-24- 「tear & smile」
朝8時に彼が目覚める。まだ眠ったままの新妻。
昨夜あんな酷い目にあったとは思えぬほど可愛らしい寝顔。
リチャードはそっと彼女の唇を親指でなぞる。
形のいい、淡い薔薇色のつんとした唇。
(13のあの頃… ずっとキスしたいって…思ってたっけな…
あの頃と…何も君は変わってないような気がする。
12歳の…純粋な汚れも何も知らない君と…)
彼はずっと見つめていた。
黒髪を指先で玩んだり、時折顔にかかる髪を指でよけたり…
どれくらい経ったのか… まつげが震え、唇が揺れる。
「ん… 」
ゆっくりと瞼が開き、サファイアの瞳が彼を見上げる。
「あ。リチャード…おはよう。」
「あぁ。おはよう。」
まだ眠そうに瞼をこするファリア。
じっと見ている彼の視線を感じて問いかける。
「…リチャード?」
「あぁ?」
「ひょっとして…ずっと見ていたの? 私の寝顔…」
「あぁ。可愛い寝顔をね。」
「…もう…。」
照れ臭げにしている彼女がとても愛しい。
「…そろそろ起きるか…」
「そうね。」
ふたりしてベッドから降りる。
彼女の様子を窺っていると少し元気がない様に思えた。
昨日の今日だけに仕方ないかとも感じる。
(今日はどうするかな… 何処かへ…
!! いいところがあるな…
あ…でも、事情聴取があるんだっけ。
仕方ない…明日…だな )
しかし彼は彼女がベッドルームで着替えている間に
リビングの電話でフロントに手配を頼む。
「リチャード。お待たせ。 朝食に行きましょ。」
「あぁ。」
腕を組んで二人は朝食のビュッフェへ。
ただでさえ食が細いのにあまり口に運ばない彼女が心配になる。
笑顔もどこか悲しげに映るのは気のせいではないような気がした。
「ファリア…無理してないか? 大丈夫か?」
「何を心配してるの? 大丈夫よ。」
それでも無理しているように感じる。
(多分…僕に心配かけまいとしてる…)
食事を済ませ、部屋へ戻る途中、
彼は腕を組んでいるがいつもよりしっかりと自分にくっついていると感じた―
部屋に戻るとリビングのソファに腰掛け、彼女の淹れた紅茶を飲みながら新聞を読む…
「今日は止めた。」
「え?新聞読まないの?」
彼の意外な言葉に驚く。
「今日は…読みたい気分じゃない。」
「そうなの…?」
今までこんなことがなかったので余計に驚く彼女。
(新聞より…彼女のほうが大事だ…)
そっと優しくふたりはソファの上で寄り添っていた。
玄関チャイムの音が鳴る…
「あ、私出るわ。」
「いい。僕が行くよ。」
(おそらくロス市警だろう…)
ソファから立ち上がり玄関ポーチに向かう。
ドアを開けると彼の予想どおり、ロス市警のマッケンジー警部と刑事のふたり。
「おはようございます。こんな時間にすみませんな。」
にこやかに挨拶するマッケンジーはもうすぐ定年の老練の刑事。
相棒の刑事は若手で20代後半のスミス刑事。
「いえ…どうぞ。」
「すみませんな。」
刑事ふたりはめったに入らないホテルの最上階のスィートの内装の豪華さに目が奪われる。
リチャードに導かれてリビングに行くとソファにいる彼の妻の姿が見えた。
彼女は夫以外の男の姿を見て少々びくついていた。
様子に気付く彼と刑事ふたり。
「…大丈夫か?」
「え…えぇ。」
彼はそばに行き、声を掛ける。
リチャードのシャツの袖を掴む手は震えていた。
小さく溜息をつき、マッケンジー警部は言う。
「出直してきたほうがいいようですな…」
「そのようで…」
リチャードも警部も彼女を気遣う。
少々、震える声で彼女が言った。
「いいえ…わざわざ来られたのですもの。大丈夫よ。」
「でも…」
サファイアの瞳を覗き込む彼の目は心配に彩られていた。
「お願い…そばにいて…」
「もちろんだ。」
彼は妻を抱き寄せたまま、警部たちにソファを勧めた。
「単刀直入に尋ねます。 あなた方に…起こった事を…お話いただけますか?
特に奥さんは…無理しなくていいですから。」
「はい。 …ファリア、無理するな。
なんなら君はベッドルームへ行ってるんだ。」
彼女を気遣い優しく告げた。
「いいえ。 そばにいさせて…お願い。」
「…解った。」
リチャードはおもむろに話し出す。
「僕達は英国から… 新婚旅行も兼ねて友人の結婚式に参列するために米国にきました。
ロスには11日の朝まで滞在予定です。
昨日は…ずっとふたりで外でした。
サンタモニカで… ふたりで夕陽を見て、星空を見上げていて…
僕達が帰ろうとした時、
僕は後頭部に激痛を覚えて倒れてしまいました。
…情けないことです。」
目を伏せる彼に警部は問いかける。
「その後は?」
問いかけられ、彼女を一瞥した後、警部に話し出す。
「僕が次に目覚めた時、
自分を押さえつけている男4人の存在に気づきました。
それと同時に…妻が…暴行されているのが目に入ってきて…
一瞬で頭の中が真っ白に。
気づいたら、男を殴打してました。
やっと彼女を取り戻したとき、自分のふがいなさにやるせなくなりました。
愛する妻を守りきれなかったことが悔しくて…
彼女に申し訳なくて…」
彼の拳は震えていた。
「…リチャード…」
今まで見たことのない、彼の悔しさとやるせなさの混ざった表情。
こんなに愛されているのだと思うと胸が震えた。
「奥さん…」
なんだかそう言う事に違和感があるほど
目の前の女性は若く可憐だと警部たちは感じていた。
「無理しなくていいです。
話せるところだけで結構ですのでお話いただけませんか?」
真摯な瞳の警部の言葉にうなずく。
「私… あの時、彼が倒れて…抱きつこうとしたんです。
けど…無理やり引き離されて…
羽交い絞めにされて…
抵抗したのに…無駄でした。
前に立つ男にナイフを見せられ…最初殺されるのかと思いました。
…でも違った。 服を斬られました。
そして私を… 」
言葉が詰まる彼女の肩を撫ぜる彼の手。
「もういいよ…」
彼の言葉に甘えず、まだ話を続ける。
「痛みと苦痛で… 意識が遠くなっていく中…
彼が…男たちを弾き飛ばしているのを見た気がします。」
ボロボロと泣き出し震える彼女は抱きつく。
彼はそんな彼女を抱きしめ優しく背を撫ぜる。
「もう…結構ですよ。 ありがとうございます。」
席を立つマッケンジー警部たち。
「…調書の名は伏せておきますので、ご安心を。
ご協力、ありがとうございました。」
警部と刑事が退室した後、口を開く。
「リチャード…ごめんなさい。」
「あぁ、すまない。辛い思いを…させてしまって。」
「…確かに辛かったわ。けど、謝りたいのは違うこと…」
「何だ?」
彼女の顔を覗き込むと涙は止まっていたが、切なそうな表情を見せる。
「あの…昨日着ていたワンピースの事…ごめんなさい。」
「え?」
「だって…あなたが初めて私に買ってくれた…
誕生日に贈ってくれたあのワンピース…切り裂かれたの…
大切なものだから…新婚旅行に着ようって持ってきたわ。
失ったの…ごめんなさい…」
意外な言葉に目を丸くするリチャード。
「ファリア…そんなに大切に思ってくれていたのか?」
「勿論よ。 私…嬉しかった…」
「そうか… じゃ、今日は君に服を買いに行こう。」
「え?」
「代わり…はないけど、新しいの選んであげるよ。
だから、もう泣かないでくれ。
君の笑顔が見たい…」
「…リチャード…」
涙の痕を浮かべたまま、彼女ははにかむ笑顔を見せる。
そっと胸に抱きしめるリチャード―
彼自身も嬉しかった。
自分が贈った花柄のワンピースをそんなふうに思ってくれていたことに―
しばらく静かに抱きしめていた。
彼女の涙のあとをそっと指で撫でる。
「あぁ。せっかくの可愛い顔が台無しじゃないか…
ま、いつでも君は可愛いんだけどな…」
「もう、リチャードったら…」
少し照れながら笑顔を見せる彼女に微笑みかける。
(そうさ… 君の喜ぶ顔が見れるなら…笑顔が見れるなら…なんだってするさ…)
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(2005/7/7)
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