rose tear -1-
その日、少女とその家族は初めての宇宙旅行に旅立っていった。
それが運命の日だと知らずに…
宇宙旅客船アテナU号はデスキュラ星人の奇襲を受けた。
コクピットの機長と副機長は勿論、客席の乗客たちもパニックに陥って混乱していた。
少女の父親はまだ幼い息子を抱きかかえ緊急脱出用のカプセルに乗り込んむ。
妻と娘はそれぞれ別のカプセルに。
それが運命の別れ道だったのだ―
デスキュラ星人は物資を奪うだけ奪って、引き上げる。
あとには宇宙船の残骸と脱出カプセルが漂っているだけ。
乗客乗員の200名のうち、助かったのは80名。
遺体で発見されたのが72名。そして行方不明とされたのは48名。
その行方不明者のリストに少女の名が…
少女の乗ったカプセルは襲撃されたポイントからはじき出され、
漂流したあと、ある星の引力に引かれ落下していった。
―ヴァリス星
星は地球人が開拓を始めたばかりのまだ未開の星で住人は少ない。
その住人のひとり…老人キングは屋敷の窓から流星が落ちてくるのを見ていた。
何か予感めいたものを感じて老人は流星が落ちたあたりの様子を見に向かう。
流星は屋敷の裏の森に落下していた。
周辺が焼け焦げていたのですぐに解る。
警戒しながら老人がカプセルの小さな窓から中を覗き込むと
そこには12歳くらいの少女が横たわっていた。
老人はすぐに少女を中から救助し、屋敷に連れ帰る。
老人は元々軍医だったので怪我の治療を施す。
怪我は少しのやけどと打ち身くらいでたいした外傷はない。
意識を取り戻したのは翌日。
少女の視界に飛び込んできたのは見たことのない天井の光景。
ふと自分の横を見ると老人が居眠りしていた。
真っ白い髪としわが深く掘り込まれた顔。それと長い顎鬚。
観察をしていた少女は自分の身体の異変に気付く。
身体中のあちこちが痛い。軋む様に。
身を起こすと手足に包帯が巻かれている。
自分のその様子に気付いた少女はそっとベッドから立ち上がろうとしたが身体に力が入らない。
気付いた老人が少女の身体を抱きとめる。
「大丈夫かね?」
その穏やかな柔らかい声に少女は老人の顔を見る。
70歳くらいの優しそうな老人。
それなのに逞しさを感じる。
「…はい。」
「そうか、それならいい。…お嬢ちゃん、あなたの名前は?」
「!」
少女はそう問われた瞬間、自分の頭の中に何もないことに気付いた。
自分の名前も、過去も、何もかもを。
「わ…わたし…私、自分の名前…思い出せない…」
その言葉に老人は驚いたが、問い詰めようとはしなかった。
心情を察し、落ち込む少女に声をかける。
「そうか…事件か事故か解らないが…辛い目にあったようじゃな…可哀想に…」
溢れる涙が止まらない少女を老人は優しく抱きしめる。
少女はその老人の温かさにすがりつくしかなかった。
少女の様子が落ち着いたところで老人は話しかける。
「私はこの屋敷に住むジャービス・H・キング。
元は地球連邦軍の軍医だ。…わかるかね?」
「…はい。」
少女の様子に安心したキング老人は温かいスープを持ってきた。
スープを口にするとなんだか懐かしいような味だった。
「君の名前が思い出せないとなると、君に名前を付けてあげよう。」
「え?」
そう首を傾げる少女の愛らしさにキングは愛おしさがこみ上げる。
とうに失ったはずの感情が湧き出してくるのを感じていた。
少女を助けたときから老人の心に変化は訪れている。
しばらく考えた後、少女に告げる。
「そうじゃな… "ローズ"とうのはどうじゃ?
"薔薇"という意味じゃよ。」
その名はかつて自分の孫娘にも与えた名だった。
キング老人は15年前に息子一家をデスキュラに奪われていた。
息子には10歳になる娘がいた。
その孫娘がローズだった。
キング老人の屋敷はヴァリス星の開拓地から少し離れたところに位置しており、
屋敷の裏手には森が広がっていた。
鬱蒼とした暗い森だが緑と水に溢れた豊かな土地。
キング老人は少女の記憶が戻るまで彼女を育てる気になる。
失った孫娘の代わりに。
元軍人のキングの教えは厳しかったが、
少女は土が水を吸収するように老人の全ての教えを身に付けていった。
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(2005/1/9)
(2005/7/3加筆改稿)
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