水仙の涙     −1−






その日はいつもと変わらない静かな日だった。
やわらかな陽の光がいつも人々を包んでいる。
朝はいつもの風景で村の人々は平和が打ち破られるなんてことは夢にも思わなかった―




ガニメデ星セントラルシティから南西約100キロにあるソーン村。
連邦軍のソーン基地が隣接しているため村民の80%は軍人。

もとはガニメデ星の中で5本の指に入るほどの大きな市(シティ)だった。
それが今から約5年前の2080年にデスキュラに襲撃され多くの人が犠牲になった。
シティも焼け野原に。

危険を感じた一般市民は逃げ出したのだ。

残ったのは基地に勤めている軍人の家族のみ。

一万人近い人口を誇ったシティはわずか800人にまで激減した。
市長という肩書きも村長に。



幼稚園から大学まであったのに今は小学校と中学校しかない。
高校はなく、一番近いシティまで50キロの距離があるので車で通学。
それもわずか5人。

その中のひとり…村長の娘・クリスタ=コーンウェルも自分で車を運転して通学していた。



**********

いつもどおりの時間に帰宅したクリスタは久々に妹・マリーンにお土産を買って来た。
姉の車の音に気付いたマリーンは玄関で待っていた。

「おかえりなさ〜い、クリスタお姉ちゃま!」

「ただいま、マリーン。いい子にしてた?」

「うん!!」

金の髪の妹の頭を撫でクリスタは手にしていたバッグから紙包みを出して、マリーンに渡す。

「はい。マリーンが読みたがっていたアリスのご本よ。」

「ありがとう!おねえちゃま!ねっ、後で読んでね!?」

両手で嬉々として受け取ったマリーンは姉にねだる。

「えぇ、ちょっと待ってね。お母様にご挨拶してくるから。」




クリスタの前に使用人のソリアがやってきた。いつも冷たい印象を持つメイド。

「お帰りなさいませ。クリスタお嬢様。」

「え、えぇ、ただいま。…お母様のご様子は?」

「今日は随分、お元気そうですよ。」

「そう、ありがとう。」

そういってクリスタは2階の母に部屋に向かう。

3年ほど前から病気がちになった母・エリーゼはベッドの上で娘の帰りを待っていた。

ドアをノックし、入る。

「ただいま戻りました、お母様。」

窓際の夕陽が差すベッドの上で母は微笑んでいた。

「お帰りなさい。クリスタ。」

はかなげな印象を感じつつ笑顔で母に近づく。

「お加減はいかが?」

「今日は随分、楽なのよ。
…そうそうマリーンがあなたの帰りを今か今かと待っていたわよ。」

「えぇ、さっき玄関で会いました。
私がこの間、学校で借りてきて読んだあげた”不思議の国のアリス”を随分気に入ったみたいだったから
あの子に本を買って来るって約束していたの。」

くすっとふたりは笑っていた。
まだ5歳のマリーンは好奇心一杯で17歳の姉にいろいろと聞いてくるのだ。
その部屋のドアがノックされる。
入ってきたのは当のマリーン。


「お姉ちゃま〜、ご本読んで〜。」

甘えた声で姉にすがりつく。
可愛らしい妹に母も姉も甘かった。

「はいはい。」

家族が和んでいるその時、外で爆音が響いた。
窓ガラスがびりびりと揺れる。

「何!?」

エリーゼとクリスタが顔を見合わせる。
嫌な振動が響いてくるようだった。
窓の外に大きな炎が揺らいでいるのが見える。


「奥様!大変です!」

使用人のソリアが飛び込んできた。
顔色を見てエリーゼは理解した。

「デスキュラね…」

その母の様子にクリスタは訝しく思う。

「お母様…?」

母は娘に向かって毅然と告げる。

「クリスタ。ソリアとマリーンを連れてソーン基地にお逃げなさい。」

その意外な言葉に驚く。

「!! お母様!?」

「私はこんな身体ですもの…逃げても無駄だわ。」

彼女がためらっている間にソリアは一目散に逃げ出した。

「おかあちゃま…?」

幼いマリーンは母に抱きつく。

「さ、早く行きなさい!」

「で…でも!」

そこに父・ジョージが駆け込んできた。

「3人ともここにいたか…」

ジョージは妻と娘二人を確認すると安堵した。

「お父様!」

「…ジョージ。」

クリスタが近づいてくる父に目で訴える。

「クリスタ。お前はマリーンを連れて基地に行きなさい。」

父の言葉に迷いはなかった。
母と同じことを告げた父に向けていた顔色が変わる。

「お父様…?」

静かに父は娘に告げる。

「私はエリーゼとここに残る。」

「な…何故?何故なんですの?」

目を見開き驚くクリスタは父のワイシャツを思わず掴む。

「お前達は私の娘だが本当の娘じゃない。解っているだろうクリスタ。
ここで私たちと共に死ぬ必要はない。」

父の言葉に息が詰まる。心が痛くなる。
彼女は自分がマリーンが養女であることをよく解っていた。

「お前達はソーン基地にいるアーウィン大佐に会いなさい。後のことは彼に頼んである。」

父がそういった途端、窓の外で爆発したミサイルの衝撃でガラスが割れ4人を襲った。
ジョージは咄嗟に二人の娘を庇う。
クリスタとマリーンは無傷だったが、父と窓際に寝ていた母は破片と衝撃で見るも無残な姿になっていた。

「きゃ…」

その惨状にクリスタは顔を背ける。

マリーンには見せられない。思わず抱きしめ視界を覆う。
おそらく自分ひとりだったら彼女も死を選んだだろう。
しかし幼い妹を巻き添えにしたくなかった。
泣きじゃくるマリーンを抱きかかえ玄関に向かう。
溢れる涙を拭くことも出来ずに。
再びミサイルが屋敷を襲った。

二人は崩れ来る木材と衝撃に襲われた。


「きゃあああああああーー!!」






**********


セントラルシティにいたビスマルクチームはデスキュラが村と基地を襲撃したと聞いて急行した。
デスキュラは我が物顔で村を襲って食料や物資を強奪していった。
真の目的は精鋭に任せて―



ビスマルクチームが現れたのを知ったデスキュラは蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

4人が村に降り立ったときには、一面焼け野原。

「ひどい…」

マリアンがその光景を見て嘆く。

建物はほとんど破壊されるか倒壊してるか火災の為に燃え尽きていた。
そこらじゅうから木材や何かがくすぶっていた。
人の気配は全くない。

「ここまでするなんてやつら人間じゃねぇ。」

ビルが悔しげに拳を振るわせる。

「とりあえず生存者がいないか探してみようぜ。」

進児がそう言ってバックパックを背負って飛び出してゆく。



「おおーい!誰かいないかー!」

進児が声を張り上げる。

「おおーい!」

3人が村を一周する。
どこからか子供の泣き声が気がした進児は二人に声を掛ける。

「子供の声がしなかったか…?」

「そういえば…」

リチャードも気付いて声のしたあたりを探ってみた。
彼のヘルメットのセンサーに何かが引っかかった。

「おい!わかったぞ!」

「何!?」

「こっちだ!」

リチャードの先導で見つけた先にあったのは半壊していた屋敷。

3人は周辺を気遣いながら入る。
その闇の中で5歳くらいの女の子がひとり泣いていた。
やわらかそうな金髪の幼い少女。
ビルが優しく声を掛ける。

「大丈夫かい?お嬢ちゃん。」

泣きっ放しだったのか赤く目元が腫れている。

「ぐすっ…おねえちゃまを… おねえちゃまを助けて!!」

「えっ!?」

女の子が指差した先には17,8歳の黒髪の乙女が倒れていた。
脚が大きな柱に挟まれて流血していた。意識はない。
顔色がひどく青ざめている。

「大変だ!?」

3人は力をあわせて柱をどかせた。

細く白い脚に鮮血が流れ、肉が裂け骨が見えていた。

「何てことだ!」

思わずリチャードは乙女を抱き上げる。
すぐさまマリアンに連絡して病院を手配する。
ビルが少女を抱き上げて連れてゆく。



病院で乙女はすぐに手術室に送られる。

女の子にはマリアンとリチャードがついていた。

まだぐずってるその子の頭をマリアンは優しく撫でた。

「ぐすっ…ひっく…」

「お嬢ちゃん、お名前は?」


優しい声でマリアンは問いかける。

「ぐすっ… マリーン。」

「あら、私の名前と似てるのね。私はマリアンっていうのよ。」

涙目でマリーンはマリアンを見上げる。
自分と似たような金髪のその少女はじっとマリアンを見詰める。
マリアンの笑顔に安心したのか、やっと泣き止んだ。

「いくつかな?」

「5つ。」

今度はリチャードが問いかける。

「あの黒髪の人はマリーンのお姉さんかい?」

こくりとうなずく。
マリアンが再び尋ねる。

「お姉さんのお名前は?」

「クリスタおねえちゃま。」

「素敵なお名前ね、マリーン。」

にっこりと微笑むマリアンだった。



手術が始まって1時間くらいたった頃、一人の軍人が足早に近づいてきた。
軍服の勲章からすると大佐の階級。

手術室の前にいた二人に気付いた大佐が声を掛けようとした時、目に飛び込んできたのは幼いマリーンの姿。

「マリーン!!」

大佐は思わず叫んでしまった。

「お知り合いですか?」

リチャードが声を掛ける。
その声に我を取り戻した大佐は冷静に答えた。

「あぁ、君達は確かビスマルクチームの…」

「えぇ、マリアン=ルヴェールです。」
「リチャード=ランスロットです。」

二人は即座に名乗った。
大佐は軍人の顔に戻って挨拶をする。

「私は基地指令官キール=アーウィン大佐。
生存者がいたと聞いてやってきたのだが、まさかマリーンだなんて…」

「この子をご存知なのですか?」

リチャードが尋ねた。

「あぁ。この娘は4年前のデスキュラ襲撃のときに両親を亡くしてね。
コーンウェル村長の家に引き取られたのだよ。」

その話を聞いて二人は悲しさと憤りを感じた。

「じゃあ、クリスタという姉は義理のお姉さんなのですか?」


金髪の妹に黒髪の姉とは珍しいとリチャードは感じていた。
その問いかけに大佐は驚きを隠せないでいた。

「この手術室にいるのはクリスタなのか…」

大佐は"OPERETION"のランプを見つめて言った。

「えぇ。」 二人はうなずく。

ソファに腰を下ろした大佐は重苦しい口調で話し出す。

「クリスタも養女でね。
5年前に記憶を失って宇宙を漂っていたところを商業船に助けられて、このガニメデ星の施設に送られた。
そしてコーンウェル村長が引き取って養女にしたのだよ。
…そうか、ふたりとも両親を2度も失ってしまったのか… 可哀想に…」


義理の姉妹の悲しい話を聞いてふたりはやるせない思いで一杯になった。



しばらくして、そこに捜索を終えた進児とビルがやってきた。

「どうだい?手術は?」

進児がマリアンに尋ねる。

「まだよ。もう2時間近くになるわ。」

「そうか…」

ビルが大佐の存在に気付く。

「あの…?」

ビルの声に気付いた大佐は4人を見て告げる。

「あぁ、君たちビスマルクチームも基地の施設で休んでくれたまえ。私はここにいるから。」

「司令官。」

リチャードが声を掛ける。

「単なる知り合いなのですか?」

その質問にドキッとしたアーウィン大佐は一瞬、息が止まったが答える。

「…二人を引き取ったコーンウェルは私の親友でね。もともとは彼も軍人だ。
市長になって平和な街を造るんだといって引退した。
…原因は本当の娘をデスキュラに殺されてしまった悲しみの反動なのだろうね。」

しんみりとした口調で語る大佐に4人は切なくなる。

何も知らずにマリーンはソファで眠っていた。
泣き疲れた顔をして。




それから20分ほどして手術は終了した。


「ボウル先生!」

手術室から出てきた医師に大佐が声を掛ける。

振り向いたボウル医師はアーウィン大佐に気付くと近づいてきた。

「久しぶりだね、大佐。」

「そんなことより、クリスタの容態は?」


その言葉にボウル医師は答える。

「あぁ、命に別状はない。酷い傷だがね。
ただあと30分救出が遅れていたら失血死していただろう。」

その言葉を聞いてアーウィン大佐は安心した。

「そうか、よかった。」

結局ビスマルクチームの4人もその場にいた。

彼らは司令官・アーウィン大佐に連れられて宿泊施設で休むことが出来た。




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(2005/4/17)
あとがき
実は昨年(2004/9/2)にUPした小説。

デザインチェンジと文章の改定をしました。

(あとがき・2004/9/2)
ふとしたときに発見した(?)1年前の小説です。
相変わらず彼女は悲惨な目にあっていますが
今回はわりと幸せ目です。


To  Bismark Novel