so sweet -2-



夕方6時前には店が開く。

彼女のステージは6:30スタート。

今日はピアノとサックス、トランペットにベースのバンドがつく。

ソレはいつものステージ。


ステージが始まるとすぐにバンドメンバーは彼女の異変に気づく。

歌姫の声にハリと艶があることに。

今までと違うその声に耳を疑う4人。
それは常連客にも解るほど…

色っぽく甘い歌声…




リチャードは2階の廊下の手すりからステージを見ている。
客の何人かは彼の存在に気づく。
しかし誰も口に出さない。
彼のことは昨夜、店に来ていた常連仲間から聞いていた。

その男が上から見ているということは彼女にとって特別な存在だと理解している男達…




約1時間半のステージの最後…

歌姫はマイクをまだ持っていた。
いつもは曲が終わるとすぐに降りていく…


「今夜、聞いてくださった皆さん、ありがとう…」

一斉に拍手が起こった。
彼女が片手を挙げるとぴたりと止まる。



「みなさんに…ご報告があります。」

客の何人かはびくりとしていた。
みな、彼女に憧れを抱く常連客たち。

「今日の私の歌を聴いてくださった方の何人かは昨日までの私との違いに気づかれたと思います。」

歌姫は深呼吸する。

「私…歌姫を引退します。」

「!?」

バンドメンバーも客達ももちろん驚く。


「理由は…結婚するからです。
私はなりゆきでこの星に来てしまった。
もう…故郷には帰れないって思ってた。
愛する彼の元に帰れないって思っていました…諦めていた。

でも…彼が… 私を探してくれていた。
まだ私を愛してくれていた。 だから…」

目頭を押さえる歌姫。


「今まで私を支えてくださったみなさんには感謝してます。
本当にありがとう。 
"死にたい"とまで思ってた私が生きてこれたのは、
メリルおばさん、ピーターおじさん…リンダさん、ジェレミーさん
バンドのメンバーの皆さん。
そしてこうして聴きに来てくれるお客様のおかげです。

私…今、幸せです。


土曜まではステージを務めさせていただきます。
こんな私ですけど… 精一杯頑張りますのでよろしくお願いします。」

ドレスのスカートを持ち、可憐に挨拶する。

わぁあと拍手と喝采が起こった……


リチャードは上からその様子を見つめていた。


ステージの彼女の元へ常連の10人ほどが駆け寄る。

「そうか…そうだったのか…」
「少し悔しいが…幸せになれよ。」
「あと4回しか聴けないのか…淋しいよ。」

みんな口々に歌姫に言う。

「ところで…あの男なんだろ? フェアリー…」

昨夜は来ていなかったが常連仲間から話を聞いていたホセは
2階の手すりで見守っている彼を指差す。

「えぇ…そうよ。彼が私の未来の夫…」

「そうか…」

歌姫の笑顔を見て、男達は喜びと切なさを感じた。
みんなのアイドルは…いなくなってしまう…


それから日を追う毎に客が増えていく。
席につけなくてもいいからと客はステージを見守っていた。

話を聞きつけた者の中には歌姫に結婚祝いと称してプレゼントを渡す。

日毎、乙女は生来の明るさを取り戻していく―
リチャードはそう感じていた。


毎夜、彼女の部屋で睦み合っている。
それが彼女の美しさを、明るさを引き出しているということを理解していた。






最終日の土曜の夜ー

歌姫は今まで黒のドレスしか着なかった。
それは"夜の妖精・フェアリー"というイメージがあったから。
しかしこの日のステージで最初で最後に真っ白のドレスを着て立つ。


それはまるで可憐な花嫁衣裳の様に客の眼に映る。

白い肩にかかる黒髪。
陶磁器のように白いデコルテ。

ベアトップの白のシンプルなフレアスカートのドレス。
何も飾りはないけれどかえっては彼女は美しかった。



この夜、リチャードは2階の廊下の手すりからではなく、ステージ前のテーブルで見守る。


店の中には満杯の客。

ただ演奏を歌をうっとりと聴く…男も女も…


最後の曲の最後の音が止まると人々は盛大な拍手を送る。。
座っていた客も立っていた。

メリルが花束を持ってステージに近づく。


「お疲れ様…フェアリー…今日までありがとう。」

出合った時と同じように優しい笑顔で彼女を見つめる。

「メリルおばさん…」

花束を受け取る乙女の双眸から涙が溢れた。
メリルも同じく涙している。
ふたりはぎうと抱き合っていた。

「幸せになるんだよ…」

「うん…うん…メリルおばさん… 
今まで本当にありがとう… 
あの日からずっと…」

メリルは腕を緩めると涙を拭い、リチャードを手招く。
この4日ほどで彼がどれほど彼女を深く愛してここまで来たのかよく解っていた。

「この娘を幸せにしてやっておくれ…」

「…えぇ…勿論です。」

リチャードは笑顔で応える。
見守っていた客達の中からコールが湧く。

「Kiss! Kiss!!」


当人達はこんな状況になるなんて思いもしなかっただけに頬を赤く染めていた。

「…キスくらいしちまいな。」

メリルにまで言われ、リチャードは彼女の前に立ち、軽くキスする。

大歓声が起こる。

くちびるが離されると彼女は照れまくっていた。


リチャードがメリルに囁く。

「うん? あぁ… 解ったよ。
みんな!! 今夜はこの人のおごりだよ!!」

大喝采が店を揺らす。


皆笑顔で酒を酌み交わし始める。

歌姫に恋していた男達もすっぱり諦めた。

誰も彼女を救えなかったのに
青年がすっかり彼女をただの"恋する乙女"に変えてしまったことを認めたのだ。


その日は深夜まで店の中は大騒ぎとなる…




   *

―日曜の朝

昨夜のバーの盛り上がりのせいか男のほとんどの姿が教会の礼拝の時間になかった。
みな二日酔いで潰れていたから…


午後の教会は急に慌しくなる。


バーの2階の彼女の元に大きな箱がふたつ、届けられた。

「また…?? どなたから?」


送り状を見ると"リチャード=ランスロット"

「え? 何で? リチャード、どういうこと?」

そばのベッドに腰掛けている彼に問いかける。

「開けてみてよ。」

「え、えぇ…」

訝しく思いながら開けてみると驚くものが入っていた。


「コレって…え? え??
まさか…ウェディングドレス??」

「あたり♪」

真っ白で清楚な感じのウェディングドレスとベールが入っていた。


「なんで?」

「なんでって…勿論、結婚式をするために。」

「国に帰ってからするんじゃないの?」

「それはソレ。 僕が…ふたりだけで式をしたいと思ってる。…イヤか?」

真剣な眼差しで問われる。

「…そんなこと… ないわ。
うれしい…」

頬を染めて、手にしているドレスを抱きしめる。

「じゃ、行こうか?」

「え?」

「式は3時からだからな。あと1時間ちょっとしかない。」

リチャードはドレスを箱に戻し、大きな2つの箱を抱えて部屋を出る。



「私…1個持つわ。」

「いいよ。コレは夫の仕事♪」

「え…あ…」

ファリアは彼を半分追いかけるようにして教会に着く。

教会の聖堂にはすでに神父とメリル夫妻の姿。


「えッ!?」

「さ、花嫁さんはこっち。」

メリルに手を引かれ控室へ。
ふたつの箱も勿論運ばれる。

「じゃ…あとでな。」


彼は笑顔で行ってしまう。

「さ、メイクと着替えを手伝うよ。」

まだ少し驚いている乙女を着替えさせ、髪を梳いて
薄くメイクし、最後にヴェールを乗せる。

「あ…」

「さ、奇麗な花嫁さんの完成♪」

「どうして…??」

まだ驚いている乙女に笑顔のメリルが言う。

「あんたの夫に相談されてね…式のこと。
私達も協力させてくれって頼んだの。」

「ここでの結婚式を?」

「そう。
ドレスはセミオーダーだけど、あの人が選んだものだよ。」

「ホントに?リチャードが?」

「サイズもわかってたしね… こっちの方が驚いちゃったよ。」

「そ、そうなの…?」

豪快に笑うメリルに頬を染める乙女…


「さ、ブーケ持って。
そろそろ行こう。」

「は…はい。」



堂内には神父とオルガン弾き、それとメリルとピーター夫妻。


乙女がバージンロードの入り口に立つと、
白いタキシードを着たリチャードが神父の前に立っている。

彼女の姿を認めると、みな見とれるような瞳を向けた。


オルガンの演奏が始まると乙女はゆっくりと1歩1歩を踏みしめて祭壇へと向かう。



   (ファリア… やっぱり美しいな…)


乙女は涙をこらえるので必死だった。
メリルはハンカチで目頭を押さえている。
娘のように思っていた彼女の花嫁姿が見れるとは思ってなかっただけに感動もひとしおだったのだ。


ゆっくりと歩く彼女の黒髪とヴェールが揺れ、幻想的に映る。

祭壇に着くと彼は手を差し出す。

おずおずと手を乗せると神父の前へと。


神父の言葉を繰り返し、愛の誓いを立てるふたり―――


指輪もちゃんと用意されていた。
リチャードが彼女の薬指にはめ、ファリアが彼の薬指にはめる。


彼がヴェールを上げると… 
ダイアモンドのように輝く涙とさらに煌めくサファイアの瞳―


彼の心を打つほどに美しさと喜びに溢れた笑顔―

そっと優しく誓いのキスを交わす―


   (もう一生離さないよ……)




to -3-
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(2005/9/22)



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