Thank you my girl -2-
―翌日
僕はキング号に跨り、ローレン城に向かう。
まだ朝10時前。
城に到着すると彼女は乗馬服で待っていてくれた。
僕は彼女が手にしているバスケットに目がいく。
僕の視線に気づく。
「あ、これ? ランチよ。」
「え? あ、そうか…ごめん、忘れてた。」
僕は本気で忘れていた。
彼女に逢える嬉しさでいっぱいいっぱいだった。
「ありがとう、ファリア。」
「いいのよ、これくらい。」
僕はキング号の荷物入れにバスケットを入れる。
彼女を乗せ、自分も跨る。
「はッ!!」
駆け出すと彼女の肩先が僕の胸の中にすっぽりと入る。
安心しきった表情で僕に身を預けていた。
たまに僕が男だってコトを忘れてるんじゃないかって思ってしまう。
僕の鼓動は早鐘を打っていたし、自身が熱くなっていくのを感じていた。
(気づいてる…?? ファリア…?)
僕は冷静を装いながらも手綱をさばく。
何とか無事に丘のふもとに辿り着けた。
キング号は穏やかな顔で草を食み始める。
彼女は座りこみクローバーを摘み始めた。
僕はなんとか身を落ち着かせようと思い、そばの泉で顔を洗う。
その傍らにキング号もやってきて水を飲む。
満足したらしいキング号は僕に頬を摺り寄せてきた。
彼の瞳は穏やかでじっと僕を見つめている。
なんだか心の内を見透かされてる気がした。
もうキング号と出会って5年…
僕のことを解ってくれる友だと…
たてがみを撫で、彼の好きな氷砂糖を与える。
「ありがとう…いつも…」
やっと落ち着いた僕は木陰に腰を下ろし、クローバーを摘む彼女を見守る。
嬉しそうな笑顔で座り込み、摘んだのを花輪にしていた。
時折、風が僕たちを撫でていく…
「……いい風…」
ぽつりと彼女が呟いた言葉に僕は同じ思いだった。
風に巻かれた彼女の黒髪はなびいていて、風の妖精のように見える。
白い半そでシャツから伸びる細い腕。
少しずつ丸みを帯び、ふくらみを増していく胸元。
僕にとって彼女は時折、眩しく見える。
(小さな女の子だって思ってたのに… 少女になって、もう乙女になってる…
僕は追いつけているのかな…?
まだ少年のままの気がするよ… )
ぼぅと見ていた僕を見上げて声を掛けてきた。
「…リチャード??」
はっとその声で我に返る。
「どうした?」
「はい、コレ。」
今完成したクローバーの花輪を僕の頭に乗っけてきた。
大きすぎてつい笑ってしまう。
「随分大きいな…」
「だって…フェンシング大会でも馬術大会でも優勝したでしょ?
だから2回分♪」
「だからって…コレかい??」
不満があるわけではないけどつい口にした。
「…いらない?」
「…いらないわけじゃないけど… 前にした約束、忘れてないかい?」
「…え? あ…!!」
僕に言われてやっと思い出したらしい。
―優勝したらキス―
「…わ、解ったわ。」
僕の肩に手を乗せ、頬にキスしてくれた。
耳にちゅッという音が心地よく響く。
「…もう1回。」
僕がせがむとその言葉に納得してくれた彼女は頬に唇を寄せようとしたけど、止めてしまう。
「そうじゃなくて…」
僕は手を引いて胸に抱き寄せ、くちびるを奪った。
一瞬、触れただけのキス。
離れると頬を染めたファリアの顔。
「ごめん。突然で驚いた?」
「…少し。」
照れている彼女が愛しくて抱きしめた。
薄いシャツ越しに彼女のぬくもりを感じて嬉しくなる。
たおやかな身体、揺れる黒髪を抱きしめていると心が満たされていく。
僕がふっと空を見上げると、曇天が一気に広がり始めた。
天気予報では雨は降らないはず。
僕の頬に雨粒が当たった。
(こりゃ…まずいな… 本格的に降りそうだ…)
「ファリア…帰ろう。」
「え、えぇ。」
慌てて僕は彼女をキング号に乗せ、走り出すが雨足が強すぎてマトモに目を開けてられない。
彼女も不安を感じているのか僕にしがみついてくる。
(これは…無理か…)
仕方ないと思い、僕は丘から少し離れたところにある、
かつて大叔父…つまりは祖父の弟が暮らしていた邸に向かった。
大叔父は今、イタリアで暮らしていて無人の邸。
僕は一応、ランスロットの領地内で管理している邸に入れるカードキーを持っている。
コレをもっているのは僕と父と祖父だけ。
玄関を開け、彼女をとりあえずエントランスホールに入れ、
僕は濡れながらキング号を厩に連れて行く。
3頭分のスペースがあるので余裕だった。
「ありがとう。キング号。 ここで休んでてくれ。」
僕は慌てて、一人残したファリアのところへと走る。
全身びしょ濡れで震えていた。
「ごめん、ファリア。ひとりにして。 さ、行こう。」
「えぇ…」
玄関の鍵を掛け、彼女の手を引いて2階の寝室へ向かう。
僕も彼女も白いシャツが濡れ、肌に張りついていた。
彼女のブラの線がくっきりと浮かび、僕は視線をそらす事しか出来ない。
「寒…」
つい彼女が呟く。
「風邪ひくといけないから、暖炉の火を起こすよ。」
ぽたぽたと黒髪から雫が落ちていた。
大叔父たちが使っていた主寝室には大きな暖炉。
主がいないと言っても内装はそのままに家具には白いカバーがかけてある。
僕は暖炉脇に積まれている薪を放り込み、火を起こすためのライターを持って紙を燃し、
薪の中へ突っ込むとしばらくして炎が起こった。
一気に周辺が明るくなり暖まりだす。
「私…何か着れる物がないか探してくる。」
「そこのクローゼットは大叔父のだし…隣の大叔母の部屋を見てみなよ。」
「えぇ…」
彼女は夫婦の部屋をつなぐドアをくぐって行った。
僕は濡れたシャツを脱いでおく。
さすがに彼女が驚くだろうと感じてズボンは脱げずにいた。
彼女はこっちの部屋に戻ってきた。
どうも服はなかったらしく、大叔父のクローゼットを探すがやはりない。
仕方なく廊下に出た彼女はリネン室で見つけたタオルと
使用人の部屋で見つけた男物のシャツ1枚とズボンを持ってきた。
「コレしかなかったから…リチャードは下を着て。
私、上のシャツ借りるから…
はいコレ、タオル。」
「ありがとう、ファリア。」
僕は乾いたタオルを受け取ると髪と上半身を拭く。
再び彼女は隣の大叔母の部屋へと姿を消した。
戻ってきた彼女は濡れそぼった服を脱いでシャツだけを身に着けていた。
白のシャツだからうっすらとボディラインが浮かんでいる。
その姿にどきりとした。
まだ着替えてない僕に声を掛ける。
「リチャードも…着替えて。
ハンガーにかけて乾かさないと…
風邪ひくわよ。」
「あ、うん…」
僕も大叔母の部屋に行って、彼女が持って来てくれたズボンに履き替えた。
少し大きめでだぶついていたため、ベルトで締める。
僕は少し安堵した。
自分自身が少し熱くなってきていたのがごまかせるから。
彼女のシャツ一枚だけの姿を見てから、鼓動は高鳴っていた…
僕が脱いだ乗馬パンツとシャツを彼女が持ってきたハンガーにかけて、
主寝室の窓べりに濡れた服を掛けていく。
背伸びする度に彼女の白い太ももが見えてどきっとした。
思わず視線をそらす。
(マズいって…(汗))
ハンガーにすべてかけ終わった彼女のくちびるから可愛いくしゃみ。
暖炉の近くにいた僕が声を掛ける。
「…寒い? こっちおいで。…暖まってきたから。」
「うん…」
彼女は少し震えていた。
「大丈夫か?」
「うん…。」
激しく燃え上がる暖炉の前に彼女が来た。
「あったかい…」
ほっと安心した表情を見せてくれたから僕も安堵した。
湿った黒髪がシャツの背に張り付いている。
「ファリア…髪。 タオルで拭いて、ここで乾かしな…」
僕は乾いたタオルを彼女に渡し、暖炉の正面に座るよう勧める。
「ありがとう…リチャード。」
僕は暖炉の火で髪を乾かすのを見ながら、
暖炉の上に置かれていたワイン棚の1本を手に取る。
コルクは開けられたがグラスはない。
「リチャード…ソレ、飲むの?」
「少し位いいだろ? 身体もあったまるし。君も…」
僕は一口飲んで、彼女にボトルを渡す。
少しためらいを見せていたが口をつけて飲んでくれた。
ボトルを僕に返してくる。
「ありがと…」
「いいさ、これくらい… 寒くないか?」
「えぇ…何とか。」
僕たちは暖かい暖炉の前に腰を下ろした。
7月上旬といっても雨が降ると一気に気温が下がる―
to -3-
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(2005/8/16)
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