Precious -5-
午後にふたりは連れ立って買い物に出かける。
夕食の食材は勿論、彼女の身の回りのものを揃えていく。
そんな中、ファリアは八百屋の前で立ち止まる。
「ちょっと待って…リチャード。」
「ん?」
「私、買いたいものがあるの。」
「さっき、八百屋に行ったけど?」
「…ふっと思い出したの。
ドリナの実。」
「ドリナ?
って、あのクルミの大きさ位の小さなレタス?」
「えぇ。」
八百屋の主人に彼女は問いかける。
「あの…ドリナの実ってあります?」
「は? ドリナの実??」
「えぇ。」
「実ならウチじゃなくて、あっち。
香辛料の店さ。」
「そうなの…ありがとう。」
「あの…ドリナの実とそれから… 」
数種類のスパイスを購入する乙女の姿があった。
帰り道、彼は問いかける。
「なんでそんなに?」
「家で説明するわね。」
「?」
疑問符が頭の上にかんでいたリチャード。。
買い物を一通り済ませたふたりは家へ戻る。
彼女はキッチンで料理の傍ら、ドリナの実に切込みを入れ
そこにスパイス数種をはめ込む。
スープも仕込んでいく。
小鍋には紅いスープが出来上がりつつあった。
そこにドリナの実を入れ、煮詰めていく。
「何してるんだ?」
「…あのね… 驚かないでくれる?」
「だから、何?」
「私は今…避妊薬作ってるの。」
「はぁ?! 何で??」
乙女は頬を染めて応える。
「だって… あなたずっと私を抱きしめてくれていたわ。
そのことは…嬉しいのだけれど。
でもこのままじゃ、すぐに赤ちゃん出来ちゃうわ。」
「あ!!」
ファリアの言葉に彼も合点がいく。
「でしょ?
だから…
今私が作っているのを食べれば… 1ヶ月は出来ないから。
月神殿に行けば"コムの実"が出来る木あるけど…
もう…行くことは出来ないから…だから同じ作用が出来るのを作っているのよ。」
彼は少し嬉しいけど、切なそうな顔。
「…な。
僕との間に子供は欲しくないってこと?」
「欲しいわ。
けど、私まだ17歳になったばかりだもの。
そんなすぐにママになりたくはないわ。」
「…!! 17歳だったの?」
「そうよ。
いくつだと思ってたの?」
「僕と同じくらいで18歳にはなってるかと。」
「そんな風に見えてたのね。」
「だって君は…美しくてさ、落ち着いて見えたから…
それにしても17歳じゃ、まだしばらくは母親になりたくないって思うのは当然か…
というか、僕も当分は恋人としてふたりだけでいたいな…」
「でしょう?」
「ってことは… 君を思い切り愛していいんだね?」
「えぇ。」
「嬉しいよ、ファリア…」
彼は背中から頬を染める乙女を抱きしめる。
単純に恋しただけではない。
未来を考えてる彼女に嬉しくなった。
「私、あなたがプロポーズしてくれたこと、とても嬉しい…
近い将来、ちゃんと夫婦になりたいわ。」
「あぁ。僕もさ。」
抱き合うふたりのそばで小鍋が煮立つ音。
汁気がほとんど飛んでいた。
「あぁ。もう出来たわね。」
「へぇ…これが。」
小鍋の中にくるみ大位の紅くなった実。
「じゃ、食べるわね。」
かりかりと1粒を食べきってしまう。
「やっぱり、噂どおりあまり美味しくないわ。」
「な、ところであと5粒あるが?」
鍋には確かにあと5つ残っている。
「…保存が利くのよ。
一応、置いておくわ。」
「は〜、なるほど。
ところでなんで巫女の君がそれを知ってるんだ?」
ふと疑問に感じたことを口にする。
「…その…ゴダの神殿の巫女は不特定多数の男性と交わるから必要だった。
"コムの木"って月神殿にもゴダ神殿にもあったの。
太古の月神殿でも同様の祭事があったけど無くなったのよ。
だから一応、知識としてね。」
「…そうだったんだ。」
「まさかそのレシピを自分が使うことになるとは思いもしなかったわ。」
「ファリア…」
ふたりはその夜も熱く甘い時間を過ごす―
外は祭りで大盛り上がりの中、
ふたりはお互いしか見えないベッドの中にいた―
***
大祭も終わり、落ち着きを取り戻したピールの街―
その日の午後、リチャードはファリアを連れて領主・ルヴェールの屋敷へ。
リチャードがいつものようにチームメンバーが集まる部屋に
ドアを開けて入ると進児とマリアン、それにルヴェールがすでにいた。
「や、みんな。それに領主様。
一週間ぶりですね。」
「あぁ。
なぁ、リチャード。
その娘、誰??」
進児の言葉で彼は真顔になり、
領主の席に近づく。
「…領主様。
それにマリアン、進児。
…みんなに報告があって…連れてきた。」
「何だよ、リチャードの恋人?」
「あぁ。」
進児の突っ込みに頬を少し染めて彼は応える。
「「「…!?」」」
3人は思いがけない応えに目を見開いて驚きの表情。
「ビルとジョーンが来たら、ちゃんと紹介するよ。」
「そうか… 良かったな。リチャード。
こんな美人の恋人なんてさ。」
「ホント…良かったわ。」
進児とマリアンは初めて会う乙女と彼を見て微笑む。
ルヴェールも同様だった。
「すまん!! 少し遅れた!!」
そこへビルとジョーンが部屋に飛び込むように入ってきた。
見慣れない乙女を見て、ビルの一言。
「…誰だよ、その美人。」
「…リチャードの恋人だってよ。」
リチャード本人ではなく、進児が応えていた。
「へッ!? マジ??」
「やったわね♪リチャード。
やっぱり私の占いが当たってたわ★」
「は?」
リチャードは嬉しそうなジョーンの言葉に驚く。
「だって…1ヶ月くらい前に 進児君とマリアンの恋占いをしたの。
その時にあなたのことも占ってみてたの。…『近々、恋人出現』って。
ビルは信じないって言ってたけど。」
「…そうだったのか?」
彼は意外な顔をしていた。
そんなことをされていたとは全く知らずにいた。
「えぇ。
やったわ!! また的中ね。」
ジョーンが満足げに微笑んでいる傍らで
ビルはリチャードのそばにいる乙女をまじまじと見ていた。
「じゃ、全員揃ったところで、紹介してくれよ、リチャード。」
「あぁ。 じゃ、改めて。
…僕の未来の花嫁のファリアだよ。」
「「「「「!?」」」」」
その場にいた全員が思いがけない言葉にびっくりしていた。
「花嫁!? ってことは…おめえ散々、特定の女は要らないって言っておきながら…」
ビルの突っ込みをさらりと受け流す。
「ま、過去の話。
今は彼女を愛してるよ。」
「マッジぃ!?」
異常にハイテンションの答えをするビル。
他のメンバーもビルほどではないにせよ、驚きの連続。
その彼らの反応にファリアは目をぱちくりさせていた。
リチャードに囁くように問いかける。
「ね。そんな事、言ってたの?」
「ん。まぁな。」
リチャードとファリアの親密な空気を見て、周りにいたメンバーは妙に納得。
「ちょっと…未来の花嫁ってことは、プロポーズしたってこと?」
マリアンは少々嫉妬を覚えつつ、問いかける。
「そう。 まだ彼女17歳だし。
正式な結婚は来年くらいだと。」
「「「「「!?」」」」」
みんな驚いてしまう。
「マジかよ〜!!
こ〜んな、若い乙女つかまえやがって。
しかもこ〜んな美人!!」
羨ましげにビルがふたりを見つめる。
そんなビルの視線を感じて、リチャードはファリアの肩を抱く。
「ま、これでもう 僕は一人身じゃないってことで。
…領主様、今までご心配をお掛けして、すみませんでした。」
孤児院の中で、暗い表情をして育った彼を一番心配していたのは
ルヴェールだと、彼自身もわかっていた。
他の子と違い、天真爛漫さがない子だった彼。。
ルヴェールは彼が男として人間として成長したのだと思うと嬉しく感じた。
「リチャードが幸せになれるのなら…私はそれで十分だ。
ところでファリアさん。
君はこのピールの人間じゃないね?」
ルヴェールは乙女に問いかける。
「はい。領主様。
あの… ひとつお願いがあります。」
「何だね?」
「おそらく私の父とルヴェール様は知り合い。
どうか…父には知らせないでいただきたいのです。」
「君の父上が私の知り合い?」
意外な言葉にルヴェールは訝しげな顔。
「…私の父は…パルヴァ領主・ジェラルド。
母はクリスティーンと申します。」
「!?」
確かの隣の領主・ジェラルドは幼い頃からお互い良く知っていた。
「母は11年前に亡くなった事になっていますが違います。
私の母は男児を産まなかったことを理由に無理やり離縁させられました。
地方にひとり、追いやられたのです。
愛人の女性が男の子を産んだから…
その方を正妻にするために。
私は家に残されましたけど、義母に気に入られなかったので
…都近くの月神殿に上げられました。
半月ほど前、信者の方から 私の母が亡くなったと知らせてくれたので
神殿を退いて 母の暮らした邸に駆けつけましたの。」
ルヴェールとメンバーは切なげな瞳を乙女を見つめる。
リチャードも悲しい境遇の身の上だが
彼女もまたそうなのだとみんな、理解した。
「…あなたには悪いが…昔からジェラルドは強欲で有名だったよ。
辛い目に合ったんだね…可哀相に。」
しんみりとなる室内の空気。
マリアンはそんな雰囲気を何とかしたくて、ファリアに問いかける。
「で、どこでリチャードと知り合ったの?」
「あの…」
頬を染める彼女を見て、リチャードが助け舟を出す。
「その先は僕が。
実は祭りの初日の夜に、男に絡まれている彼女を助けた。
それが馴れ初めってヤツ。」
「は!? ってことは…まだ4日目?」
進児は目を丸くしている。
ふたりの親密さはたった4日で出来るものなのかと。。
マリアンもビルもジョーンもみなそう思う。
「そう。」
「で、プロポーズ済み?」
「あぁ。」
「リチャード… お前、実はせっかちなんだねぇ。」
ビルに突っ込まれ、片眉を上げる。
「どういう意味だ?」
「だって… ファリアさんってこんな美人がピールの街を歩いていたら
声掛けられるに決まってるだろ!?」
「…う。
そうだろうな。」
「だからさっさとプロポーズしたん出ないのか?」
彼は穏やかな表情になって応える。
「それはちょっと違うな。」
「は?」
「僕はきっとファリアしか愛せないよ。」
彼の応えにみな、どきりとした。
それは今までに無いほど強い瞳をしたのを見てしまったから…
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(2006/4/2+3)
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