-13-   「rain」




翌朝になっても彼は姿を見せなかった。
心配になってランスロット城へ電話すると彼は出掛けていると使用人は言う。


「何処に行ったんです?」

「あ…いえ、行き先は存じません。」

はっきりしない使用人に問いかけるファリア。

「車で?それともキング号?」

「…はい、確かキング号でお出かけに。」

その言葉で彼が何処に行ったか解る。


「ありがとう、じゃ。」


電話を切ってすぐに乗馬服に着替える。
2年半ぶりくらいに自分で馬に乗ることになる。
自分の愛馬だったアロー号はもういないので祖父の馬を借りることにした。
少々気が荒いが仕方ない。

今、ローレン城の厩にいるのはそのアトラス号だけ―




「ちょっと出てくるわね。心配しないで。リィのことお願い…」

ベアトリス夫人に息子を託し、黒葦毛・アトラス号に跨る。
一応、身体が覚えていた。

「はっ!!」

晩夏の緑の中、馬を走らせる。
少し雲が広がり始めた空。

一路、彼がいるはずのあの邸へと―




邸の裏手の厩に行くとやはりいたキング号。
その隣にアトラス号を入れる。

「いい子ね…ありがとう、アトラス。」

好物の氷砂糖を与え、厩を出る。

正面ドアから入ろうとするが鍵がかかっていた。
馬がいるのだからいるのは間違いない。
どうしようかと思っていると空は昼だと言うのににわかに暗くなる。

「や…」

ごろごろと雷の低く響く音。
いきなりの雨でとりあえず屋根があるところへと向かうが風雨で無意味だった。
厩のほうが雨がしのげると思い、キング号とアトラス号のいる厩へ。

既に全身濡れていたファリア。


8月末とは言っても一気に気温が下がった。
濡れているために余計寒く感じる。
ぶるりと体が震えた。

「寒…」

アトラス号もキング号もそんな彼女をじっと見つめていた。
優しい目を見せ、鼻面を摺り寄せるキング号。

「…あなたのご主人様…ホントは優しいの…。
私が怒らせちゃったから…
これはきっと罰よね…」

ぞくりと背筋を悪寒が走る。


  (あぁ…これじゃ、風邪ひいちゃうわ…)


涙も流れていた。
苦しくて切なくて…自分を責めていた彼女を見てキング号もアトラス号も突然いななく。
目の前の出来事にびっくりする。

「ど…どうしちゃったの?…キング号も、アトラスも…?」



邸の2階の寝室にいたリチャードにも馬のいななきが耳に届いた。
直後、雷が何処かに落ちる音が響く。

「きゃぁッ!」

怖くて身体がすくむ。


「私…バカだわ。昔から…
だからこうやって天の神様から怒られるんだわ…」


また落ちる雷鳴。

キング号の逞しい首に抱きつく。


「きゃッ!」



直後、厩の木戸の開く音。
リチャードはさっきの馬のいななきが気になって様子を見に来た。
馬が2頭に増えていることに驚くが何より恋人の後姿を見つけたことに驚く。

「!? ファリア…? どうして?!」

振り向くと彼がドアを開け放って立っている。

「あ…リチャード…」

思わず彼に向かって駆け出す。
困惑しながらも抱きとめてくれる彼に謝る。

「ごめんなさい! ごめんなさい!!」

「何を謝ってるんだ?」

「だって…だって、昨日のこと…」

彼女がびしょ濡れな事に気づく。


「どうしてこんなに濡れて… あぁ、早くこっちに来て。」

彼に手を引かれ邸の2階へ。



「全く君は…手のかかるお姫様だね…。いくつになっても…」

ぐすぐすと泣いている様を見るととても母親とは思えない。



「だってだって…」

ベッドルームへ連れて行き、全身びしょ濡れの彼女の服を脱がし始める。




彼女は下着姿の冷えた身体で抱きつく。

「!!」

「ごめんなさい…私…」

「だから何を謝っているんだ?」

抱きついていたけれど身を離して彼の顔を見る。

「え…だって、昨日の夜の電話の時、怒ってたでしょ?
昼、外出してること連絡しなくて…」

「…は?」

戸惑う顔を彼女に見せる。

「だって…あなたの声、怒ってた…」

「…怒ってないよ。」

「でも…」

「…正直に言うと、確かに昼の時点では怒ってたというかイラついてた。
でも夕方…ここに来て、夜までいた。
で、城に帰ろうとしてキング号に乗った直後、君からの電話が鳴って…
ちょっとどうしようかと思ったけど…出てから”ごめん”って言って切ったじゃないか。

…城に戻ってから君の部屋に電話したけど、出なかったし。」

彼の言葉に驚く。

「え…?何時ごろにくれてたの?」

「あのあとだから… っと21:42か…」

自分の携帯の発信履歴を見ている彼。

「ごめんなさい…私、その時間、お風呂入ってたわ…」

「はは…そうか。」

単なるすれ違いに気づく。


彼女の口からくしゅんと可愛いくしゃみが出る。
下着姿のままに気づいた彼女は彼が手に持っていたバスタオルを手に取り、
隣の部屋に駆け込む。

「何を今更照れてるんだ?」

「もう!やだ!知らない!!」

ドア越しに彼が告げる。

「クローゼットの中、使えよ。」

「え!?」

かつての夫人の部屋のクローゼットを開けてみた。

「…あッ!」

昔は空だったのに服が入っていた。


「ウソ…」


しかもサイズは自分のだとすぐ解る。

   (彼が揃えたの…?)


さすがに下着はなかったがパジャマとベビードール、乗馬服一揃えが入っていた。
初めて見る淡いピンクのベビードールを手に取る。

「コレ…着ろってことなのよね…(汗)」

雨で濡れた下着を脱いでそれを着てみる。

クローゼットの内側にある鏡に映して見る。


  (やだ…ちょっと恥ずかしい…)

透けてはないが薄く淡い色の為にうっすらとボディラインが浮かぶ。
はぁと溜息をついて仕方なしに乗馬服を手に取る。
ベビードールの肩紐に手を掛け外そうとすると声がした。

「やっぱり似合ってるね♪」

「!?」

振り返ると笑顔の彼がこっちを見ている。


「やッ!」

思わず身を隠すためにベッドへ潜り込む。
彼は笑ってベッドに近づく。
こっちの部屋は主寝室より一回り小さなベッド。

「もうちょっと見せて…」

「何で見てるわけ?」

上掛けを頭からかぶり、身を隠している彼女に向かって言う。

「そりゃ…だって愛する君にって揃えたんだ。
いいじゃないか…僕に見せてくれても…」


恥ずかしくて穴があったら入りたい気持ちの彼女。

「だって恥ずかしい…」

「何言ってるんだ? もう僕は君のすみずみまで知ってるのに?」

「でも…」

彼は優しく言葉を繋ぐ。

「…ファリア。
誤解だったけど…せっかく君が危険を侵して僕に逢いに来てくれたんじゃないか?違う?」

「どうしてそう思うの?」

ふうと溜息をつく彼。

「君の乗ってきた馬…ローレン卿のだろう?
気性が激しいって評判のアトラス号じゃないか。
そのアトラス号を御してここまで来てくれたんだと思うと嬉しいよ。」


その言葉でどんな思いでここまできたか思い出す。
やっと顔を見せる。

「あ…」

「や。Sleeping Beautyさん。」

笑顔の彼がそこにいた。

「え?」

「だってベッドの上にいる姫君はSleeping Beautyと君くらいだよ。」

「…リチャード…」

「あぁ、やっと見れた。  うん、似合ってる。可愛いよ。」

上掛けを握り締め、ぽろぽろと泣き出す彼女の頬にキスする。

「ご…ごめんなさい。迷惑かけて…」

「もういいさ。気にしないでくれ…」


彼は思いがけず彼女が逢いに来てくれて本当に嬉しかった。
そっと抱きしめるとそのまま押し倒したくなる。
少しためらうが、そのままゆっくりとシーツの上に横たえた。



「…リチャード……」

彼女の瞳が自分を見上げていた。
理性のブレーキが外れる音を聞いた気がした。



「…んッ…」


唇を重ねる二人。

そこへ携帯の鳴る音が響く。




無視するつもりだったが何度でも鳴る。

仕方なしに出るとランスロット城から。


「…はい?」

「あぁ、リチャード様。ファリアお嬢様はご一緒じゃないですか?」

執事頭のアンダーソンからだった。

「ん?ファリア?一緒だが何だ?」

「実はローレン城のベアトリス夫人から連絡がありまして…
至急お戻りいただきたいと…」

「…わかった。すぐ送る。」


リチャードは電話を切ると彼女に告げる。

「すぐ、君は城に戻れ。」

「え?まさか…リィに何か?」

「おそらく…多分。
僕も行く。」

「えぇ。」




二人は慌てて乗馬服を着る。
馬を疾走させてローレン城へと戻っていく。


慌てた様子の彼女を出迎える執事。

「ファリアお嬢様!!」

「何かあったの?」

「それが…リィ様が泣き止まないとかで…」

「「はい??」」


リチャードもファリアも同時に声を上げた。

「ベアトリス夫人にあの子守唄を歌うように言っておいたはずだけど?」

申し訳なさそうな顔をする中年の執事。

「それがダメなようで…」

「…解ったわ。」


子供部屋へと走る彼女。それを追いかけるリチャード。
泣き声は廊下まで聞こえていた。

「リィ!!」

駆け込む二人に驚くベアトリス夫人とメイド。

「あぁ、やっと戻ってこられた…」

疲れた顔をしているベアトリス夫人から受け取る。

「どうしたの?リィ?」

我が子の額に手を当てる。

「熱はないわね…?何か…」

オムツを見ても異常はない。
手を触れると少し暖かい。
その瞳を覗き込む。

「眠いのかしら?」

子守唄を聞かせるとしばらくして眠り始めた。

「もう…しょうがないわね…」

眠る子に笑顔で頬を摺り寄せる。



「おい、リィ。お前…ママじゃないとダメなのか」


彼は可愛い寝顔を見せる子を覗き込む。

「…そうみたい。パパと同じね。」

「…ファリア…」





微笑みあう恋人達に眠る赤子。

そんなほほえましい光景を見ていた見ていたベアトリス夫人とメイド―





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(2005/6/14)

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To Love Sick