rose tear -3-
ぼろぼろのマントの中にいた乙女は3人の少年の目に精霊がいるような錯覚を覚えさせた。 はっとするような白い肌にまとわりつく長い黒髪。 湖のように深い そして何処か悲しみを湛えた瞳に。 我に返った3人は老人と乙女に質問する。 「そこの村の方ですか?」 「いいや。近くに住む者だ。しかし私の屋敷もデスキュラに襲撃された。」 毅然と老人は答える。 「そうでしたか…」 乙女は初めて口を開いた。 「あの…デスキュラが私達の家の裏の森に基地を造っているみたいなんです。」 「本当ですか?」 赤いプロテクトギアの少年が叫ぶ。 「えぇ。」 「何処なんですか?あなた方の屋敷というのは。」 黒いプロテクトギアの青年が問いかける。 「ご案内しましょう。」 5人はビスマルクマシンに乗り込んだ。 マシンのコクピットに行くとそこには少女がいた。 金髪の美しい少女。 「よかった…助かった人がいたのね。」 「ありがとうございます。助けていただいて。 …そういえば自己紹介がまだでしたな。 私はジャービス=キング。昔は軍医をしておりました。 そしてこちらは私の養女のローズです。」 紹介されたローズは微笑んで挨拶した。 「本当に助けていただきありがとうございます。」 質素ななりと埃まみれにもかかわらず その美しい微笑みに4人は魅了されていた。 4人は自己紹介を始める。 「俺は輝(ひかり)進児。あっちにいるのがビル。そこの子がマリアン。 それとリチャード。」 「俺、ビルってんだ。よろしく!」 ウィンクするビル。 「よろしくね♪」とマリアン。 「リチャード=ランスロットです。よろしく。」 その名を聞いてローズは息が止まるかと思った。 しかしそれをなんとか隠した。 彼女の鼓動が激しくなっていることに誰も気付いていないはずだった。 ローズの些細な異変に気付いたキングは思わず尋ねた。 「どうした、ローズ。顔色が悪いぞ。」 「え…いえ。大丈夫よ、お爺様。」 彼女の異変の意味に気付いたキング老人は 6年前のローズには答えられなかった質問をぶつける。 「『お嬢さん、あなたの名前は?』」 その質問に驚愕するローズの様子を見た4人は不思議なことを言うものだと感じた。 ローズにはその言葉の意味が理解できる。 息が詰まる― 黙るローズにもう一度同じ質問を繰り返す。 「『お嬢さん、あなたの名前は?』」 答えられないローズにキング老人は確信する。 「ローズ。…記憶が戻ったのではないのかね?」 はっとローズがキングの瞳を見ると、 その奥に悲しみが見えた気がした。 「いいえ。記憶が戻ったって何のことです?」 キング老人の想いに気付いていたローズは嘘を言った。 しかしそれは狡猾な老人には通用しない。 「ローズ。私には解っている。 君の身元も君の家族のことも。 …私は自分のエゴのために君に真実を告げないでいた。」 突然のキング老人の言葉にローズは目を見開き驚く。 ビスマルクチームの4人はそのやり取りを見守るしか出来ない。 「私の人生の最後に君がいてくれて楽しかったよ。 生きていて良かった思えるようになれた。 …もう君は本当の家族の下に帰りなさい。」 「何を言っているの? 私には家族はいないわ! みんな事故で死んだのよ!」 自分で言って、はっと気付く。 記憶が戻っていることがキング老人に完全に解ってしまった事に。 瞳を伏した老人は確認するように乙女に告げる。 「…君の名は、ファリア=C=パーシヴァル。 地球の英国出身。 今は18歳になった貴族の令嬢じゃな。」 その言葉を聞いて一番驚いたのは彼女本人ではなくリチャードだった。 「何だって?! …君がファリア…なのか?」 普段、冷静沈着な彼が顔色を変えるほどに。 その場にいた全員が驚く。 ローズと呼ばれる乙女に近づき、じっと顔を見つめる。 「確かに… 幼い頃の面影がある。」 顔を背けるローズ。 彼女にとって記憶を取り戻したとき、一番逢いたかった人。 そして一番再会したくなかった人。 「…ファリア?」 6年ぶりにその名を呼ばれて、心臓が止まりそうになる。 「解らないか?僕だよ。リチャードだ。」 「……解っていたわ。あなたの顔を見た瞬間。 名前を聞いたときの確信。」 乙女の声は震えていた。 自分で自分を抱きしめる。 「どうして… 名乗ってくれなかった?」 優しくリチャードは問いかける。 「……。 私は… 家族を全て失って… あれから6年…。 あなたには新しい婚約者がいるに決まっているわ。 あなたはランスロット家の嫡男だもの。」 二人の会話に目をぱちくりさせる4人。 「僕は… ずっと君を探していた。」 「…え?」 「君だけを愛している!」 思わずリチャードは愛する乙女を抱きしめる。 いきなりのリチャードの行動に彼女本人も進児たちも驚く。 こんなに情熱的な彼を見たのは初めてだったから。 衝撃の再会から6人は落ち着きを取り戻した。 そこでリチャードは初めて自分に許婚がいたことを仲間の3人に打ち明けた。 6年前に彼女と彼女の家族が乗った宇宙客船アテナU号がデスキュラに襲撃されたこと。 彼女の父親と弟は救助されたこと。 母親は運悪く亡くなったこと。 そして彼女が今日まで行方不明だったこと。 それと今でも彼女を好きでいたことを。 彼女は彼女で記憶が戻りはじめた頃から、自分の想いをもてあましていたこと。 6年分の涙を抱えて乙女は彼の腕の中に優しく包まれていた。 今までの哀しみと孤独を払拭するかのように。 そんな2人を見てキング老人は安堵していた。 『もうこれで思い残すことはない…』 ふと瞳を閉じてこの6年を振り返ったキングは乙女に告げる。 「これで本当の家族のところに帰れるのだ… リチャード君。ローズを…いや、ファリア嬢を頼みますよ。」 頭を下げるキング老人に二人は驚く。 「お爺様。いいえ、サー・キング。 私と一緒に英国に帰ってください。 私の命の恩人ですもの。…お父様に会って欲しいの。」 「いいや、私は帰れない。 女王陛下に背いた私が英国に帰ることは許されないのだよ。」 「…女王陛下に背いたって?どういうことです?」 リチャードが問いかける。 「私は15年前、地球連邦軍で軍医をしていた。 しかし目先の金にくらんで鎮痛剤として麻薬を捌いていた。」 「!!」 一同はその告白に驚きを隠せないでいた。 「英国軍人として地球連邦軍の軍医としてやってはいけないことをした。 しかし私はあの頃、息子一家を失った悲しみでおかしくなっていたんだ…」 家族を失った悲しみを一番知るビルは老人の言葉に胸が痛んだ。 「俺は…解るぜ。その気持ち。」 「…え?」 「俺の両親もデスキュラに…」 「そうか…」 「だけどよ、爺さん。この人を助けて6年間、育てたんだろう?」 「あ、あぁ。」 「もう十分なんじゃないか?罪を償ったんじゃないのか? 俺も人の事、言えないけどさ…」 「…ありがとう。その言葉で十分だよ。 すまないがマシンを下ろしてくれないか?」 「え?!」 5人は戸惑う。 「どうして…?」 「私は医師としてこのヴァリス星にいる。 負傷している人のために働くことが私の唯一の償いなのだよ。」 「お爺様…。」 そっとキングを抱きしめる。 「ローズ。いや、ファリア。君を必要としている人がいる。家族がいる。 だからお前は地球に…彼の元へ帰りなさい。」 「…。」 「リチャード君。」 「は、はい。」 「ランスロット家…というと確か王室付きの情報部か英国軍の将軍の家柄だったな?」 「そうです。父は情報部部長職です。」 「…君ならこの娘を護ってくれそうだな。よろしく頼む。」 乙女の手を自分から外し、リチャードへと渡す。 「すまんが、降ろしてくれるか?」 「あ、あぁ。」 進児はメインコンソールにつき、マシンの高度を下げる。 村は破壊され、デスキュラ基地も軍によってすでに壊滅させられていた。 軍が村の救助活動をしていた。 「それでは、諸君。さらばだ。」 マシンを降りていくキングにファリアは駆け寄る。 「私も降ります!」 「なんじゃと?」 「私は確かにファリア=パーシヴァルです。 けれどお爺様にいただいたこの知識で助手くらい出来ます。 だから…」 「ローズ…」 その真剣なまなざしにキング老人は胸を突かれた。 乙女は彼を振り返る。 「リチャード、ごめんなさい。私、お爺様のお手伝いをしたいの。 だからまだ帰れないわ。」 やっと再会できたというのにリチャードは手放したくなかった。 けれど彼女の瞳は真剣そのもの。 その想いを考えれば仕方のないことだと感じていた。 「…解った。君がそう望むならヴァリス星に残るといい。」 「おい!いいのか?リチャード?」 ビルが心配そうに彼を覗き込む。 「この星にいるデスキュラはほぼ全滅だ。 今この星に必要なのは医者だ。 人を助けたいという想いだ。だから…」 切なさを隠してリチャードは言う。 彼の想いを感じた乙女も胸を締め付けられる想いだった。 けれど彼に微笑む。 「ありがとう、リチャード。」 「…でも、君をいつか迎えに来るよ。」 「はい。」 キング老人と行こうとする彼女に向かって走り出す。 彼女の手を取り、そっとくちびるを重ねる。 耳元でそっと囁く。 「必ず迎えに来るよ。」 「…えぇ。」 やっと見つけた彼女は美しいだけではない、 清清しい強さを持った乙女に成長していた。 再会できて嬉しいのは当然だが、 やはり彼女を置いて行くのが辛いのを彼はこらえていた。 そんなリチャードを見守る進児、ビル、マリアンがいた。 Fin ____________________________________________ (2005/1/9) (2005/7/3加筆改稿) あとがき ははは〜。久々にちょっと切ない系? 実はこのお話、2002年のDVDBOX2発売記念に書いたもの。 オチが書かれてなかったので今回、思うままに書いてみました。 昔の原稿に加筆は当然ですが… BACK Bismark Novel Top |