Unlimited -3- ―朝 ゆっくり目に起きた少年は少女が世話になっているというランドール夫人の住所を ホテルの人間に見せ、行き方を尋ねた。 「あぁ…ピアニストのランドール夫人の邸か… それなら、ここから歩いてなら…15分くらいだ。」 「そうですか…」 「前の道を右に行って、4筋目を右に。 それから…」 彼が行きついた先にあったのは…自分のロンドンの邸と変わらぬ規模の邸。 門と前庭がないくらい。 重厚なドアをノックすると出てきたのは中年のメイド。 「どちら様?」 「あの…こちら、ピアニストのランドール夫人のお邸ですよね?」 「えぇ。」 「僕は英国から来た、リチャード=ランスロットと申します。 こちらでお世話になっているファリア=パーシヴァル嬢に 逢わせていただきたいのですが…?」 「少々お待ちを。 寒いでしょうから中へどうぞ。」 「ありがとう。そうさせてもらいます。」 彼がエントランスホールに入ると歴史のある建物だと解る。 置かれている調度品も絵画も美術館で見かけるような代物ばかり。 居間でひとりでお茶をしていたランドール夫人に尋ねるメイド。 「あの…奥様。 ファリアお嬢様を尋ねてこられた方が…」 「どなた?」 「英国のリチャード=ランスロット様とおっしゃってます。」 「ま。それじゃ、あの娘に教えてあげて。 それと応接間にお茶の用意を。」 「かしこまりました。」 メイドはすぐにピアノの自主レッスンをしている少女の下へ。 「ファリアお嬢様にお客様がお越しです。 リチャード=ランスロット様という方ですが…」 「え!? リチャード?! ホントにそう名乗ったの?」 「はい。」 少女は椅子から立ち上がり、駆け出していく。 エントランスホールに入ると正面の大きな絵を見上げている少年の姿が目に入る。 「リチャード!!」 少女の声に振り向くと…2ヵ月半ぶりの恋人の姿。 「ファリア!!」 ふたりは駆け寄り、ひしと抱き合う。 「どうして…?? あなた、スイスじゃ…」 「ちょっと…色々あってね。 別行動取らせて貰った。 ファリアにどうしても、ひと目逢いたくてさ…」 「嬉しい…!! 逢いたかった…リチャード…」 「あぁ…僕もさ…」 ふたりは再会を喜び合う。 少女の頬には雫が伝っていた。 「…相変わらず泣き虫だな。」 「あら、嫌い?」 「いいや…その方が君に似合ってる…」 涙を湛えた笑顔の少女が顔を上げると、そっとくちびるで涙を拭う少年。 「あ…リチャード…」 ぎゅと彼の背に回した手に力が入る。 「リチャード、ランドール夫人に紹介するわ。」 「あぁ。」 少女に手を引かれていく。 「おば様は居間?」 廊下にいたメイドに尋ねる。 「いいえ。今は応接間に。」 「そう、ありがとう。」 ドアをノックして入る少女。 「おば様…今日はご紹介したい方がわざわざ来てくださったのよ。 会って下さいます?」 「えぇ。」 笑顔の夫人に安堵した少女はドア越しに彼を呼ぶ。 「失礼いたします。 突然、お邪魔して申し訳ありません。」 丁寧に挨拶をして入ってきた少年をじっと見つめる。 明るい金髪に聡明さを物語った翡翠の瞳。 長身痩躯という表現がぴったりだと感じた。 「おば様…彼が以前、お話した許婚のリチャード=ランスロットです。 リチャード、こちらが私のピアノの指導をしてくださっているランドール夫人。」 少年は笑顔で老婦人に挨拶する。 「こんにちは、ランドール夫人。お目にかかれて光栄です。」 「えぇ。こちらこそ。 お話はこの娘とアニーから聞いているわ。」 「そうだったんですか…」 「アニーによると"ファリアの騎士様"だそうね。」 笑顔で言われふたりは照れる。 「さ、どうぞ、座って。」 「はい。ありがとうございます。」 「ファリアも。」 「はい、おば様。」 「あぁ…いつものところじゃなくて…そっち。 彼の横に座りなさい。」 「でも…」 「あら、嫌なの?」 「そういう訳ではないんです。 つい、こっちに座るクセがついちゃってましたから。」 「とりあえず、いいから座って。」 「はい。」 ふたり並んで座らせた夫人は笑顔になる。 「あら、やっぱり…」 「何がやっぱりなのです?おば様…」 「お似合いのふたりね♪」 「「え?!」」 思いがけない言葉にふたりは顔を合わせる。 「あら?? そんな風に言われたことないの?」 「えぇ。 それになんだか…照れ臭くて…」 「ま。」 そんなやり取りの中、3人の前に紅茶とお菓子が出される。 「今日、こちらに来られたの?」 「いえ、実は昨夜に到着しまして… 夜分に伺うのもどうかと思って…ホテルに。」 「それなら今日からここに泊まりなさいな。」 「え?」 「わざわざ、通わなくても…」 「明日には帰ろうかと思ってたのですが…」 「何言ってるんです?せっかく来たのですもの。 一緒にクリスマスを祝いなさいな。 ね?」 「は、はぁ…しかし、ご迷惑では?」 「そんな事ありませんよ。 部屋はいくらでもありますもの。 1ダースの人間が来たって大丈夫なのよ♪」 思わずふたり揃って噴出してしまう。 「あら…笑うポイントも一緒なのねぇ…」 目の前の可愛いカップルを見て微笑みを向ける夫人。 「そうそう…ところで、どちらのホテルにお泊りなの?」 「ここから15分ほど歩いたところの…リボーリウス・ホテルです。」 「あら、ま。 じゃ、すぐにチェックアウトさせてスーツケースを運ばせましょうね。」 「おば様…メイザーさんに頼まれるの?」 「えぇ♪」 夫人と少女の会話に出てきた名前に疑問符。 「メイザーさん??」 「そのホテルのオーナーがMr.メイザーって言う方なの。 おば様のピアノのファンなのよ。 2回ほどホテルのラウンジでの演奏を依頼なさってきて… 私も拝見させて頂いたの。」 「へぇ… どうりでホテルの人がここの家の行き方を知ってたわけだ。」 「じゃ、おふたりさん。 ちょっと待っててちょうだいな。」 笑顔のランドール夫人は応接間を出ていく。 書斎からホテルに電話を入れていた。 それと使用人に客間を用意するように言っておく。 ふたりきりになったふたりは微笑を浮かべていた。 「リチャード…来てくれて…ホントに嬉しい。」 「ずっと…僕も逢いたかった…」 少年の手がそっと優しく抱き寄せるとふたりはくちびるを重ねる。 「ん…」 くちびるが離れると、ぎゅっと抱き合う。 「リチャード…私、頑張るわ。」 「あぁ。僕もオックスフォードで頑張るよ。」 はにかんだ笑顔を少年に向ける。 「あ、あのね… 実は、明日ね 音楽院の試験なの。」 「え!?」 確かに手紙で年内に試験だとは知っていた。 「1次試験が筆記と1回目の演奏。 その時に課題曲を与えられて…半月後の明日が、2次試験。 課題曲と面接なのよ。」 「ごめん…。そんな大事な日の前に来てしまって…」 「いいえ。全然。来てくれて嬉しい。 あなたの顔を見れたから…明日は120%で頑張れるわ。」 満面の笑顔を向けられ自分も嬉しくなる。 「はは…ッ…そうか。 僕もそうだな。君が試合を見に来てくれた時は、絶対に負けないって思ってたし。」 「…そうなの?」 「あぁ。」 彼の笑顔を見ていると幸せな想いでいっぱいになる。 少女は自分が観に行った試合を思い出す。 確かに観に行けなかった試合の結果は2回ほど、準優勝。 理由は自分のピアノコンクール出場やチェス大会とかぶって行けなかった。 「ねぇ、大学行っても、馬術とフェンシングは続けているのでしょ?」 「あぁ。大学でね。」 ふたりが何気ない会話をしているとランドール夫人が戻ってきた。 「お待たせ。 リチャード君のスーツケース、30分くらいで持ってきてくれるそうよ。」 「すみません。何から何まで…」 「いいのよ。 大体、メイザーさんったら、私に逢いたいとか言ってたから… 多分、あの人が持ってくるわね。」 「オーナー自ら?」 少年は驚きの目を向ける。 「そうよ。」 「メイザーさん…多分、おば様のこと好きなのよ。」 「え…??」 「ピアニストとしてもだけど…女の人として…」 「そんな風に見えるの?」 「はい。」 「…恋の現役のあなたにそう言われたら、そんな気がしてきたわ。」 「おば様、私のおばあさまと同じ年でしょう?」 「えぇ。」 「まだまだお若いわ。恋しても… おばあさま、ずっとお爺様のこと、好きみたいですし。 お爺様も大切になさってるわ。 私、年取ったらおばあさまたちみたいになりたいって思ってますもの。」 「…確かに、君んちのローレン卿夫妻って仲いいね。」 「でしょう? 恋に年齢はないわ。 若すぎるって私達は…言われたけど。 年取っても…恋してたい、私。」 横の少年は優しい瞳で少女を見つめる。 「…!? そ、そうね… 私は早くに夫を亡くして、子供達も独立して… ひとりでこの邸にいるのが嫌で、子供達にピアノを教えているようなものだわ… ファリアが本当の孫みたいに思えて…とても嬉しいのよ。 私の子達、孫達は皆、ピアノにも音楽にも興味がなくて… アニーにあなたをピアニストにしてやって欲しいと言われた時、 嬉しかったけど、ちょっぴり羨ましかったわ、アニーが…」 「おば様…」 少年と少女は悲しい笑顔をする老婦人を見つめていた。 「そういえば、あなたがハープを弾く姿は若い頃のアニーに似てるわ。 教えたのが彼女だからと言うこともあるのでしょうけど… 雰囲気とかね。」 「そうだったんですね…」 少女は少し切なげに呟く。 「…と、言うことは若い頃のアニー夫人って、 ファリアみたいに奇麗で可憐な女の子だったんですか?」 少年が夫人に問いかけてみた。 「えぇ…そうね… 違いは…瞳の色と髪の色。 顔立ちは何処となくというか… でも全体の雰囲気は若い頃のアニーに似てるわね。」 「ってことは、私、60代後半になれば…おばあさまみたいになるのかしら?」 「そうかもね。」 少年は笑顔で答える。 「じゃ、リチャードはモーティマー卿ね。」 「う…ちょっと、嫌かも…」 「あら?なんでかしら?」 「僕の祖父、ちょっと太ってますから…」 ランドール夫人も少女も笑い出してしまう。 ひとしきり笑った後、ランドール夫人が切り出す。 「ね。ファリア、あなた…出かけてきなさい。」 「え?」 「ふたりで外でデートでもしてらっしゃい。 ランチもふたりでね。」 「えっ!? でも…」 「いいから。ほら、行ってらっしゃいな。 ふたりきりになりたいでしょう?」 ふたりは顔を見合わせる。 夫人は目の前のふたりの心情を察したつもりで言い出したのだ。 「あの…でも、僕の荷物のこともありますし…」 「あら。そんなこと… 大丈夫よ。」 夫人の心遣いを無碍にも出来ないと感じたふたりははにかんで答える。 「じゃ…お言葉に甘えて…行ってきます。」 少年の手は少女の手を取り、立ち上がる。 「えぇ。ゆっくり楽しんでらっしゃい。」 「おば様…」 「ほら、明日のためにも今日はゆっくりとしなきゃ。」 「あ、はい…」 少年とドアに向かう。 「それじゃ、行ってきますね。」 「えぇ、行ってらっしゃい。」 笑顔で送り出されるふたリ― to -4- ________________________________________ (2005/10/19) (2015/04/21 加筆改稿) to -2- to Love Sick Menu |