Precious  -3-



月神殿の元巫女だという乙女・ファリアの話に耳を傾けるリチャードがいた。


父は隣の領地・パルヴァを治めるジェラルド。
若い頃から女好きで有名だった。

正妻・クリスティーンとの間に生まれたのが娘・ファリア。
父は正妻が男子を生まなかったことを理由に
多くの愛人を囲っていた。

そのうちのひとりが男児を出産。

それを理由にクリスティーンを田舎に追いやり、
愛人を正妻の座につかせた。

しばらくは義母と半分血の繋がった弟との4人暮らし。

義母は義理の娘であるファリアが気に入らず
都近くにある月神殿に預けた。

一応、領主の娘という手前、単純に追い出してしまえばいいとは思わず、
わざと街から遠い神殿に預けた。
クリスティーンに似た美貌を持つだろう娘に嫉妬していたのだ。

それはまだ6歳になって間もない頃のこと…



そして11年目を迎えた今年…
半月前に母が病で亡くなったと 聞きつけ
神殿を退かせてもらって 母のいた田舎の邸へと向かった。

すでに埋葬は済んでおり、墓の前で泣いた―――





父に一言、文句を言ってやろうと11年ぶりにパルヴァの邸に顔を出した。

父には合わせて貰えた。



散々、文句を言い終わり立ち去ろうとした時、
羽交い絞めにされ父に犯されそうになった。

必死に抵抗して、 父から…邸から逃れ、
パルヴァの街を出たのが今日の昼―

隣街・ピールの祭りの騒ぎに紛れて、父の部下からの追っ手を撒いた…




彼女の話しを聞き終わった時、リチャードは憤慨していた。

「!? 何てことだ!! 実の父親が…!!」

「えぇ… もう二度とパルヴァに戻ることなんてない。
月神殿も正式に退いてしまったから、
もう二度と巫女に戻ることも出来ないんです…」


ボロボロと泣き出してしまった乙女を抱きしめる彼の手。


「ファリア… 泣かないで。
僕が守るから。」

「え?」

「僕が…こんなに誰かを守りたいと思ったのは初めてだ。
君さえイヤでなかったら、僕の家においで。」

「あ…ぁ…」


ぎゅっと抱きしめると乙女の細い腕が背に回り、しっかりと抱きついてきた。

「私…私… ごめんなさい。
私と出逢ったばかりに…」

「気にしないで。
僕には両親がいないから…良く解らないけど。」

「え?」

彼の顔をまじまじと見るサファイアの瞳。

「あ… 僕はね捨て子…だったんだ。
だから両親の顔も名も知らない。
ただ産着に僕の名前の刺繍が入ってたって聞いてる。」

「あ、ごめ、ごめんなさい…」

切ない瞳の彼に謝る乙女。

「君が気に病む必要はない。」


ファリアは抱きつく…


自分は覚えている―

母の優しい声を やわらかなぬくもりを―






   ***


「さ。おいで。」

「えぇ…」


彼が微笑んで手を引いて歩きだすと乙女ははにかむ。


7分ほど歩いた先に彼の家。

彼女はまじまじと見る。
彼の年齢に似つかわしくないほど、立派な構えの家。

「…ね、一人暮らしなの?」

不安に感じて、つい口にした。

「あぁ。」

「ホントに? 女の人がいるのではないの?」

「いないよ、そんな人。
今日まではね。」

「え?」

「君が最初で最後の女の人だよ。」

「!? 」

思わぬ言葉に乙女は息が止まる。

「さっき出逢ったばかりで…早すぎると思うかもしれないけど、
僕と一緒に暮らしてくれないか?」

「それ…プロポーズ?」

「そう思ってくれて構わない。」

真剣な眼差しで応えられ、乙女はうなずいた。

「…えぇ。
あなたのために…料理したり、掃除したり…
何でもするわ。」

「そうか。嬉しいよ…」


ふたりは微笑み会い、寄り添いあって家に入る。


1階のドアをくぐると 古書店となっており、本棚に大量の書籍や古地図。
棚に入りきれなかったものは平積みされていた。
ホコリは無く、常に掃除しているのがわかる。

「凄い…図書館みたい。」

「たまに言われるよ。
…な、ファリア。
君、巫女って事は古代文字とか読めたりするのかい?」

「えぇ。一応、読めるわよ。」

「実はさ、調べ物をしてて…行き詰っていた。
明日に都の国立図書館へ行こうかと思ってたんだ。
古代神殿の神呪なんだけど…」

「見せてくださる?」

「あぁ。こっちだ。」


彼は1階の奥にある、書斎へと連れて行く。
ここにも大量の本がみっしりと積まれていた。
ただ店に置いているのより数段希少価値の高いものが多い。

乙女は自分でも見たことのない本たちが置かれているのを見て
驚いていた。

机の上に広げられていた古い羊皮紙の本を見せられる。

「これなんだけど…」

「はい…」

乙女は目で古代文字を追う。
この文字ならなんとか解読できた。

「えっと…
" この扉をくぐってはならん。
もしくぐれば、ゴダの神の怒りに触れ…
狂乱と恐怖が貴殿を支配することになる。
…待ち受けるのは…快楽の果ての死。"

…これは、古代神殿の入り口にある碑文だわ。
ゴダっていうと…南方民族の恋の神ね。」

恋の神というロマンティックな響きにリチャードは微笑むが
彼女は険しい顔。


「恋の神…?」

「綺麗に言うとね。
ストレートに言っちゃうと…」

頬を染める彼女に疑問を抱く。

「ストレートに言うと…??何だ??」

「……性愛の神。」

「性愛ね…」

どうりで彼女が言いにくかったわけだと納得。

「じゃ、ひょっとして神像はその…シンボル?」

「そうよ。確かそのはずだわ。
何でこんなこと調べてるの?
もうゴダ神殿は機能してないわ。」

「…その神殿奥に安置されている神像に用がある。」

乙女は彼の応えに 苦い表情を浮かべた。

「…私としては行くのはよした方がいいと思うわ。」

「何故?」

「ゴダ神殿が廃れた訳をご存知?」

「いいや。」

「…確かに恋の神とは言えなくもないけど
望みを叶える代わりに、大金を奉納したり
叶った時は結ばれた相手と祭りに参加しなければならなかったりして。」

「って、それって普通じゃないのか?」

「いいえ。
お金は別として、祭りが問題なの。」

「は?」

「そのお祭りってね、かがり火の中で、何組ものカップルが交わることをしなければならないの。
女の人に限って言えば、身を捧げさせられることも。」

「…!?」

「オープンな祭りと言ってしまえばそれまでだけど
人々はそれを恥ずかしく感じ、嫌がるようになった。
だから同じ恋の神と言われている月神殿の方に人々は集まるようになったのよ。」

「なんだって…」

驚きの目を見せる彼に、きっぱりと告げる。

「私としては…ゴダ神殿に行くのは反対ね。」

「そうか…」

残念そうな顔をする彼に乙女は問いかける。

「でも何故、学者のあなたが危険を冒してまで神殿に??
何かワケが??」

「実はね… 僕はトレジャーハンターチームの一員なんだ。」

「トレジャーハンター…つまり秘宝とかを??」

「そう。その下調べの最中なんだ。」

「どうりでただの学者さんにしては…逞しい方だと思ったわ。」

「え?」

「服の上からでも多少わかるわ。
あなたはとても鍛えた身体をしている… 違う?」

「いいや、間違ってないよ。」

彼女の洞察力に笑みで応える。

「…どうりで…」

「…僕という人間を知って嫌いになった?
イヤになったなら…出て行くなら今のうちだよ。」

少々悲しみを帯びた瞳で彼が告げる。

「いいえ。
私はあなたを危険から守れるのなら… 巫女としての知識を教えるわ。」

「そうか…なら 祭りが終ったら、このピールの街の領主様に会ってくれるか?
君なら立派にチームの一員になれる。
もう僕は仲間達に当てられることもなくなる。」

「どういうこと?」

「今、チームは5人でね。
僕以外は2組のカップルなんだ。」

くすりと乙女は微笑む。

「あなただけひとりで当てられていたの?」

「ま、そういうこと。
別に構わないって思ってた…ひとりでも。
ひとりでも生きていけるって… 
でも僕は君に出会った。
ファリアに心惹かれてる。
19歳にもなった男が、これから初恋って変かい?」

ストレートに心の内を明かした彼を見つめる。
恥ずかしそうにはにかむその表情。

「ずっと…仲間以外に対しては人間不信でね。
女性に対してもそうだった。
だけど君はすぐに僕に信頼をくれた。
他の女性とは違うって…おかしいかい?」

「いいえ、おかしくないわ。
でもひとつあなたは気づいてない。」

「何を?」

「私もあなたに恋を感じてる。
17年間生きてきて…初めての…」

「!? そうか… 巫女だったから…?」

「そう。人に対して恋の祝福はしてあげられても
自分には出来ないわ。」

切なげに告げた彼女を抱きしめる。

「君を…もっともっと知りたい。
それに僕を知って欲しい。
愛…して欲しい…」

「えぇ…私もよ。」

ふたりは抱き合い、くちづけを交わす。

初めて重ねたときとは違う、甘く熱い…





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(2006/3/30+4/2)

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