Sympathy  -3-




バーの2階のその部屋に進児たちが入ってきた。

昏倒している男。
何が起きていたかわかる明らかに争った痕。



「すまん、進児、ビル。アリステアも…二人だけにしてくれないか?」


リチャードの言葉に進児が応える。

「あぁ。わかった。ところでこいつはどうする?」

昏倒している男を指す進児。

「外に出しておいてくれ。」

3人に引きずられていく男。




ドアを閉められ二人きりになる。


部屋の隅に座り込む彼女を覗き込む。


愁いを帯びた白磁のような肌の乙女。
そっと冷たい頬に触れる。
涙の痕と男に付けられた唇の痕が痛々しいと感じた。



「何故…無理なんだ…?」

再び問いかける。
白い頬を指で撫でるリチャード。

「…優しくしないで…。」

しかし彼の両手がその顔を包む。

「私はもうパーシヴァル家の娘じゃないわ。
ただのバーの女。そして最低の人間よ。
忘れて頂戴。お願い。こんな私を見ないで…」

「…じゃ、何故、アリステアに伝言を頼んだ?" 愛してる"と…」

「あの子…言ってしまったの?」

「あぁ。」

顔を伏せ、涙を流す。
黒髪が揺れた。

「私は…6年前のあの日に死んだの。
ただ弟だけは生きて英国に帰って欲しかった。
だから…」

悲痛な言葉はかすれそうな声。

「もう…僕を好きじゃないのか?愛してないのか?」

言葉に出来なくてふるふると首を横に振った。

「じゃ、帰ろう… 僕も君を愛してる。」

愛の言葉を聞いても顔を上げない彼女。

「もう私はあなたにふさわしくない…ダメよ。」

「それを決めるのは僕だ!!」

「違うの…私…私は…!!」

顔を上げ涙を撒き散らしながら叫ぶ。


「私…あの子の為にお金が必要だった。
だから…身を売ったわ。だから私はもう、無垢な乙女じゃない!! 
あなたにふさわしくない!! お願いだから…私を軽蔑して!! 
忘れて頂戴!!」

「!!」

思いがけない告白の言葉に驚く。

「お願いだから…もう汚れた…最低の女だから…」

泣き声が慟哭に変わっていく。


その彼女を彼は抱きしめる。

「イヤだ。絶対に君を連れて帰る。」

「ダメよ。もう…もう…」

逃れようと胸板を押し返そうとするが無駄だった。

強引に唇を奪うリチャード。

「!!」


こんなに情熱的なキスをされたのは生まれて初めてだった。
何も考えられなくなる。
体から力が抜けていく彼女を抱き止める。


「僕は…僕は…ずっと君を探してた。
どんな乙女になっていても…」

彼の囁きに冷たく応える。

「最低の女なのよ…」

「アリステアの為にって…何故?」

「…あの子を地球に帰すために…片道のチケットを買う為に…必要だった。
バーでピアノを弾いて、歌を歌って…チップを貰っていても、なかなか貯まらなかった。

あの子がもう13歳になってしまって半年が過ぎたわ。
一日でも早く帰したかった。だから…少しでも多くのお金が貰えるならって…
2回で2万ドルは私には大きかったわ。

おかげで昨日やっと帰せるはずだった…」


彼女の告白をじっと聞いていた。
悲壮感を浮かべた顔を見つめてリチャードは言う。

「君は…汚れてない。
弟の為に、パーシヴァル家の為に…そう思ってしたんだろう?」

こくりとうなずく乙女。

「僕は凄いと思うよ。普通の女性なら出来ない。
自分を犠牲にしてまで、弟と家を守ろうと行動した。」

優しいエメラルドの瞳が昔と同じように自分を見つめていると気づく。
辛くて顔を背ける。

「でも…理由はどうであれ、最低の女がする事だわ。」

「…僕は君をそんな女性だと思わない。むしろ逆だ。」

「リチャード…。お願い。 優しくしないで。私を許さないで…」

彼の腕から逃れようと後じさる。
しかしすぐに壁に行き当たる。

すぐに捕らえられて彼の腕の中に。

「じゃ、忘れさせてあげる。僕が…」

抱きしめられ背を撫ぜられる。
懐かしい優しい動きに甘えてしまいたくなるが拒否する。

「!! 止めて…!」

「僕が嫌いか?愛してないか?」

「いいえ、違う。けど…私は女であって女でないもの…」

沈みこむ声とあふれる涙。リチャードはどうしていいか解らなくなる。

「何故…素晴らしく美しい乙女じゃないか、君は…」

出来れば言いたくなかった。
愛する彼に告げると思うと余計に辛い。

「私…1が月半前に初めて…身を売った時から月経がないのよ…
もう女として、子供を産めないかもしれない。
だから…」

「!! 妊娠…してるわけでもないのか? 」

「えぇ。そう。だからもう…私のことは諦めて。」

彼に背を向け壁に向かって泣き崩れた。


思わず黙り込むリチャード。

  (でも…ここで諦めたら きっと一生後悔する…
   なにより彼女を救いたい… )


意を決して言葉を選びながら想いを口にする。


「ファリア…頼む。 僕の花嫁は子供の頃から君と決めていた。
お願いだ。戻ってきてくれ。
子供が出来ないなら…養子を貰えばいい。だから…」

切なげに搾り出すような声。
初めて聞く、その声に驚き振り向く。

ランスロット公爵家の嫡男である彼。
嫡流を絶やすことはありえない。

「ダメよ、そんな事…。」

「僕は…君が必要だ。 もう6年前と同じような思いはしたくない…
もう2度と失いたくない…」

広い胸に抱きしめる。
彼にもう迷いはなかった。

「あ…リチャード…私…」

戸惑う彼女に向かって、まだ言葉を続ける。

「忘れろ!! 嫌な思い出なんか忘れるんだ…」

声変わりした男らしい声が心に響く。
あの頃より大きくなった手があの日と同じように優しく背を撫ぜていた。
もう限界だった。

涙がぼろぼろと溢れ出し止らない。



「私…私… 
ごめ…ごめんなさい…私…
あの頃より…
あなたが好き…」

「!!」

素直に今の想いを吐露した。

「忘れようと思った。忘れなきゃいけないと思ってた。
けど、けど…無理だった。むしろ…」

一瞬ためらいを見せるが言葉にする。

「…愛してる…」

優しい光の宿るエメラルドの瞳がサファイアの瞳を覗き込む。

「あぁ。僕もだ。君を愛してる…。」

ぎゅっと抱き合う二人。

彼はこの時ばかりは自分がプロテクトギアを付けていることを後悔した。
やわらかな彼女のぬくもりが感じられない。
ただ頬を摺り寄せるしかなかった。









彼女の手を取り、立ち上がる。

「さ、行こう。」

「…はい。」

「っと、その前に…服を…」

思わず目のやり場に困る彼を見て自分の格好の凄さに気づく。

男に引き裂かれた夜着から白い乳房が見えていた。

「きゃ…」

あわててクローゼットの前のパーテーションに駆け込む。

夜着を脱ぎ、黒のワンピースを着て、黒のヒールを履く。
そしてクローゼットから小さなトランクを出し、身の回りのものを詰めた。




   ***

二人は連れ立ってバーを出る。

もう空は明け方。
暗い空に陽が差し込み始めていた。


村の外れに停めてあるビスマルクマシンに向かう。


「…ファリア。それ貸して。」

「え…?いいわよこれくらい。」

小さなトランクひとつだけ。

「いいや、持つのは男の仕事だ。貸しなさい。」

思わず命令口調の彼に懐かしくなる。
子供の頃から時々、こういう風に言われていた。
それが彼なりの優しさだと知っている。

「…はい。」

差し出すと彼は笑顔で受け取る。

もうすぐ村はずれ。
巨大なビスマルクマシンが見えてきた。





マシンの中のダイニングのソファでアリステアは眠っていた。
傍らにはうたた寝しているマリアン。


進児とビルはリチャードたちの帰りを待っていた。

少年からあの二人が許婚だということを聞いた3人は驚くしかなかった。

「それにしてもヤツに許婚ね〜」

呟くビルに進児が言う。

「まぁ、あいつも貴族の跡継ぎだし、不思議はないんじゃないか?」

「そりゃそうだけど…」

ふとコクピットの外を見るビルの目のに二人の姿。

「あ、戻ってきたみたいだぜ。」








「とりあえず、火星に行く事になるだろう。それからは…」

「解ったわ。…あなたは任務があるんですもの…  …自分たちで帰るわ。」

「…すまないな。戻って来いなんて言っておきながら…」

「いいの…。もう迷わないから…」

「そうか。」




不意に立ち止まる彼女に振り返るリチャード。

「どうした?」

もうビスマルクマシンが目の前。
しばらくは二人だけになれないかもしれないと思うと彼女は思い切って切り出した。

「リチャード…。」

「ん?」

「キスして…」

思わぬ言葉に少々面食らったがそっと唇を寄せた。




その光景をコクピットからビルが見ていると気づかずに。






「うっわ!! リチャードもちゃっかりしてるね〜」

「どうした?ビル?」

「見てみろよ。」

ビルが外を見るようにあごでしゃくる。

「!!」

その二人を見て進児は思わず泡食っていた。

「ちょ…」

「おや〜進児。やっぱり純情君だな〜。」

「うるせーよッ!!」

はははと笑うビルの声を聞いてマリアンは何事かと思っていた。







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(2005/5/29)


To Love Sick