Thank you my girl -3-




彼女が震えていた―――

僕はその手を引き、抱き寄せた。
少し驚き頬をピンクに染める。


「…寒いんだろう? こうしてると少しはマシだろ…」


「…うん…」


ファリアはおずおずと僕の肩に頭を預けてきた。
僕は細い肩を抱く。

窓を雨が打ち付けてバシバシという激しい音をたてている。
ゴロゴロと低い音が響いたと思った直後、ドガシャンと派手な音を立てて雷が近くに落ちた。

「きゃぁあッ!!」

彼女は寒さとは違う… 恐怖で震え僕に抱きついてくる。




4年前の事件―

   ランスロット城を飛び出したファリアの目の前の木に落雷
   放電流の影響こそなかったが、彼女の心に大きなショックを残した―――


それ以来、人並み以上に雷に怯えるようになった彼女…


その心の内を思えば、僕は守ってあげなければと思う。
早く雷が去ればいいと思うけれど、少しだけ今はありがたく感じていた。
華奢な彼女が必死に僕にしがみついてくれてる。
いつも以上にしっかりと抱きついてくるので体温を感じていた僕…



「大丈夫だ…僕がここにいる…」

「うん…うん…」


うっすらと涙を浮かべている。
僕は抱きしめていた手で彼女の背を撫ぜる。
まだ少し湿った黒髪を僕は手で感じてた。


少しずつ雷の音が遠くなる。
やっと落ち着き安堵した。
僕がしっかりと抱きしめていた事に気づき、照れた顔を見せる。





「好きだよ… ファリア…」



そっと囁き、くちづけた。

最初は… いつもの優しい触れるだけのキスを重ねていた。

僕は舌先で彼女のくちびるをゆっくりと舐め、可憐なくちびるに入っていく。
優しく受け止めてくれていた。
深く長いくちづけにゆっくりと彼女の口内を味わう。
さっきのワインの香りがほのかにする。


最初の反応は鈍かったけれど、彼女の舌もゆっくりと押し返してくれはじめる。



「…ん… ふぅ…ん…」



彼女のくちびるの端から漏れ出る甘い吐息で僕の理性のブレーキは外れかけてた。

心が揺らぐ―
身体が燃える様に熱い―




   (まずい――!!)


思わず僕は身をくちびるを離した。


「ごめん…ファリア…」

「…え?」

突然の事で彼女は驚いている。

それはそうだろう…婚約している恋人が急にキスを止めたら不安になる…


でも僕の一大決心を奮い立たせるために、
身体を頭を冷やすために冷たい窓辺に立つ―


僕の背を見つめる彼女の視線を感じる。


   (ごめん…ファリア…僕… 
   これ以上君に触れていたら… 理性が効かない気がする…)


僕の手は震えてた…




ファリアの視線が背中に突き刺さっていて痛い。



   (小心者と思われて… 軽蔑されているかもしれないけど…
    君を僕の欲望で傷つけたくない… 汚したくないんだ… 解ってくれ…)




僕の心の内を知ってか知らずか彼女が背に抱きついてきた。
柔らかな胸が押し付けられている。
僕の下半身にずきんと来た。

「リチャード…お願い…そばにいて…」


「ファリア…すまない… 僕… 君にこれ以上触れていたら…
自分を抑える自信がないよ… ごめん…」

「私… リチャードなら…怖くない…」

「…え?」

意外な言葉が返ってきた。

「私… リチャードなら… 何されてもいい… だから、そばにいて…」

「…ダメだよ。 まだ君は16じゃないか…僕だって17。まだ半分子供だ。
無責任な事は出来ない。 ごめん…」


僕の声は何故か震えていた。
でも、本心だ。
僕の欲望で彼女を傷つけたくはない。

抱きついている彼女も震えていた。

だからこそ、抱く事は出来ないと…




「私… 怖いの… 学校で…」

「…え?」

"学校で"と言われ僕は驚いた。
思わず抱きついていた細い腕を外し、
彼女の両肩を掴み、顔を覗き込む。
涙が流れていた。


「…なんで学校で、王立音楽院で…怖いんだ?」


僕はかなり真剣な顔をしていた。


「あのね… あなたに心配させたくなくて…
言わなかったのだけど…

男の先輩の何人かがストーカーじみてて、
学科内とか学内の演奏会で…何人かの男の先輩の目が…
その…興味とかじゃなくて…  欲望の目っていうの…?
そんな感じで見つめられてて…
いつか襲われるんじゃないかって…
犯されるんじゃないかって…   不安で…」


僕は彼女の告白に脳天を強打されていた。
そんな目に遭っていたなんて気づかなかった。

「今は女の先輩がそばにいてくれるし… 一応大丈夫なんだけど。
でも…怖いの。何かの拍子にひとりになった時とか…」


目の前でガタガタと震えて泣きだした。
僕は強く抱きしめる。

「何故…何故…もっと早く言わなかった!?」

「だって…だって…大学のあなたに心配かけさせたくなくて…
負担になりたくなくて…」

「ファリア…ファリア…」

僕はそんな事になってたなんてこと感じ取れなかった自分をふがいなく、情けなく思った。



   (彼女の何処を見てたんだ… 僕は…   )


僕の背に彼女の手が回り胸に顔を埋める。


「だから…だから… リチャード…お願い…私をあなたのものにして…」

切なげな苦しそうな声で彼女は告げてきた。

「え…!?」


僕は耳を疑い、目を丸くしていた。


二人が一緒の高等部の頃、何度かチャンスはあったけど、至らなかった僕たち。
あの頃、父たちの言葉にクギを刺された事もあって、僕は決心していた。


"結婚するまで、ファリアを抱かない。結婚初夜に初めて抱こう"…って。




でも目の前の彼女は瞳を潤ませ僕に言った。

「ファリア…自分で何言ってるのか解ってるのか?」

「解ってる… 私、いつか先輩の誰かに犯されるかもしれない…
そんなの嫌!! 絶対に嫌。
私…初めては絶対にあなたに…リチャードにだって思ってる。
あなたに捧げるって決めてるの…  だから…」




彼女の切ない願い―――――


震える身体で潤んだ瞳で僕を見上げる。
男として彼女の…恋人の願いを叶えてあげたい。

そう思った瞬間、あの決心は弾け飛んでいた。
僕は震えていた身体を抱きしめて問いかける。


「ファリア…後悔しない? 結婚式まで僕は…待つつもりだったけど、
今…僕に抱かれて…後悔しない?」

「しないわ。 だって… だって… 幼い頃からあなたのお嫁さんになるのが一番の夢…
あなたに初めてを捧げるって…ずっと決めてたの…」


彼女の顔を覗き込むと、潤んだサファイアの瞳で僕は胸が熱くなった。
そして気づく。

「!! …だから…大学に行く前の僕に… あのスキー旅行のあの夜…そのつもりだったのか?」


彼女は顔を真っ赤にして うなずいた。

「ごめん…ファリア。
ずっと前から…決心してくれてたんだね… 
気づいてあげられなくて、すまなかった…」

「ううん…いいの。あなたが私をとても大切にしてくれてるって解ったから…
愛してくれてるって解ったから… でも私… 今は恋してる。」

「…え?」

「私ね、 リチャードの声もぬくもりも大好きなの…
ずっとそばにいて欲しいの… 
私のわがままだって…解ってる。
あなたが結婚してからって決心してくれている事… すごく嬉しい…
だけど、今は… 今、リチャードのものになりたい…
初めてを貰って欲しいの…」




震える声で告げられ、抱きつかれた僕は最終確認をする。


「本当にいいんだね? もう何を言っても止めないよ?」

こくりとうなずく顔は薔薇色に染まっていた。

「でも…痛かったら言ってくれ。その時は止めるから…」

「…うん。」



嬉しさと不安の入り混じった表情のファリアを僕は初めて姫抱っこして抱き上げる。

「あ…。」

「ファリア…軽いね。ちゃんと食べてる?」

「…一応。」

「そう? ならいいけど…」


彼女は僕の腕の中ではにかんだ笑顔を見せてくれる―








to -4-
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(2005/8/16)



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