「え?」
「同じ便でもいいだろう? きっとバレないよ。」

笑顔の彼がいたずらっ子のように見える。

「そうね。空港内で別れればいいんですもの。」

「それじゃ、僕、クリマスプレゼント…27日に持っていくよ。」

「え?」

「こっちで渡したんじゃ…バレるだろう?」

「送って貰ったって言えばいいんじゃないの?」

「あ、そか。」

「でも…向こうで会う口実になるわね。」

「だろう?」

「それじゃあ…楽しみにしてるわ♪ 27日。」

「あぁ、ぼくも。」


今日はまだ23日―






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(2005/10/20+25)
(2015/04/22 加筆改稿)


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