caress -5-








「…わかった。」

マリアンからの通信を受けてリチャードはため息をつく。

(もう少し…二人だけでいたかったな…)



毛布の上で夢見心地になっている彼女を起こす。

「すまない…起きてくれ。」

「ん…リチャード?」

「仲間が塞いでいる岩盤を動かしてくれるそうだ。」

「…そう。」

彼女も少し名残惜しそうな顔を見せた。
リチャードはプロテクトギアを、ファリアは修道服を身に着ける。


「…ファリア。」

「はい?」

「その…今更だけど…」

リチャードが発した言葉は岩盤を動かした時の轟音でかき消された…







気圧差があったのか風が一気に外へと向かう。
吹き飛ばされそうになる彼女の手を掴み、身体を抱き寄せる。

「きゃっ!」

「大丈夫か?」

「えぇ、なんとか。」


風が収まると洞窟から出る二人の前にビスマルクマシン。
進児の声が周辺に響く。

「おーい、リチャード。無事か?」

「ああ、なんとかな。」



安心したのか脚から力が抜ける彼女を思わず抱き上げるリチャード。

「…仲間のとこに行くより教会へ行こう。」

「え…。」

戸惑う彼女を尻目に教会へと向かう。


正面から入ると二人の神父が驚きの目でこちらを見ていた。

「シスター!」

駆け寄るレイモンド神父とセバスチャン神父。
涙を流し喜ぶ神父たち。

「よかった…無事だったんだね。」

「ごめんなさい。心配をかけて…。」

「一体、何処に?」

レイモンド神父は問いかける。

「私、夜中に湖に出て、その帰りにデスキュラに襲われて…
"氷の棺"に落とされたのです。それを…
彼が…リチャードが助けてくれたのです。」

思いがけなく親密な呼び方をしていることに二人の神父は訝しく思う。
ベールをしていないのも気になっていた。



神妙な面持ちで彼は言い出す。

「…神父様。僕に懺悔をさせてください。」

「何故です? 彼女を助けてくださったのに?」

レイモンド神父はますます訝しさを深める。

「…僕は罪深いことをしました。」

彼の言葉にファリアはあのことだと理解した。


「いいえ。レイモンド神父。私にも罪はございます。
彼だけのせいじゃありません。
そもそもそうしなければ…私は死んでいたかもしれません。」

「一体、何があった!?」

声を思わず張り上げるレイモンド神父の問いかけに二人は顔を見合わせる。



「僕は…彼女が聖職者と知りつつ、抱きました。」

「!!」

思いがけない罪の告白に仰天する神父たち。

「いいえ、あの時ああしなければ…私は寒さで…凍死してしまっていたでしょう。
彼に罪はありません。
…お願いです、彼をとがめないでください。」

シスターの言葉に嘘はないと解っていた神父たち。

「君は…自分が聖職者でなくなる事になる。いいのかね?」

「!! はい。」

レイモンド神父の言葉に二人は驚く。
少し消沈する彼女の横でリチャードはきっぱりと告げる。

「……むしろ僕にとっては願っていたことです。
彼女を英国にいる家族の元に返します、そして自分の責任を果たします。」

「どういうことだ!? シスター?
君のご家族は皆死んだと…」

「私…彼に聞くまで知りませんでした。
父と弟が生きている事を。」

「そのことを知っているあなたは一体…?」

セバスチャン神父の疑問も当然だ。



「僕は…彼女の許婚のリチャード=ランスロットです。
ファリアのことは…幼い頃から…」

「!! 許婚…つまり婚約者か…」

レイモンド神父が呟く。

「はい。」

「そうか…わかった。」

視線を落とす神父の目が彼女が素足であることに気付く。


「…シスター。いや、ファリア。」

「はい?」

「靴は…どうしたね?」

「おそらく穴に落ちたときに何処かへ…」

「脚が冷えるだろう。部屋に戻って新しい靴を履いてきなさい。」

「はい。…失礼します。」


ファリアは聖堂から扉をくぐって奥の部屋へと向かう。


残されたリチャードは神父に告げる。

「僕は…彼女を愛しています。幼い頃から…
今回の件は罪になりえるのでしょうか?」

「あなたは…彼女の命を救い、愛を求めた…そうだね?」

「…はい。」

神父は遠い目をして彼に呟く。

「私はいつかこんな日が来る様な気がしていた…
あの子は類稀な美貌を持っている。
だからいつか愛する男性が出来て、教会を離れる…
そんな日が。

まさかこんな早くやってくるとは思いもしなかったよ。」

「…。」

その言葉をリチャードもセバスチャン神父黙って聞いていた。


「…君が彼女を地球の家族の元へ帰してくれるのだね?」

「そうしたいところなのですが…正直、僕には任務がありますので
彼女の父親に連絡して迎えに来てもらいます。」

「それがいいかもしれんな。
しかしこの村には地球に通信できる施設がない。
セントラルシティまで行かないとな…」

レイモンド神父が呟くとリチャードは応える。

「…ビスマルクマシンの通信設備なら大丈夫です。
メンバーに頼んでみます。」

「そうかね。」





そこへ聖堂の扉が開かれる音。
進児、ビル、マリアンの3人だった。

「リチャード、何やってるんだよ折角 出してやったのに?」

「あぁ、すまない。みんな。…ありがとう。」

「いや、それは別にいいんだけどさ…」

ビルはリチャードの返事に拍子抜けした。



そこへ新たに長靴を履いた彼女が扉を開けてやってきた。


「あら…」

ビルと見覚えのない人物が立っていることに気付く。


「あの…、どうかしましたの?」


その場にいた全員が振り返る。
リチャードが笑顔で彼女を迎えた。

「お帰り。」

「えぇ、リチャード。…こちらの方々はあなたの?」

「あぁ。ビスマルクチームの進児とマリアン。」

「何で俺は紹介してくれないわけ?」

「ビルは昨日に会っているだろうが!」

「だけどよ…」

リチャードとビルの会話をほほえましく見ていた一同。




「みんなに頼みがある。」

真剣な眼差しを3人に向ける。

「何だい?」

進児がリチャードの瞳を見て応える。

「ビスマルクマシンの通信設備を借りたい。」

「「「は?」」」

「彼女の実家に連絡を取るには…
地球に連絡するのに一番早い方法なんだ。
だから…」


傍らでファリアは驚いていた。
もちろん3人も。


「俺はいいぜ。」
「あたしも。」
「まあ、しかたねぇな。」

3人がそれぞれに了承する。

「ありがとう。」

「…リチャード…どういうことなの?説明してくださる?」

ファリアは真面目な顔で問いかける。

「あぁ、村の通信設備じゃ地球に…英国に連絡は取れない。
だがビスマルクマシンの設備なら容易にできる。だから。」

「!! そうだったの…。ありがとう、リチャード。
 ありがとう、ビスマルクチームの皆さん。」





早速、ビスマルクマシンのコクピットへと移動する。


マリアンが通信回線を開いてくれ、
リチャードが英国王室庁へとアクセスする。
今、英国は夕方の5時前。

モニターに秘書の姿。

すぐに切り替わり王室庁長官・パーシヴァルにつながる。
いきなりガニメデ星からの衛星通信に怪訝な顔で応答。

「…久しぶりだな。リチャード君。」

ファリアはレフトコンソールの傍らで驚きを隠せないでいた。
6年前より少々痩せているように見えた。
思わず出そうになる涙をこらえる。



(本当に…生きていたんだわ…お父様)




この間に3人はコクピットから退席する。




「ご無沙汰してます。パーシヴァル長官。
今日は重大なお話しがあって連絡させていただきました。」

「一体何事かね、ガニメデ星からの衛星通信とは?」

全く想像も出来ない言葉が返ってきた。

「…パーシヴァル公爵家令嬢ファリアを見つけました。」

青天の霹靂の言葉に信じられないと言った顔になる。

「まさか…本当に?」

「本当です…お父様…」

リチャードの手に引かれインテリジェンスシステムのシートの彼の上に腰を下ろす。
愛娘の顔を見てやっと気付く。

「…ファリア…なのか?」

「はい、お父様。」

思いがけなく美しく成長した娘ファリアを見てしばし呆然とする。




「お前…生きて、生きていてくれたのか…」

モニター越しにじっと娘の顔を見ながら滂沱する。

「はい。こうして、ガニメデで5年ほどは…修道女として暮らしてきました。」

「修道女?!」

「私、何も知らなかった…お父様もアリステアも、死んだものとばかり…
リチャードに教えられるまで、何も…」

「そうか…そうだったのか。…セーラは、お前の母親は?」

悲痛な面持ちで問いかける。

「お母様は… 私が救出された時点で息を引き取って…」

言葉に詰まり、涙が溢れる。
リチャードはその震える肩を抱きしめる。

「…セーラ夫人は、かつて彼女は暮らした村に埋葬されているそうですが…
もう村は消滅しています。」

「そうか…」

口を手で覆い、嗚咽をこらえる父の姿を見てファリアは辛くなる。





「パーシヴァル公。 彼女のことですが…
僕が本当は連れて帰りたいのですが、任務があってどうしても無理なのです。
彼女を迎えに誰か来て頂けないでしょうか?」


リチャードの言葉に答えることで冷静さを取り戻す。

「あぁ、すまないな。みっともない姿を見せた。
…娘は、そうだな…    
セントラルシティの大学に勤めているアランの所に連れて行ってやってくれんか?
確か…半月後くらいに学会で英国に帰って来るそうだからな。
その時に一緒に帰ってくればいい。」

「確か…宇宙物理工学の研究を…」

「そうだ。すまないが、よろしく頼む。アランにはこちらから連絡しておくから。」

「はい。了解しました。」

「ありがとう、リチャード君。それにファリア、お前に会えるのを私は楽しみにしておるよ。
それでは、な。」



通信が切れるとファリアは泣いていた。

父親が生きて元気にしていた…歓喜の涙だった。




***************


ビスマルクチームのメンバーと共にセントラルシティの連邦軍に向かう。


基地指令から48時間の休暇を与えられる4人。

その前に4人と彼女は健康診断。

マリアンは何時もひとりで検査なのだかこの日だけは違った。
ファリアが一緒だったからだ。

何時になくはしゃぐマリアンの血圧は少々高くなっていた。

18歳のファリアと16歳のマリアン。
仲良くなるのにそう時間はかからなかった。


検査を終え、昼食をとる5人。

「ねぇ、リチャード。」

「何だい、マリアン?」

「半日、彼女を貸して欲しいの。」

「は? なんでまた?」

「さっき二人で色々とお話してたんだけど…
お買い物に行こうと思って、ね?ファリア?」

マリアンにウィンクされファリアはにっこりと微笑む。

「そういうことなら…僕も行こう。」

「「「「は?」」」」

今までマリアンがお買い物と言ったら3人の男性陣はこぞって逃げた。
意外な反応にビスマルクチームの3人はマジで驚く。

「いいの?リチャード?」

ファリアは彼に問いかける。

「あぁ。構わんさ。荷物もちくらいはするさ。
それに君のIDカードがまだない。
ってことは支払いほどうするつもりだった?」

「…あ。そうね。マリアンに立て替えてもらうっていうのもなんだし…
でも、あなたにも迷惑なんじゃ…」

「…何言ってる。
パーシヴァル公に頼まれた時点で君の事は僕が面倒見る。
当然だ。」


呆気にとられる4人。

(リチャードったら…ファリアの事、本気なんだわ。ちょっと羨ましいな…)

マリアンは二人に当てられるのを覚悟で同行を許す。





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(2005/4/26)


To Love Sick