Too full with love -8-







娘ふたりと王子たちを見守っていた海神・ポセイドン―



その姿を小船の前に現した。

「お父様!?」


マリアンの声に気づき顔を上げた二人の前に…
昔から神殿にある彫刻さながらの海神の姿。



「お前達…人間の男達よ…
ここにいるのは私の娘…人魚だ。

それでも愛せるか?愛してやれるか?」

威厳のある声がふたりの耳に響く。

「僕は…ファリアを失いたくない!!
人魚でもなんでもいい!! 彼女を愛している!!」

リチャードの絶叫を聞いて、ポセイドンは瞳を伏せ
手にしていた三叉戟を振りかざす。


キラキラとした光の粒がファリアの身体を覆う。

ペリオスにキスしたせいで
人間の身体では耐えられないほどの毒が身体中に廻っていた。

毒が消えていき、頬は薔薇色に染まっていく。
まつげが震えたかと思うと目を開ける。

「…ファリアッ!!」

「リチャード…? 私…?」


目の前の彼の顔は涙でぐしゃぐしゃ。
しかし満面の笑みを向けている。

「お父様が…助けてくださったのよ…」

妹の声に振り向くと父と妹の姿。


「マリアン…でも、あなた…」

妹はほとんど人魚に戻っていた。


「姉さま…私、お父様の罰を受けるわ。
姉さまの命を救ってくださったんだもの…」

「いいえ… 私の方がいけなかったの。

お父様…私…人間の男性に恋してしまった、愛してしまったの。
確かに最初は…マリアンの方が先に…恋してた。

けど…ペリオスの庵に行こうって誘ったのは私なの。
人間になろうって言い出したのは私なの!!
罰するなら、私を!!」


リチャードの腕の中でファリアは叫ぶ。
彼の手に力が入る。

「…ファリア…」

「姉さま…」



ポセイドンは顎鬚を撫で、瞳を伏せる。


「人間の王子よ…確か、リチャードだったな…。
私の娘を愛してると言ったな?」

「…はい。」

「ファリア…お前も彼を…?」

「…はい。」



ふうと溜息をつきポセイドンは告げる。

「お前は…私が倒せなかったペリオスを倒した。
その勇気に免じて…人間にしてやろう…」

父の言葉に驚く。


「お父様…!?」

「いいな?」

「…はい。」


「よろしく頼むぞ…リチャード君。」

「…はい。一生、彼女を守ります。」

彼の真剣な瞳に安心するポセイドンは
マリアンと寄り添う進児を振り返る。


「さて…次はマリアンだな。」

「はい…どんな罰でも受けます。」

父の前で毅然と言う。



その姿を見て深い蒼の目を細める。


「……あの蒼い真珠の涙を出したのはお前だな。
純粋な想いを持つものからしかアレは生まれん。」

「…え?」



「ところで人間の少年よ…進児だったな。
私の娘は見たとおり、人魚だ。
それでも構わぬか?」

「あ…!?」


初めて浜で見た瞬間を思い出す。
可憐で美しい人魚姫のように思え、
その姿に心惹かれた。

そして今、目の前にいるのはまさにその通りの姿。

「はい。人魚でも構いません。
彼女が僕を望んでくれるなら…
愛してくれるなら…」

「進児様…」

目の前の彼の言葉に胸が熱くなるのを感じた。


ポセイドンは瞳を伏せる。


「そうか…一度に二人の娘を失うのは悲しいな…」

「え?」

マリアンが父を見ると切なそうな笑顔。


再び三叉戟を揮う。

光に包まれたマリアンは次の瞬間には人魚の下半身がなくなり
奇麗な人間の脚になっていた。

「お父様!!」

「蒼い真珠を生んだのはお前の心…
その美しい心に免じて、お前の望みをかなえてやろう…」


「お父様…ありがとう… そしてごめんなさい。」

「あぁ…もういい。私の可愛い娘達よ。」

ファリアもマリアンも父に抱きついていた。



「お前たちを愛する者達が待っている…行ってあげなさい。」

姉妹が振り向くと愛する王子たち。

「「あ…」」


「私の自慢の娘達だ。よろしく頼む。」

「「はい!」」




ファリアはリチャードの腕の中に、マリアンは進児に寄り添う。

「あの…お父様…」

「なんだね?」

「これから…結婚式なの…見守ってくださいますか?」

「…そうだな。
それでは早く仕度をしないとな。」

「えぇ…」



マリアンとファリアは慌てて、船室へと駆け出す。


脱ぎ捨てたウェディングドレスを着て、ベールをつけ、靴を履く。
マリアンには披露宴用に用意しておいたドレスを着せた。




甲板に立つ王子たちにポセイドンは真剣な瞳を向ける。


「これから…よろしく頼む。 リチャード君、進児君…」

「「はい!!」」





そこリチャードの両親の国王夫妻がやってきた。


「あら…リチャード…何か船上で騒ぎがあったと聞いたけど…
なんだったの?」

母である王妃メアリに問われる。

「…もう片付きましたよ。」

「そう?」

傍らに立つ国王が気づく。
船の縁に黒髪と立派なクマひげを持ち
戟を携えた人物の姿。

「おや…? そちらは?
なんだか神殿の海神の像、そっくりだが…?」

「ファリアとマリアンの父上ですよ。」

「「!?」」

顔を見合わせる国王夫妻。

「ポセイドン様…僕の両親です。」

息子の言葉に驚く。

「えッ!?まさか…本物…の?」

「そうですよ。彼女たちは…海の王国の姫君だったんですよ。」

「ははは…冗談だろう?」

国王の言葉に笑顔でポセイドンは全身を船上に現す。
下半身は奇麗なブルーのうろこで覆われ七色に光っていた。

「初めまして…私はポセイドン… あなた方人間が海神と呼ぶ海の守り神…
ファリアとマリアンは私の娘達…
どうかよろしく頼みます…」

威厳溢れる声と挨拶に国王夫妻は唖然としていた。



「父上…これで僕たちの国も進児の国も…海神の加護を受けれるのです。
感謝しなくては…」

王子リチャードの妃が元人魚だという事を納得するしかなかった…








   *


厳かな雰囲気の中、船上での結婚式は執り行われる―


父である海神ポセイドンの前でファリアはリチャードと夫婦となった…




「ファリア…美しいよ。幸せにな…」

父は愛しげに娘の髪を撫でる。

「ありがとう…お父様。 
…次はマリアンのお式に行ってあげて。」

「勿論だ。」


娘の手をリチャードに渡す。


「幸せにしてやってくれ…」

「はい。必ず…」




幸せに溢れた披露宴…

そのまま船上でのパーティで貴族や大臣達が花嫁となったファリアを見つめていた。


<王子が結婚相手を変えた>という噂が本当だと知る。

婚約者だった娘と比べる必要もないほどの美しい乙女。
しかも今日、発表された彼女の名とその身分に皆驚きを隠せない。

<海神ポセイドンの娘>

つまりは元人魚姫だということを人々は理解した。
そして乙女の妹もまた、レオン国の王子・進児の下へ嫁ぐという…



招待客はただただ驚くばかり…






ふたりは寄り添い人々の前に立つ。

拍手と歓声の上がる中、花嫁は花婿に囁く。

「リチャード…」

「うん?」

「これから… よろしくお願いします。」

「あぁ… 僕もよろしく頼むよ…」


二人のつないだ手はぬくもりを分かち合っていた…


「離さないよ… 絶対に…」








   *

翌日の昼に進児の船は出港する。
勿論マリアンも乗せて。


「一ヵ月後に…待ってるわね、姉さま!!」

「えぇ…また。」

姉妹はぎゅと抱き合う。

進児の手に引かれ船に乗り込む妹を見送る。



リチャードの腕に抱きしめられたまま、港を出て行く船を見つめていた…




―夜

王子の部屋で愛し合うふたり…


「あぁ… 美しいよ… 僕の…人魚姫…」


「あぁ…ん…リチャード…」



白いシーツの海に泳ぐ姿――




明け方、抱き合っているふたり。

「ねぇ…リチャード…」

「うん?」

「マリアンと進児君も…仲良くしてるかしら…?」


「多分な。」

彼の顔を覗き込み、囁く。

「リチャード…ありがとう。
私を愛してくれて…」

「え?」

「だって…私達…貴方達の愛を受けなければ…死んでいたかもしれないのですもの…」

「…そうか。」

あの瞬間を思い出していた。
彼女のこと切れた瞬間を…
もう二度と味わいたくない絶望。

「愛してる…だから…そばにいてくれ。」

「はい…」


彼の手はすべらかな肌を撫でていた―






   *

―一ヵ月後


進児のレオン国では盛大な結婚式が執り行われる。


金の髪に美しいブルーの瞳の可憐な花嫁は人々の溜息を誘う。


船上での結婚式は進児の母である女王の手で行われる。

リチャード夫婦とポセイドンが見守る中、若い夫婦が誕生した。




海神は少し淋しさも感じたが、二人の娘の笑顔を見て、
晴れやかな思いで見守っていた―――――








Fin

__________________________________________________

(2005/9/14)


To -9- epilogue

to Bismark Novel


To home